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Trans Trip! 作者:小紋
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8‐(7).竹馬の友

 いつの間にかソルの機嫌が回復したことで、堂々と和やかだと称することができるようになったお茶会の場。
 運ばれてきた亜麻色のお茶と、鈴カステラのような焼き菓子がうまい。私は鈴カステラがけっこう好きだった。口の中の水分を奪われる感じがたまらないのだ。名称はどうあれ、まさか異世界でも鈴カステラに巡り合えるとは。少し感動。
 ……まあそんなことはどうでもいい。
 鈴カステラの懐かしい味をもさもさと堪能してばかりいるわけにもいかないのだ。先ほどからエルザ様が矢継ぎ早に放ち続けている質問に答えなくてはならない。

 ええと、今は何を聞かれていたのだっけ。そうだ、「お二人は相性がよろしいと思いますか?」だ。
 煩悩が溢れ出ていますエルザ様。その相性って何の相性ですか、と邪推してしまいそうです。
 彼女は先ほどから(彼女が腐っているとわかっている私からしたら)危うい質問ばかりを繰り返している。私とソルの出会いの状況を尋ねてみたり、ギルドハウスでの部屋割りを聞いてみたり、同室じゃないのかとがっかりしてみたり、一緒に風呂に入るのかと頬を上気させて質問してみたり。
 一時期流行した「○○に100の質問」とかそういうのが頭を過ぎるくらいの勢いだった。彼女的には○○に入るのは「ホモカップル」なのだろうか。私は別にいいんだけど、ソルがかわいそうだから止めてあげてほしい。
 しかもアストラ様そっちのけだ。だが彼は動じずに、話を聞きながら銀色の睫毛を伏せて静かにお茶を啜ったりしている。窓から日差しが入り込んで、まるでひとつの絵画のようなワンシーンだと思った。絵画タイトルは……堕天使のうららかな午後? ネーミングセンスが欲しい。

 私がアストラ様に見惚れている間にも会話は続いている。
 何故かというと、なんだかしらないがソルが質問への答えを返すことに精力的になっているからだった。
 なぜ彼がそう躍起になってエルザ様の質問に答えるのかはわからない。私が喋らなくてもいいくらいには、ソルが喋りまくっていた。
 私は質問の答えを考えはするが、発言のタイミングを彼に奪われっぱなしで。やることといえば、たまに同意を求められて頷くくらいだ。
 さっきから突っ込みたくてしょうがない衝動がしばしば訪れてもいる。腐った視点的に、すごく邪推したくなるような答えが耳に届く時があるのだ。

(ソル、君はわかっていないんだろうけどその発言が後ですごい妄想に使われるんだからね)

 私だって使いたいけど、自分が絡むカップリングじゃろくに萌えもしない。ああ悔しい。
 しかしソル……さっきまで不機嫌だったかと思えば、やたら饒舌になってみたり、今日は情緒不安定なのだろうか?
 友人の精神状態を心配したところで、同意を求める彼の視線がまたもこちらに向けられた。「お二人は相性がよろしいと思いますか?」の質問に答えを返すためだ。

「相性いいと思いますよー。ヤマトといると楽しいし。……ね?」
「あ、うん。俺もソルといると楽しい」

(ソル、その笑顔営業用?)

 気障ったらしい笑みを浮かべたソルが、私から同意を得るという用事を終えたことでまたエルザ様に向き直る。
 先日はエルザ様の覇気にのまれていたソルだが、今日はちょっと慣れたらしい。女性と話す時、彼はよくこういう顔をしている。チャラい。ホストにでもなればいい。
 だがまあ聞かれた内容に否やはなかった。ああ、これもまた妄想に使われるんだろうな、なんて思いながら返答を返せば、エルザ様が笑う。

「うふふ、素晴らしいですわ!」

 光り輝く笑顔だった。まさかこの笑顔の裏に腐りきった世界が広がっていようなどとはだれも思うまいよ。

 その後も、エルザ様が際どい質問をし、ソルがネタにされそうな回答を返すという流れが続いた。
 本当にわかっていないのかソルよ。エルザ様の語りを以前聞いたんだから、彼女が男同士の恋愛を好むということは知っているだろうに……ホモにされるぞ。……あれ、もしかしてパーシヴァルさんみたくそれを理解したうえで遊んでたりする? いやいやまさか。

(もういいや。うん、鈴カステラがうまい)

 なんかいろいろ嫌になった私は思考を放棄し、たまに求められる同意に首肯を返すことと鈴カステラを貪ることそしてアストラ様を盗み見ること、この3点だけに意識を集中させた。
 しかし幸いなことに、鈴カステラの皿が空になる前にエルザ様が我に返る。

「今更ですが私ばかりが質問しておりますわね! ごめんなさいアストラくん、放っておいてしまいましたわ」
「いつものことだろ。お前の趣味だから今更気にしてない。今日はこうなると思ってたしな」

 慌てたようなエルザ様に向かってクールに答えるアストラ様。
 その言葉からは、二人の長年の付き合い的なものが窺える。光神の転生体様と闇神の転生体様というほぼ正反対のような性質を持つ二人だが、お互いがお互い希有な立場であるうえに同年代だからか、間に醸し出される空気は戦友のようなそれだった。
 ああ、いいなあその雰囲気。羨望の眼差しを転生体様二人に向ける。何も言わずともわかってくれて、自分の際どい趣味も曝け出せるようなそんな関係、憧れる。

(……って、曝け出してるのかエルザ様! アストラ様に!? まじで! すげえ!)

 うっかり流すところだった。いや、脱帽だ。いくらなんでも自分の腐女子趣味を異性に晒すなんてそんなとても。その相手がこんな綺麗な人だったら余計に、だ。
 呆然と彼らを眺める。アストラ様って美しいだけじゃなく度量も深いんだろうか。エルザ様、対象者を目の前にやおい妄想語り始めるから、アストラ様もその憂き目にあっているだろうに。

「……お二人は、仲が良いんですねえ」

 羨ましいような信じられないような気持ちが心の中で濃縮されたところで、口からそんな言葉がぽろりと零れる。
 うっかり私が転がした発言を聞いて、エルザ様が楽しそうに笑った。

「ええ、それはもう! 私が生まれて数日も経たない頃にアストラくんが生まれて、それからずっとのお付き合いですもの」
「ほぼ双子のようなものなんですね」
「そんなもんだな」
「それから先は生活も一緒お仕事も一緒。ずぅっとです。隠し事なんかできる間柄ではありませんわね」

 密な間柄のようだ。隠し事云々は趣味のことを言ってるんだろうか。羨ましいような恥ずかしいから止めて欲しいような、微妙な気分だ。
 私は彼女の言である、お仕事も一緒、に引っかかった。思いだされるのは闘技大会の奉納試合。あれはすごかった。だが、祭は一年に一度しかない。普段は彼女たちは何をしているのだろう。

「へぇ……あ、転生体様って何のお仕事をしてるんですか?」

 聞いてみれば、一瞬、場に静寂が走った。
 その一瞬が何か分からなくて怯む私だったが、すぐにエルザ様が微笑んだ。

「私、神聖騎士団の第1隊隊長を務めさせていただいております」
「俺は第2隊隊長だ。……しかし、知らない人間がこの国にいたのか」

 片眉を上げた表情でアストラ様がぼやく。彼はそんな表情も美しいが、私は珍獣でも見るような視線に晒されて居心地が悪くなった。
 視線を彷徨わせれば、ソルが手招きをしてくる。何だと思い体を寄せると、「ごめん、教えとけばよかったかも。けっこう常識」と耳打ち。

(まーじでぇ!)

 うわあ、恥ずかしい。顔から火が出る思いとはこのことだ。異世界人というステータスが私の世間体を蝕む。
 神聖騎士団って神王直属! とか、隊ナンバーが小さいほどエリート! とかそんなことは知っていたうえ、リビルトさんという神聖騎士団員の知り合いもいるのに、どうして一番上の隊の隊長さんを知らなかったのか。騎士団長さんとかいるのかなあわーかっこいいえへへとか思い描いた記憶はあるのに、どうして調べなかったのか。
 聞けばそれは常識だという。私の読んだ本には書いてなかったぞ、不良品か。いや、常識すぎてあえて書くほどのことでもなかったのかもしれない。いやそもそも、神聖騎士団の話を読んだのは雑誌の小さなコラムじゃなかったっけ。もう思い出せない。
 とりあえず。

「ご、ごめんなさい! 俺、変に世間知らずらしくて」
「いいえ、構いませんわ。……俗世間の常識に染まらない無垢な青年、とても素晴らしいです!」

 ああー……彼女の中の何かのボルテージが今、上昇した。具体的にわかるけど説明はしたくない。無垢とか言わないでください。物知らずなだけです。むしろ俗っぽいほど俗すぎる知識には詳しい方です。

 別に自分は出来る人間だと思っていない。人間関係で優位に立ちたいなんてプライドも持ち合わせてはいない。だが、物知らずだと知られて恥ずかしいものは恥ずかしい。
 せめて、と私は思った。
 せめて、知らないことは知ろうとする姿勢だけでも示しておこうではないか。恥をかきついでに、一番詳しいであろう隊長さんたちから第1隊と第2隊について御講授頂くことにする。

 神聖騎士団第1隊と第2隊……隊ナンバーが小さくなるほど精鋭部隊なのだという神聖騎士団では、もちろんのことこのふたつは最強集団。誉れ高きこの隊に入るために騎士を目指す者も少なくはない。神聖国の国民ならば誰もが知っている、夢見がちな子供たちの憧れを一心に集めるヒーロー部隊だ。
 そんな最強集団第1隊と第2隊には別称があった。第1隊は光神隊、第2隊は闇神隊というのがそれだ。各隊、隊長が転生体様だからそう呼ばれるのだという。転生体様に優劣はつけられないという理由で、数字は違えど第1隊と第2隊の間に優劣はない。
 そして神王直属の部隊である神聖騎士団は、兵団よりも立場が上の、この国の軍部を牛耳る存在。と、いうことは目の前のエルザ様とアストラ様は、神聖騎士団には団長と副団長がいるからトップではないにせよ、この国の軍部のほぼ頂点にいる人たちなわけで。

 そんな人たちに、私は「お仕事って何をされてるんですかぁ?」とか聞いたわけで。

(住んでる国の総理大臣を知らなかった、くらいのレベルの話ですねこれぇ)

 そんなことが許されるのは、小学校低学年までだ。
 テレビなどで「えー? 日本の総理大臣? わかんなーい」とか言ってる若者たちを笑えなくなってしまった。
 そもそもこの国の国民ではない冒険者という立場であればそれが許されるのではないかと思うかもしれないが、冒険者がこれを知らないなら知らないで問題なのだ。冒険者という職業は情報が命。情報が死線を分けることもある。まあそんな立場になったことがない私が言うこれは全て聞きかじりか本で読んだものだが、そんな冒険者なんてものが、子供でも知っている“常識”を知らないだなんて……お笑い草にも程があるだろう。

「……お若いのに、軍部のそんな上の方に……大変じゃないですか?」

 紅潮する頬の熱を散らすために、話題を変える。

「別に……年寄りみたいなこと言うんだな。お前こそ何歳だよ」
「あ……16です」
「16!? 同い年じゃんか。……年上かと思ってた」

 順当にいけばあとちょっとで17だ。あとどのくらいだったろうか、一カ月もなかった気がする。暦が変わってしまったせいで、よくわからないのだ。私は誕生日にこだわりのあるタイプではないから、別にいいのだけど。
 しかしながら、外見年齢と精神年齢の不一致に驚かれるのも慣れたものだった。全てはこの、どう贔屓目に見積もってもとても十代には見えない美青年の外見がいけない。だが期せずしてアストラ様の年齢が知れたのはラッキーだったといえる。アストラ様が16歳であるのなら、エルザ様も同じ年齢だろう。後数年後くらいにエルザ様が黒歴史を抱えていないことを祈る。私は高校入学と同時に黒歴史への贖罪は済ませました。
 私の実年齢を知って驚いたのはエルザ様も同じだったようで、彼女は光色の大きな瞳をさらに大きく見開いていた。

「驚きましたわ……え、ソーリス様は?」

 そして何故かソルの年齢を確認しだす。

「俺は20です」
「ですわよね! ………………4歳差ですか」

 なるほど、そういう意図ですか。年齢差も重要なファクターですものね。ぼそりと言ったのが聞こえてますよ。

「話が逸れたが、俺ら別に大変じゃない。生まれた時からそうなるのが決まってんだ」

 年齢確認が終了したところで、アストラ様が話題の軌道を修正にかかった。
 生まれた時からそうなるのが決まってた、とは……。なんだかよくある設定だ。ここは、私もよくある返答をしておくべきかと判断する。

「……それって、嫌じゃないんですか?」
「いいえぇ」

 即座に返ってきたのは、否定。それは想定していなかった。
 エルザ様がほんわかした口調で言う。

「私たち、生まれた時からやることが決まっている以外は好きに人生送れますので、別段不自由はありませんわねえ」
「お前はな。俺はもう少し自由が欲しい」
「ええっ、そんなの今日初めて聞きましたわ」
「特にお前のような好き勝手な妄想をしてくる同輩からはもっと自由に距離を取りたい」

 エルザ様の悲痛な叫び声が響く。
 漫才のような二人のやりとりを聞いて、心に一物抱えている私はそれをしくりと痛ませたのだった。やっぱり、そう思ってるんですね、アストラ様……。
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