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男子高校生の日常
作者:
 男子高校生とは不思議な生き物だと思う。
 大体十五から十八ぐらいまでの期間、高等学校に通学する人間の雄を一般的に『男子高校生』と呼ぶが、これがまたどうしてか、その生態はとても神秘的だ。

 それは何故だろうか。
 出来れば、高名な学者か文学者か教育者とかに、専門的に調査してもらって、論文などを提出して頂きたいのだが、恐らくそこまで暇な大人はこの不景気な日本には居ないだろうし、居てもくだらなすぎて、研究する気も起きないだろうから気にせず話を進めようではないか。
 かくゆう私も、そんなくだらないことのために人生の有限なる時間と体力と金銭を無駄にする気は毛頭ないので、あしからず。


 さてさて、
 こんなやる気の欠片さえ見当たらないこの作者であるが、なんと自分でも驚いたことに、先ほどの条件に自分を照らし合わせてみたところ、どうやら自分は『男子高校生』のカテゴリーに入るらしいではないか。
 先ほどは、失言を申し上げて誠に申し訳ない。男子高校生はとても良い子達です。


 ん? 下らない話はいい加減にしろ?
 これはまた申し訳ないことをした。こんな駄文を読んでいる時点でアナタも相当な暇人だろうからてっきり私の話に付き合ってくれると思っていたのだ。反省しよう。ハハハ


 さてさて、さてさて。
 高校生とはとても神秘的な生き物だ。
 学校という共同生活空間の中で、好き勝手に暴れる獣と言っていいだろう。
 獣といっても多種多様。小型から大型まで、鳥類から甲殻類まで、草食から肉食まで、夜行性から昼行性まで。
 真面目な話、丁度大人と子供の中間に位置する彼らの価値観は、今の大人社会には見えない何かが見えているのかもしれない。


 馬鹿でスケベで自分勝手で意味不明で挙動不審で、
 たまに熱くて涙もろくて優しくてかっこよくて男前な、
 彼らの生態を見ようではないか。










【弁当と連想とアイアンクロー】


 母親の弁当に文句は無いつもりだが、”おでん”だけは勘弁して欲しい。

 と、弁当開放一番にげんなりした顔を浮かべた織田隆介おだしょうすけは心の中で呟いた。
 一段作りの幅の広い弁当には、半分に白米を詰められ、もう半分には大根・コンニャク・竹輪・玉子・はんぺんなどそうそうたるメンバーだ。
 早速、おでんのよく味の染みた出汁が、白いご飯と混ざり合ってグッチャグッチャのベッタベタになっていた。
 そっと箸でつまんで口に放り込むが……出汁と白米が最悪のハーモニーを奏でていた。要するに激マズ。

「……ご愁傷様だな」

 となりの席に陣取っていた友人の小阪秋伸こさかあきのぶが、厳かに弁当に手を合わせる。
 チラリと隣を見ると、小阪の家の弁当は綺麗に小分けされ、しかもウインナーが蛸になっている。
 ちくしょう羨ましい。コイツの母ちゃんは弁当に凝るタイプか。と、恨めしい眼でたこさんウインナーを口に放り込む友人に内心呪言を囁き、睨む。

「ところで、織田。頼みがあるんだが」

 昨日の晩飯がおでんだったからって…と思っていた所に、小阪がニッコリと言うにはあまり可愛くない笑顔で話しかける。
 午後の授業を乗り切るために、黙々と機械的にグチャグチャのご飯を口に放り込む織田には、その気味の悪い笑顔で大体のことは察しが着く。
 先手を打って、釘を刺しておく。

「課題なら見せんぞ」

「なっ!!」

 図星を突かれた人間が発する典型的なリアクション。
 分かりやすい奴だ。と心の中で微笑む。もちろん表情には出さない。

「何故分かった!?」

「今回で十二回目だから」

 淡々と突っ込む。
 ぐちゃぐちゃご飯は口に放り込むほどに気持ち悪いので、早めに食ってしまいたかった。
 冷めた口調で突き放された小阪は、どうやら逆ギレの方向に持っていくらしい。

「べ、別にいいじゃんか、減るもんでもないし!!」

「野生の猿は餌付けしてから人間の里に来るようになったんだってさ」

「くっ……親友だろう!?」

「親友って言葉が安っぽく聞こえるから言い直せ。ほら、”お願いしますご主人様”ってな」

「このドS野郎がぁぁあああああああ!!!」

 小阪の絶叫が、昼休みの教室に木霊する。
 数人の女子が驚いてこちらを向いたが、その他は気にも留めずに各々楽しそうに過ごしている。
 良くも悪くも(八割方悪いほうだが)、この教室ではいつもの光景なので今更気にする人間の方が少ない。
 グチャグチャと口の中で不快な音を奏でる白米を噛みながら、織田はせせら笑う。

「キミ…自業自得って言葉知ってるか? あ~キミには難しすぎたかな」

「ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 立ち上がって襲い掛かろうとする小阪を、見かねた周囲の男子生徒が羽交い絞めにして押さえる。
 段々調子が上がってきた織田は、足を組んで大仰に構える。

「誠意を見せてくれなきゃ駄目だよキミ。ホラ、地面に手を付いて頭擦りつけてお願いするポーズがあったよな? なんだっけアレ? 小阪君、ちょっと再現してくれないかな?」

「う、うわぁぁん! 織田が虐めるーーーーーー!!」

 アハハハハーという織田の高らかなSッ気満載の笑い声と、シクシク泣く小阪の呻き声が教室に響く。
 女子生徒全員が無表情ながらドン引きしていることを、二人は知らない。

「お、お前がその気ならコッチにも考えがあるぞ!」

 若干、目元が潤んでいる小阪が挑むように睨みながら突然叫ぶ。
 ほぅおもしろい。と、こちらも何だかんだで楽しんでいる織田が応える。


「排水溝のヌメリ!!」

「………は?」

「油ニキビ潰した時のドロッとした液体!!」

「……いや、お前いきなり何言い出しだして…」

「生ゴミに居るウネウネぐちゃぐちゃしたウジ虫!!」


 ぐちゃぐちゃしたウジ虫? うじ虫…ぐちゃぐちゃ………グチャグチャ?
 ふと、織田は手に持った弁当を見る。ぐちゃぐちゃのごはん。
 そして、同時に、小阪の言葉が脳裏をよぎる。
 排水溝のヌメリ・油ニキビの油・ウジ虫。


「ミミズを磨り潰した肉をたっぷりかけたミミズ丼!!」

 瞬間、小阪の言葉が織田の頭の中で想像に変わる。
 頭の中で、ミミズが磨り潰され、ご飯にたっぷりかかり、排水溝のヌメリとうじ虫と、最後に油ニキビの油が隠し味に加えられた特製丼が、織田の頭の中で完成する。

 すると…どうだろうか、
 三大欲求であるはずの、食欲が音を立てて崩れ去った。 


「…おい、小阪」

「フハハハハ!! どうだ思い知ったか、おーだー!!」


 スッキリした笑顔と高らかに笑い挙げる小阪の、こめかみに。
 スッと迫った手が、静かに、しかししっかりと食い込む。






「死刑執行」



 ちなみに、教室の男子数人が、箸を置いて小阪の制裁に参加したは言うまでもない。












【女子とオタクとドックタグ】


 始めから理解してもらおう何て思っちゃいない。
 人はそれぞれ趣味や嗜好違うのは当たり前だろうし、それを他人に無理に理解しようとされても気まずくなるだけだ。
 ただ俺の趣味は、読書とか釣りとかスポーツとか、そんなありふれた趣味とは少し違った、
 いわゆるマイナーな趣味だというだけだ。そこに罪は無い。

 更に言わせてもらえば、
 男の子なら小さい頃には誰でも好きだった、戦隊・乗り物・ライダーなどが、この歳でもその頃の少年の心を忘れずに、そして、ちょっぴりマニアック…もとい、専門的になってしまっただけなのである。

 しかし、それをわざわざ他人に理解してもらおうとは思わない。
 知られて「え~微妙~」といわれるぐらいなら、言わないほうがいいのである。

 特に、女子に知られたら……考えたくも無いことだ。



「フム。やはりベレッタF92のデザインは最高だな。しかし、SIG・SAUERのシンプルで無骨なデザインも悪くない」

 木下英太きのしたえいたは、世間一般的に言う”ミリタリーオタク”である。
 今日も教室の隅っこの自分の特等席で、ブックカバーの付いた単行本サイズの銃器専門書を読む。
 この本は、拳銃・SMG・軽機関銃・重機関銃・スナイパーライフルまで、多種多様な銃器を、オススメの物を重点的にピックアップしてその性能を詳しく解説してくれている。
 本当は、もっと分厚くてデカイ本が家に数冊あるのだが、学校に持ってこれるサイズはコレが限界だ。


 周囲の生徒達は英太のことなど気にする風もなく普通に昼休みを過ごしている。
 別に英太に友達が居ないわけではない。友達も比較的沢山居るほうだし、人付き合いも得意だ。
 しかし、英太は学校の時間と趣味の時間は分けるタイプだ。しかも、学校生活に趣味を持ち込まないかと言われれば、決してそうではない。偶には今日のように小さな本を持ってくるし、


 毎日欠かさずに見に着けている物もある。


「ねぇねぇ英太くん」


 不意に、コルトガバメントのページを開いて性能解説を熟読していた英太の頭上に、
 耳に心地よく響くような、ソプラノの声が聞こえた。
 一瞬気付かずにそのまま読書を続けようとして、その後慌てて、顔を上げる。
 同時に、手に持っていた一見すれば普通の文庫本のように見える……実際には素人には何が書いてあるのかも分からないようなマニアック知識が詰められたマニア好みの……ブックカバーの着せられた本を残像の出来る速度で閉じてカバンの奥底にしまいこむ。
 怪訝そうな表情を浮かべる声の主に気付かれないように、一回深呼吸をして口を開く。

「…………何だよ、三宅」

 若干、低く機嫌の悪いような声になってしまったのは英太のせいでない。
 内心で、何でもっとソツなく「やぁ三宅さん、いい天気だね」とか言えねぇんだ俺のバカ! と自己嫌悪に陥っているのも内緒だ。
 しかし、その心の叫びを知らない目の前の少女は人懐っこそうな笑顔で、英太を覗き込む。

「さっき読んでたソレ、何読んでたの?」

 三宅真由美みやけまゆみ。活発そうな大きな瞳と揃えたショートカットが印象的なクラスメイト。
 元々物怖じしない性格なのか、男女共に友達が多く、例え友達でなくてもズイズイ話しかけてくる。
 合わせて、何かと世話好きな性分もあるのか、たまに一人で居る英太にも積極的な女の子。
 委員長タイプか幼馴染タイプかハッキリしろよ! …というのが英太の素直な感想である。


 そして、知ってか知らずか…いや、九割九分九厘知らずだろうけども、
 一応、「今趣味の時間なんで話しかけないでオーラ」を全開で放出していた英太の、地雷地帯をいとも簡単に単独突破してくる過激派天然少女でもある。
 言うまでもなく地雷とはこの本である。


「……え~~っと……しょ、小説?」

 テンパった末、語尾が疑問系になる。
 アンタには一生理解出来そうにも無い特殊趣味の人向けの本です。とはとてもじゃないが言えない。
 思わず、当たり障りの無い嘘を付くが、額にはタラリと汗が流れる。

「へ~おもしろい?」

「うん。まぁ。おもしろいぞ」

 自分個人的にはH&KMP5シリーズをちゃんと載せて欲しいけどね。
 とは当然言わない。言ったところで鳩が豆鉄砲喰らったような顔になるだけだろうが。
 興味津々。と顔に書いてある三宅は、更にグィっと英太に詰め寄る。

「ジャンルは?」

「う~~ん……SF…かな」

 H&KXM8などは最新技術の詰まった武器なので決して嘘ではない…はずだ。
 ダラダラと額を滝のように汗が流れるが、三宅に英太の様子に気付いた素振りは無い。


「面白かったら私にも貸してね♪」


「…そう…だな」

 まぁおそらく・十中八九・九分九厘この本はお貸ししない。
 余りにも三宅の邪気の欠片も無い笑顔が眩しいので、英太は意味もなく罪悪感で目線が下がる。
 別に校則に反する行為をしているわけでもないのに、この罪悪感は何なんだろう。

「ところでさ、英太くん」

「…なんだよ。まだ何かあるのか?」

 若干ゲッソリした表情の英太に気付いた様子も無い三宅が、英太の胸元を指差す。

「そのネックレス、いつも着けているね。お気に入りなの?」

 三宅が指差す英太の胸元には、細いネックレスのようなものが。
 制服の第一ボタンを外した上から、銀色のボールチェーンが少し覗いている。
 ちらりと自分の胸元を伺った英太が、制服の中からそのチェーンを引っ張り出し、三宅に見せる。
 チェーンの先にはステンレス製の板が通してあり、その板には文字が刻まれている。

「ああこれ? ドックタグって言うんだ」

「ドックタグ? 犬なの?」

 グィと、三宅がドックタグを覗こうと、必然的に英太との距離を縮める。
 フワリと、丁度英太の鼻腔近くに三宅のサラサラした髪と白いうなじが接近し、女の子特有のシャンプーと汗の匂いが混ざった甘い香りが英太の脳みそに直撃弾を投下する。
 一瞬、甘い香りに頭がクラリとして理性が全面降伏宣言をしそうになるが、なんとか持ち直す。

「ほ、ほら、ここに俺の名前と生年月日と血液型と出身地が書いてあるだろ?」

「あ、ホントだ。bloodtypeって血液型のこと? へ~英太君専用なんだ~」

「そうそう、コレってアメリカ軍とかが使ってる奴なんだけどさ」

 自分で言ってから少しドキッとする。アメリカ軍とか、普通の女の子引くだろ。と自己嫌悪に陥り、ついで軍オタだってばれてないかな?とチラリと三宅を伺う。
 どうやら、三宅は全く気にしてないようだ。英太は小さくホッと息を付く。
 その後、制服の中からチラリと見えた三宅の胸元にドキンとしたのは内緒だ。


「こ、ここに個人情報か書かれているから、何かあっても俺の身元が直ぐに分かるって優れ物だ」


「何かって?」


「え。え~~っと……地震とか火事とか事件とかに…巻き込まれた時?」

 何故か、そこで三宅が黙り、一瞬空気が固まる。
 お、俺何か変なこと言ったか!? と内心パニックになりながら、三宅を見る。
 暫くドックタグを見ていた三宅は、不意にクスッと吹き出し、続けてクスクスと笑い続ける。
 怪訝な顔をする英太を差し置いて、三宅は可笑しそうに口元を押さえる。

「すごいね~英太くん」

「何が?」





「身元不明になるぐらいの事件に巻き込まれる事想定して生きてるんだね♪」





よ、よよよよよよよよよよよ余計なお世話じゃぁぁぁああああ!!!


 と、心の中で泣き叫んだ、今日の英太の昼下がり。









【青春とチャイムと一番乗り】



 学校とは、生徒一人一人が青春を見つける場所だと思う。
 15から18までの三年間を、どう自分に合った青春を見つけてすごせるかで、大人になった後の高校時代の思い出は変わってくる。と言うのが俺の持論だ。

 その見つける青春なんて、言ってしまえば何でもいいのだ。
 コレが青春でコレは青春じゃない、なんて線引きは無いし、青春なんてものは生徒の数だけ存在する。
 勿論、部活で全国を目指すのも青春だし、恋人と過ごす恋愛も青春だろう。
 必死に勉強していい大学を目指すのも青春だし、極論で言えば、何もせずにボケーっとすごすのも青春だ。
 他にも、趣味に生きるのも青春だろうし、友達とバカ話をしてすごすのも青春だ。


 もう一度言おう。青春とは生徒の数だけあるものだ。

 ならば、

 俺は、”食事”に命を懸ける。




「オイ、そこの馬鹿。なにやってるんだ」

「見て分かりませんか先生」

「存在として認識出来ているし、知識としてお前の今やっているポーズは知っているが、状況として理解出来ないからもう一度聞こう。オイ、そこの馬鹿。なにやってんだ」


「何って………」

 怪訝な顔をする男性教諭に向かって、小柳大和こやなぎやまとは真剣な顔で、首だけを先生に向けて言い放つ。

「クラウチングスタートですけど」

「誰かこの馬鹿叩きのめせ」

 数人の男子が無言で立ち上がり、教室の外の廊下で両手をつき、足を高く上げている大和に向かってゆっくりと近づく。

「あいや、待たれい!!」

 それを大和は、ポーズは崩さず、首を捻り右手を向かってくる生徒に突き出す形で制止した。
 男性教諭はメンドクサイ生徒に関わった…と頭を抱える。

「今日は何曜日かアナタは知っていますか?」

「たしか金曜日だったはずだが」

「そう金曜日!!」

 ビッシィ! と、大和の人差し指が勢い良く男性教諭を指し示す。
 歩み寄る足を止めて、どうすればいいのか、と教諭を伺う男子生徒は取り残されたまま、大和はまるで日本を変えようとする政治家のように良く通る声で演説を始める。クラウチングスタートのポーズのまま。

「金曜日と言えば何か? そう、この学校の食堂で金曜日限定発売される「しっとり過ぎるプリン」において他は無い!! あの白雪姫を思わせる雪のような白く滑らかな色と、女性の肌を思わせるむっちりプニプニそれでいて揺らせばプルプルとゆれるあのフォルム!! その魅惑の裸体を恐れ多くもこの俺がスプーンで一口すくわせて頂いて、更には恐悦至極にもこの俺の生命活動の糧としてこの口の中に御投入頂いた時の体を迸るえもいえぬ快感と言えばもう言い表すこともおこがましい!! しかし、あえて享受者代表としてこの俺が味の感想を言わせて頂くとするのならば、口に入れた瞬間のあの舌全体を絨毯爆撃したような衝撃と共に、その舌全体を一気に癒すようなあの滑らか過ぎる食感!! そして全てのバランスが神の所作としか思えないあの絶妙なる甘味!! これは人類という汚らしい生物がこの世に残したどんな世界遺産よりも美しく……(以下略)」


「ぐわーうるせぇ。要は学食のプリン狙いなんだな」

 途中で話を聞くことを放棄した男性教諭が、適当に検討をつける。
 ソレに対して、なぜか満足気な表情の大和は、親指をグッと突きたてて応える。

「俺の貧弱なボキャブラリーでは表現出来ないが、要約すればそうゆうことッス!」

 ゲンナリとした表情の男子教諭は、もう何もかも諦めたと言うよりは、何もかも投げ出した感じの顔で、手をヒラヒラと降った。

「分かった分かった。せめてチャイムが鳴るまでこの教室に居ろ」

「それなら心配後無用」

 やけに自信ありげに、大和は断言する。
 教室に居る生徒全員が怪訝な顔をした瞬間。学校全体に、聞き覚えのある鐘の音が鳴り響く。
 音を表現するならばデフォルトで、「キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン」という奴だ。
 音を聞いた後、男性教諭が廊下を再び見ると、そこに既に大和の姿は無い。
 その音の「キ」の部分が鳴る前に、大和は教室外の廊下を思い切り蹴って、スタートしていた。

「ウォォォオオオオオオオ!!!」

 廊下からは、大和のそれと思われる大絶叫が木霊していた。
 男性教諭は思う、出来ればもう帰ってくるな、と。



 「しっとり過ぎるプリン」の人気は高い。その味を保つため、発売されるのは毎週金曜日に限定で二十個のみだ。
 必然的にその価値はハネ上がり、予約・販売員とのコネ、などの裏技は一切使用が出来ない状況が作られた今。

 死力を尽くした者のみがプリンを手に入れ、それ以外の者は指をくわえて見る他ない。
 プリン争奪戦国時代が幕を開けていた。

「学食への一番乗りこそプリン好きのほまれ! いざ行かん!」

 キュッキュッキュッ!と大和の上履きが熱を帯びながら廊下と摩擦音を奏でる。
 風と一体化した感覚のまま、一直線の廊下を走り抜き、直角の曲がり角は壁に手を掛けて体ごと跳び、勢いそのまま手を支点に空中で直角に曲がる。着地してNO減速で走り出す。
 学食まではおよそ200m程。大和のクラスは学食からは大分離れている位置にあるので、大幅なハンデが在るが、それがまた大和の闘争心に火をつける。

 二回目の曲がり角を曲がり、大和は階段に差し掛かる。
 二階から一階へ、二十段の階段が勝負のわかれ目である。
 しかし、大和が階段を降りる瞬間、学校中の廊下に、莫大な音量の雄叫びが木霊した。


「遠からん者は音にて聞け! 近しき者は目にて見よ! 三年A組、小阪秋伸!! たった今、学食に一番乗りじゃぁぁああああああ!!! 」


「ば、馬鹿な!!」

 速すぎる。
 一階に教室を持つ三年生は確かに有利だが、あまりにもはや過ぎないだろうか。

「畜生! 俺よりも上がいたのかよ!」

 要するに、授業が終わる前に教室を飛び出したんだろう。
 それは唯一の反則では? と一瞬思うが、よく考えればプリンを勝ち取った後は確実に職員室に呼び出されて担任の先生から説教を受けるのは確実である。
 プリンと獲るために全てを投げ出すとは、小阪秋伸先輩。敵ながら天晴あっぱれである。


「うぉぉぉおおお! 負けてられねぇぇえええ!!」


 ダンッと、自然と足が廊下を蹴っていた。
 階段の高さは、その二十段だけあってかなり高い。普通に考えて一階分を飛び降りることになる。
 しかし、大和の足は止まらず、絶叫と共に大和の体が、空中に、飛び出した。





「跳べ!! 俺のからだぁぁああああああ!!!」




 今日も、小柳大和は、”食事プリン”に命を賭ける。













【階段とロマンと魅惑の布】


 皆が弁当を食べ終え、のんびりと昼休みの自由時間をすごし始めた頃。
 少年二人組が、早めに弁当を食べ終え、ある廊下の場所にやってきた。

 そこは階段の下に位置する場所で、広く作られた中庭にも続くように出来ており、なかなかの頻度で、外からの程よい風が入ってくる場所だった。

 二人組の男子生徒、吉岡哲平かたおかてっぺい西本春樹にしもとはるきはその場所の片隅に落ちつき、顔を見合わせた。
 と、同時に、二人の口元が、軽く釣りあがる。
 微笑とも不敵な笑いともとれる口元を浮かべた二人は、まるで疚しい取引をするブローカーのような低く小さな声で言葉を交わした。

「…いい天気だな」

「あぁ、絶好の狩日和だ」

 それから、二人はそっと自然な動作で離れる。
 いや、その動きは離れるというよりは、ポジションに着く、と言っていいほど慣れた動きだった。
 三歩ほど離れた二人は、そっと周りを見回す。周りはようやく弁当を食べ終わって、移動を開始した生徒達であふれてきた。
 そこで、二人は、お互いに世間話を始める。傍から見れば、なんてことは無い普通の友達二人組に見えるように、自然な雰囲気を漂わせる。

 と、少し遠くから、一人の女子生徒が歩いてきた。
 それを発見した西本は、ちいさな声で呟く。

「…目標ターゲット接近。おそらく、階段を上るものと思われる」

「…こちらも確認」

 世間話をしている雰囲気を崩さずに、二人は言葉を交わす。

「タイミングは、どうだ?」

「バッチリだ」

「しくじるなよ」

「お前こそな」

 その間に、女子生徒は階段に迫る。
 二人を気にする様子もなく、通り過ぎた女子生徒は、そのまま階段を上り始めた。

((いまだ!!))


 その瞬間。
 中庭から、一陣の風が、校舎内を駆け抜ける。
 突風と呼べるほど勢いの強い風は、二人の髪を激しく揺らす。
 しかし、二人の眼光は、その突風にも負けずに、ある一点を強固に見詰めていた。その眼光の先には、階段を上っていた女子生徒。
 否、その女子生徒の下半身、もっと正確に言えば、女子生徒のスカート。


 突風が、女子生徒のスカートを乱暴に跳ね上げた。


((網膜に焼きつける!!!!))


 その時間は、1秒にも満たない刹那の時間だった。風に反応した女子生徒は、咄嗟にスカートを押さえる。
 がしかし、その時間は、西本と吉岡には十分すぎる時間だった。

 一瞬あらわになった、女子生徒のスカートの内部。
 スカートと言う名の壁に阻まれた、男子生徒を魅了する、不思議な魅惑の布。
 まぁ、つまる所の、『パンティ』を、西本と吉岡は網膜と脳髄に何度も上書き保存した。


 顔を真っ赤にして、(見られたッ!?)と危惧した女子生徒が、階段の下の方へ振り返る。
 しかし、女子生徒の目に映るのは、西本と吉岡が先ほどと何も変わらずに、和やかに世間話をする姿だけだった。
 ホッと息を付いた女子生徒は、また階段を上って消えていった。


 暫くした後、またボソリと西本が呟いた。

「…相互確認」

了解ラジャー

「白い生地に」

「青のストライプ柄」

「そして、クマさんのプリント」


 お互い無言のまま見詰めあい。
 その後突然、ガッシリと握手しあった。
 そして、脳内に保存してあった先ほどの光景を、脳内のお気に入りのフォルダに移動させる。

「なかなかに素晴らしいパンチラだったな」

「あぁ、神に感謝だな」


 二人は、その場で胸の前で指を十字に切る。
 そして、手を合わせて神に祈りを送った。




 嗚呼、パンチラの神様、今日も我らに素晴らしいパンチラをありがとう。









【引退と風景と夢の跡】



「お疲れ様。よくがんばったな」

 その言葉を聴いた瞬間、自分の意思とは関係なく、涙がこぼれた。
 練習の時は、人が変わったように厳しくなる監督が、その時だけは僅かに微笑み、ゴツゴツした手で乱暴に部員全員の頭を撫でた。
 自分は泣かないと思っていたのに、感情が出る前に、先に涙がでたのは驚いた。
 だんだんと涙でにじむ視界に映るのは、大会会場の端の木の下で、一緒に戦った部員達の泣き顔だった。


 結果に後悔などしていない。
 学校でも有名になるぐらい、厳しい練習だったと自分でも思う。
 その苦しい練習を、乗り越えた分だけ自分は強くなれた気がしたし、実際その分結果はついてきた。
 地区大会では優勝を飾り、県大会でもそれなりのところまで行ける自信はあった。
 だが、県大会の二回戦、強豪校とかなりの接戦を繰り広げた末、敗北した。
 全員が全力を出して戦った。だから結果に後悔などない。


 ただ、それとは関係なく涙はこぼれた。
 結局俺は部員の中で、一番長く泣き続けていた。

 それが、俺こと伊藤猛いとうたけるの、部活の終わった時の風景。





「後は僕達後輩が、先輩達の後を引き継ぎます。今までお疲れ様でした」

 試合が終わった次の日。部室ではお別れ会&引継ぎ会が行われた。
 次のキャプテンは、無難に真面目な後輩が選ばれた。後輩からのメッセージも、無難だが心の篭ったものをもらった。
 後は何の心配もない。
 そう自分でも思っているのに、猛の心の中は、ポッカリと穴が開いたみたいに虚しかった。



 お別れ会&引継ぎ会も終わり、流れ解散になった。
 流れ解散とは言っても、引退した三年生の仲間はなかなか部室を離れようとはせず、ベタだが、部活の思い出を語り合って、長い時間部室に篭っていた。
 後輩達も、そんな先輩達との別れを惜しんだのか、単に気を使ってくれたのか、長く部室に篭って、思い出話の聞き役に徹してくれた。
 いい後輩をもったな。と、猛は心の中で後輩達に感謝した。
 そして時間は過ぎて行き、あたりも暗くなり、今度こそ本当に解散となった。



 部室の鍵を閉めるのは、今日から猛の役目では無くなった。
 一年下の後輩の女の子、御堂百合みどうゆりに、ちいさなカエルのキーホルダーがついた鍵を渡した。
 「がんばります」と小さく言った御堂に、猛は少し心配になりながらも、微笑んだ。



 仲間達が、部室を出て行く。
 「ん~…終わったなぁ~」と大きく伸びをするものや、名残惜しそうに部室を振り返るものもいて、それぞれが、違った表情をして去っていくのを、猛は最後に部室を出ながら眺めていた。
 その間にも、猛は、この胸の奥に残る虚しさは何処から来るんだろう。と、自分に小さく問いかけていた。


 コツコツコツと、部室から数歩、外を歩いた。
 その時、薄暗くなってきたグラウンドの真ん中を、一陣の風が通り抜ける。
 髪を揺らすその風に導かれるように、部室の方を振り返った猛の眼に、見慣れた光景が映った。


 古ぼけた部室棟。さび付いた手すりに、ペンキの剥がれた壁。
 開こうとすればギシギシと危うい音の鳴るドア。その窓には、猛が入部した頃に張ってあったままの部のポスター。
 ドアの横には落書きがあって、お世辞にも上品と言えない言葉が書かれてる。
 そうだ、あの落書きは俺達が書いた落書きだ。あの立てかけてある部の備品も、俺達の買ったものだ。
 部室の中に入れば、まだまだ沢山ある。俺達が残した遺産が。



 不意に目頭が熱くなった。言いようも無い感情がこみ上げて、気付けば頬を涙が伝っていた。
 そうして、その時気付いた。猛の中に残っていた虚しさの正体が。



「そうか、もう……ここは俺達の場所じゃないんだな」


 そう言ってまた、頬を暖かいものが撫でた。
 嗚咽が漏れるわけでもなく、泣き声が出るわけでもない、静かな涙。

 眼に映る風景は、引退するまでは何の変哲も無い、気にもしない風景だった。
 否、気にしなかったのではない。気にする余裕も無かったのだろう。
 本気で勝つことだけを目指した練習メニューは、こんなありきたりな風景を気にする余裕など与えてくれはしなかった。
 ただ、その日その日の練習を乗り越えることだけに必死で、乗り越えるたびに難易度を増す練習に苛立ちさえ覚えながら、乗り越えては家のベットに倒れこむことを繰り返した。
 現役の頃は、早く引退が訪れることさえ望んだこともあった。

 現役の頃は、こんな感情を抱くなんて、夢にも思って無かった。
 終わってみて、引退をむかえてみて、初めてこんな気持ちを味わった。


 時間は戻らない。青春は二度と戻ってこない。
 そんなことを、先輩のOBから聞いた。その頃は何のことか分からなかった。


 今は、痛いほど分かる。現役の頃は気付かなかった。
 自分は、この部活が大好きだった。
 この古ぼけた部室も、部室に残る備品も、共に練習を乗り越えた仲間達も。
 一緒に練習を乗り越えたし、体を休めたし、笑いあった。バカなことも沢山やった。
 汗は滝のようにながしたし、涙も数え切れないほど流した。
 とても、言葉では言い表せない。終わってみて初めて気付いた、思い出。


 全部、終わったんだな。
 そうポツリと呟いた。




「せ…先輩?」

 ふと気付くと、目の前に御堂が立っていた。
 部室の片付けを終えて、鍵を閉めて出てきたんだろう。
 猛を見て、驚いたような、困惑したような、不思議な顔をしていた。
 当然だろう、部室を出たら先輩が一人で泣いてるのだから。
 あちゃ~、どうしようか。と苦笑しながら、猛はこの後の後輩の対処を検討する。

「あ、あの…」

「あ゛~気にスンナ。感傷に浸ってただけだ」

 戸惑っている後輩に言い聞かせて、歩き出そうとする。
 普段泣くキャラでないことは自覚しているので、なんとも居心地が悪い。
 その時、早くこの場から去ろうと歩き出した猛の、袖を御堂が軽く引いた。


「せ、先輩。私達、頑張りますから」

 小さな声で、御堂が呟いた。
 それに猛は、驚きつつも、小さく微笑んだ。
 この後輩は、自分がこの部活の今後を心配しているとでも思っているのだろうか。
 心配などしていない。自分の後輩は皆、優秀な奴ばかりだ。安心して任せられる。

 振り返り、まだ不思議な顔をしている御堂の、頭を優しく撫でる。
 驚いた表情に変わった後輩に、出来るだけ優しく微笑みかけた。


「頑張れよ」


「は、はい!!」






 最後がどんな結果になってもいい。
 ただ、今を一生懸命必死に過ごせ。懸命に練習しろ。
 キツいと思う。辞めたいと思うだろう。だけど、絶対途中で辞めるな。

 今はキツ過ぎて、気付かないだろう。でもいずれ分かる。
 今お前達は、かけがえの無い時間の中にいるんだ。
 大人になっていくら望んでも、戻ることの出来ない大切で貴重な時間の中に。

 だから、後悔の無いように今、この時間をすごせ。






 
 俺の青春は終わったけど、この場所はなくならない。
 俺のかけがえの無い時間は戻ってこないけど、俺の思い出としてずっと残る。



 もう一度、古ぼけた部室を眺めた。


 これが、俺こと伊藤猛の、青春が終わった時の風景。














fin.









 この小説は、フィクションだったり、フィクションじゃなかったりします。



男子高校生とは本当に不思議な生き物だと思います。
今その生物の人も、かつてその生物だった人も、これからその生物になる人も。
楽しんで頂けたら幸いです。

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