ex.2 出した答え
「そういや、この世界にきてもう一年になるんだな。結局、会長からは一本もとれなかったのがすげぇ心残りだぜ」
「日々精進あるのみですよ、金木さん」
翌日。国王陛下から定められた時刻が近づいてきました。『異世界人』は昨年と同じく、謁見の間に通じる大扉の前に集合しています。
ただ、この場に到着してからずっと、何故か金木さんに捕まって身動きがとれないのが気になります。
金木さんとしては他愛のない会話なのでしょうが、国王陛下が仕掛ける『契約魔法』に意識を持って行かれている私にとっては、ちょっと面倒くさいと思ってしまいます。
徐々に受け答えがおざなりになっていくのも仕方ありません。
「おい、セラ! 国王の話が終わったら、また俺と戦え! 次はぜってぇ俺が勝つ!」
「さっきからうっさい。訓練だったら別の誰かとやりなさいよ。アタシ興味ないから」
一方的に話しかけてくる金木さんの隙を見て、視線を別の方へと飛ばせば、セラさんも猪崎さんに絡まれていました。
これまでもセラさんは彼に何度もちょっかいをかけられていたこともあり、接し方がものすごく適当です。
「それにしても、今日もお美しいですね、長姫先生。昨日も戦闘訓練で姿を見ましたが、凛とした佇まいといい、柔らかい物腰といい、生徒たちへの無償の慈悲深さといい、貴女ほど完璧な女性はこの世に存在しませんよ」
「そうですか」
あちらでは、セラさんより適当に倉片先生をあしらっている長姫先生の姿がありました。
よく耳を澄ますと、長姫先生は先ほどから「そうですか」か「そうですね」の二パターンで相づちを打ち、適宜否定の言葉を返すだけ。よっぽど倉片先生に興味がないか嫌いなんでしょう。
「紫穂ちゃん、これからは僕と一緒に行動しよう。僕たちはきっと、【魔王】の討伐に向けてバラバラに行動することが増えると思う。そう考えたら、『異世界人』の中でも無類の強さを誇る、紫穂ちゃんの力が必要なんだ」
「…………」
また別のところでは、生徒会書記だった九重さんが積極的に菊澤さんへ話しかけていました。
今後の行動を共にしようと交渉して、懸命に言葉を尽くしているのがわかります。
【結界】か魔力操作による文字で会話しているのかもしれませんが、さすがにここからでは菊澤さんの意思は把握できません。
ただ明らかに素っ気ない態度を見る限り、九重さんの誘いに乗る気はなさそうです。
しかし、別の誰かを誘っているのは九重さんだけではなく、ほとんどの『異世界人』に見られる傾向でした。
集まった『異世界人』は皆、学生を中心に声をかけ合ってているようで、かなりざわざわとした喧噪が場を支配しています。
訓練期間が終わりを告げ、実際に【魔王】の勢力と刃を交えることを意識しての交渉、ということでしょうか。
相手の数や質といった戦力が全くの不明である以上、急な襲撃にも対応できるよう、最低でも複数人単位で行動することになるはずです。
それを見越し、今の内に実力者や己のスキルと相性のいい『異世界人』に唾を付け、メンバーに加えるか加わりたいという下心あってのことでしょうね。
「だから、これからも会長に挑戦していくからな! せめて一回くらいは【勇者】に参った! って言わせてやる!」
「はぁ、そうですか」
あ、長姫先生の台詞が移ってしまいました。
しかし、金木さんの私への執着は何に起因しているのでしょうか? 最初は私が【勇者】であることによる対抗心だったのでしょうが、今はそれだけじゃないような気もします。
それに、先ほどの台詞を深読みすると、『【勇者】に勝つまではずっとつきまとう』と取ることも出来ます。
……もしかして、遠回しに私と同じ組で行動する、という宣言なのでしょうか?
それは……、正直面倒くさいですね。
金木さんとの戦闘は単純で工夫がありませんから、もはや退屈な作業と化していますし。前回から進歩があれば相手をする意欲もわくのですが、毎回ワンパターンでは鍛錬にすらなりません。
今なら、猪崎さんに言い寄られるセラさんの気持ちが分かる気がします。
「開門!」
それからもやたらとしつこかった金木さんを流しつつ、時間になると謁見の間への大扉が開かれました。
瞬間、セラさんや長姫先生や菊澤さんとの戦闘訓練に近い程、強い緊張感がわき上がってきます。
一年前、私たちは知らぬ間に『彼』の力によって猶予を与えられました。
しかし、今日この場において、『異世界人』の中でもっとも信頼できたはずの『頭脳』は、いない。
私たちだけの力で、『異世界人』を国家保有戦力として利用しようとしている国王陛下に、打ち勝たねばならないのです。
ステータスの力やスキルが封印され、純粋な己の力しか頼りに出来ない戦場は、初めて魔物を倒した訓練よりもはるかに恐ろしく感じました。
自然と弱気になる心を叱咤し、私は毅然とした態度を心がけて、正面を見据えました。
謁見の間の扉が開いた瞬間から、部屋全体に均一な魔力が張り巡らされているのがわかりました。
これが、『彼』のレポートにもあった『契約魔法』の魔力か、室内の空間を広げる『空間系魔法』の魔力か、あるいはその両方なのでしょう。
魔力が『0』であり、魔法という概念すら説明されていない状態でさえ、思考のみでそこまでの可能性に行き着いた『彼』に、改めて敬意の念が強まります。
それから、【勇者】の肩書きを持つ私を先頭に謁見の間へ入った『異世界人』は、一年前と同じくうつむきがちに進み入り、謁見時の礼儀として片膝をつきました。
「面を上げよ」
そして、国王陛下の許しを得て始めて、私はこの世界における最初の『敵』を視界に収めました。
「此度は貴殿らに、私の招集に応えてもらったことをまずは感謝しよう。王城から距離がある領地にいた者もいただろうが、無事全員が集まってくれたことを嬉しく思う」
白々しい。
王城から離れた場所に追いやられた『異世界人』たちは、戦力としてあまり期待の出来ないスキル構成だった生徒や教職員、事務員などを中心に構成されていたはずです。
あたかも『異世界人』の意思で集まったような口振りでしたが、実際は説明の手間を惜しんで強制的につれてこられた可能性もあります。
この言い回しも、王城で厚遇を受けていた『異世界人』に対する演出でしかないのでしょう。
公式の場にて、国王陛下の言葉に許可なく割り込んだり、異を唱えるのは罪に問われますから、冷遇された『異世界人』は否定したくても出来ませんから。
イガルト王国は、最後まで『異世界人』を丁重に扱っている、ということを暗に示し、『契約魔法』を成功させるための細かい配慮、といったところでしょう。
「今回貴殿らを呼んだのは他でもない。《勇者召喚》の儀を行った日に保留とされていた、貴殿らの【魔王】と戦う意思の有無。これを確認したいのだ。
本来、貴殿らとこの世界は全くの無関係であり、我々の事情に無理矢理関わらせてしまった非はこちらにある。
さらには、我々の力では独力で貴殿らを故郷に帰してやることも出来ない。そこは申し開きようのない事実だ。
しかし、無理を承知で頼む。この世界を、人類を破滅に導こうとしている【魔王】の魔の手から、救い出してほしい。
それは我らのためでなくともよい。貴殿らの元々いた故郷への道を切り開くため、彼の敵を滅ぼしてくれ。この通りだ」
そうして、国王陛下は悲痛な表情を作り、玉座に座ったまま腰を折って眼下の『異世界人』に頭を下げました。
国王陛下の謝罪と懇願の姿を見て、『異世界人』はもちろん、謁見の間にいた他の王族や騎士までもが、驚きざわめきをこぼしています。
……最初から疑いの目で見ていなければ、騙されていたかもしれない演技力ですね。これも『彼』の推察通り、『契約魔法』という力を最大限に引き出すための技術、ということでしょうか。
「顔をお上げください、国王陛下」
まるで台本がある舞台上にいる錯覚に陥りそうな場にて、『異世界人』と『王族や騎士たち』の困惑が、私の声をきっかけに引いていきます。
「僭越ながら、この世界へ召喚された時より【勇者】の力を得た私個人の答えは、すでに出ています」
私はひざまずいた体勢から立ち上がり、真っ直ぐ国王陛下を見上げました。
「して、その答えとは……?」
ゆっくりと、とても弱々しく頭を上げた国王陛下は、藁をもすがるような視線を返してきます。
「私の耳に入るところによりますと、『異世界人』の意思は人類を苦しめる【魔王】の存在で、結束をより深くしています。しかしそれは、私も同じでした。
この世界で過ごす内、何度も耳にした【魔王】がもたらしたとされる蛮行に、私は生涯感じたことのない強い義憤を覚えたのです。
それぞれと交わす言葉は短くとも、胸に芽生えた強い正義への思いが、私も『異世界人』と同じ思いを共にしている証左なのでしょう。
世界は違えど、同じ人としてこの世界に迫った危機を、破滅をもたらそうとする彼の者の悪逆非道たる振る舞いを、断じて見過ごすわけには参りません」
私の口から紡がれた言葉により、まるで絶望の中から希望を見つけたかのような表情と、打算と侮蔑と傲慢で濁らせた瞳を、真正面から受け止めて。
「ご安心ください、国王陛下。『異世界人』の【勇者】、水川花蓮は、破壊と暴虐の権化である【魔王】を、イガルト王国と協力して共に討伐する使命、喜んでお引き受けいたしましょう」
私が作れる最高の笑顔を浮かべ、『異世界人の総意』を表明するための先陣を切ったのでした。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:8400/8400
魔力:7900/7900
筋力:730
耐久力:680
知力:710
俊敏:820
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV5》《刹那思考LV5》
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