83話 戦況分析
「ちっ! そういうわけだ、頑固オヤジにママさん! コイツ借りてくぞ!」
俺の口が勝手に動いた失態だが、ここで過ぎたことをあれこれ悔やんでる暇はねぇ。
素直な感情が漏れた舌打ちに近い音をきっかけにして、思考を切り替えて頑固オヤジたちに声をかける。
一度俺が許可を出しちまった以上、もうシエナの説得は不可能に近い。
なら、他二人を無理矢理にでも納得させた方が早ぇ。
「はっ!? ちょ、ちょっと待て!! そんなこと許せるわけが、」
「……わかったわ」
すると、即反対意見を出してきた頑固オヤジに最後まで言わせず、ママさんが震える声で許可を出した。
……頑固オヤジよ、アンタはこんな時でも扱いは雑なんだな。
「ミルダ!? 馬鹿なことを言うな!!」
「ティタネスさん。どのみち、私たちに出来ることなんて、何もないわ。なら、シエナちゃんのしたいようにさせてあげましょう?
それに、考えてもみて? 『トスエル』の借金が原因で、ずっと苦しんで震えていたシエナちゃんに何も出来なかった私たちと、咄嗟の機転でミューカスさんからシエナちゃんを守ってくれたヘイト君。
シエナちゃんにとって、どっちと一緒にいた方が安心なのかなんて、わかりきってることじゃない?」
「それは、っ……」
ママさんにとっても辛いだろう意見に、それでも言い募ろうとした頑固オヤジだったが、結局それ以上反論の言葉は出てこなかった。
こうして聞くと、ママさんの俺に向ける過大評価も大概だな。
安全はともかく、シエナの心情からしたらぜってぇ両親と一緒にいた方が安心だと思うぞ?
「ヘイト君、シエナちゃんのこと、くれぐれもよろしくね? 少しでもキズモノにしたら、後で責任とってもらうんだから」
そうして、ずっと震えを隠しきれないまま、されどいつものママさんらしい茶目っ気を利かせた台詞を絞り出し、娘の命を俺に預けた。
こんな、会って三ヶ月しか一緒にいなかった人間を、んな簡単に信用するっていうのか?
俺から提案しといてなんだが、コイツら、マジでバカばっかりだ。
「……任せてください。娘さんは、必ず無傷でお返しします」
だから、俺も腹を括った。
こうなりゃ自棄だ。
考えるだけバカをみるだけだってんなら、とことんまでバカになってやる。
恩には恩を返し、信用には信用を返すだけ。
俺に最低限残された『人』としての流儀に従って、俺が屁理屈ばっかの口だけ野郎じゃねぇってこと、体張って証明してやろうじゃねぇか。
「……あぁ、もう! 絶対だぞ! シエナを怪我させたら殺すし、テメェが死んでも殺すからな!!」
「あらあら、あなた。それはちょっと無茶だと思うわ。それに、本当に無傷で返されても、それはそれで残念ねぇ」
「お父さん、お母さん、私なら平気だよ。だって、ヘイトはいつも意地悪だけど、嘘だけは吐かないって、自分で言ったんだよ? そのヘイトが、私のことを絶対に守ってくれるって、約束してくれた。だから、心配することなんて、何も起きないよ」
少し調子を取り戻してきたのか。頑固オヤジは俺と同じくやけっぱちな捨て台詞を吐き捨て、ママさんは軽い冗談を飛ばしてうふふと笑みをこぼした。
とどめに、シエナは俺の発言をちょいちょい拾ってプレッシャーをかけ、根拠のない自信で笑って見せた。
ったく、全部責任負わされるこっちの身にもなってみろってんだ。
失敗したら死んでも殺されるんだぞ?
正気じゃやってらんねぇっつうの。
それにしても、シエナといいママさんといい、最初と比べりゃいい性格になりやがって。
こっちが否定しづらい言葉の誘導に、どっから湧いてきたのか理解不能なクソ度胸。
どういう経緯で身についたかは知らねぇが、将来ろくでもねぇ人間になってもしらねぇぞ?
まったく。
頑固オヤジもそうだが、いざって時になると女にゃ敵わねぇな。男って生き物はよ。
「すぐに戻る。行くぞ、看板娘」
「わかった!」
ママさんたちの了承が得られたんだから、ここにとどまる必要はねぇ。
思考世界を展開させていたスキルをすべて切り、すぐさま『トスエル』の扉を開け放った。
「帰ってきたら、たっぷり仕込みをやらせてやるからな!」
「ちょっとくらい遅れても、大丈夫だからね~?」
外へ出る寸前、背後から頑固オヤジとママさんの気が抜ける言葉でつんのめりそうになったが。
まるで買い出しかデートの見送りじゃねぇか。
凶暴なドラゴンが襲来した町中に身を曝す時のフレーズじゃねぇぞ。
何があっても守ってやるっつったが、最低限の緊張感は維持して欲しいもんだ。
「まずは冒険者協会に行く。もしかしたら、なんか動きがあったかもしれねぇからな。極力でいい、俺から離れんなよ」
「うん!」
気を取り直して。
俺が開け放った店の扉を閉めた看板娘を振り返り、先に駆けだした。
ステータスの差からして、俺が前を行ったところですぐに追いつかれるに決まってる。案の定、すぐに俺の後ろからシエナの足音が迫り、ぴったりと追いかけてきた。
最悪、姿を見なくても《同調》でシエナの現在位置を把握しているから、別行動になったところで迎えに行けるしな。
常に《神術思考》における思考領域の一部にシエナの意識を捉えつつ、まずは大通りへと飛び出した。冒険者協会の支部へと走りつつ、周囲の様子を確認する。
大通りに沿って規則正しく、隙間もないほどぎっしりと建物が延びていたレイトノルフの町並みは、すでにところどころが破壊されていた。
破壊された建物の様子からして、ドラゴンの羽ばたきかブレスかによる、強風で吹っ飛ばされたんだろう。通りのあちこちに建材だったらしい木の柱や木片が散乱していて、走るのにすっげぇ邪魔。
だが、こんなんでも【普通】にかかれば飛び道具になる。この様子じゃ町のどこにいても調達できそうだったが、念のため俺でも投げやすそうな木片をいくつか拾っておく。緊急時はこれで牽制すりゃいい。
学ランとズボンのポケットに一本ずつ、棒状の木片を突っ込みつつ道を駆け抜ける。
「ガアアアアアッ!!」
『きゃあああああっ!?!?』
すると、またしてもうるせぇ咆哮が大気を揺るがし、どこからか恐怖に染まった女たちの叫び声が聞こえてきた。
走りながら頭上へ視線を向けると、さっきも見た飛竜系のドラゴンがレイトノルフ上空を旋回し、こちらを見下ろしている。
外見の特徴は、腕と翼が一体化したワイバーン的な飛竜だ。緑色で光沢のある鱗が特徴的で、全体的なシルエットはやや丸っこくてスマートな印象を受ける。
《同調》で仕入れた情報によると、あのドラゴンどもが襲ってくる寸前までは、多少の時間的余裕があったような感じだった。『一時間もしない内に』ってことは、少なくとも三十分くらいの余裕があってもよかったはず。
加えて、ドラゴンについて飛び交っていた数少ない情報として、『大群』とか『多数』って言葉が出ていた。が、改めて上空を確認するとドラゴンの個体数は四。いくらドラゴンが災害並の魔物とはいえ、この程度で『大群』とは言わねぇ。
ってことは、コイツらは群ん中でも特に『敏捷』の高い、先遣隊か斥候の役割を担ってんだろう。で、ボスを含む本隊は後から合流ってか、面倒臭ぇ。
コイツらが先駆けて行動したのは、おそらくドラゴンの情報を察知した冒険者協会が使ったらしい、索敵用の広範囲探知型魔導具が原因だな。
探知系の魔法や魔導具はだいたい、微量な魔力を広域に散布する方法が一般的だ。その散らした魔力が遠くにいる生物と触れることで、対象のおおざっぱな大きさやシルエット、魔力量などを術者や魔導具本体に伝達する仕組みになっている。
その微弱な魔力をドラゴンが拾い、ボスが命令を下してコイツらに敵情視察をさせた、ってのが真相だろう。
魔物のランクはステータスの高さもそうだが、何より『魔力の扱い』に秀でた種ほど高位に位置づけられる。
この世界の魔物の中じゃ、ぶっちぎりの最高位として扱われるドラゴンともなると、ほんのわずかな魔力による変化を察知できたとしても不思議じゃねぇ。
先手をとるための探知行動が、逆に敵側の先手を打たせるきっかけになっちまったんだな。
通常なら魔物が到着する前に異変を察知して、すぐに行動した協会の判断は迅速かつ適切だったが、今回は相手が悪すぎた。
こんなイレギュラー中のイレギュラーに巻き込まれるなんて、この町もついてねぇ。
「うわあああああっ!?」
「助けてくれぇ!!」
「逃げろ! 逃げろぉ!!」
町中を進むにつれ、ようやく俺ら以外の人間の姿を見かけるようになった。
すれ違う奴全員が、取るものも取り敢えず荷物を持ち出した様子で、我先にと町の外へと散っていく。
俺の《同調》で得た情報じゃ、協会は冒険者を避難誘導に動かしてるはず。だが、実際は誰かからの統率がある動きじゃなく、個人個人が勝手に判断しているようにしか見えない。
よく観察しても、逃げていく市民たちの近くに冒険者の気配はない。つまり、護衛も誘導もなく、無秩序に行動していることになる。
っつうことは、ほとんどの冒険者はドラゴンに臆して逃げたか? 情報をいち早く察知できたと推定されるのは冒険者だし、上位ランクの冒険者がいねぇんじゃ、命惜しさに逃走してもおかしくねぇ。
まあ、レイトノルフの冒険者は持ち家・妻子持ちが多いから、一般市民の誘導よりも身内を優先させたんだろう。実際に現れたドラゴン相手に立ち向かう度胸もなく、家族とともにトンズラした、ってところか。
ったく、本当に使えねぇな、ここの落伍者どもは。『トスエル』へのクレームで見せた威勢の良さは、こういう時にこそ発揮すべきだろうが。
にしても、マズいな。
下っ端の襲来でこれだけのパニックだ。もしドラゴンのおかわりが大盛りマシマシで押し寄せてきたら、より一般人の暴走は加速し動きが読めなくなる。
《同調》で町の住民全員を掌握してるっつっても、全力戦闘を行うとなると一人一人に意識を割く余裕なんてねぇ。
イコール、まともな方法じゃレイトノルフにゃ大勢の死人が出ることは避けらんねぇ。
ぶっちゃけ、俺個人としちゃ関わり合いのねぇ他人の命なんて知ったこっちゃねぇが、『トスエル』にとっちゃ急激な人口減少はかなりマズい。
『トスエル』の業種である飲食業も宿屋業も、メイン顧客は『冒険者』のサービス業。
ドラゴン騒ぎで収入源がいなくなるのに加え、金づるに仕事を与える一般人まで減れば、人の流れは完全に停止。移転か閉店を余儀なくされる。
が、『トスエル』はようやく経営がマシになってきたところだ。別の地に移って新たに店を構えられるだけの余力なんざ残ってねぇ。どころか、家族三人が住める新しい住居さえ用意できるか怪しい。
よって、俺が『トスエル』の連中だけを助けたんじゃ、シエナたちのその後の生活は破綻させちまう。それじゃあ見殺しにしたのと同じだ。
結論として、俺の勝利条件は『トスエル』を無傷で生き延びさせることを前提に、レイトノルフの都市機能を回復可能なレベルに維持したまま、ドラゴンを全滅させること。
実質、この町丸ごと、俺一人で、ドラゴンから守る必要がある、ってこった。
おいおいどんな無理ゲーだ?
ドラゴン四体程度の襲来後数分で、すでに概算10%の都市崩壊が進んでんだぞ? 難題ふっかけすぎだろうが。
せめて使える戦力を数百単位でよこせっつの、パワーバランス考えろ運営。
……って、誰かに文句が言えたらよほど楽だったんだがな。
うだうだ騒いだところで、ねぇもんはねぇんだ。
だったら、俺に使えるもんを使い潰して、最善を導き出すしかねぇ。
「あっ! ヘイト、あれっ!!」
人の波に逆行し、目的地だった冒険者協会がすぐそこまで迫った瞬間。
駆け足で俺の後ろにいたシエナが、視線を上向きにしつつ叫んだ。
俺の後ろで突き出された人差し指の先には、すでに全壊となった冒険者協会支部の残骸が広がっていた。
さらにたどると、瓦礫の中にたたずむ一人の女に向けられている。周りには何人もの人間が倒れており、まだまともに動けそうもない。
そして、指から外れた視線の先には、一体の飛竜。大きく息を吸い込み、口内には呆れるほどの魔力が渦巻き凝縮していく。
今まさに、風前の灯火である冒険者協会を吹き飛ばす、最後の一吹きが放たれようとしていた。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV4》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV3》《同調LV4》)
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