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Trans Trip! 作者:小紋
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8‐(9).眠れない時はホットミルク

 お茶会から帰宅して数刻、夕食も入浴も済ませてあとは寝るばかりと寝台に潜り込んだ私は、微妙にぐらつく不安感のせいで全く眠気を覚えられずにいた。

(寝られん……)

 昼間興奮しすぎたせいだろうか、はたまた戦争などという重い話題が頭に残ってしまっているせいだろうか。比重が高いのは後者だろう。
 ぱっちりと開いてしまって閉じる気配のない瞼をしばらく持て余した私は、とりあえず落ち着くために温かい飲み物でも摂取しにいこうかとベッドから降りた。
 寝巻である麻っぽい質感の薄着の上に、アウターを羽織る。そのまま部屋から出て階段まで行ったところで、後悔の念に襲われた。

(もう寒いな……もうちょっと厚着してくれば良かった)

 しかしさらなる上着を取りに部屋まで戻るのも面倒で、そのまま下に降りる。食堂は遠い。以前ホテルで見た自動昇降魔導器がうちのギルドハウスにもあればいいのに、なんて心の中で愚痴りながら、一階まで歩みを進める。
 真っ暗で少し怖い。だが、ひとつひとつ手作業で付けなければならない魔光灯をいちいちつけていくのも面倒だ。消すのも手間。暗さに慣れて夜目が利き始めたことを考え、真っ暗な中見知った部屋を進んだ。意外と、進める。
 と、開け放してあった食堂のドアをくぐったあたりで、違和感を感じた。

(あれ……いつもは、閉まってるのに)

 戸締りにうるさいジェーニアさんがドアの開け閉めを徹底していることもあり、食堂のドアはいつも閉まっているのだ。だが、今は開いていた。
 もしや自分と同じように眠れない誰かがいるのかもしれないと期待をしてみたものの、食堂は真っ暗。
 しかし、よく目を凝らしてみれば、暗闇の中動く物体がうっすらと見えた。あの大きさは、ヴィーフニルだ。彼は私に気がつくことなく、中庭へと出て行ってしまった。
 どうしたのだろう、彼も眠れないのか。そう思って追いかける。
 中庭に出たところで、室内よりも冷たい空気が私を取り巻いた。うわ、寒い。思わず身を縮こまらせながら、目的の影を探す。

(あれ、いない。……気のせいだったのかなあ)

 ヴィーフニルは見つからなかった。もし中庭で何かするのであれば、付き合わせてもらおうと思っていたのに。
 見つからないのであれば仕方がない。私は踵を返す。中庭は寒かった。このまま探索でもすれば、間違いなく風邪をひく。
 食堂へと戻ろうとしたその時だった。

「ヤマト!」

 私の名前を呼ぶ声。キョロキョロと声の主を探したが、周囲には誰もいない。首を傾げれば、もう一度、「こっちだ」と声がした。上からだ。
 見上げてみれば、三階の階段の踊り場の窓から、ジェネラルさんが見下ろしていた。
 この暗闇の中よく気がついたな、と感心する間もなく、彼が窓枠を跨ぐ。

(って、えっ)

 よっ、などという軽い掛け声とともに、ジェネラルさんが飛び降りた。私が顔面蒼白になるのも束の間、彼は風属性の魔法を使って危なげなく着地する。
 心臓に悪い。ニーファもよくやっていた移動距離短縮法だが、変に面倒くさがりな辺り、この兄妹はよく似ているのだと無駄に感心した。
 何事もなかったかのように……いや、実際何事もなかったのだが……月明かりを浴びて輝く金髪を揺らしながらこちらへ向かってくるジェネラルさんを迎える。彼はほぼ習慣化した頭ポンを私にお見舞いすると、短く尋ねた。

「どうした?」
「あ、いや……ちょっと」
「眠れないのか」
「あ、はい……」

 実にしどろもどろな私の行動を的確に推測したジェネラルさんが、優しげに微笑んで頭を撫でてくる。
 そのいい男加減たるや……おおよそ一介の小娘が耐え得るレベルではない。最近多かったジェネラルさん暴走モードが霞んで消え去る勢いの頼りがいを感じた。

「不安でも?」

 さらに一撃。柔らかな声色と共に、頭一つ分違う位置にある瞳に覗きこまれた。空色が優しく映る。

「あ、あのですね。今日、お昼、戦争の話を聞いたんです。神聖国とお隣の魔国は仲が悪いって。俺の住んでいた国では、戦争なんてもの、遠い国で起きてるもの、くらいのお話だったんで、ちょっとびびったというか」

 気付いた時には、洗いざらい喋っていた。いや別に、隠さなければいけないことではないからいいのだけれど。でも、ジェネラルさんには過去にも弱音を吐いたことがあるから、何度も何度も申し訳ないなあという気持ちになる。

「……そうか」

 柔らかな声色をそのままに短く頷いたジェネラルさんは、もう一度私の頭をくしゃりと撫でると、少し話せるか? と提案してきた。即座に頷く。

「だがここでは少し寒いな。温かい飲み物を振る舞うから、俺の部屋に来るといい」





 そうしてやってきたのは、ジェネラルさんの私室……ギルドハウス最上階のギルド長室奥の扉の先だ。
 上品で落ち着いた色調でまとめられた、他のギルド員のものより少しだけ広い部屋は魔光灯で淡く照らされていて、香を焚いているかのようなのいい香りがした。
 ソファに座って待つ私に背を向け、ジェネラルさんが飲み物を用意する。卓上湯沸かし器のようなそれに『ロラーテ』で水を入れて沸騰させた彼は、それをマグカップに注ぐと、蜜のような琥珀色の液体が入った瓶を取り出した。
 大きめの木のスプーンで蜜を掬い取り、マグカップに沈める。くるくるとかきまわした後、彼はそれを持って私の傍へと歩み寄り、隣に座った。
 マグカップを渡される。ほかほかと湯気を立てるそれをお礼を言いながら受け取って飲んでみたら、優しい味わいがした。

「おいしいです」
「そうか? よかった。江国産の白蜜茶でな。体が温まるから、気温の下がる時期には重宝するんだ」

 甘味に癒されて笑顔を浮かべれば、嬉しそうに微笑んだジェネラルさんに余計癒された。ああ……素晴らしき哉男前。
 うっかり顔が赤くならないように視線を反らし、白蜜茶を啜る。

 少しして、私が眠れなくなっていた件の原因に関する話を、ジェネラルさんが語りだした。

「ヤマトの住んでいた国は平和な場所だったのだろう。だが、この世界は戦争と無縁の国などほぼない。大国は領土を広げるため虎視眈々と周辺各国を狙っているし、そんな野心ある大国が近隣に存在している中小国家は、侵略の危険に日々怯えている」

 それを聞いて思った。私も、この世界に来た時そのくらいは想像するべきだったのかもしれない。ファンタジー世界ではよくある……というか、ファンタジー世界じゃなくても当たり前にある話だ。人の集まりには争い事……戦争がつきものだろう。

「だがまあ、その中で言ったら神聖国は少しましなほうなんだ。この国は大国であるうえに、侵略戦争をしないからな。過去したこともない」
「え……そうなんですか?」
「ああ。立国の話をしようとすると神話の時代まで遡らなければならないから割愛するが、この国は立ち上がりから大きな国だったんだ。さらに、国土内に水源や森林、鉱脈など各資源が潤沢といっていいほど存在していたから、わざわざ領土を広げるという選択を取らなくても良かった」
「恵まれた国なんですね」
「ああ、そうだな。まだ国が大きくなっていないうちは侵略の憂き目にあっていたようだが、国として強大に成長した今はそれも少ない。最近の神聖国の軍隊の仕事は、国防のための備えや他国への支援ばかりだな」

 最近の神聖国の軍隊の仕事、のことだけに限って言えば、今現在の日本のようだと感じた。人の数だけ論はあるだろうが、私の認識ではそうだ。
 少し親近感を覚えたところで、話は続く。

「この国は大国であるうえに侵略戦争をしない。さらに、カエルム教の教皇を指導者におく宗教国家という特殊な立ち位置であるが故に、カエルム教信徒の国との結びつきが限りなく強い。神聖国が攻められたら、カエルム教を国教とする周辺各国がこぞって蜂起するだろう。……それが心からの物でなくとも、国民が信じる宗教を守るために、指導者たちは体面上は蜂起せざるを得ない。だから、神聖国を攻めるということは、カエルム教を国教とする国全てを相手取るのと同じことだ」
「……なんだか、すごいんですね……あ、でも、それならなんで魔国は……」

 不思議だった。だって、この話をそのまま鵜呑みにするのであれば、魔国は一国で数カ国を相手取るのと同じだろう。
 ジェネラルさんが溜息を吐く。やれやれ、といった感じの表情だった。

「ああ、そこなんだ。いくら攻めるのに難しくても、絶対はない。……あの国だけは、本当に特殊でな。何しろ、指導者の好き嫌いで動いてしまう国だ」

 そうしてジェネラルさんは、神妙な表情で魔国について説明してくれた。

 最初の魔国の指導者、つまり魔国の建国者は……変わっていた。何しろ、コミュニティに縛られることを嫌うのが一般的な種族の中で、自ら国というコミュニティを作り出した者なのだから。
 そしてさらに、魔国の指導者にはもっと変な性癖があった。それは、自らが所有する領土を増やすことに感じるエクスタシー。国を作ったのは、これが目的といっても過言ではないそうだ。
 そんな彼が意気揚々とやろうとしたこと、それは、侵略戦争で自らの領土を広げて、地図上に自分の色を増やすこと。だが問題は発生した。いきなり発生した。自分の国の真隣に、どうにも落とせそうもない大きな国があるじゃないか。
 その日から、魔国の戦いという名の神聖国への粘着が始まった。初代指導者の性癖はどういうわけかその子孫にまで受け継がれ、戦いは終わりを見せない。当代の女王は三代目。

 まあ、そういうわけで、神聖国はそこにあるだけで魔国が領土を広げることを妨げるので、あっちからしたら因縁の相手だそうなのだ。
 魔国は神聖国が嫌い。だって、大好きな陣取りをするのにすっごく邪魔なんだもの。だから戦争を仕掛けて潰すの。……と、そういうわけだ。あんまりにあんまりな理由に目眩がした。

「……そ、そんなことだけで、戦争を? 国民はついてくるんですか」
「ついてこなくてもかまわないのさ。それが魔国だ。魔国の国民には、そもそも国と言うコミュニティに属しているつもりの奴がいない。魔人や魔獣とはそういう生き物だ」
「……え、えええ。それじゃ、戦争なんてできないじゃないですか」
「いや、できてしまうんだ。魔国の王は凄まじい魔力によって無数の不死者アンデッドを操り、それで軍隊を構成する。王の魔力さえ尽きなければ、どれだけ不死者どもを倒そうとも際限がない。これ故に、魔国は複数の国を一度に相手取っても負けないんだ。いや、負けそうになっても、その前に逃げてしまうんだな。さっさと死体から魔力を切り離し、自分は安全な場所に身を潜める。そうなってしまうと、広大な世界の中から、いくらでも身を隠す手段のある強者一人を見つけ出すのは生半可なことではない。探し疲れる頃には、魔力と死体を補充し終わった全力の魔国が待っている」

 おっそろしい力だ。不死者の厄介さ加減は、ゲーム的知識からよく知っている。まあ、この世界の不死者が私の知識とまるきり同じかはわからないのだが、でもやっぱり、ゾンビの怖さは万国共通だろう。
 この世界の回復魔法は簡単に使える代物ではないと以前聞いたし、ゾンビに蘇生魔法で一撃必殺というわけにもいかなさそうだ。
 それにしても、どうして神様はそんな突拍子もない一族にそこまで凄まじい力を与えてしまったのだろうか。周囲が振り回されるに決まっているのに。……神のみぞ知る、ってやつだろうか。

 まあ、それはさておき。

「……なんか、それだと、一国を相手取った戦争というより、すごく強い力を持った一人の敵を相手にしているって感じですね」
「まあ、その通りなんだ」

 苦笑と共に頷かれる。

「だが普通に考えてみたら恐ろしいことだよ、一人の力だけで軍隊が成り立ってしまうなんてな」

 今は危なげなく抑えることが出来ているが、女王の魔力の上限が今の二倍あったら危なかったかもしれないとは、彼の談だ。
 ああ、本当に、恐ろしいことだ。

「確かに……」
「まあ、それが神聖国と魔国が長年戦い続けなければいけない理由だな。神王も天災のようなものだと諦めつつある」

 天災か……なんとも粘着質な天災だ。しかし、もし魔国の周辺が神聖国ほど力のない国家ばかりだったらどうなっていたのだろう。順当に力をつけていく魔国が他の大国もどんどん打倒していき、世界中カオスサイドになってしまったり。まさかね。
 怖い想像を脳内苦笑いで打ち消したところで、ジェネラルさんが時計を見上げた。

「……ああ、もうこんな時間か。話が長くなってしまったな」

 時計の針は深更を過ぎたあたりを示していた。もう日付が変わってしまったのだ。
 長いことお邪魔をしてしまったことに申し訳なさを感じて、すいませんと謝ると、隣から伸びてきた手に頭を撫でられる。

「結局、戦争は絶対に起こらないなんて無責任なことを言って安心させてやることはできないが……ヤマトのことは俺たちが死力を尽くして守る。それだけ覚えておいてくれ」
「はい……ありがとうございます」

 最後の最後まで優しいジェネラルさんに感謝して微笑んだ。なんとなく、そう言ってもらえると安心も出来る。
 そうして安心すると、欠伸がひとつでた。口を手で押さえて噛み殺すと、目敏く気付いたジェネラルさんが優しい声で言った。

「眠くなったか? このまま寝てもいいぞ」
「……いや、そういう、わけには」
「寝てしまいなさい」

 その言葉と共に、ずんと瞼が重くなる。体から力が抜けて、ソファに沈み込むような感覚を覚えた。おかしい、いくらなんでもこんなに急に眠くなるはず。

「おやすみ、ヤマト」

 あ、これ、魔法……『睡眠ソムヌス』だ。そう気付いた次の瞬間、意識はブラックアウトした。

 常にない優しくて良い夢を見た私が翌朝起床した時、自分は見知らぬベッドで寝てるわ本来のベッドの持ち主は実に窮屈そうにソファで寝てるわで大慌てすることとなったのは、また別のお話だ。
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