ex.15 確かなこと
「おまたせ~。いこっか~?」
「そうですね。急いで帰りましょう。ターナさんの追跡があるかもしれません」
「え!? まさかの説明なし!? ちょっ、待ってくれよ!」
暖子さんの用事が済んだところで、私たちは鬼の魔の手から逃れるため、身体能力をフルに使ってこの場から立ち去りました。
菊澤さんが残してくれているはずの【結界】まで向かい、中に入ればすぐにでも王城へ帰還できるはずです。
「ん~? カレンちゃん~? 何かいいことでもあったの~?」
「ええ。それなりに」
道中、自然と口元が緩んだ私に気づき、暖子さんが首を傾げました。一度思考を中断して彼女に笑みを浮かべてから、正面を見据えて表情を引き締めます。
今回の出動は、大いに意味のあるものでした。
戦わずして【魔王】戦力の一端を知ることができ。
王城以外の人の営みに触れることができ。
主に男子が憧れを抱いているらしい、冒険者協会の恐怖の実態を知ることができました。
そして、一番大きい収穫は。
『彼』が最近までこの町にいて、東の国へ渡った可能性が高い、ということです。
そう考えた決め手は、『トスエル』の給仕の女性から聞いた情報からでした。
ドラゴンを倒した『ある人物』が寝泊まりしていて、その後町を去った、という話。『その人物』が、『彼』であることがほぼ間違いないからです。
根拠は四つ。
一つ目は『ドラゴンが倒された』という事実。
先ほど目の当たりにした死体からして、ドラゴンはこの世界の人間はおろか、『異世界人』でも倒せたかどうかわからないほどの強さを持っていたはずです。
それを倒した存在がもしこの世界の人間だとすれば、私たちが召喚される前から、すでに世界中に顔も名前も知られているはずです。もちろん、レイトノルフにも。
なのに、誰もドラゴンを討伐した存在を知らなかったということは、『元々この世界に存在しない人物』が成したと考えるのが妥当でしょう。
普通ならあり得ないと断じられる推測ですが、他ならない私たちも『元々この世界に存在しない人物』なのですから、荒唐無稽などと言えるはずがありません。
二つ目は『条件に該当する人物が他にいない』という事実。
一つ目の事実に力を持たせるために仮定した『元々この世界に存在しない人物』だったら、『異世界人』全員が当てはまります。
もしかしたら私たちでも『ドラゴンを倒すこと』ができたかもしれませんし、この世界で無名なのは当たり前ですから。
しかし、ドラゴンが襲撃をかけた当時、『異世界人』は全員、国王陛下の命令で王城に全員とどまったままでした。
理由は、今後『異世界人』が活動しやすくなるよう、存在を大々的に喧伝する目的で、王都にてパレードを行う準備があるため。
そして、実際に世界中で活動する際、『異世界人』戦力をどのように配分するのかを決めるためでもありました。
今のところいわゆる『小隊』を組み、各地に散らばって活動する方向で決まっています。
後は小隊として纏める人員の内訳や、小隊は何人単位で集め、何組の小隊を作り、どこへ派遣させるのが適切か、という話し合いが行われていました。
それらの調整を行うため、『異世界人』は全員王都に集まったままだったのです。ただ一人、王城を出て行った『彼』を除いて。
国王陛下や他の『異世界人』は『彼』をどう思っているかはわかりませんが、ステータスが低くとも『彼』はユニークスキル保持者です。
スキルの効果は不明ですが、内容によってはドラゴンを倒すことも不可能ではないはずなのです。
三つ目は『ドラゴンを倒してすぐに町を去った』という事実。
ドラゴンを倒した『その人物』は、英雄的な偉業を成し遂げたにも関わらず、逃げるように町を後にした、という風に聞こえました。
つまり、レイトノルフにとどまることに何らかのリスクがあると、『その人物』が考えていた証拠です。
そして、ドラゴンを倒したのが『彼』であれば、国王陛下に連れ戻されるのを恐れた、と考えることができます。
『彼』が冷遇されていた最大の理由は、【魔王】を倒す戦力として期待されていなかったからでした。
しかし、この一件でその前提が覆ると、少しでも戦力を欲しがっている国王陛下が『彼』を放置するはずがありません。
よって、『ドラゴンを倒した』などという『武力』で有名になってしまうことは、現状『彼』がもっとも忌避することであり、すぐに町を離れた理由としては十分なのです。
四つ目は『給仕の女性の言葉』。これが最大の理由になるでしょう。
彼女は私と話した時、このようなことを話していました。
『申し訳ありません。当店は守秘義務を徹底しておりますので、いくらお客様からのご要望でも、お答え致しかねます』
と。
これは私たち『異世界人』なら特に違和感のない台詞であり、事実金木さんも暖子さんも気にした様子はありませんでした。
だからこそ、この世界では異質な台詞だということが言えるのです。
何故なら、この世界に『守秘義務』などという概念は存在しないのですから。
そもそもこの世界において、『守秘義務』を徹底すべき個人情報なんて、あってないようなものです。
何故なら、戸籍や指紋や声紋などより、よほど簡単に調べられて確実に本人を断定できる『魔力』が存在しているからです。
たとえば、商業ギルドなどでは商業契約を結ぶとき、それぞれ契約者の血判を書類に残す必要があります。
『魔力』は血液にも多く含まれ、血判に残る『魔力』を識別すれば本人確認が可能、ということは一般常識として教わりました。
そして、商業ギルドでは『魔力』を識別できる魔導具が各支部に置かれており、全国どこでも『魔力』による人物照会が可能となっています。
つまり、『魔力』を識別できる魔導具は、世界中に配置できるくらいには安価であり、量産が可能であることを示しています。
その魔導具がどれほどの精度なのかはわかりません。しかしもし、血液以外に本人の『魔力』が宿った体の一部、たとえば汗や唾液や髪の毛などでも識別が可能であれば、人物の特定などあっという間です。
個人活動では難しいでしょうが、国を挙げた人海戦術である人物の居場所を探ろうとする場合。
その人物が人間の町で活動している限り、『魔力』識別の魔導具を用いれば、かなり短い期間で足取りを掴み、追跡することができるでしょう。
逆に、名前も顔もわからない誰かを捜索するとなっても、『魔力』さえ残っていれば人物の特定は容易です。
私たちが日頃使っていた水晶や、冒険者協会が用いる魔導具などで『ステータス』が判明すれば、名前も人種も能力も丸裸になるのですから。
このように、『魔力』という自身から切り離せない究極の個人情報がある以上、本当に守ることができるプライバシーなんてありません。
日本でも個人情報流出がたびたび問題になっていましたが、この世界ではハッキングよりも簡単に入手が可能です。
必然的に、『守秘義務』なんて言葉が生まれるはずがありません。
その人に『魔力』がある限り、他人が個人情報を秘匿することはできませんし、できないことを義務にすることなんて不可能ですから。
しかし、『トスエル』の女性給仕は『守秘義務』という言葉を知っていた。
それが、私たちと出会う前に『異世界人』と接触し、少なくとも『守秘義務』をはじめとする『情報』に関する話をしたという、何よりの証拠です。
もっと言えば、『異世界人』の中で『情報』という分野を一番重視し、なおかつ『情報』の扱いに特化した人物は『彼』以外に存在しません。
たとえ『異世界人』が全国に散らばっていたとしても、『守秘義務』について話をするとしたら、『彼』しかいないのではないでしょうか?
これら四つの事実を一つに統合すると、ドラゴンを倒した『人物』と『彼』がイコールで結ばれる、というわけです。
「しかし、喜んでばかりもいられません。少々、厳しい現実を思い知った側面もありますから」
「ふ~ん?」
意味が理解できなかったのか、暖子さんは反対側に首をコテンと倒し、疑問を深くしたような顔をされていました。
……本当は、今すぐにでも『彼』を追いかけたい気持ちはあります。
ドラゴンが襲撃を受けたのが五日前で、『彼』がレイトノルフを立ち去ったとされるのも、五日前です。
しかも『彼』はドラゴン襲撃のどさくさに紛れて町を出たようでしたから、移動手段は徒歩の可能性が高い。
そして『彼』の一般よりも低いステータスを考慮すれば、五日のタイムラグがあるとはいえ、私のステータスがあれば追いつくことは可能でしょう。
ですが、それはできません。
今の私は、独りではありません。
セラさん、長姫先生、菊澤さんという戦友がいます。清美さん、暖子さん、荒井さん、智恵さんという親友がいます。
『イガルト王国』のど真ん中に、これだけの『大切な人』が残ったままなのです。
一時の衝動で置き去りにできるほど、彼女たちの存在は小さくありません。『彼』と同じくらい大切で、かけがえのない人たちです。
そんな彼女たちを残して、一人だけ抜け出すことなんてあり得ません。
また、道義的な理由だけでなく、とても私的な感情から行動しない面もありました。
それは、セラさんたちに何も知らせないまま『彼』を追いかけるのは、フェアじゃないと思ったからです。
私たちはすでに、『彼』に関しては個々で知り得たことすべてを共有し、全員が同じステージに立った状態でアプローチをすると、話し合って決めました。
故に、ここで『彼』を追う行為は彼女たちへの明確な裏切りであり、大切な絆を失うリスクがあるのです。そんな危険を冒してまで、『彼』を追跡して得られるメリットがあるとは思えません。
そもそも、抜け駆けなどという卑怯な真似は、私に残る『女』としての矜持に傷が付きます。
私は抜け駆けという行為を、自信のなさの裏返しだと個人的に思っています。
抜け駆けでなくとも、恋敵を妨害して優位に立とうとする行為はすべて、自分が彼女たちよりも魅力がないと、自分で認めてしまうようなものです。
確かに、セラさんたちはそれぞれに違う魅力がありますし、私も彼女たちを心から魅力的な女性たちだと思っています。だからといって、私が彼女たちに劣っていることにはなりません。
あくまで立場は対等。
恋愛は同じ条件で勝つからこそ、意味があるのです。
何故なら、条件が同じであればあるほど、『彼』に選ばれた女性が、『彼』にとっては誰よりも『特別』なんだってことの証明になるのですから。
こちらが一方的に愛するだけの独りよがりではなく、『彼』からも愛されたいという想いは一致しています。
そして、結局私たちの想いが成就するか否かをはっきりさせてくれるのは、私たちが好きになった『彼』以外にいません。
『彼』が選んだ相手ならば、誰からも文句は言えないでしょう。
『同じ人』を好きになった私たちが持つ、『友情』と『恋情』と『自尊心』を守るために課せられたルール。それを破ろうなどと、私は思いません。
……ですがそれ以上に、たとえ今私がすべてをかなぐり捨てて『彼』を追いかけたとしても、『彼』の邪魔にしかならないことが、わかってしまったからでもあります。
私の推測がすべて正しいことを前提にしますと、『彼』は私が気圧されたドラゴンを含む大群と戦い、見事退けてみせたことになります。
それも、『彼』はただ勝利したのではありません。
たとえ一体だけでも倒せば英雄扱いとなるドラゴンを、約百体も同時に相手をして。
しかも、レイトノルフの被害状況からして町を守りながら戦ったのは明白であり。
敵の全滅と町の守護を両立させてなお、町から逃げ出すだけの体力を残していました。
たった一人で戦ったにもかかわらず。
これと同じことを、私ができたかと問われれば、すぐに『不可能』だと答えるでしょう。
ドラゴンの強さがわからない以上、一体にどれだけの力を割かねばならないかわかりません。そもそも、ドラゴンは私が倒せる相手であったかどうかも怪しいところです。
加えて、町という守護対象をつけられれば、その時点で余裕などありません。奇跡と呼べる幸運でドラゴンをすべて撃退できたとしても、町の破壊をあの程度で抑えるなんてできません。
そして、もし奇跡が起こってドラゴンをすべて撃退し、町の形を何とか存続できていたとしても、そこから休む間もなく町から離れる余力など残っていないでしょう。私なら、体力も魔力も尽き果て、終わった瞬間に気絶してもおかしくありません。
何が言いたいのかというと。
現時点において、私と『彼』との間には隔絶した戦闘能力の差がある、ということです。
私にとって【勇者】は、『大切な人を守るための手段』です。
決して、『大切な人に守られる存在』であってはならないのです。
なのに、今の【勇者】では、『彼』の背後にかばわれることはあっても、隣に立つことなんてできはしない。
今回の件で、それを痛感させられました。
「……もっと、強くなりたい。せめて、私の『腕の広さ』を守りきれるくらい、強く…………」
レイトノルフへ訪れ、色んなものを見聞きし、何より確かなことは。
私が、まだまだ弱いという、事実。
それだけです。
「暖子さん。帰ったら、訓練につきあっていただけませんか?」
「ん~? いいよ~」
それでも。
弱さを越えて、前へ進む。
さらなる高みに手をかけ、意地でも上ってみせる。
私が【勇者】である限り。
私が【勇者】である限り。
『大切な人』を守ると決めた【勇者】を貫いてみせる。
それが、私の望んだ【勇者】だから。
「え? 会長訓練するのか? よかったら俺も手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。お気持ちだけいただきます」
すると、私たちの会話を聞いていたらしい金木さんが、呆れるような提案をされました。
本人に言うつもりはありませんが、もう少し自身と相手の実力差くらい理解してから申し出て欲しいものです。
無知な勇気を蛮勇と呼び、蛮勇は無謀と同義ですよ?
何もわかっていなさそうな金木さんにお断りを告げ、私はこっそりため息をつきました。
久しぶりの会長視点、いかがだったでしょうか?
思った以上に脳筋っぽくなっていましたが、キャラクターの軸はブレていないと思います。多少看板娘ちゃんが女の子寄りに軌道修正をかけた気がしますけど。
さすがメインヒロイン、他のヒロインのフォローまでするとは……なんて言ってみたり。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:4200/9700
魔力:3100/9300
筋力:840
耐久力:740
知力:820
俊敏:980
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV6》《刹那思考LV6》
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