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Trans Trip! 作者:小紋
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7‐(12).力加減とその難しさ

 あの後少しだけして、侍女さんが私たちを呼びに来た。今は、城の中で一番大きな広間だという会場に、数人の侍女さんたちに案内され向かっている。

 祝勝会が行われるというだけあって、城内は賑やかでばたついていた。廊下でも、忙しそうな侍女さんや召使いさんが走りまわっている。
 それを横目で見ていると、ねえ、とソルに声を掛けられた。

「その……胸ってどうなってるの?」

 ソルの視線は、歩くたびにゆさりと揺れる私の胸元に注がれていた。うん、まあ、見るよな。私もこんな人いたら見るわ。だが残念なことに、偽乳だ。当たり前だが。

「なんかね、水属性の魔法で……ううーん、うまく説明できない……触る?」

 何やら複雑な手法で魔力を練り上げ、それを柔らかみのある変な塊のような対象物に定着させていたのだが……ブラジャーをつけた胸元に突っ込まれた時は悲鳴を上げてしまった。
 まあそれはいいとして、説明は出来ない。気になるのなら触ってみると良いだろうと、両手で下から持ち上げて乳を差し出し近寄ってみたのだが、無表情で拒否された。

「……いい」
「ええーなんで? おもしろくない?」
「そういう問題じゃなく」
「えー? ……ん?」

 色っぽい芳香が漂ってくる。二、三度鼻を鳴らして確認すると、その匂いはソルからしていた。近寄ったことで、香りが鼻に届いたようだった。

「いい匂いするね、ソル」

 ムスクのような……なんだろう、フェロモンって感じの匂いがする。ソルの落ち着いた今の格好に似合う、大人の匂いだ。麝香などの匂いは嫌いではない。

「ああ、香油のせいだと……それ言うんだったら、ヤマトのがすごいよ」
「いやもう、俺は香水風呂だったから。……そうか、香油かあ……そっちの方がよかったなあ……これ、多分花の香りなんだろうけど、臭くて……」

 女性用の香水をひたすら吹きつけられ、吐き気を催したのが記憶に新しい。自然な花の匂いなら大丈夫なのだが、煮詰められて強くされ過ぎた匂いは苦手だ。
 気分が悪いくらいだということを訴えると、ソルが私の首元に顔を近づける。

(……うわっ、何々)

 ムスクの匂いが強くなる。だが私が挙動不審に陥る前に、ソルは離れていった。

「そうかな。俺は嫌いじゃないけど」

 そしてこの台詞である。

「……なんかソル、女たらしっぽい」
「え、なんで」
「そういう発言が自然にでてくるところが――うわっ」

 スマートなセリフを事も無げに言ってしまう彼に文句を言おうとしたら、ぐりんと足首からバランスを崩してよろめく。
 すると、隣にいたソルがさっと体を支えてくれた。畜生、スマートだ。

「っと……大丈夫?」
「う、うんありがと……」

 ヒールがとんがりすぎてて、すごくバランスがとりにくい。ピンヒールって履く意味がわからない。底がぺたんこの靴でいいじゃないか。心の中で悪態をつく。
 そしてその後も歩きにくそうにしている私を気遣ったのか、ソルがひとつ提案をした。

「……歩きにくかったら、俺の腕とかに捕まって体重掛けてていいよ」
「え、大丈夫?」
「……それは、どういう意味で?」

 折角いい男がいい男な言葉を言ってくれたのに、私は思い切り蹴り飛ばしてしまった。いや、悪意があってのことではないのだ。

「いや、ソルさ……ただでさえここ来るの嫌だったのに、さらに疲れさせたら申し訳ないなって」
「……大丈夫だよ」
「……うーん、でもいいよ」
「……なんで?」
「なんで、って言われると……やっぱ、申し訳ないし」

 別に歩けないほどでもないのだ。ただでさえいつも世話になっているのだから、またここで世話になるわけには……そう思ったのだが、隣から溜息が聞こえた。
 気分を悪くさせてしまったか、と様子を窺おうとすると、ソルの左手が伸びてくる。
 ぐっと腰を抱かれ、引き寄せられた。否応なしに彼に自分の体重を預けることとなり、狼狽する。
 離してもらおうと慌てて彼の手に自分の手を掛けると、一層強い力で腰を掴まれた。

「俺はまともにエスコートも出来ない駄目男だと思われたくありません」
「……あ、そっか。ごめんね」

 そういえば、これから行く先は他人の目があるのだった。一緒に来ている相手に対する態度も問われるわけだ。

「謝らなくていいよ。……花飾り曲がってる」

 頭の花飾りを直される。お礼を言って彼を眺めた。いい男だ。

 さあそして、この一連の動作で侍女の皆さんが爆発しそうなのはどうしたらいいだろうか。ちょっと考えて、放っておくことにした。別にどうもしなくていいだろう。むしろ今の一連はサービスだったとも言えるのだから。
 ああ、羨ましい。侍女さんのうちの誰か一人、私と精神交換しませんか?





 そんなこんなで、本日のダンスパーティーの会場へと到着した。まだあまり人が来ていない広間は、中学校とかの体育館を二つ三つ繋げたような広さと、豪華絢爛な装飾を併せ持っている。
 立食形式らしく椅子は休憩用のものが隅っこにあるだけだが、テーブル上に並べられた料理たちは彩り豊かで、とにかく高そう、そしておいしそうだった。

 警備のためだろうか、騎士様たちが壁際に並んでいる。見目麗しい若者ばかりだ。まさかとは思うが、今日のために選抜とかしたのではないだろうか。それを疑いたくなるくらいには、豪華な会場に相応しい人たちばかりだった。大規模掃討作戦の時と違い、白い鎧だけではなくえんじ色の外套を羽織っている彼らは、かなり絵になる。
 眺めていると、やはり見知った顔を見つけた。リビルトさんとギルさんだ。彼らはかっこいいから、絶対にいると思った。
 職務中かとは思いつつも、手を振ってみる。リビルトさんだけが気付いてこっちを見た。
 手を振られていることに気付いたリビルトさんが、まず普通に笑顔、次に疑問、最後に驚愕、と三段階に表情を変えた。あ、忘れていたが今私は女装をしているのだった。やばい、驚かせたかな。っていうか、私だってことに気付いたのか、リビルトさん。

 持ち場を離れられないであろう彼は、しばらくすごい顔をした後、まさかの行動に出た。立っていた場所を離れてこちらへとやってきたのだ。
 動転した様子の彼が勢いよく迫ってくる。

「ヤ、ヤマトさん……ッ! どうしてそんな格好を!?」
「いろいろありまして……」

 それを聞いて、いろいろ、とひとりごちた彼は、何をどう考えたのか、そのままソルへと向き直って掴みかかった。えっ、何故!

「……ま、まさか貴方、無理矢理……ッ」

 その、無理矢理っていう想像、まだ続いていたのか! まずいどうしよう、と思うと、ぱしん、という音が聞こえた。ソルがリビルトさんの手を振り払ったのだ。

「お前、今ここで大声出してヤマトに恥かかせる気? ……今日は俺が、ヤマトを、エスコートしてんだよ……警備兵は壁際に立ってろ」

 以前の喧嘩がまだ尾を引いているのだろうか、ソルの態度は冷たい。言われて言葉に詰まったリビルトさんだったが、次の言葉を見つける前に、背後からやってきた上司らしき騎士様に怒られて連れて行かれてしまった。
 満足げなソルと、呆然とした私がその場に残される。

「ソ、ソル……失礼なんじゃ」

 警備兵って、仮にも騎士様に。手も思い切り振り払ったし……いや、その前にソルが掴みかかられてるんだけど。
 しかしそんな私の言葉は全く聞かず、ソルは言った。

「ヤマト、今のはしょうがないかもしれないけど、なるべくばれないようにしなよ。いくら似合ってるからって、一応女装なんだからさ」
「……あ、そうだね……ごめん……」

 怒られてしまった。うん、確かにそうだ。何も知らない人からしたら、私たちけっこうな変態だろう。
 意気消沈して黙ると、頭をぽんと叩かれる。あれ、慰められてる?

「……呼び名も変える?」
「……その方が、いいかな。……うーん……名前……ヤ……ヤ……ヤマコ」
「あんま変わんないね」

 雰囲気を悪くしてしまったから冗談のつもりで言ったのだが、ソルは突っ込んでくれない。……あーそうか、別に子をつければ女子になるという風習はこの国にはなかった。

「んー……ヤマト、トマヤ……あ、マヤは?」
「マヤか、いいんじゃない?」
「よし、じゃーマヤね。私はマヤ私はマヤ私はマヤ」

 呪文を唱えるように言う。よし、これで今から私はマヤだ。女子っぽい名前でいいじゃないか。
 元々女子なのに男子のような名前のせいで女装した時に他の名前を名乗らなければならないって、すごく悲しいが今は忘れよう。

「ほら行くよマヤ。あと喋るとばれる」
「ええっ、……こ、こんな感じで、どう、かな」
「裏声……」

 言われて女子っぽい声にしてみようと思ったが、私にはセンスがない。だめだ。

「やっぱり駄目だ! 今日は黙ってるよ!」
「それがいいかも」

 ソルが苦笑する。

 そうして、寡黙な美女マヤになろうとした、その時だった。

「その声……ヤマトか?」

 言った傍からなんだか私の真の名前を知る人が。……真の名前ってかっこいいな。
 振り返れば、そこにはイクサーさんがいた。
 イクサーさんもフォーマルバージョンだ。襟の高いきっちりとした礼服で、彼の怜悧な美形さ加減を服が際立てている。髪はあまり弄っていないようだが、それでも十分にかっこよかった。素材の良さを生かすタイプだ。
 ソルの私の腰を抱く手が強くなる。……もしかして、緊張してる? 緊張してる? イクサーさんとソルが出会うと私のテンションがもれなく上がる。

「イクサー……」
「……貴様、リンドか」

 ソルが嫌そうな顔をする。隣にいるのがソルだとは気付いていなかったらしいイクサーさんも、ソルの姿を見つけて不機嫌そうな表情になった。睨み合い、いいですね。でも無言のままだと気まずいので、話を進めます。

「イクサーさん……闘技大会には出ていないのに、こんなところでどうしたんですか?」
「……ああ、祝勝会には主催者も呼ばれるんだ。俺はカヴァリエの代表で、カルーアと来ている。……というか、ヤマト……君こそどうした」

 聞いたら、聞き返された。どうした、の意図が違う彼の疑問は十分に理解できる。知り合いがいきなり女装していたら普通に驚くのは当たり前だ。っていうか、引くだろう。さっきのリビルトさんも相当驚いて、いろんな想像を働かせた結果ソルに掴みかかっていったし。

「……あー、これは、いろいろありまして」
「……困っているか?」

 言葉を濁すと、ストレートに聞かれた。

「こ、困ってないです! 大丈夫です!」
「そうか。……困ったら、言うといい。じゃあな」

 行ってしまった。……うーん、イクサーさんは本当にあの、困ったら助けるって約束を忠実に守ってくれてるんだなあ。
 困ってるんですけど、っていいながらソルと絡んでくださいって言ったら絡んでくれるのかなぁ……ははは。
 思考に沈んでいたが、ふと気付いてソルの機嫌が心配になる。闘技大会ではうっかり顔を合わせただけであんな不安定なことになっていたのだ。しかし少し上にある顔を見上げれば、それはいつもの表情だった。

「ソル、あれはもう吹っ切れたの?」

 安心した後、悪戯心が湧いて意地悪な質問をしてみた。びくりと体を揺らすソル。

「……なんのことだかわかりません」

 ああ、ソル……まだ引き摺ってるのか……。ニヤニヤするとまずいので追及は止めた。

 そうこうしている間に、ダンスが始まる旨を伝えるアナウンスが流れる。本当だ、既に参加者も相当集まっているようだった。
 そして音楽が流れ出した。

「行こう、マヤ」

 ソルに手を引かれ、ダンスフロアへと出る。

(あっご飯全然食べてないのに! ……いいよ踊ったら食べるからあ)





◇ ◇ ◇





 ダンスフロアを上から眺める上階のバルコニーに、大小二つの影があった。
 そのうち一人は真っ白な色彩を持つ少年サフィール、そしてもう一人は金色の豪奢な髪の青年ジェネラルだ。
 二人はダンスフロアを見降ろしている。サフィールは難しい顔で、ジェネラルはある一点へと視線を集中させていた。

「全く、光之方様ひかりのかたさまはまたご勝手に行動されて……」

 ぶつぶつと、サフィールが愚痴を吐く。

「あの2人を目にした時の興奮っぷりったらないですよもう。お抱えの絵師を総動員なんて、どんな記念事があるのかと思ったら」

 その内容は、今回かなり突飛なことを仕出かした、光神の転生体に向けられていた。

「本当に光之方様のご趣味にも困ったものです。闇之方様やみのかたさまなんて心の底から理解できないものを見る目で……」
「……」
「ちょっと、聞いてるんですかジェネラル?」

 光神の転生体へと向けられていたサフィールの怒りが、全く反応を返さないジェネラルへと矛先を変える。
 しかし険悪な声で言われたジェネラルは、心を奪われたかのような表情のまま、問いかけに答えず別のことを喋り出した。

「……ヤマトのはじめてのダンスの相手は、俺がしたかったなぁ……」
「……何言ってるんですか、お前は」

 夢を見ているかのようなぼんやりとした声を聞いたサフィールは怒りの勢いを削がれ、呆れたような声を出した。

「女の子は化粧で変わるな……ああしているとあの子の母親にそっくりだ」
「女の子、って。彼女の体は男のものでしょうに……それに、お前の言う人間はヤマトさんにとっては母親でもなんでもないでしょう」
「転写師と絵師を雇っておいてよかった。大変だったんだ、急な仕事を引き受けてくれる人間を探すの」
「……ほんとに何も聞いてませんね。……ってまさか、それ、経費で落とそうとしてないでしょうね」

 ジェネラルはサフィールの言葉に全く反応を返さない。それに溜息をついたサフィールだったが、少し不穏な空気を感じて無駄かとは思いつつも質問を出した。

「馬鹿なこと言うな、ちゃんと自費だ」
「そうですか。それは良かった」

 きちんと返答が返ってくる。聞いているじゃないか。
 ということは、意図的に無視をしていたらしい、この男。少し腹を立てながらも、サフィールは抑えた。この男がこうなった時は何を言っても駄目なのだ。
 問題の男が、今度は懇願するような口調で言う。

「……下に行ったら駄目か?」
「それこそ馬鹿なことです。お前みたいな有名人が下に顔を出したりしたら、色んな思惑に群がられて一歩も動けなくなりますよ」
「……ほら、仮面とか被って」
「それなら大丈夫でしょうけど、僕が彼女ならそんな怪しい人に近寄りたくありませんね。時代錯誤でもあります」
「……そうか。俺は古いのか」

 消沈するジェネラル。サフィールはそんな彼を見て少し溜飲を下げた。

「大人しくここで指を銜えていなさい」
「あっ、バルコニーに! くそ、ここからじゃ見えない……」
「だから聞きなさいと。……はあ、もう駄目ですね」

 言うや否や、見える位置を探すために出て行ってしまったジェネラル。
 サフィールは溜息をつき、ジェネラルをこんな風にしてしまう彼女について思いをはせたのであった。





◇ ◇ ◇





 ずぶの素人の私がついていけたことから考えて、ソルはかなりリードがうまいのだろう。惜しむらくは、こんなイケメンとダンスをするなんて夢のような状況なのに、ついていくのに必死すぎてありがたみが感じられない私だ。いやむしろ自分が踊るのではなく、外から見たいんだけどね。
 3曲目が終わり、演奏が一時止む。やっと終わりか、と少し喜んだところで、アナウンスが流れた。

 アナウンス曰く……パートナー、交換タイム!? なんだそれ、思わず目を剥く。合コンパーティーじゃないんだぞ。パートナーって普通交換するもんなのか? 唯一無二だからパートナーなんじゃないのか?
 困惑する私に、ソルが聞いた。

「マヤ、どうする?」

 正直、事情を知っているソル以外とは踊りたくない。イクサーさんとだったらまあ……と思ったが、彼はどこにいるかわからないし。
 困っていると、たくさんの足音が耳に届いた。

(……えっ、何)

 気付けば、イケメンハンサムいい男……複数人に囲まれていた。

「姫君、一曲いかがですか?」
「プリンセス、そんな男の申し出より私の手をお取りください」
「おいおい、この姫さんは俺が目をつけてたんだぞ」
「こんな美しい方がお前らなんて相手にするはずないだろ、相応しいのはお金持ちの僕さ!」

 なんだ君たちは。ここはネオロマンスゲームじゃない、帰ってくれ。しかし最後の君、小物臭がしていいね。君は受けだ。
 って、こんなことを考えている場合ではない。ソルはどこだ、助けて……ってあっちも美少女美女に囲まれてるし! 当たり前だ、あんなイケメンを女子が放っとくわけはない。ああ、どうしよう。

 本気で困った。拒否をしようにも、喋ったら男だとばれるし。……そうこうしている間にダンスを求める手は増えていくばかり。美青年の体なんて嫌いだ。どうして私がこんな目に。
 もういっそのこと、俺男ですとか叫んでしまおうかと思ったそんな時だった。

「……ごめんマヤ」

 ソルの声が近くでして、ぐいっ、と引っ張られる。

 驚く間もなく、その場から連れ出された。背後に男女共々からのブーイングを聞きながらバルコニーへ。

 夜の空気に満たされた白いバルコニーは、広間の喧騒が嘘のように静かだった。

「……はあ」
「あ、ソル……ごめん」

 もしかしなくても、私が困っていたから助けてくれたのだろう。溜息をついたソルに謝罪をすると、彼はきょとんとした顔をした。……違うのか?

「……いや、俺こそごめん。勝手なことした」

 意図はわからないが、謝り返される。謝られる筋合いはない。私は正直ありがたいだけだ。それを素直に言葉にする。

「いいよお、逆にありがたかった。どうせ俺ソル以外とじゃ踊れそうにないし」
「……え」
「ソル、リードうまいよね。俺ダンスなんか初めてだったけど、それっぽい感じになってた気がする」

 本当にそうだ。少なくとも恥はかいていない。
 しかし褒めたつもりだったのだが、ソルはなぜか無表情だった。

「……そっちか」
「ん? そっちって?」
「なんでもない」

 変なソルだ。……ああ、そういえば。

「ソルは良かったの? 女の子と踊らなくて」
「……あー、うん、いいの。俺こういう場に来るような女の子苦手だし」

 ふーん、と相槌を返す。まあ確かに、彼の好みからしたらそうだろう。自分が派手な外見だからかはわからないが、意外と素朴な子が好きなのだ、ソルは。ウランカちゃんが好み、とか前言っていたし。可愛い子は皆好み、とも言ってたけど。けっ!
 いつの間にか悪態まで進化した心の呟きを知ることはなく、ソルは私を気遣う。

「お腹減ってない?」
「あ、減ってる」
「俺料理取ってくるよ」
「じゃあ俺も一緒に……」
「いい加減、足痛いでしょ。座って待ってて」

 そう言ったソルが、有無を言わせずに行ってしまった。……ばれていたか。
 ……こういう、さりげない強引さ、ってかなり魅力的だな。うーん、ほんとにイケメンだ。もてるのも頷けるわ。

 一人でうんうんと頷き、石のベンチに座り込む。夜風に冷えた石材のせいで、お尻が冷たかった。
 それにしても……空気がうまい。今まで人のたくさんいるところにいたのにいきなり一人になったせいで、かなりほっとしていた。

 しかし……一人になったこと、それがこの先の不幸に繋がるとは……私はちっとも、想像していなかった。





(ソル、遅いな……また女の子に捕まってるのかな)

 ソルが食事を取りに行ってから、早十分ほど。いい加減遅い、と思い始めたところに、男が一人やってきた。

「ねえ君、一人?」
「……え?」

 見るからにナンパ男。大きく開いた胸元が、ガラが悪い。顔はいいが、気障ったらしい動作と俺かっこいいでしょ、みたいなオーラが気に食わない。
 ……つまり、第一印象最悪。これは関わらない方が良い。だが、私は関わりたくなくても男はどんどん接近してきた。

「君みたいな子を一人にしておくなんて、男は見る目ないな」
「えっ、あ、いや……男、っていうか……相手は、ご飯を取りに行ってくれてまして……」

 言っている間にも、どんどん至近距離に。油断したところで、耳元に顔を寄せられて囁かれた。

「ハスキーな声、色っぽいね」

 耳に直接たたき込まれた言葉に、ぞぞっどころではなく怖気が立つ。

(なんだこいつぅー! 耳元で囁かれ……うおお典型的すぎて……うおお気持ち悪い……顔はいいのに、言動がきもいとこうまであれなのか)

 心の中で悲鳴を上げていると、肩を押された。

「へ」

 ぱたん、と石のベンチに体を倒される。混乱している間に、覆いかぶさってくる男。近い、顔が近い。息がかかりそうな至近距離で、奴は言った。

「綺麗な瞳だ。力を抜いて」

(ええええええええーッ!!!!! 展開速すぎ! 体が目当てにも程があるぞ!? うわっ偽乳揉むな! ちょっ、迫ってくんなぁー! ど、どうしようどうしよう! うわあああもおおおおお!)

 脳内で叫んでいる間にも、唇が近づいてくる。まずい、このままではまずい。

 混乱した私は、力加減をすることも忘れ、自分に覆い被さっている男に向け、両手を突きだした――。





 ざわざわ、と人のざわめきが聞こえる。
 恐ろしく混乱した頭のまま、周囲を落ち着きなく見回す私。傍らには、リビルトさんがついてくれていた。安心させるためにか、声をずっと掛けてくれている彼がすごくありがたい。
 すると少しして、見慣れた姿が走り寄ってきた。

「……何があったの!?」

 ソルだ。急いで来たのか、衣服と髪が少し乱れている。そんな彼の姿を見て、涙腺が緩んだ。浮かんだ涙をほろほろとそのまま落とし、走ってきたソルに言った。

「うわあああソルぅぅぅどうしよおぉぉ人殺しちゃったかもおお」
「ええっ!?」

 私のあんまりな言葉に驚くソル。持っていた料理をとりあえず平らな所に置いた彼は、何、どうしたの。と私の頭を撫でた。

「……遅いですよエスコートの方。何をしていたんですか」

 リビルトさんが、嫌味たっぷりに険悪な声でそう言う。私にはもうそれを諌める気力もない。

「……何、何があったんだよ」

 困惑したまま状況を聞くソルに、リビルトさんが地面に倒れ伏し騎士に囲まれている男を指差した。

「あの男がヤマトさんに無理矢理迫ったんです」

 途端に殺気立つ周囲の空気。ちょっと待ってくれ、それじゃ私が“被害者”で、あの男が“加害者”みたいじゃないか。加害者は私だ。

「あ、ち、違うの。あのね。無理矢理じゃなくてね、普通に迫られたんだけどね、俺びっくりしちゃってどうしようってなって、それで突き飛ばしたら力が入っちゃって……」

 素手で石を砕く怪力で思い切り突き飛ばされた男は壁にぶちあたって崩れ落ちてぴくりともしなくなり、私はその時点でほぼ泣いていました。以上です。
 泣きながら支離滅裂な文章を構成した私は、ソルに泣きつく。死んでたらどうしよう。逮捕か、終身刑か。この国の司法制度はよくわからないが、人を殺して無罪ということはないだろう。

 すると、一人の騎士がリビルトさんのところへやってきた。何かを伝えて去っていった騎士は、男の周囲で状況を確認していた人のはずだ。リビルトさんに縋りついて、情報を求める。

「し、死んでますか? 俺逮捕されますか?」
「大丈夫です、少し調べた限りでは脈はあるし、呼吸も正常だそうですから。気絶しているのでしょう」
「よ、良かった……」

 本気で心の底から安堵する。よかった、逮捕は大丈夫だって、よかった。こんな年齢で前科はもらいたくない。だが、問題はまだあるのだ。
 リビルトさんも同じことに思い当ったようだった。

「問題は別のところにもありますが」

 リビルトさんが、男の傍でもめている一団に視線を向ける。

 そこでは。

「うちのギルド員が暴行を働かれたんだぞ!? どうして俺が黙っていられると思うんだ!?」
「ジェネラル殿、抑えてくだされーっ!」

 ジェネラルさんが暴れ出しそうな雰囲気で吠え、壮年の騎士様がそれを必死に宥めていた。

 そうなんだ、大変なことになっているんだ。
 私が男を突き飛ばすのと同じくらいのタイミングで、なぜかジェネラルさんがどこからともなく飛び出して来た。一体どうしてだかわからないが、それが今のこの有様を作り出している。

(暴行なんて働かれてないよ……! 恥ずかしいから止めてくださいジェネラルさん! モンスターペアレンツだよあれじゃあ!)

 混迷を極めるこの状況を見て、ソルが呟く。

「……ひどいことになってんな」
「ろくにエスコートもできない誰かさんの責任によるところが大きいと思いますが」

 リビルトさんが、ちくりと刺した。いや、ぶすりとか。
 どうやらリビルトさんは、今こんなことになっているのはソルが私から目を離したからと考えているらしくて……それも一端かもしれないが、こんなひどいことになっているのははっきり言って私の責任なのだ。
 だがソルは私に謝る。

「……ごめん、ヤマト」
「ソル悪くないよお、俺のせいだよ……」
「ヤマトさん、それは違う。全てはこの男が……」

 違うんです……本当に私が……。そんな無限ループ的な問答を重ねようとした時だった。

「何の騒ぎだ……ヤマト!? どうしたんだ一体!」

 イクサーさんが騒ぎを聞きつけて現れた。ああ、なんかすごくデジャヴ。どうしてイクサーさんってこうタイミングが。
 つかつかと近づいてきた彼が、未だぼろぼろと泣く私の肩を掴む。

「誰に泣かされた? リンドか?」
「ち、違いまひゅ……」
「だったらどうして泣いている! 泣くようなことがあったんだろう!」

(うわああああんもうやだあああ)

 結局この後、リビルトさんがイクサーさんに偏った視点からの状況を説明してしまい、イクサーさんが悪鬼の表情で男を斬りに行こうとしたり、ソルが参戦しようとしたりで本当に大変でした。ジェネラルさんを宥めるのも、もちろんものすごく。

 もうダンスパーティーはこりごりだー! とは言いませんが、今度参加する時はまともなオチがあるものに参加したいです。
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