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Trans Trip! 作者:小紋
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10‐(7).悪の組織は楽しそう

 魔国マナの首都であるウィッケンブルクは、混沌に満ちている。
 町並み一つとっても調和という言葉とは無縁だ。
 ある区画では、ひとつは華やか、ひとつは格調高く、またほかのひとつは下品であるといったふうに、建造物が好き放題に自らの方向性を主張し合い、火花を散らしている。かと思えば、その目の前を通る不必要なほど高級な石材で舗装された街路が前触れなく道を途切れさせ、数歩分ほど進んだところから全く違う貧相な石造りの道路がはじまる。街灯などで言ってしまえば同じデザインの物などひとつとして存在せず、勿論その全てが奇抜極まりない。
 全てが、雑多。
 小さな子どもに街を作らせたとしてももう少し規則性を見出せるものを作るであろうと思えるほどの、統一感の無さがありありと目に見える。
 まるで目に付いたものを片っ端からおいただけのようなこの町並みは、定められた形式や規律を嫌う魔族という種族が、法律を持たずに魔国マナを支配しているのだということをよく表していた。
 当然そのような状況であれば諍いは絶えず、ウィッケンブルクに穏やかな日はない。欲しいものがあれば奪い、気に入らないものがいれば殺す。それが魔族にとっての当たり前で、治安という言葉は存在すらしない。
 独特を通り越した何か。爆発する個性が足を持って動き回り、他の個性をどんどん誘爆させて被害を拡大させていくような空気感を、この街は持っていた。

 そしてウィッケンブルクの端も端、「何故こんなところに」と顔を顰めてしまうような場所に、魔国マナの女王の居城、ル・ファン黒城は突如姿を現す。
 名前が表す通りに外壁は黒。神聖国の王の居城が純白であるということで、神王を嫌う魔国の王族の意向により黒色の石材を種類問わずかき集めて建立されたのがこの城だった。女王メルディアム =トリスギス= バアルが屍霊術ネクロマンシーを愛用し、それに使うための屍骸を多く保管してあることから、近隣の魔族たちからは悪意なく“死体置き場”と呼ばれている。
 そのことからもわかるが、ル・ファン黒城の王城としての威厳は皆無に等しい。いやそもそも、王族という支配者に対する敬意を持ちあわせている魔族が、ほぼゼロといっていい有様なのだった。

 そんなまるで歯牙にも掛けられていないル・ファン黒城の中央部、大広間。
 そこには、数人の魔人と一人の少女、そしてたくさんの死体が集っていた。その中で動いているのは数人の魔人と一人の少女だけだが、二人の魔人が好き勝手に騒いでいるせいで、なんとも騒がしい様相を呈している。
 魔人以外でここに存在する唯一の生き物である少女は、名前をルイカという。世界に禍を振りまく少女だ。その長い髪も大きな瞳も真っ白にもかかわらず“赤”と称される彼女は、なんとも騒がしい大広間のど真ん中に設置された真っ赤なソファに陣取り、愉快そうに周囲を眺めていた。

「うわーん俺この子気に入ってたのに縫い痕入っちゃうよー!! 顔のど真ん中切りやがってどちくしょー!」

 まず目に入ったのは、一人で声を張り上げて騒いでいる、赤銅色の波打つ髪とバーミリオンの瞳を持つ魔人、レヴィ =リド= グランバーグである。彼は端正かつ蟲惑的な容貌を半泣きのような形に歪めていた。顔の真ん中に切れ目の入った、以前は見目麗しかったであろう少年の死体を大ぶりの針でちくちく縫い続ける。
 先のリグ・デューバー大聖堂への襲撃で神聖国に多大な打撃を与えた彼だが、彼もまた、配下として使用している死体ゾンビたちを根こそぎ活動停止の状態に追いやられたという大きめのダメージを受けていた。現在、ようやっと五体ほど縫い合わせたところだ。明らかに裁縫の腕が上がりつつある。
 一人で騒ぎながらなんとかもう一体縫い終わったあたりで、レヴィは今使用している糸の残りが少なくなってきたことに気づく。ぶつぶつ文句を言いながら次の糸束に手を伸ばし掴み、その手に感じた感触に停止した。おそるおそる自らの手を見れば、なんだかわからない緑色の液体に濡れている。
 ぎゃーと大きめの悲鳴を上げたレヴィが、後方で死体を整理していた人物に叫んだ。

「なにこの液体ー!! オルドラ、出来るだけ綺麗な糸持ってきてぇぇー!!」

 指示を受けたのは、銀色のショートヘアーと切れ長な深い青色の瞳を持つ魔人、オルドラ =ゼルドだった。動き辛そうにひょこひょこと糸を探しに行く。
 寡黙な大柄の魔人であるこのオルドラだが、既にこの世の者ではない。とうの昔に死んだ者を、レヴィが屍霊術により動かしているだけである。彼はデューバー大聖堂で胴体と下半身を切り離されたが、城に戻ってきて真っ先に修復され、縫われたばかりの動き辛い体で健気にレヴィを手伝っていた。
 そして、悲壮感漂う修繕仕事を行っている主従を尻目に、爆上がりのテンションで大ハッスル中の人物もいる。

「やったった! 大っ嫌いな神王の誕生日に素敵なプレゼントひゃっはー!! ざまみろ領土萌えー!」

 たった今領土に対する燃(萌)えを特徴的な口調で叫んだこの人こそが、魔国女王メルディアム =トリスギス= バアルである。
 豊かな金色の巻き毛と血のような赤色の瞳を持つ魔人である彼女は、禍々しさと高貴さを同時に感じさせる顔つきの少女だ。その華奢な体躯には、顔以外の隅々に魔人の証である紋章が広がっている。もちろん魔人であるからにはヒューマンと同じように歳を重ねるわけはなく、相当若いといってもその年齢はそろそろ三桁に届くところだった。
 彼女の血筋はどういうわけか他の魔人とは違い、魔法関係よりも地図や領土に興味を示す。そのため、真隣の広大な神聖国が大の嫌いで、親の親の代からその領土を奪おうと画策してきた。今までその成果は正直芳しいとは言えなかったが……それは少し前までの話だ。
 現在の大ハッスルは、まったくといっていいほどうまくいかなかった“神聖国をぶっ潰しちゃおう計画”が、ルイカの協力により今までにない成果を叩きだしていることが要因だった。

「うぇーい! うぇいうぇーい!! 祝杯だー! なんか赤めの豆っぽいのが入った穀類っぽいものを炊けー! そうしなければいけない気がするー!」

 ひたすら、一人で楽しそうに騒ぐ魔国女王。その姿は他国民が想像するような、魔族の長としての恐ろしげな姿と微塵も重ならない。
 そして、その単独でハッスルするメルディアムを心底愛おしげに見つめる人物がいた。
 身長が高く、一見しただけでは男か女かわからりづらい中性的な体つきをしている魔人だ。線の細さでぎりぎり女性だとわかる。金茶色の豊かな髪と明るい紫色の瞳を持つ、凛々しい顔つきのその人物は、名前をアルザー =メイア= グランバーグといった。左頬に魔人の証である紋章を持つ彼女は、家名で分かる通りレヴィの実姉である。
 リグ・カーマ大聖堂にて暴虐の限りを尽くし、リグ・デューバー大聖堂の数倍の被害を神聖国に与えた魔人が、アルザーだった。それは女王メルディアムの命令によって行われたものであり、なぜアルザーがその命を聞いたかといえば、メルディアムに心酔しているからである。
 アルザーは、変わり者が多いと言われるグランバーグ家で、自らの快楽のみを追求する魔人であるのに他者に従属することを好むという変態っぷりを見せつけている。その対象が、魔国女王メルディアムだ。彼女にとっては従属それこそが快楽であるのだが、他の魔人にはそこが理解できない。主に、性質的には王道魔人の弟などから、奇異の目で見られていた。
 その弟が切羽詰まった声で叫ぶ。

「お姉ちゃん、お姉ちゃーん! 手伝って! 可愛い弟のお願い聞いて! このまま一人で頑張ったら朝になる!」

 そう、レヴィが叫んだ直後、アルザーの表情が一転した。今までメルディアムに向けていた愛おしそうな顔から、凄まじく嫌そうな形相になる。アルザーは不満そうに弟の方を向くと、唾棄しそうな勢いで吐き捨てた。

「超どうでもいい」

 愛の反対は無関心だ。おそらくこれ以上はないというほどの冷たい言葉。このことからも推察されるが、兄弟仲は良くない。姉の弟に対する無関心が故に悪いわけでもないが。
 一刀両断されたレヴィが裁縫の手を動かしながらも呪いの言葉を叫ぶ。

「お姉ちゃん死ね!!」
「お前が死ね」

 間髪入れず同程度の呪いが返された。レヴィが嗚咽を漏らし始める。
 今まで状況をずっと見ていたルイカだが、このやり取りを見て真っ赤なソファから立ち上がった。半分泣きながら(今は完全に泣いている)あまり好きじゃないはずの姉にまで助けを求めたレヴィが哀れになったのだ。ちなみにルイカは最初にレヴィに助けを求められた時点で断っていて、自分で助ける気はない。
 アルザーへと歩み寄り、長身を下から覗きこんで声を掛ける。

「手伝ってあげればぁ?」
「我が君の言うこと以外聞きたくない」

 興味など欠片も存在しないような無感情な瞳で、アルザーが言い放った。ルイカは腰に手を当て、やれやれと溜息を吐く。予想はしていたが、ばっさりだ。
 アルザーの興味ない宣言がそのまま続く。

「正直お前のことも興味ない。心底どうでもいい。私は我が君とドラマチックなひとときを過ごせればいい」
「お前ら魔人ってほんっと自由だよね……嫌いじゃないけど」

 そうルイカがぼやいた時、アルザーが突然跪いた。
 跪く魔人、なんて珍しいものが見れるのはアルザーがメルディアムと一緒にいる時だけだ。その通りに、いつの間にかメルディアムがルイカたちの近くに寄ってきていた。

「何、一人で騒ぐのも飽きた?」
「うん、飽きた……。全力ではしゃぐのって疲れる……」

 揶揄半分にルイカが聞けば、疲労困憊しきった様子でメルディアムが返答する。
 ルイカは、子どもかお前は、と言いたいのを飲み込んだ。こんなわけのわからないのと一緒にされては子どもが可哀想だ。魔国女王は折角の邪悪な美しさが台無しなほど理解に苦しむ言動を繰り返し続ける。それはもう正体不明の怪物のように。

「まー、それけっこうどうでもよくてさぁ……わらわ、神王打倒計画の方はどうですか順調すかって聞きにきたんすけどぉ~」

 今も、疲れ切っていたはずの状態をぱっと覆し、一瞬で平気な顔になっていた。では直前までが演技だったのかというと、演技ではない。彼女は全てが本気だ。ころころと、間際までの態度を全て忘れたかのように変貌するその様は、ある意味人間離れしていた。
 それが、正体不明の怪物という認識に繋がる。リズムがまったく読めない人間というのはそれだけで化生のようなものだ。

「……うん、まあ順調だよ」
「よっしゃりー! 今どの辺?!」
「えーと……」
「あ、待って細かく言われてもわかんないから紳士のスポーツであるハラベラブッドで例えて」
「私がわかんないよ」
「妾も正直わかんないわーまあいいか」
「おい」

 ここまで流れるように会話が続き、結論が「まあいいか」だ。参る。
 ルイカは踵を返そうとしたメルディアムを慌てて引き留めた。

「しっかし、人一人絶望させるのってほんと大仕事だったよ」

 そして、気を取り直して会話を続けることにする。魔国女王と話をしている時だけは自分がまるで普通の人間であるかのようだと思うルイカだが、それはそれで嫌いではない。

「ふーん、そんなもんなわけ? さっぱりわかんねーですけど」
「まあそうだろうね……」

 絶望には無縁そうなしかめっ面を眺めて、ルイカはしみじみ零した。メルディアムは絶望など絶対にしないだろう。自国の領土がゼロになったら一瞬くらいはするかもしれないが。

 それはいいとして。
 “人一人を絶望させる”、その目標となったのは、今まさに絶望の真っただ中にいるであろうヤマトという人物だった。
 ある因果を背負ったヤマトの魂には、特別な力がある。“青”と“赤”の戦いに王手をかけることができる絶大な力だ。
 “赤”にとって必要なのは、属性が“絶望”と“死”に傾いたヤマトの魂である。それを手に入れることが、“青”を葬り去るための唯一の手段となる。それに反して、“赤”を葬り去るために“青”が必要とするのは、属性が“希望”と“生”に傾いたヤマトの魂だった。
 つまり、“赤”がヤマトの魂を手に入れてしまえば、“青”の抹殺はほぼ確実なものとなり、しかも反撃手段すらも奪える。絶望という感情下でヤマトを殺せば、ほぼこちらの勝ちが決定するのだ。そう断定できる。絶対であるルールブックにそう記してあり、間違いはない。
 当初、忌々しい“青”の姑息な計略によって手に入れかけた切り札を奪われた時は相当荒れたルイカだったが、今はなんとかなりそうで安堵の息をこぼしている。

(本当によかった。あの帰りは予想外に“良い拾い物”もあったし、やっぱり運は向いてたんだ)

 あれからだいぶ準備をした。様々なことをかなり考え、そして時期を見た。
 ヤマトにかけた呪いも、人物像をよく観察し、一番大きなダメージが与えられるものを選んだ。最悪の記憶を掘り返しながらじわじわと精神を蝕み、最終的には被呪者が最も恐怖を感じるものを幻影として見せる呪いだ。呪者の熟練度によっては心の最奥まで進みきる呪種が、現在のトラウマに関連した魂の記憶まで引っ張り出してくる。
 そして、もうひとつ長い時間をかけて仕込んだものがあるのだ。

「あのちまっこい小鳥たんは? 使うんしょ?」

 タイミング良くメルディアムが尋ねた。
 そう、小さな小鳥。仕込んだもののうちもう一つは、排斥された魔獣ニヴルバードの子ども、ヴィーフニルだった。

「うん。掛けたし渡したし、あとは待つだけ。子どもって少しの嘘とプライドを刺激する言葉があれば思い通りに動いて面白いね」
「おっ、悪人発言! やばいですなー性器の大悪人みたいな顔してるよルイカたん。……ん、性器? 間違ってるわ世紀だわ。ふひひひひ! 妾ったらは~ずかしっ」

 言葉を聞いているだけでは意味がわからないが、彼女なりに何かを間違ったのだろう。ルイカは面倒なのでもう何も言わない。
 メルディアムが笑い転げるのを冷めた瞳で見つめるルイカに、レヴィが体半分の死体を抱え勢い込んで話しかけてくる。

「小鹿ちゃんの話してた!?」
「残念、小鳥の方」
「なーんだ」

 小鳥の“こ”だけ聞きつけたらしい。それにしても明るいトーンの声だ。先ほどまで泣きながら作業をしていたというのに、何かおかしい。

「それはそうと、縫い終わったの?」
「…………あと十八体」

 尋ねれば、奈落の底のような声で俯いて呟くレヴィ。ルイカは先ほどまで物騒な裁縫が行われていた場所に視線を移した。縦真っ二つに割れた大ぶりの裁縫針が転がっていた。どうやって割ったんだか知らないが、癇癪かなにかを起こしたらしい。
 可哀想になったので、現実から少しだけ逃がしてやることにする。

「ああ、まあ……うん、あの子に掛けた呪いの出来、完璧だね」
「うん! 俺もあれは会心の出来」

 笑顔が輝く。ここまで哀れな笑顔も珍しい。
 レヴィの現実逃避はまだまだ続く。

「考えてみれば、俺の呪いが現在進行形で小鹿ちゃん犯してるんだよねぇ……想像しただけで……」

 そう言って、レヴィはひとつ身震いをした。現実逃避は許したが劣情を催すのは許していないルイカはすごく嫌な顔をする。やっぱり魔人は油断ならない。
 笑い転げていたはずのメルディアムもしっかり会話を聞いていた。

「テント張っちゃう? げはははは」

 そしてまた笑い転げる。下品極まりない。
 主の発言を拾ったアルザーは、メルディアムに跪いたまま何故か弟を睨みつける。

「ホモ弟きしょいわ……我が君に下品なこと言わせんな」
「レズお姉ちゃんに言われたくないー。っていうかメルディアムが勝手に言ってるんでしょ」

 見事に脱線し始めた魔人たち。
 ルイカはやれやれと溜息を吐く。調子に乗ったメルディアムに猥談に付き合わされる前に、大広間を出ることにした。





 大広間を出たルイカは、ル・ファン黒城の昼であっても薄暗い廊下を歩きながら、これからしなければいけないことを整理していく。
 まずヴィーフニルとヤマトに関して。これに関しては、あとは待つだけだ。ヴィーフニルが渡してあるものを使ったら動けばいい。レヴィは忙しそうで可哀想だから、アルザーに手伝ってもらおう。
 次に神聖国への軍事的敵対行為に関して。これはメルディアムたちに任せてある。彼女たちは変であっても馬鹿ではないから、適切に行うだろう。
 そして隠れ蓑に関して。“良い拾い物”だった“あの子”に隠れ蓑としての用途を与えたのは気まぐれだったが、非常にうまく働いてくれた。神王を出し抜くことが出来たのは、これの存在が大きいと、ルイカは考えている。だがもう隠れ蓑はいらない。ここまで派手にやれば、隠れ蓑の存在は露呈しただろう。そうなると、することはひとつだ。

(“あの子”には随分寂しい思いをさせたな。はやいとこ呼び戻してあげて本来の仕事をさせてあげなきゃ)

 そこまで考え、だいたいこのあたりだろうか、とルイカは知らず詰めていた息を吐いた。
 最後に、毎日こぼす呟きをひとつ。

「私、よくあいつらと数十年も付き合ってられるな……」
+注意+
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