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Trans Trip! 作者:小紋
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10‐(6).深化する悪夢

 三度目の夢の中、私の身長はかなり縮み、服装は中学生の頃着ていたセーラー服になっていた。
 暗闇は欠片も存在しない。全てが明瞭だ。晴れた視界に存在するのは、私の家の内装だった。今いるのは玄関。目に映るのは、見慣れた壁、床、家具。ああ、懐かしい。私は帰ってきたんだろうか。
 ……帰ってきた?
 私はどこかへ行っていたのか? いや、そんなことはどうでもいい。とりあえず、自室に戻ろう。そう思って、台所の前を横切ろうとしたその時。
 馴染み深い空気の中に、慣れない気配を感じた。
 お客さんでも来ているのだろうか、だけどなんで台所に? と覗き込んでみれば、見覚えのある顔……近所に住む女性たちが数人、黒いエプロンを身につけておにぎりを握っている。表情は神妙なもので、楽しそうではない。
 何故、私の家で? そう疑問に思うと、黒いエプロンの集団のうちの一人が、そういえば、と話し出した。

「昨日山本さんちから女の子の怒鳴り声が聞こえて、どうしたのかしらーって思ってたら今日こんなことになってるでしょぉ? 驚いたわー」
「え、女の子? 娘さん? あららら」
「旦那さん心筋梗塞でしょ? もしかしたら娘に怒鳴られてショックだったんじゃないの~? あれってストレスが原因とかもあるって話じゃない。体弱かったらしいから余計にねえ? あ、多分真ん中の子でしょ?」
「多分そう。女の子の声だったけど、千景ちゃんの声じゃなかったからね」
「そうだと思った。山本さんち、お兄ちゃんの朱鳥くんも妹の千景ちゃんも愛想いいのに、真ん中の子だけなんか……ねえ?」
「わかるわあ挨拶しても一言しか返さないし」
「あのおうちで一人だけ浮いてたわよねぇ。朱鳥くんも千景ちゃんもどっちかといったら華やかな感じなのに、真ん中の子全然違くない?」
「わかるわかる。それにしても、お兄ちゃんは優秀よねぇ。高校も東高でしょう? 一番じゃない」

 足が、動かなかった。枷でもついているかのようだ。聞きたくない、聞きたくないのに。

「今日も一生懸命お手伝いしてるのお兄ちゃんとチカちゃんばっかりよねぇ。真ん中の子はなんかぼーっとしちゃっててさ、小学生のチカちゃんも頑張ってるっていうのになんでお姉ちゃんがああなのかしら?」
「まあでも、心の強さとか個人差があるんじゃないの? チカちゃんしっかりしてるから」
「確かにそうねぇ~。ああ、その点お兄ちゃんはすごいわよねぇ。辛くない? って聞いたら、お母さん支えなきゃいけないからそんなこと言ってられないって~。立派だわぁ」
「朱鳥くん、ほんとに立派よねえ! うちの娘のお婿さんに欲しいくらいよぉ」

 その発言が終わると同時に、目の前の台所が消え去る。
 何もなくなった空間で、目を見開いたままうずくまった。
 心臓がバクバクいっている。呼吸が荒い。
 なんで、今まで忘れていられたんだろう。私、こんなに嫌われてた。朝にこにこ挨拶してくれるお隣さんにも、学校から帰ってきたらおかえりなさいって言ってくれるおむかいさんにも、こんなに嫌われてた。
 お兄ちゃんと千景はみんなに好かれる人気者で、私は地味で目立たない鼻つまみ者だった。でも、旦那さんが心筋梗塞? お父さんのこと? 私の怒鳴り声?
 それっ、て。
 汗が一筋、頬を伝って流れ落ちると同時に顔を上げれば、見覚えのあるふすまが再び私の目の前に。
 手を伸ばしかけて気づく。駄目だ、開いたら駄目だ。
 開いたら決定的な何かが起こってしまう気がして、伸ばしかけた手が落ちる。
 足は相変わらず動かない。しゃがみ込んだまま間抜けのように呆然としていると、声が。
 お兄ちゃんと、千景の、声だ。

「……ねえ、お姉は?」
「さっきは二階にいたけど、今はどうかな……でもチカ、そっとしといてやんな」
「……なんで?」
「なんで、って」
「なんでみんな悲しくても頑張ってるのにお姉だけ」
「……チカ」
「っていうかさ……お姉のせいかもしれないじゃん」
「チカ、やめろ」
「お姉が喧嘩なんかしなかったらお父さん生きてたかもしれないじゃん!!」
「千景!!」

 お兄ちゃんの大きな声。
 ふすまの向こうが沈黙する。
 少しして、鼻を啜る音と、嗚咽が。

「だ、だって……お、お父さ、お父さん、こんな突然、全然元気だったのに、元気だったのにぃいいい……おとうさあん……わぁあああ……!」
「……チカ、泣くな。ごめん、怒鳴ってごめん。でも和のせいじゃないんだよ。お父さんもとから体弱かっただろ。和のせいじゃないんだ。だから、それは絶対、和に言ったら駄目だ。……タイミングが悪かったんだよ。和が一番気にしてると思うから……和だって、お父さんがこんなことになるって思ってたら喧嘩なんかしなかったよ」

 千景の泣き声と、そのお兄ちゃんの言葉を最後に、私の目の前から襖も消え去った。
 ……ああ、思い出した。
 思い出してしまった。
 お父さん殺したの、私だ。
 お父さん、私のせいで死んじゃったんだ。
 近所の人も千景も言ってた。きっとお兄ちゃんだって口ではああ言っても私が殺したと思ってる。
 なんでお父さん死んじゃったのに私生きてるの。
 なんでそれを今まで忘れていられたの。
 なんで平気な顔して今まで生きていられたの。

 ……なんで、――は周りの人を殺してばかりなの。

「また怪しげな術を使ったんですって」
「聞いたわ、獣を蘇生させたとか」
「なんて忌まわしい」
「やはり、江の者ではない血が入っているからね……気持ちが悪い」
「夜見姫様は何故王を欺いてまであのような異形達を産み落とされたのかしら」
「その咎として、身罷られたではないの」
「……あっ」

 侍女たちは俺の姿を見つけてそそくさと逃げて行った。
 異形だって。髪と目の色が違うだけなのに。
 でも、しょうがないのかもしれない。俺は母上を殺したから、生まれた時から人ではないんだ。異形なんだ。
 忌むべき子だって、伯父上にもそう言われ続けてる。
 伯父上は夜毎、俺の部屋へとやってきて俺を殴る。

「夜見が死んだのは、貴様らのせいなのだぞ、この忌子め!」

 そう、言いながら。





◇ ◇ ◇





 飛び起きたら、暑くもないのに汗だくになっていた。
 すごく、すごく悪い夢を見た。内容は一切覚えていないのに、途方もない不安感を感じているくらいには、悪い夢だ。
 心臓が音を立てて鳴り、息も苦しい。

「……っい、た」

 突如、首筋に痛みを感じ、思わず小さく悲鳴を上げた。なんだ、これ。昨日より痛くなってる。

(なんだよ……夢見最悪なうえに息切れ動悸そのうえ傷が痛い、って)

 ふんだりけったりだ。ちょっと、はやいとこ先生に言いに行った方がいいかな、とそう思ったその時だった。
 体の中にいる黒い何かが律動したかと思うと、そのまま動きだす。
 止まる気配を見せないその黒い何かに困惑していると、声が聞こえ出した。

(……エナと、ソルの声?)

 姿は見えないのに、声だけが聞こえる。
 内容は良く分からない。不明瞭ではっきりしない。廊下にでもいるのだろうかと、なんとか起き上がって病室を出れば、段々と内容がわかってきた。
 聞かなきゃよかったと、思うような、内容だった。

「もうエナ病院飽きたー。いつまで来りゃいいんだろぉ」
「これも仕事のうちだと思って我慢しろよ」
「帰っちゃだめ?」
「俺も帰りたいっつの……そういうわけにはいかねえから困ってんだろ」
「めんどくさー……ったく、鈍臭いよねほんと。何呪いなんかに掛かってんだか」

 どこにいるかわからないエナとソルは、私に対する不満を並べている。

(……私、エナとソルにも、嫌われてたのか)

 ショックを受ける反面、当たり前だろと言う声も聞こえた気がした。
 それと同時に昨日ソルに見苦しく縋りついた記憶も蘇ってくる。ああ、昨日あんなことをしてしまった。どうしよう、もう嫌われてたのに。

(……恥ずかしいなあ)

 悲しくて恥ずかしくて、だけど涙は出なかった。しかし首筋に激痛が走り、立っていられなくなって廊下の床に倒れ込む。

(私、一人っきりじゃん。……こんなみっともないやつだから、当たり前、か)

 みんな私の事を嫌っている。
 ソルとエナは、面と向かって言わないから優しい。……あれ、みんな私に面と向かって言わないじゃないか。うん、みんな優しい。
 優しい人、だらけだから。これ以上手を煩わせちゃいけない。

(……死んだら、喜んでくれるかな)

 意識がブラックアウトする瞬間、そんな名案が頭に閃いたのだった。
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