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Trans Trip! 作者:小紋
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8‐(4).現実と空想の区別はつけよう

(買い物の間中、ずっと……ずっと気が休まらなかった……)

 うっすらと茜に染まり始めた賑やかな街を、がっくりと肩を落として歩く。もちろんこの疲れの原因は、サイドテールを揺らしながら上機嫌で前方を歩くパーシヴァルさんだ。

 ほんとにひどい、この人。悪行の全容を語ろうとすれば、一晩では収まらない。
 本屋に行けば人体解剖本を見開きで見せられる。熱い食べ物を買えば口の中に無理矢理突っ込まれる。漢方薬的なものを扱う店の前で呼びとめられたかと思えば売り物である手の平大の甲虫を顔に押し付けられる。
 声にならない悲鳴を上げながらもんどりうって倒れる私を見てげらげらと大笑いするパーシヴァルさん、あなた小学生ですか。
 何もない時も油断できない。隙あらば膝かっくんされ、隙あらばアイアンクローを食らい、隙あらば耳に息を吹き込まれ。彼は悪戯を食らうたびに大げさにリアクションする私を見て、舌なめずりをするような顔で悦ぶのだ。
 だったらリアクションしなければいいと思われるかもしれない。だが、この人は的確に不意をついてくる。だからどうしても素のリアクションを返してしまうんだ。本当に始末に負えない。
 身長も体格もほぼ同じはずなのに、与えられ続ける恐怖感のせいで彼がすごく大きく見えた。

 ソルも笑ってないで助けて欲しい。
 それとも何か? これは男子的に言えば可愛い悪戯程度のレベルなのか。でもソルは私にこんなこと一切やらないじゃないか。あれ、もしかして相手が私だからやらないだけなのか? もっと仲が良い人とは普通にやるとか? 普通にへこむ。
 と、悲しくなって俯けば。

「ひぎゃっ」

 いつの間にか私の背後に回ったパーシヴァルさんの手が、服の中に入って生の背中にべたりとくっついた。彼は体温が低いらしい。その冷たさたるや。
 そのまま氷のような手が腹部に回された。ぞぞぞぞと鳥肌を立てながら止めてもらいたくて振り返る。

「もうほんとに止めてくださいぃ……」

 半泣き状態で直談判すれば、

「……お前、それ逆効果だってわかったほうがいいぞ」

 とか呆れ顔で言われるし。
 何故私が呆れられなければならない? 理不尽だ。理不尽にも程がある。手はまだぺたぺたと私の腹を触っている。
 助けて欲しくてソルの方を見れば、

「……うん、俺もそう思うわ」

(ソルまで!?)

 ショックだ。友人に裏切られた。どうして私がこんな目に。
 パーシヴァルさん嫌いだ。Sの人なんて大嫌いだ。私は別にMじゃないんだから、S行為はちゃんとしたMの人にやってくれ。

 心の中で涙を流しながら身を捩ってパーシヴァルさんを振り払った後は、背後を取られないようにしようと彼に意識を集中させる。
 気を抜いたら何をやられるかわかったもんではない。

 だが、前方だけに意識を集中させていたせいで他への注意力が散漫になっていた。

「きゃっ」
「わっ」

 ドン、と何かとぶつかって、耳に届く悲鳴。女の子とぶつかったようだった。
 視界の端に映った被害者の姿を目で追い、よろめいて倒れそうになる彼女を咄嗟に支える。
 目深にかぶったフードでよくわからないが、華奢っぽい少女だった。

「……も、申し訳ございません」
「いいえ、こちらこそ……ん?」

 なんだか聞いたことのある声だ。
 あと、深くかぶったフードとか、そこからちらちらと覗く金髪とか、丁寧な喋り方だとかも、なんとなく知っているような気がする。
 記憶の中を探っていると、少女が口を開いた。

「あら、貴方は……」
「ヤマト、どうした」

 はっ、と息を呑む。
 パーシヴァルさんが隣に来た、と思った時にはもう遅かった。目の前の少女に集中していたせいで、完璧に気がつくのが遅れた。
 逃げる間もなく、ふっ、と耳の中に空気の塊が。

「ぎゃあっ」

 ぞわぞわぞわっ、と背筋を粟立てながら後ずさる。

(普通に声掛けられないのかこの人~っ!!)

 息を吹き込まれた耳を涙目で押さえる私。
 パーシヴァルさんを睨んだが、彼はこっちのことを見てもいなかった。

「ん……? お前」

 少女をじっと見て何かを考える彼。そんなんよりも謝れ。
 まあでも口に出さなければ伝わるわけもなく。そのうち、ソルがやってきて言った。

「あれ……アゼリアさん、だっけ?」

 ああ、そうだ、アゼリアさんだ。光神の転生体様の使いだという女の子。私たちにダンスパーティへの徴集状を持ってきた彼女。言われてやっとわかった。
 しかしながら誰も私を気にしてくれない。普通に進む会話。畜生みんな敵だ。

 アゼリアさんをじーっと見ていたパーシヴァルさんは、ある時点で何事もなかったかのようにふいと視線を外した。
 そして彼女はその視線に気づいていなかったのか、普通にこちらへと挨拶を始める。

「お久し振りです、ソーリス様、ヤマト様」

 ぺこっとお辞儀をされる。それに対して挨拶を返しながらも、パーシヴァルさんの様子が気になった。
 ……なんだろう。

「……パーシヴァルさん、アゼリアさんと面識あるんですか?」
「いや? アゼリアなんてのは知らねえ。知り合いに似てるような気がしたが、気のせいだった。俺はパーシヴァルだ。よろしく」
「パーシヴァル様ですね、よろしくお願いいたします! 私はアゼリアと申します」

(ふーん、他人の空似か)

 それにしてもアゼリアさん、雰囲気が輝いている。
 腐った臭いを以前この人から感じたけど、やっぱり間違いなさそうだ。光神の転生体様とその周辺は腐ってるで間違いない。
 目の前の彼女は、口元だけでもわかるくらい満面の笑みだった。ただの知り合いと街中で会っただけにしては、感情の振幅が大きすぎるだろう。

「今日はお仕事ですか?」
「あ、いや今日は俺たち遊んでるだけで」
「まあ! 素晴らしいですわ!」

 す、素晴らしいだろうか。いやまあ。

(うん、わかるよ。わかるんだけどね。イケメン三人できゃっきゃきゃっきゃ遊んでるんだからそりゃ素晴らしいよね。でも現状私の精神状態そんなに楽しいもんじゃないけどね)

 いやでも、本当に何度も言うが、これを外から見れるのならば私も素晴らしいと思う。
 ああ、アゼリアさん羨ましい。フードのせいで笑顔の全貌がよく見えないのだが、身ぶり手ぶりが大げさなため、それだけですごく楽しそうだとわかる。

「パーシヴァル様はどういった関係の方なんですの?」

 きらきらと雰囲気を華やがせながら、彼女が尋ねる。露骨な探りだ。
 まあでも答えない理由もないし私が答えようとすれば、パーシヴァルさんに顔を掴まれた。……制止も普通に出来ないのか、この人は。べりっと引き剥がしてソルの傍に逃げる。

「俺はコロナエ・ヴィテの客員。もっと言えば、こいつの……」

 そこで言葉を止めた彼が、私の方を見て、にやり、と笑った。
 あっ、その笑顔、訓練中とかで見慣れてるんですけど、死ぬほど嫌な予感が。

「恋人かな」
「!?」

 案の定、だった。投下された爆弾発言に、目を見張る私とソル。そして嬉しそうな雰囲気がいっそう光り輝くアゼリアさん。
 パーシヴァルさんは嫌な笑顔のまま言葉を続ける。

「こっちのソーリスは間男」
「!??!」
「で、今ヤマトは間男に寝取られちまって俺ピンチなわけ」
「!!?!?!」
「いやあ、参ってんだぜ? 俺が半年くらい留守にしてる間に身も心も寝取られてるんだからさあ。……俺を信じて待ってろって、言ったのにな」

(よくもまあそんな口からでまかせをぺらぺらと!?)

 最後の方なんて、いかにも切ないような面持ちで告げたぞこの男。完璧に面白がっている。
 しかしこのネタか。偶然と、アゼリアさんの趣向を察したのと、どっちだ。多分前者だろうが、後者もありそうで怖い。結構聡いのだパーシヴァルさん。そんなところもニーファとだいぶ違う。
 驚きすぎて何も言えなくて、わなわな震えながら絶句する私。
 まさか信じることもないだろうが、否定しないと言うのもあれだ。まだ言葉は見つからないが、とりあえず「違う」だけ言おうと思ったら、コンマ数秒の差でアゼリアさんが絶叫した。

「なんてことですの……っ!?」

 えっ。

「国に徴兵され、恋人であるヤマト様を残してやむなく戦場に赴くパーシヴァル様! 疼く体を抑えながらも帰還を信じて待ち続けるヤマト様! そこにソーリス様が甘く囁く、『もうあいつは帰ってこない。待たなくていいんだ。俺にしときなよ』! 待てども暮らせども帰ってこないパーシヴァル様を待つのに疲れたヤマト様は、ソーリス様の熱い激情についに陥落し、誓いあった愛しい者以外の手により淫欲の底に落ちていく……!! しかし、そこに帰ってくるパーシヴァル様!!! 死んだと思っていた恋人の帰還を素直に喜ぶことが出来ないヤマト様は穢れてしまった自らの体に絶望を抱き、パーシヴァル様が出兵するときに預かったナイフで世を儚む……!!!!」

 マシンガンのように発射されたその言葉の弾幕に、私は一瞬ぽかんとしてしまった。
 言葉を理解するまでの間にも、アゼリアさんの物語は進行していく。世を儚むで終わるかと思ったら、パーシヴァルさんが止めに来た。
 ……君、よくこの短時間でそんな話作ったな。っていうか、設定にねつ造が多すぎだ。この国には徴兵制度はない。私の体は疼いてないし、ソルに甘く囁かれてもいないし、甘い激情に陥落もしてないし、淫欲の底にも落ちていない!

(うわあああああ腐女子って外から見ると強烈だな!!! 標的にしてきた人たちごめんなさい!!!)

 今更過ぎる懺悔をしても、なんにもならないのだが。まあでも、私はこんな風に外に出していないだけましだと……思いたい……。懺悔しても腐女子止める気ないし。

 というか、そろそろ止まってくださいアゼリアさん。
 物語の発展はあらぬ方向へと向かい、今はちょうど私が思い詰めたソルにレイプされた。うん、ジェネラルさんが聞いたら泣くぞ。あの人女子がそういう言葉を使うの嫌みたいだから。

「……えっ、なにこれ、俺のったほうがいいの?」

 異なった世界の話を聞かされ続けたソルが混乱しはじめる。のらなくていいです。のらないでください。

 そうしている間にもさらにヒートアップするアゼリアさんと、物語が始まった頃からずっとげらげら笑い続けているパーシヴァルさん。
 うっかりすれば自分が同性愛者だと思われるような冗談をよく言うものだ。彼、嫌がらせのためなら自分の身も削るらしい。その執念は一体どこから来るのか。おかしい、ほんとおかしい。

 一種異様な様相を呈している私たち4人のせいで人波が割れるのを虚ろな気分で眺めながら、もうどうにでもなれ、と捨て鉢になる私だった。
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