91話 約束の『契約』
「餞別にしちゃかなり仰々しいが、何だこりゃ?」
とりあえず手書きらしい『借用証書』を手に取り、シエナに問いかけた。
ざっと内容を確認する限り、それらしい文章を書いちゃいるが中身はスカスカだ。っつうか、よく見りゃゴークが『トスエル』に結ばせていた契約書に形式がそっくりじゃねぇか。
つまり、これはゴークの契約書を真似して作った『借用証書』、ってことか?
ますます意味が分からん。
「見ての通り、『借用証書』だよ。ヘイトには『トスエル』の借金を返してもらったけど、本来あのお金は私たちが弁済すべきお金。それを、『ただの従業員』だったヘイトに返済してもらったままにして、行かせるわけにはいかないの」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
「気にするよ。だって、金貨が20枚だよ? 『トスエル』の経営規模じゃ、どれだけかかるかわからないほどの大金を、『そんなこと』で流していいはずないじゃない。
それに『商売は信用が命』なんでしょ? 与えた借りは必ず回収し、受けた借りは必ず返す。それが商売人として必要最低限な『信用』だって、ヘイトが教えてくれたことだよ?」
あ~、そんなことも言ったなぁ、確か。
それは商売っつうより、俺が考える『人』としての『信用』って意味合いが強いんだが。
っつか、『トスエル』の借金騒動なんて、すでに終わった過去のこととして扱ってたから、言われるまで思い出す気すらなかったわ。
もちろん、あの金貨は俺が世話になった『お礼』として渡したもんだし、返ってこなくても一向に問題ねぇ。
そのまま黙ってりゃ、無駄な借金なんざ背負う必要なんてなかったのに、真面目で律儀な奴だ。
「別にそんなもん必要ねぇだろ? 商会同士の貸し借りじゃあるまいし、大げさな……」
「ヘイトには必要なくても私には必要なの!!」
あくまで個人間の貸し借りだと思っている俺がやんわり拒否しようとすると、予想外に強い返答をもらって口を噤む。
正面から俺を睨み上げるシエナには妙な迫力があり、言葉が出なくなっちまった。つられて若干上体がのけぞり、無意識に体がシエナから距離をとろうとしていた。
「だって、このままヘイトが行っちゃったら、もう『トスエル』には戻ってこないかもしれないでしょ!? こんな形でヘイトとお別れしなきゃならないなんて、いきなりすぎて私は納得なんて出来ないよ!!」
要するに、間が悪い、ってか?
そう言われてもなぁ。俺だって、この店を出ていく時期に関しては折を見て話をしようとは思っていたが、『トスエル』に懸念が多かったから仕方ねぇじゃん。多少、私的な理由で話しづらかったから、ってのもあったりするが、それはいい。
まあ、『トスエル』を出て行く覚悟を決めていた俺と、まだ残るだろうと思っていたシエナじゃ、この別れで抱いた感じ方に差が出るのは当然だ。シエナの怒りもわかる。
で、それと『借用証書』に何の関係があるんだよ?
「でも、ヘイトを引き留めることが悪いことだって気づいたから!! 私が何を言っても、ヘイトはどこかに行っちゃうってわかったから!! 私じゃ、ヘイトを助けることが出来ないんだって、思い知ったから!! 私には、見送ることしかできない!!」
意図を掴みかねている俺なんて気にせず、シエナは切々と訴えてきた。
「でも、代わりにこれにサインして、『約束』して欲しいの!!」
そして、ここまできたら、鈍い俺でもシエナの言いたいことが理解できた。
「いつか、ここで結んだ『借用証書』を果たしに、私たちのところに戻ってくるって!! これが、一生の別れなんかじゃないんだって!! 私たちがもらった分の、たくさんの『ありがとう』を伝えるチャンスをくれるって!!」
堪えきれず流した涙で頬を濡らし、これだけは譲れないという気持ちを、これでもかとぶつけてきて。
「『契約』して!!」
シエナは俺に、『契約』を迫った。
最初からシエナがこだわっていたのは、『借金返済』じゃなかった。
『借用証書』で法的に生じる『借金を返さなければならない』という効力は、単なる口実に過ぎない。
シエナの本意は、俺がまた『トスエル』に戻ってくるという言質を取って形として残すこと。
つまり『借用証書』は、シエナにとって遠く離れた俺と繋がっていると実感するための『物的証拠』であり、『再会』を誓わせるための『契約書』なんだ。
同時に、たとえ離ればなれになっても、俺たちの関係は続いている、続けてもいいんだと、シエナは言ってくれてるんだ。
「…………」
床に落ちる涙を拭うこともせず、真っ直ぐに目と目を合わせるシエナの視線を見ていられなくて、内容を確認する振りをして『借用証書』に目を落とした。
形式は雑だが立派な『借用証書』であり、イガルト王国の法律にも適用できる、正式な書類として扱われる。
つまり、『借用証書』の内容に反すれば、シエナたちも法律違反で罰せられる可能性もある。
しかも、俺みてぇな身分不詳の『嫌われ者』のために、金貨20枚もの借金を背負い直すなんて、相当の覚悟がいるはずだ。
俺が『トスエル』を出て行くと決めたそれよりも、はるかに強い覚悟が。
それでも、シエナは『俺との再会』のために『金貨20枚』を背負うと言い切った。
さらに、さっきからママさんも頑固オヤジも口出ししてねぇってことは、概ねシエナの意見に同調しているからだろう。
この『借用証書』は、『トスエル』の総意なんだ。
……全く。
どこまで『お人好し』なんだよ、コイツらは。
「…………わかったよ」
こんな真摯な思いをぶつけられちまったら、応えないわけにはいかねぇじゃねぇか。
「本当っ!?」
「嘘吐いてどうする? ほら、さっさと鉛筆貸せ」
俺の返事に表情を綻ばせたシエナに苦笑し、筆記具を受け取ると契約者の名前記入欄に俺の名前をイガルト語で書いていく。
「っつうか、もっとマシな契約書は書けなかったのか? これじゃあどら息子が寄越した契約書と大差ねぇぞ?」
「だ、だって、お母さんとも相談して作ったけど、私たち契約書の作り方なんて知らないし、身近な見本がミューカスさんの契約書しかなかったんだもん。本当はこれは下書きで、もっとちゃんとしたのを作ってから、ヘイトに書いてもらおうと思ってたのに」
「商売に必要な一通りの知識は教えただろうが。もちろん、契約書についても教えたはずだぞ? 今回の件に懲りたら、これからも勉強するこった。俺がいねぇからってサボんなよ?」
「ヘイトの基準で考えないでよ! ヘイトのスピードについて行くのって、すっごく大変なんだからね!?」
ついでに『借用証書』の形式についてダメ出ししたり、シエナからの抗議をスルーしたりしつつ、『ヘイト』の文字を契約書に刻んだ。
そして、頑固オヤジからナイフを借りて親指を切り、印鑑代わりの血判を名前の横に押しつけた。
血判は個人によって異なる指紋と、血に含む魔力が身分証明の代わりになるらしい。これみてぇな正式な契約書だと、商業ギルドに行って金さえ払えば本人証明の照合を魔導具でしてくれっから、民間の取引でも一般的な契約方法になる。
俺の名前の下にはすでにシエナの名前と血判が押されていて、空欄だった貸し主の名前が埋まったことで、『借用証書』は完成した。
「署名しちまった後で今更だけど、契約内容は本当にこれで大丈夫なのか? どら息子の契約書とは違って利率はきちんと設定してるが、『不足分は金額に相当する物を差し出す』っつう項目はそのままだし、何より返済期限が『一年以内』じゃねぇか。
マジで期限内に払えんのか、これ?」
「だ、大丈夫だよ、……たぶん」
だったらどもらずしゃべって俺と目ぇ合わせろや。
瞳が泳ぎまくってんのバレバレだからな。
「考えなしかバカ野郎。もっと余裕を持った返済計画を立てろっつの」
「バカとは何よ!? そんなに心配されなくても、返済のアテくらいあるから大丈夫だもん!!」
早くレイトノルフを出発したかった焦りもあってさっさと署名しちまったが、早まったかもしれねぇな。
『バカ』に反応してムキになるシエナに『借用証書』を突っ返す。本来『借用証書』は『貸し主』である俺が作成して保管するところなんだが、着の身着のままの旅を続ける俺に保管なんて出来るわけがねぇ。シエナに預けた方が、よほど紛失のリスクは低い。
ただ、『借り主』に『借用証書』を渡すのは無断で破棄される可能性が高ぇから、普通は絶対にやっちゃいけねぇことだ。
が、この『契約』は『借り主』が言い出したことであり、何より俺たちの『約束』を保証するためのもの。
シエナが黙って『借用証書』を破棄するなんてこと、考えるだけ無駄だ。
そうでなくとも、俺はシエナを信用している。
『契約書』を預けるくらい、どうってことはねぇさ。
そうして、素直に『借用証書』を受け取り、涙の跡を残すシエナの表情を見つめた俺は、小さく笑った。
「なら、期待して待ってるぜ? 期限日になって泣きを見ても知らねぇからな?」
「そっちこそ。一年後になってから驚かないでよね?」
挑発を込めた俺の笑顔に、シエナは不敵な笑みを返した。
これで『契約』は成立した。
俺と向かい合うシエナに、もう弱々しさは見あたらない。
最後の懸念だったシエナのトラウマや依存傾向も、この様子からすりゃすぐに吹っ切れるだろう。そして、『大人になる』ための『自分で考える力』も、どうやら身についているようだしな。
これからは、コイツが『トスエル』を引っ張っていける。
そう確信できるほど、今のシエナはいい表情をしていた。
「今までいろいろと、世話になった。またな」
「うん。またね」
『さよなら』は言わねぇ。
必要ねぇからな。
どうせ一年後に、俺から会いに行くんだ。
いつか、『また』。
別れの言葉は、それだけでいいだろう。
「そういうわけで、ママさんも頑固オヤジも、またいつか」
「ええ。いつでもいらっしゃいね、ヘイト君」
「ふんっ! 次顔出したら、嫌と言うほど仕事を押しつけてやるからな! 忘れんなよ、ヘイト!」
終始俺たちのやりとりを黙ってみていたママさんと頑固オヤジにも声をかけ、俺は『トスエル』の扉を開け放った。
そして、『認識阻害』効果を主眼に【普通】を展開し、通用門へと走り出した。
そろそろ興奮状態から醒め、倒壊した建物の片づけ作業をし始めた住民たちの脇をすり抜け、東門を担当していた衛兵を《魂蝕欺瞞》でスルーし、レイトノルフから脱出する。
目指すは東。
イガルト王国の勢力圏外だ。
再び独りに戻った俺だが、思ったよりも孤独感を感じない。
冬が終わって気温が春めいてきて、気分が前向きになっているからか。
それとも、さっきの『契約』が独りじゃないって思えるからだろうか。
いずれにせよ、『トスエル』が俺にもたらしてくれた変化なのは言うまでもない。
あぁ、また借りが出来ちまったかもしれねぇな。
「ありがとう、シエナ」
人間が誰もいない距離まで走ったところで、面と向かって言えなかった感謝をぽつりとこぼす。
これが、ずっとぼっちだった俺の精一杯。
次に会ったときは、直接本人に伝えてやろう。
じんわりと広がる温かい気持ちを感じながら、隣国に向けて日が沈むまで走り続けた。
「さて、ここらがいいか」
それから半日ほど、レイトノルフ東部の大河をも超えてなお、俺は休みなく走り倒していた。
周囲はすっかり夜闇に包まれている。
俺が到着したのは町からかなり離れた場所で、さらに鬱蒼とした森の中。ただでさえ影が濃い土地に紛れ込んで、隣にあった大樹の幹に腰を下ろした。
この森はダンジョンというわけではない。野生動物に加え、魔物はパラパラと存在しているが、普通の環境で出来た森だ。
町を出てから『異世界人』へステータスを変え、ほぼ真っ直ぐ東へ走ってきてたどり着いたが、ここで座り込んだのには理由がある。
俺も、シエナたちの前じゃ出来なかった『返済』をしなきゃなんねぇからだ。
「すぅ、はぁ」
王城の牢屋暮らしが癖になり、覚悟を決めようとすると自然に深呼吸を始め、心を落ち着かせていく。
さて。
やるか。
「……っぐ!? あがあああああ「経験値が一定値を超えました。《明鏡止水》がLV3になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《神術思考》がLV3になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《世理完解》がLV2になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《魂蝕欺瞞》がLV4になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《神経支配》がLV5になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《精神支配》がLV3になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《永久機関》がLV4になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《生体感知》がLV4になります」あああああ「経験値が一定値を超えました。《同調》がLV5になります」あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
肝が据わると、俺は今まで自身に発動していた『全て』のスキルを、意図的に一度切断した。
ボスドラゴンたちとの戦闘で使った【普通】も、《明鏡止水》も、《神術思考》も、《魂蝕欺瞞》も、《神経支配》も、《精神支配》も、《生体感知》も、《同調》も。
そして、《限界超越》も。
「あ……、っぐぅ!! いぎぃ、あぐぁ……っ!!」
瞬間、脳内に響くアナウンスとともに、俺が扱える能力の範疇を超えたスキルが、今になってさらなる反動を強いてくる。
《限界超越》による効果増幅でスキル使用における『許容限界』が拡張され、その上で【普通】が抑えていた反動分がそのまま一気に解放されたことにより、戦闘直後の頭痛がかわいく思えるほどの強烈な痛みがもたらされたのだ。
全身の筋肉が反り返ったように暴れ回り、まるできつく絞られる雑巾のような気分を味わっている。あらゆる筋肉がねじれ、断絶し、ブチブチと嫌な音を体内でかき鳴らし、壊れていく。
以前死にかけた経験上、この状態でもほんのわずかだが冷静な思考を残せてはいるが、久々に味わう地獄は全く歓迎できねぇ類のもの。
それに、今回の地獄は単発ではない。
「う、……うぼおおっ!? うげええぇぇっ!!」
次に襲ってきたのは、自我が狂いそうなほどの目眩だった。
数々のスキルによる脳の酷使が、ずっと扱ってきた膨大な量の情報を暴走させているのだろう。視界に広がっていたはずの闇が、どういうわけか目の前全てが極彩色に染まり、上下前後左右を無視して動き回る。
脳を直接シェイクされ続けている状態に耐えきれず、おそらく背もたれにしていた大樹の根っこに嘔吐した。
『おそらく』と言ったのは、視覚だけじゃなく体性感覚すべてがおかしくなっちまったらしく、俺が今どんな姿勢で吐いているのかさえわからねぇからだ。今のところ、とにかく『地面』だと思う方向にぶちまけている。
だが、吐いた程度で治まってくれるはずもなく、永遠に続くと錯覚しそうな深部感覚の崩壊は、俺の中だけで和らぐことなく続いていた。
「げほっ! ごほっ! …………はぁ、はぁ、あ?」
目眩がほんのわずかに引いてきたと思ったら、まだ俺への変化は継続していた。
何度もえずき、感情を無視した反射行動で流れた涙が、俺がまき散らした吐瀉物の中に落ちたんだ。
歪んだ視界からでもわかる、赤い斑点になって。
「あ、あああああぁぁぁぁぁ!?!?」
遅れて俺にもたらされたのは、今まで体感したことのない、凶悪な頭痛だった。
痛みだけで頭蓋骨がプレスされたような激痛が。
何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も。
衰弱した俺をさらに追いつめていく。
「がはっ!! げぇ、っ!! う、っぐ、あああああっ!!!!」
目眩による胃液をまき散らしつつ、俺は正しく血涙を流し続けた。
それだけでは飽きたらず、耳や鼻の穴からも血があふれ出し、涙とともに地面を赤く染めていく。
ついでに、毛穴からは冷や汗と脂汗が大量に分泌され、どんどん学ランに染み込んでいった。
そうして、下半身を除く身体に存在する穴という穴からナニカが流れ落ちていき、俺の体力はゴリゴリ削られていった。
暗闇の中、独りでうずくまり、誰にも聞かれずに苦悶にあえぐ。
全身が冷えて意識が途切れそうになるこの感覚は、身に覚えがある。
王城の牢屋で『死』に抗っていた、あの時の感じにそっくりだった。
「ひゅー、ひゅー、ひゅー、ひゅー」
だが、この程度で死んでやれない。
紫の蹴りにより、長期間『死』に浸かっていた俺にとっちゃ、まだまだ温いと感じることが出来る。
また、この程度で狂ってやれない。
内から無限に湧き出す苦痛は、俺の『トスエル』を守るという信念によるもので、最初から覚悟していた代償だ。事前に身構えていれば、耐えられねぇことはねぇ。
そして、この程度で絶望してやれない。
結果的に大勢の人間を救ったが、俺の功績はほとんどの人間に認知されることもなければ、称賛されることもない。
にもかかわらず、全力を捧げて戦った代償は、『死』を連想させるほど重い。
一方で、俺の今までの行動がもたらした結果には、救われた命だけでなく、残虐に奪った命も存在する。
そんな俺が、気まぐれに町を一つ救ったところで、全身にべったりと染み込んだ怨嗟が帳消しになるわけでもねぇ。
客観的に見た俺の行動は実に滑稽だ。
勝手に殺し、勝手に助け、勝手に苦しんでいる。
何もかもが独りよがりで、自分勝手で、結果痛い目を見ている間抜け。
【普通】の名とは裏腹に、自らの『平穏』のために集団から排斥され続ける俺に残されるものは、『孤独』のみ。
人の温かさを知り、再び踏み込むのを拒んだ『孤独』に飲み込まれるのは、『死』に近しい恐怖や絶望を覚えるには十分だろう。
「ひゅっ、はぁ、はぁ、はぁ」
それでも、絶望しないでいられるのは。
果たすべき『契約』がある。
戻ってもいい『場所』がある。
待ってくれている『味方』がいる。
すべてを飲み込む『孤独』の中では、とても小さく頼りない『希望』だが、見えているならたどることが出来る。
恐怖に負けて立ち止まらずに、目的のために進むことが出来る。
だから。
この程度で、屈してやらない。
「『嘘は、吐かねぇ』と、アイツらに、言った。『約束』は、守るとも、言った。『信用』が、大事だとも、教えた……」
今もまだ、筋肉はよじれ、視界は回り、脳は潰されている。
「その俺が、自分の言葉を、反故になんて、できっかよ」
それでも、俺は笑顔を浮かべることが出来る。
「シエナ、ママさん、頑固オヤジ……」
脳裏にそれぞれの顔を思い浮かべ、胸に灯った温もりを糧にして。
「待ってろ、よ。『契約』だから、な」
俺を殺そうとする『絶望』の中にあってさえ、心の底から、屈託なく、笑うことが出来た。
それからも続いた《限界超越》のツケは、七日七晩俺を苛んだ。
失った体力や崩壊した筋肉など諸々は《永久機関》がオートで回復し、今じゃすっかり元通りだ。
治療には数日を要したが、幸い弱ったところを魔物に襲撃されることもなく、ただただ体力を取り戻すことに集中できた。
「……行くか」
そこから少しだけ息を吐き出してから、ゆっくりと立ち上がる。
空には朝を告げる太陽が昇り、木々の切れ間から日差しがこぼれ落ちていた。その中の一条に照らされ、空を見上げて目を細めた。
わずかな時間だが日光を身体に感じ、気分が和らいだところで足を踏み出した。
七徹した森はかなり木々が密集しており、俺の進む先に光はほとんどねぇ。太陽の存在を無視して降りる暗幕は、これからの俺の行く末を暗示しているかのようだ。
「……はっ」
そんな冗談にしては信憑性が高い考えを振り切るように、鼻で笑って森を進んだ。
上等だ、クソッタレ。
この世界の何もかもが俺の障害になるっつうんだったら、全部ぶっ飛ばして突き進んでやるまでだ。
自然のまま伸び放題の枝や葉を腕でどかしつつ、なぜかより暗くなっていく森を踏破するため、ひたすら前へと足を運ぶ。
向かう先は、決まっている。
俺の目標である『平穏な暮らし』に、シエナと交わした『契約』を加えた『未来』。
今はまだ、『孤独』だけが広がるこの世界を。
俺はひたすら、歩き続ける。
その果て、『未来』を迎えた先には、きっと。
『希望』があると、信じて。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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