第四章 霊媒師OJT21
「それにしても見事な夜桜だ。ここで熱燗なんか飲んだら最高だろうねぇ」
両手を腰に「ほっほっほっ」なんて呑気に笑う先代は、数で勝負の不揃いな電気桜を、目を細めて眺めてる。
僕は先代に聞きたい事がたくさんあった。
ココは一体どこなのか?
社長は無事でいるのか?
先代はどうやってココに来たのか?
僕達は帰る事ができるのか……?
たくさん教えてほしい事があるけど、今一番の優先順位。
真っ先に聞かなければならない事がある。
それは、
「先代!天国ってどうやったら行けるんですかね?」
「ん?天国?」
「あれ?天国じゃないのかな?それでなければ……あ!極楽浄土?先代、僕は田所さんに極楽に行ってもらいたいんです。除霊とかお祓いとか、そういうのじゃなくて、ちゃんと成仏してもらいたいんです。でもまだ研修でそこまで習ってなくて、どうしていいかわからなくて困っていたところに先代が来てくれて、それで、」
「田所さんというと……ん、そこにいる可憐なお嬢さんの事かな?」
『か、可憐!?』
急に話を振られた田所さんが素っ頓狂な声を出した。
先代はニコニコと一歩前に踏み出すと、
「初めまして、お嬢さん。私は持丸平蔵、享年78才です。岡村君が勤める“株式会社おくりび”の元代表で、先月肺炎で死んだから、私もお嬢さんと同じ幽霊です。私、自分で言うのもなんですが生前はモーレツな仕事人間でしてねぇ。もう死んだってのに、まだまだ仕事し足りないの。だから、ふふふ。いまだ成仏しないで会社に憑りついてるんですよ」
先代の名前って持丸平蔵さんだったんだ……。
そういえば入社前に見た会社のホームページに書いてあったような気がするけど、ずっと先代って呼んでたからすっかり忘れてた。
にしても先代って78才なのか……若いなぁ、60代後半って言っても通じそう。
『は、初めまして、田所貴子と申します。あの、私、持丸さんの会社の大事な社員さんに……岡村さんには迷惑ばかりかけてしまって……その……首も絞めちゃったし……だけど岡村さんはこんな私にとても優しくしてくれました。ここにたくさん咲いてる桜もぜんぶ岡村さんが造ってくれたものだし、私の話もいっぱい聞いてくれて、本当に、本当に、、嬉しかった……』
「なんと!この桜、岡村君が造ったの?ああ!そういえば光ってる!これぜんぶ放電で造ったの?やるじゃない!さすがは私が見込んだ子だっ!すごいねぇ!きれいだねぇ!天才だねぇ!」
あ、褒められた。
しかも天才だって。
どうしよう、めっちゃ嬉しい!
ニマニマ顔の僕と真逆に、田所さんの顔には不安と心細さが浮かんでる。
そして彼女は先代にこう聞いた。
『持丸さん……今は……3月なんですってね』
「はい、その通り。3月ですよ」
『やっぱりそうですよね。私、ずっと今は8月だと思ってて……だけどそれは違うんだって、3月なんだって、さっき岡村さんに教えてもらったんです。持丸さん、私ね……自分が死んだ事はわかってます。私……8月に殺されたんです』
「ええ、そうでした。8月でしたねぇ、覚えてますよ。お嬢さんの事は当時ニュースで騒がれてましたから」
『私の事がニュースに?そうですか……あの、今は何年なんでしょう?“当時”って事は……私が死んで、その…どのくらい時間がたってるのでしょうか……?』
「今年は2018年。お嬢さんが亡くなった2007年から、ひいふうみい……かれこれ11年がたっています」
『11年……?えっ!そんなに!?だって私、ついこの間アイツに殺されて、救急車が来てユリが運ばれて、そのあと遅れてやってきた警察がアイツを捕まえて……それで……それで……それからどうしたんだろう?私……しばらく眠って……夢を見た……のかな……?捕まったはずのアイツがまた部屋にやってきて……だから私……ユリを守る為に立ち塞がって……それから別の日にはユリもいた。ああ……でも……ユリにしてはもう少し大きな子だったような……でも守らなくちゃって、それであの子を抱き締めようとして……悲鳴が……』
「お嬢さんが亡くなったあと、あの部屋はまた人に貸し出されるようになったんですな。それで……お嬢さんが夢の中で見たという、あなたを殺した元配偶者と娘さんというのが、新しい入居者の人達だったんですよ。あれだけ壮絶な最後を迎えたんだ。お嬢さんは知らないうちにこの部屋に縛られてしまったんだろうねぇ」
『私……そんなに長い間この部屋にいたの……?アイツやユリだと思っていたのも、まったく関係の無い人達だったの……?』
「そういう事になりますかな」
『どうしよう……そんな関係の無い人達恐がらせて……ああ、それに大家さんにも迷惑かけた……大家さん、私やユリをいつも心配してくれて、あんな男と別れて早く実家に帰れって言われてたのに……煮え切らない私に呆れてたけど、それでも夏祭りに行くユリのためにオレンジ色のかわいいワンピースを縫ってくれて……ユリはそれを着て大喜びしてたのに……恩のある人にも迷惑かけて……私……最低だ』
田所さんはそう言って泣き崩れてしまった。
先代は悲しそうな、それでいて優しい顔で彼女の頭を撫でている。
僕はといえば泣きじゃくる彼女を前にオロオロしながらも、ひとつの疑問にとらわれていた。
田所さんは11年もの長い時を、数日しか経っていないと思い込んでいた。
その間、新しく入居した関係のない人達を、あの男やユリちゃんだと誤認して、彼女の最後の日を繰り返してきた。
その事が原因で困っていたオーナーさんが、この部屋のお祓いにと最初に依頼したのが近所のお寺さん。
そして2番目に依頼したのがウチの会社。
どちらの霊媒師もアパートに辿り着かないよう、お祓いが出来ないようにと、見えない力によって妨害され足止めを食らっていた。
当然僕達は、妨害していたのは田所さんだと思っていた。
だけど……田所さんと最初に会った時。
僕は“霊媒師見習いの岡村英海といいます”と名乗ったんだ。
もし田所さんが妨害してたのなら、霊媒師だと(見習いだけど)明かした僕に、
“おのれ、あれだけ邪魔してやったのに、よくぞここまで辿り着いたなぁ!ドワハハハハハ!”
とか、そういう類の事を言わないだろうか……?
いや、ごめん、今のは言いすぎ。
田所さんのキャラ的に“おのれ、”とか“ドワハハハハハ”はないわ。
まぁ、細かい事はいいとして。
それにもう1つ。
僕が霊媒師だと名乗る前。
彼女は今までの入居者にしたのと同じように、そこにはいないユリちゃんを守ろうと両手を広げ立ちはだかった。
だけど岡村英海というフルネームと霊媒師である事を告げて初めて、僕があの男じゃないと認識したんだ。
あのあとの彼女の対応は、夢うつつだった訳じゃない。
ちゃんと僕を見て、僕に向かって意見をぶつけてきた。
ついでに首まで絞めてきた。
とにかく……11年の時が流れた事も知らず、夢うつつの世界にいた田所さん。
あの感じだと自分を滅する為に祓い屋が来る事なんか知らなかったんじゃないかな。
だとすると、それが彼女じゃないのなら、妨害していたのは一体誰だったんだろう……?