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Trans Trip! 作者:小紋
99/122

10‐(10).肉を切らせて骨も断つ

※あっさり描写ですが、切断表現があります。ご注意ください。
「……っ!」

 自身を包んだ眩い光から解放された途端に視界に飛び込んできた目の前の光景に、ソーリスは絶句した。
 空間転移魔導器、とパーシヴァルが口に出したからには転移をさせられたのだろう。ここは元いた病室ではなく、そっけない石造りの壁に囲まれた蝋燭の灯だけが明かりとなる薄暗い部屋だ。こじんまりとしたつくりで窓が存在せず、小ぶりな長椅子が六つドアから順に規則正しく並べられ、奥の一段高くなった舞台に教壇が置かれている。おそらく、どこかの地下礼拝堂だろうとソーリスは考えた。
 ここまではいいのだ。ソーリスを絶句させたのは、五歩分ほど前方の位置にいる少女だった。
 髪から瞳から全てが真っ白な色彩の小柄な少女だ。教壇の上に行儀悪く腰かけている。
 まずい、と。ソーリスは自然身構えた。
 少女は突然現れたであろう自分たちに驚いてもいない。……だとすれば、ここに転移させるように仕組んだかそれに近い人物で間違いないだろう。それに、白い髪と白い瞳の少女の情報はだいぶ前に聞いたことがある。……ヤマトを狙う黒幕ではなかったか? 名前は確か、ルイカといったか。

「うまくいったみたいだね。しかもおまけは一人? 運がいいかも」

 白い少女、ルイカは楽しげにひとりごちる。ソーリスが周囲を確認すれば、背後にヤマトが倒れており、ヴィーフニルが虚ろな瞳で棒のようにつっ立っていた。
 ルイカから目を離さずにじりじりと後退したソーリスは、意識のないヤマトを、利き腕ではない方、左腕で担ぎ上げる。
 そしてさらに周囲の状況を確認した。出口はさらに後方にひとつのみだ。

「……おい、ヴィーフニル!」

 小さくヴィーフニルに声を掛けるも、反応する気配はない。
 ソーリスはひとつ舌打ちをすると、ルイカがソーリス達の方へと向き直った。

「ヴィーフニル、おいで」

 それまでぴくりとも反応しなかったヴィーフニルが、一声かけられただけであっさりと歩み出る。

(……操られてる、のか?)

 ソーリスにはそうとしか考えられなかった。
 しかしだとすればあの狂乱はなんだったのか、操られているのだとすればもっと今のように淡々としていたはずだ。パーシヴァルが言っていた“呪刻”というのが関係しているのかと、そこまで考えたところで、今はそんな場合ではないことに気づく。
 相手はヴィーフニルを入れてしまえば二人、片方はおそらく実力者。対してこちらはソーリス一人だ。敵に対抗できる状態ではないヤマトを守りながら戦うというのは正直厳しい。
 今はヤマトを無事に守りきることだけ考えなければならない。だとしたら、撤退が妥当だ。ヴィーフニルを置いていくことになるが、ヴィーフニルの事まで何とかするには、ソーリスだけでは無理だとそう考えた。

「よくやったね。君を助けてあげた甲斐があった」

 ヴィーフニルの頭を撫でるルイカは笑顔だ。
 微笑みのはずのそれは邪悪に映る。敵だという先入観からか、それともルイカという少女の性質からかはソーリスにはわからないが、どちらでも関係ない。
 じりじりと後退しながら、ソーリスは機を窺っていた。
 だが機を窺うといっても目の前の二人には隙しかない。まるでこちらに興味がないかのようだ。それが逆にタイミングを見誤らせる。
 それでも、ここで留まっているわけにはいかないのだ。
 出口のドアまで後退しきった瞬間、ソーリスは後ろ手にドアを開けて踵を返す。
 一歩出れば、右側は行き止まりだった。左手側すぐには、上に通じる階段がある。
 すぐ追いかけてくるかと思った敵が追いかけてこないのを不審に思いつつも大股で階段を上りだす。
 背負った大剣の鞘が、それを繋ぎとめるためのベルトの金具と当たってがちゃがちゃと音を立てるのを聴きながら階段を上りきると、見覚えのある場所に出た。

(ここ……デューバー大聖堂か!)

 今までいたところはデューバー大聖堂の地下礼拝堂だったようだ。先日の魔人の襲撃の舞台となったここはしばらく閉鎖され、調査以外で人が立ち入ることはないと聞いた。もめごとを起こすには絶好の場所だったのだろう。
 しかし、建物の構造が分かっていることは幸いだった。
 ソーリスは、ヤマトを担ぎ直すと、迷わず出口に向かって走り出す。
 ここから出口までなら、大礼拝堂を突っ切るのが速い。記憶に新しい襲撃の中心地となったそこを通るのは気が進まないが、背に腹は代えられなかった。





 大礼拝堂は、しんとした静謐な空気を保っていた。
 魔人の襲撃によって破壊され、壁や柱の所々が崩れている。並んでいたはずの長椅子はすべて撤去され、欠損したいくつかが瓦礫と一緒に隅に避けられていた。
 天井のステンドグラスを通った月明かりがそのまま床に照射される中を、ソーリスは走る。
 と、その時だった。

「なっ!?」

 突如ソーリスの右腕に何かが巻き付いた。
 革の感触。これは、鞭だ。鞭を武器とする人物には嫌なものしか思い当らない。しかし、ソーリスが自らの腕に巻き付くものを辿って攻撃してきた主を視界に入れれば、それは想像とは違う人物だった。
 ソーリスの腕を鞭でぎりぎりと引っ張るのは、豊かな金茶色の髪を持つ長身の麗人だ。中性的でわかりづらいがおそらく女だろう、かなりの美女と言えた。ただの美女ならばいい、しかし彼女の青白い頬にはあの種族特有の紋様があり、その耳は尖っていた。魔人だ。

「それを寄越せ」

 魔人がソーリスの担ぐヤマトを指差した。

「我が君が目的を達するにはそれが必要だ。寄越せ」
「誰が……っ!」

 重ねて言う魔人の女に、ソーリスが踏みこたえて抵抗する。
 しかしながら、左腕でヤマトを担ぎ、右腕を封じられた今、見事に八方塞りだ
 鞭は緩む気配がなく、素手で千切れるものでもない。だからといって、ヤマトを狙う魔人の目の前で、そして今はいないとはいえいつ追手が来るかもわからない状況で、ヤマトを下ろしてまで左腕を自由にするのは軽率すぎる。

(くそっ、どうする……!)

 進む道に魔人が潜む大礼拝堂を選んでしまったことを後悔しつつ、ソーリスは考える。
 だが考えを巡らすのも束の間、背後にぶぉんという低い音。
 振り向いた瞬間、虚空に浮かぶ闇が目に入る。そしてその一瞬後、開いた闇からヴィーフニルが飛び出、体当たりをしてきた。

「ぐっ!」

 子どもとは言え魔獣の力だ。それも、ソーリスには身構える暇もなかった。
 もろにヴィーフニルのタックルを受けたソーリスは、バランスを失った拍子に魔人に引き倒され、大きく引きずられて這いずる。
 もちろんソーリスが担いでいたヤマトも放り出され、その体が硬い石の床に打ちつけられた。

「……ぅ」

 ヤマトから呻き声が発され、閉じられていた目が開かれる。衝撃を受けて意識を取り戻したようだ。

「ヤマト、逃げろ!」

 ソーリスが這いつくばったまま叫ぶ。

「っひ!」

 目覚めるなり、見知らぬ場所で周囲を人に囲まれていることに気付いたヤマトが、小さく悲鳴を上げた。解呪療棟からでたことで呪いの進行が早まったであろうヤマトが迅速に状況を理解して動けるはずはない。
 立ち上がることもできず震えながら怯えるヤマト。
 そして開いたままの闇から、もう一人が出てきた。ルイカだ。
 ルイカはヤマトに近づいて見下ろす。

「これなら十分かな」

 そうぼそりと呟いた。
 ルイカは腕を地面と水平に持ち上げ、掌をヤマトに向けた。振動するような低い音を立てながら、ルイカの掌に黒と紫をぐちゃぐちゃに混ぜたような色合いの底知れない魔力が集まりだす。凝縮された闇属性。肉眼でそうだと認識できるほどの強い力だ。
 それを見ながらも、座り込んだままがくがくと震えるだけのヤマト。ヤマトを守らなければと言っていたはずのヴィーフニルは、虚ろな目でぼうっと立っている。

「やめろぉ……ッ!」

 悲痛な声でソーリスが絶叫する。叫びながらも、這いずる体勢から片膝をついて体を立たせ、左手で背負った大剣を掴んだ。自らを拘束する鞭を切断しようとするが、二、三度角度を変えて振るっても切れる気配がない。

「くそっ、なんで!」

 材質は革のはずだ。切れ味の鋭い大剣で、ましてやソーリスほどの使い手が振るうにもかかわらず切れないはずがないのに。
 理由はすぐに判明した。魔人が嘲笑する。

「無駄だ。魔力が剣で断てるものか。おとなしく見ていろ」
「ふっざけんなよ!!」

 無慈悲に告げた魔人に叫びながら、ソーリスは頭をフル回転させてこの状況を打開する策を考える。

「ヤマト、逃げろ! 逃げろって!! 立って走るんだ!! 」

 考えながらも怒声を上げる。だがヤマトは動けない。
 どうするどうするとそればかり考える。ルイカの魔法は今にも発動されそうだ。

 やがて、結論がでる。

 鞭が断てないのならば、あと断てるものはひとつしかないのだ。
 覚悟を決め、おもむろに、自らの右腕に向かい大剣を振り上げる。

「なっ?!」

 アルザーの驚く声を聞きながら、振り下ろした。

「……ッ!!!」

 肉と骨を切る、確かな手応え。果てしない激痛を歯を食いしばって耐えると、ごとりと音がして右半身が軽くなり、拘束から解放される。
 魔法は発動間際。位置的にルイカを攻撃するのでは間に合わない。
 ソーリスは大剣を捨て、ガランという音を聞きながら立ち上がる。体の右側から腕一本分の体重を失っているせいでバランスを失いかけよろめいたが、すぐさま立て直し走りだした。
 ヤマトまでは少しの距離だ。まだ魔法は放たれていない。

(間、に、合えぇっ!!)

 地を蹴る。
 残った左腕でヤマトを抱き込む。
 そして腕の中の存在を庇うべく、ルイカに背を向ける。

 ルイカの魔法が発動したのは、ちょうどその時だった。
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