88話 vs.ボスドラゴン
「ちっ!」
ぐんぐん接近するボスドラゴンに舌打ちを漏らし、《神術思考》で戦略を練り直す。
直接的な武器は残り三つの『木片』。これで出来ることっつったら、【普通】を付与した直接的なダメージか、『大気浸食』を広げる基点としての役割くらい。
だが、これが届く可能性はかなり低い。
『木片』による攻撃は、射程が俺のステータスによる投擲距離でしかねぇ。『異世界人』のステータスでそこそこ飛ばせても、ボスドラゴンの反応速度や移動速度を考えると、当たると思う方がどうかしてる。
同じ理由で『大気浸食』も上手くいくかは微妙だ。《限界超越》でスキルのリミッターを外し、浸食スピードはかなり上がっちゃいるが、ボスドラゴンとスピード勝負をすれば負けるに決まってる。
そして、ボスドラゴンが『大気浸食』で広げた《同調》の気配を察知する可能性があることが、最大の懸念事項だ。
もし、魔力と同じ要領で《同調》を感知されでもしたら、その時点で『大気浸食』を感染させることは不可能となる。
無限に『大気浸食』を広げられたらそんな心配をしなくてもいいんだが、素のレベルが低い《神術思考》の思考領域じゃ、どうしても《同調》に割ける情報量には限界が生じる。
現時点でレイトノルフの防衛用にかなりの思考領域を《同調》で埋めてるってのに、考えなしに『大気浸食』を広げちまえば、簡単にキャパオーバーに陥る可能性が高い。
だってのに、俺がボスドラゴンに勝利するためには、《同調》か【普通】でとどめを刺す以外に手段がねぇ。
考えれば考えるほど、詰んでるとしか言いようがねぇ。
「グラアアアアアッ!」
「もう来たのかよ!? 早ぇっての!!」
ろくに思考を巡らす暇もなく、気がつけばボスドラゴンは俺の前方のかなり近い位置にまで接近していた。
改めて肉眼で見ると、めちゃくちゃデケェ。圧倒的な存在感と生物の格を認識させられる威容だけで、気の弱ぇ奴なら気絶してるだろうな。
属性色っぽい鱗だったドラゴンたちとは違い、ボスドラゴンの漆黒の鱗は何もかもを破壊し、支配するという意思表示のようにも見える。赤いドラゴンよりも攻撃的でトゲトゲしいフォルムが、ボスドラゴンの攻撃性を如実に示しているようだ。
飛竜種っつうことで、散っていったドラゴンと同じワイバーン的な姿なのは変わらねぇんだが、威圧感やサイズが半端ねぇせいか、もう別の生き物のようにしか見えねぇ。もうコイツが魔王でいいんじゃね? ってくらいの迫力だ。
特に怖気を覚えるのが、ボスドラゴンの狂気に染まった目だ。満月を思わせる黄金の瞳の中で、縦長に裂ける真っ黒な瞳孔がこちらを捉え、【普通】の危険シグナルをガンガン鳴らす要因になっている。
気分は序盤でラスボスにエンカウントしたRPG主人公だな。俺も相当チートな存在だが、ラスボスが自由気ままに歩き回るバグゲーと比べりゃかわいいもんだと思いたい。
「っそがぁ!!」
少しずつ町から離れていたのもあって、俺のいる位置はレイトノルフの北から数キロの地点。なのだが、ボスドラゴンからすれば誤差程度の距離でしかねぇ。せいぜい数秒の時間稼ぎにもならねぇだろう。
必然、時間の余裕がねぇ分、俺が打てる手も自然と狭められる。
よって、与えられたわずかな時間の中で、ボスドラゴンをしとめなきゃなんねぇ。
そんな不条理に抗うような悪態とともに、俺は頭上へ左手の『木片』を放り投げた。リリースの瞬間に《機構干渉》で『異世界人』へ変更し、飛距離を稼ぐ。
「次ぃ!!」
一つ目を一旦放置し、すぐさま右手に握っていた『木片』を振りかぶり、ボスドラゴンへ投擲。《限界超越》も併用して上がった身体能力を駆使し、俺が出来る最大限の遠投でボスドラゴンへ向かわせる。
「グラアアアッ!」
「う、っく!?」
ぐんぐんとボスドラゴンへ飛んでいく『木片』は、しかし途中でボスドラゴンの意図的な羽ばたきで生じた風を正面から受け、失速した。遅れて襲いかかってくる風圧に、顔面をかばいつつ耐える。
元々が軽い木材であり、『異世界人』の平均ステータスで出せる投擲速度じゃ、ボスドラゴンの力の足下にも及ばねぇことはわかりきっていた。
当然、『木片』はボスドラゴンに達する前に勢いを完全に殺された。だけでなく、羽ばたきの風に負けて向きを反転し、行き以上の速度でこちらへ返ってくる始末。
腕の隙間から何とか見えたその光景に、慌てて横へ飛び退き『木片』をやり過ごす。あのボスドラゴン、的確に俺の頭を狙ってきやがった。何つう器用なデカブツだ。
「グラアアア、ッ!?」
俺の行動を無駄な抵抗と嘲笑うボスドラゴンの声音が聞こえたが、程なくしてその笑いも引っ込んだ。
そして、ボスドラゴンは慌てたようにその場から真横へ逃げ、何かから逃げるように高度を上げた。
「ちいっ!! まさか本当に《同調》の気配にも気づいたのかよ!?」
足下を気にしながら逃げる様子を見せるボスドラゴンに、俺の焦りはかなり強いものとなっていた。
ボスドラゴンが逃げているものは、俺が風で押し返された『木片』から延ばした『大気浸食』だ。
途中で吹き飛ばされたものの、実際に『木片』を飛ばした最大到達点から大気を移動させた《同調》は、後数秒でボスドラゴンの尻尾に接触するというところで気づかれた。
奴隷にしたドラゴンどもは《同調》の存在に気づいた感じが全くなかったから、あわよくばボスドラゴンも引っかかるんじゃねぇか? と少しは期待してた部分もある。
が、あの動きからして、ボスドラゴンが何らかの手段で《同調》に気づいたことは確定した。
物理的魔力的気配は一切ねぇはずなのに気づいた、っつうことは一種の第六感とか超感覚みてぇなもんか?
いずれにせよ、なんつう厄介な直感を持ってやがるんだクソ!
「だったら、気づけてもどうしようもねぇ方法で捕まえてやる!」
残り一つになった『木片』を右手に持ちつつ、《神術思考》で作った思考領域を《同調》の操作に集中させる。
ボスドラゴンの足下を追いかけていた『大気浸食』を極細の網のように広げ、接触の可能性を上げた。速度は全然足りねぇが、高度を落とせば絡めることが可能となる。
「グラアッ!?」
加えて、上へ上へと逃げようとしていたボスドラゴンの直上から、一発目で打ち上げた『木片』から延ばしていた『大気浸食』を落とす。こちらも『大気浸食』を網目状に広げ、逃げ場を極力奪うように心がける。
「グルッ!? グラアッ!?」
しかも、一発目の『木片』から延ばした『大気浸食』は、一つじゃねぇ。
ボスドラゴンからすれば頭上に加え、正面と左右からも『大気浸食』の網が襲ってきていることになる。首をキョロキョロさせているボスドラゴンからして、向こうも今それに気づいたようだな。
このように、最初から一つ目の『木片』は『大気浸食』のアンテナとしての機能を前提に投擲していた。物自体が小せぇから、ボスドラゴンに気づかれても無視してもらえる目算もあったしな。
そういう意味じゃ、二発目の『木片』は直接的な《同調》攻撃っつうよりも、一発目の『木片』から意識を逸らすためのブラフって側面が強い。もちろん、二発目の『木片』も『大気浸食』のアンテナに出来っから、無駄にはならねぇしな。
そして、ボスドラゴンが《同調》に気づいたのが、自分の身にかなり近づいてからだった。
つまり、恐ろしいほどの精度を誇るボスドラゴンの勘であっても、《同調》の察知はそれほど接近しなければならないほど、気配そのものは希薄だったということ。
それが何とかいい方向に働き、こうして四方八方を『大気浸食』の網で包囲することが出来たわけだ。
「グルルルッ……」
回りくどい方法で何とか罠にはめ、『大気浸食』に閉じこめたボスドラゴンは、徐々に迫ってくる《同調》の気配を鋭く睨みつける。
が、喉を低く鳴らして目を細めるボスドラゴンの姿は、勝負を諦めた奴のそれじゃなかった。
まだ、コイツは何か仕掛ける気でいる。
「っ!」
杞憂ではない確信を抱き、俺はさらに脳への負担をかけてでも『大気浸食』の速度を早めた。
この機会を逃せば、ボスドラゴンの討伐は不可能となる可能性が高いと悟ったからだ。
俺がボスドラゴンの力を脅威に思うように、ボスドラゴンも俺の力を脅威に感じたはず。
二度と俺の眼前には現れねぇだろうし、現れるとしても俺を攻略できる手段を見出した時になるだろう。
そうなりゃ、次に戦うとなればボスドラゴンが断然有利となり、俺の命はないものと思って差し支えない。
俺の力は『理不尽』ではあっても、決して『無敵』じゃねぇんだから。
そうでなくとも、これでしとめきれなきゃシエナたちが危険だ。
俺自身は【普通】があるからボスドラゴンに殺されずとも、俺が意図して防衛してきたレイトノルフには多大な被害をもたらすだろう。
偵察ドラゴンを遣わせたくらいだから、ボスドラゴンは最初からレイトノルフに目を付けて行動していたことは明らか。見逃してくれると考えるのは、楽観に過ぎるだろう。
一応俺の『大気浸食』で防御しちゃいるが、防げる範囲はかなり限定されている。町そのものを守護できたとしても、町の周囲まではカバーしきれねぇ。
それが大問題だ。
もしボスドラゴンがレイトノルフを潰そうとするなら、手っ取り早くブレスをぶっ放すだろう。すると、町の周囲が広範囲に焼き尽くされ、地面が赤熱化するほど地表温度が上昇する。さっき確認したから、間違いねぇ。
ドラゴンさえ跡形も残さず消し飛ばす威力からして、着弾箇所から生じる『熱』は尋常じゃねぇほど高まるはずだ。それこそ、人間が生きていけねぇくらいの高熱が生じてもおかしくねぇ。
そうなると、レイトノルフはまるで火山口に囲まれたような状態となり、地面が自然と冷却される頃には町中の人間は蒸し焼きになって全滅するのがオチ。魔法で冷やそうにも、生じる熱量を考慮すりゃ人間の魔法程度じゃ焼け石に水だろう。
運よくドラゴンブレスの熱による被害がなく、一時的に住民が生存できたとしても、レイトノルフの町が生き残るのは難しい。
何せ、この町は国境に設けられた流通の要所であり、資源のほとんどは外から仕入れてきたものだ。そもそも農村としての力がなく、あったとしてもブレスで農地は全部焼き尽くされる。こうして食料の供給路がまず断たれる。
そして、致命的なのが水源を失うこと。ボスドラゴンのブレスを止められなかったら、レイトノルフの地下を通っていると思しき上下水道は完全に破壊され、水道インフラは完全に停止する。
よって、ボスドラゴンのブレスを食らえば、レイトノルフは外部から食料も水も確保することが絶望的となり、いずれにせよ死の運命からは逃れられなくなる。
すなわち、俺自身は最悪生き延びれたとしても、『トスエル』との約束を破っちまうことになる。
頑固オヤジを、ママさんを、シエナを、見殺しにすることになる。
んなこと、やらせてたまるかってんだ!
「落ちろっ!!」
左手をボスドラゴンへ掲げ、手のひらを思いっきり閉じた。
意味ある行動じゃねぇが、確実に息の根を止めるという意志を込め、遠くに映るボスドラゴンの虚像を握り潰す。
着々と狭まる包囲網に、後少しで『大気浸食』が触れる。
そんな、勝利を目前にしていたタイミングだった。
「グラアアアアアアアアアアッ!!!!」
一際大きなボスドラゴンの咆哮がまき散らされ。
今までのボスドラゴンのブレスでさえ霞むほどの魔力が噴出し。
『大気浸食』の内部から気配を完全に消した。
「……なっ!?」
《限界超越》で感知範囲を広げていた《生体感知》で得た情報に驚愕を隠せず、信じられない気持ちで左手をどけて上空を見上げると、ボスドラゴンは『大気浸食』の包囲から確かに逃れていた。
先ほどの位置よりも斜め後方の上空へと身を躍らせ、ボスドラゴンは俺を冷淡な瞳で見下ろしている。
どういうことだ?
あのタイミングでの回避は不可能だったはず。
唯一仕掛けられなかったボスドラゴンの後方から逃げたにしても、すでにあの巨体をどんだけ折り畳んでも《同調》には触れちまうほど、包囲網は縮まっていたはずだ。
もちろん、さっきまで見せていたボスドラゴンの移動速度を計算しても、物理的に『大気浸食』から抜け出すなんてありえねぇ。
……ってことは、ボスドラゴンの『スキル』か?
あの状況を打破したことからして、系統は貞子の【結界】が有していた『空間転移』に属する効果を持っている可能性が高い。
思い返せば、配下のドラゴンと比べても、ボスドラゴンは奇妙なほど『気配察知能力』が突出していた。
視覚で確認することなく、奴隷ドラゴンの動きをかなり細かく捕捉しており、迎撃の指示も的確だった。ついでに、奴隷ドラゴンに撃たせた《同調》拡散ブレスへの回避も完璧で、付け入る隙さえ見あたらなかった。
俺はそれを『魔力反応』を由来にした『気配察知能力』のみだと思いこんでいたが、実はそれに加えて『空間把握能力』もあったとしたら?
その仮説を裏付ける証拠は、思い返すと他にいくつかあった。
奴隷化したドラゴンたちでボスドラゴンを取り囲み、ブレスを撃ちまくったあの時なんかは、最終的にこちらが魔力を集中させる前に迎撃していた。『魔力反応』だけで気配を察知していたのなら、出来るはずがねぇ芸当だ。
極めつけは、目前まで迫った『ドラゴン空爆』を回避した、目にも留まらぬ不自然な超加速。あれがもし加速ではなく、『空間転移』系のスキルだったとしたら?
ボスドラゴンの超常的な行動すべてに、説明がつく。
元々は無能力だっただろう貞子の例があるように、『空間』を操作できるスキル保有者は、副次効果としてレベルに応じた『空間把握能力』を有していてもおかしくねぇ。
魔力操作に秀でた魔物の頂点であるドラゴンは、素の『気配察知能力』は間違いなく高ぇ。そこに『空間把握能力』がプラスされれば、本来察知不可能な《同調》を認識出来たとしても、ありえねぇとは言いきれねぇ。
今まで使用を控えていたのは、たとえボスドラゴンであっても、『空間転移』系のスキルは魔力消費が無視出来ねぇレベルだからだろう。
つまり、『空間転移』系のスキルは、ボスドラゴンの切り札だったっつうこと。
そして、それに気づくのが遅れた結果、俺は千載一遇のチャンスを逃し、ボスドラゴンを野放しにしちまった。
発動前に見せた魔力放出からして、相当量の魔力を消耗したのは間違いねぇ。が、ボスドラゴンの様子を見る限り、ブレスが撃てなくなるほどの魔力を消費したわけでもねぇんだろう。
余力を残し、敵を前にしたボスドラゴンがやることは、一つしかねぇ!
「グラアアアアアアアアアアッ!!!!」
薄く笑みを浮かべたように見えたボスドラゴンは、意味ありげに天を衝く咆哮を上げた。そして翼を大きくはためかせた後、レイトノルフへ向けて飛行を開始した。
「させるかあぁっ!!」
それをむざむざ見送ってやるはずもなく。
俺は残り一つとなった攻撃手段である『木片』を振りかぶり、ボスドラゴンへと思いっきり投擲した。
直後、弾がなくなって必要なくなった『種族』を、《機構干渉》で『日本人』に戻す。
「ッ!」
『異世界人』の『筋力』に任せて飛んでいく『木片』は、若干ボスドラゴンの右側面へと進路を取り、右足の近くにまで上昇した。
そこから『大気浸食』を延ばしたが、やはり寸前でボスドラゴンは《同調》に気づき、逃れるように左へと体が流れる。
今だっ!
「グルッ!?」
体勢を崩した瞬間を狙い、俺は残された最後の手札を切った。
おそらく『空間把握能力』で察知しただろうボスドラゴンは、虚を突かれたように顔を上へと向ける。
「グラアッ!?」
そこには、すでに全滅したはずの緑竜が、猛スピードでボスドラゴンへ急接近する姿があった。
コイツが俺の『最後の一手』。
最初にレイトノルフへ襲撃をかけた、四体の奴隷ドラゴンの最後の一体。
ボスドラゴンとの攻防でも出現させず、ずっと雲より高い位置で気配を断たせて飛行させていた、ここぞという時の伏兵。
それを、上空から《疾風迅雷》を身に纏わせて助走をつけ、《限界超越》も上乗せしてトップスピードの限界をさらに超えさせてから、全身に【普通】を付与させた音速特攻。
事前の攻防で意識を俺へと極限に集め、『大気浸食』という手札を囮にし、俺が守ってきた物へ手をかけようとする寸前で生じるボスドラゴンの気の緩みを突く、とんでもなく回りくどい奇襲だ。
『大気浸食』の存在と特性を大まかにでも知られちまった今、もう一度『大気浸食』を発動しても逃げられることはわかっていた。
だからこそ、ボスドラゴンからしたら『存在しないはずの攻撃』を、『ありえないタイミング』でけしかける隙を、ずっと窺っていた。
その条件が、こんなギリギリになるとは思わなかったがな。
さあ、俺を出し抜いたと少なからず油断していたこの状況で、テメェは対処出来んのかよ?
その答えは、テメェの間抜け面が雄弁に語っている。
この勝負、俺の……っ!?
「グラアアアアアッ!!!!」
「なんだとっ!?」
が、ここでもまだ、ボスドラゴンは倒れなかった。
左に傾いたボスドラゴンの体は、三度不可解な軌道でガクンと落ちた。
まるで、思わぬところにあった段差に落ち込んだような、不自然な移動。同時にこそぎ落ちたボスドラゴンの魔力反応。
『空間転移』を使用したのは明白だ。
これによりボスドラゴンの魔力はかなり落ち込んだが、その代償に俺の『最後の一手』はボスドラゴンに触れることなく通り過ぎ、そのまま地面に墜落して無に帰した。
「マズい!」
緑竜とすれ違ったボスドラゴンは、そのままレイトノルフへ進行した。
慌てて後を追おうとするも、『日本人』のステータスでしかない俺の足で追いつける速度じゃねぇ。
振り返り、レイトノルフへ戻ろうと駆けだしたところで、無情にもボスドラゴンは俺の頭上を通り過ぎていった。
「くそっ!!」
悪態を吐いても状況は変わらねぇ。
それは俺が一番よくわかってる。
だが、考え得る中で最悪の事態を前にして、イラつかねぇ方がおかしい。
必死にボスドラゴンの背中を追うが、あっという間にその姿は遠くなり、レイトノルフの真上をも追い越して、高度を上げて空を昇る。
「グラアアアアアアアアアアッ!!!!」
盛大に羽ばたきを一つ残し、こちらへ振り返ったボスドラゴンは俺を見下し咆哮をまき散らした。
あの高さと首の角度からして、町ごと俺をブレスの範囲に飲み込むことが出来る。
それを理解して上げた雄叫びは、さながらボスドラゴンなりの勝利宣言なんだろう。
奥歯をかみしめる俺の表情に満足したのか、ボスドラゴンは両腕の翼をリーチが許す限り広げ、口元にブレスの魔力を収束させていく。
感じられる魔力からして、今までのブレスと比べると勢いは弱いが、ボスドラゴンからしたら関係ねぇんだろう。
ただアイツは、俺に知らしめたいだけだ。
俺が背にして守ろうとした物が、呆気なく崩壊する様を通して。
どちらが上手だったのか。
誰に楯突いたのか。
絶望と後悔を目の当たりにさせ。
俺の心を、粉々に挫くために。
アイツが今出来る最高の意趣返しを、俺へ突きつけようとしているんだ。
「く…………っ!」
届くはずがないことを理解して、俺はボスドラゴンへ右手を伸ばした。
今更足掻いたところで、俺に出来ることなんて何もない。
《同調》で動かせる手駒は尽きた。
《同調》を飛ばせる端末も、近くにはない。
新たな『大気浸食』を発生させても、ボスドラゴンの位置まで届かせるには、スピードも時間も足りない。
俺に出来ることは、もう。
何も、ないんだ。
「…………くくくっ」
そう。
俺が本当に、何もしてなかったら、な?
「手こずらせやがって、クソトカゲが」
俺に知らしめる?
どちらが上手か?
誰に楯突いたか?
笑わせてくれるぜ、魔物風情が。
その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。
「グラアアアアアッ、アッ!?」
勝利の歓喜に震えるボスドラゴンだったが、途中で明らかに声音が変わった。
直後、高密度に圧縮されたブレスの魔力収束がピタリと止まった。
それから、徐々にガスが抜けるように、集まった魔力が霧散していく。
「くはははははっ!!」
我慢していた笑いを爆発させ、俺はボスドラゴンへ掲げた右手を握り込むと、中指だけ天を指すように突き上げた。
「グラアアッ!?」
すると、ボスドラゴンはさらに困惑の声を上げ、弾けるようにその場から飛翔。直上へ向けてどんどん天高く上がっていく。
「残念だったな」
そのままボスドラゴンは雲を突き抜け、肉眼では豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった瞬間。
右手を握り込み、今度は親指を突き上げ、思いっきり指先を地面へ突き落とした。
「グラアアアアアアアアアアッ!?!?」
刹那。
今までのボスドラゴンからは考えられなかった絶叫が落ちてきた。
一秒ごとに大きくなるその声は、どんどん感情を変化させていく。
困惑、抵抗、焦燥、恐怖。
そして、程なくして大きくなっていくボスドラゴンの姿は、無様極まりない。
頭が下となり、翼は完全に折り畳まれ、頭蓋から背骨を通って尻尾の先まで一本の棒にでもなったように。
悲痛な悲鳴を上げながら、ボスドラゴンは自由落下に身を任せていた。
「最後に笑うのは……」
「グラアアアアア ッ!!!!」
そして、数分後。
天から堕ちてきた神が如き魔物は。
翼も。
魔力も。
肉体も。
何もかもを奪われて。
グシャッ!!
「俺だ」
脆弱で暗愚で低俗な人間の手により。
『存在』を粉々に砕かれ、消え去った。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV4》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV3》《同調LV4》)
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