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Trans Trip! 作者:小紋
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7‐(10).勝利の美酒に酔う

 一年に一度だけ来る曜日、天曜日。神結祭のためだけに設定されたこの曜日に、天神祭は行われる。
 世界では火が燃え、水が流れ、地が脈動し、風が吹き、木が育ち……光は頭上に輝き、闇は影に沈む。その全てを表現する七色の紋章が、掲揚された旗に燦然と輝き、存在感を主張していた。
 天曜日が天候に恵まれなかったことは過去ただの一度としてない。それがそのまま、天空神カエルムの威光を示しているともされる。

 カエルム教徒にとっては一年のうちでもっとも聖なる日となるらしいそんな今日、リグの闘技場では、闘技大会本戦後半部が行われていた。





 固唾を飲んで試合の展開を見守る私たち。舞台上で展開されているのは、大剣部門の準決勝第一試合目。
 この試合の出場者は、身の丈2メートル超はあろうかという獅子のエディフの大男と、ぱっと見た限りでは大剣なぞ振り回せるのかと心配になるくらいすらりとした体格の虎のエディフの青年……ソルだ。

 流石準決勝まで上がってくるだけあって、獅子のエディフは弱くはない。その体格の割に素早い動きと有り余ったパワーで、破壊力のある攻撃を続けている。
 と、その時、剛腕で振り降ろされた剣閃がソルを少しだけ掠め、観客席から悲鳴が上がった。
 だが冷やりとはしたものの、攻撃が当たったわけではない。すぐにバックステップで距離をとるソルに、ほっと息を吐く私と大衆。

 ……彼は今日、明らかに精彩を欠いていた。

(ソル……調子悪いなぁ)

 先程から冷や冷やさせられてばかりだ。敵の強さは違えど、昨日はもっと態度に余裕があって楽勝だったというのに……一体どうしたというのか。
 ……いや、なんとなく理由はわかるが。
 ソルは昨日、闘技場の控室を出てイクサーさんとバッタリ会ってしまってから、元気が無かった。

(ああ、あの時心の中で笑ったりしてごめんソル。そんなに嫌だったか)

 折角忘れていたところに思い出してしまったのがでかいダメージになったのかもしれない。私としてはそこまで考えを支配されるほどならきっとカップルに……おっと、もう止めよう。いい加減不謹慎だ。
 これでソルが負けたりしたら私はどんな顔をして彼と会えばいいのかわからない。

 私が自重して自らを戒めたところで、舞台上のソルは相手に隙を見つけたらしく、思い切り跳躍して獅子のエディフの懐に潜り込む。
 フルスイングする勢いで振り抜かれた大剣の腹が、獅子の脇腹を捉えた。
 内臓を思い切り叩かれ、もんどりうって倒れる獅子。彼の手から零れた大剣を剣先で転がし、ソルの苦しい戦いに決着がついた。

 肩で息をして汗を腕で拭うソルは、客席から見ていてもわかるほどグロッキーな状態だった。険しい表情から、精神状態の悪さも見て取れる。
 彼はこの後控え室に戻るはずだ。準決勝二試合目が終わって決勝戦の相手が決まるまでは時間もあった。
 ……何ができるわけでもないが、とりあえず、声を掛けに行こう。そう思って立ち上がると、ジェネラルさんも一緒に立ち上がった。視線が交わって、ひとつ頷かれる。どうやら同じ目的らしい。

「どこ行くのヤマトぉ」
「ソルんとこ!」

 突然立ち上がった私に驚くエナにそう伝え、ジェネラルさんと一緒にソルのいる控え室に向かったのだった。





「ソル……大丈夫?」

 控え室の椅子に座ってぐったり項垂れるソルに声を掛ける。だいじょおぶ、と呂律の回らない、明らかに大丈夫じゃなさそうな声で返事をされた。……全然大丈夫じゃないじゃないか。

「どうした、ソル。昨日は悪くない調子だったのに、今日は随分おかしいぞ。何かあったのか?」

 ジェネラルさんも流石におかしいと思ったらしく、今日のソルの不調っぷりの原因を尋ねる。……だがソルは言わないだろう。あの理由。私が言うのも憚られる。
 黙ってしまったソル。私たちの間に沈黙が落ちる。ジェネラルさんが項垂れるソルの頭にぽんと手を置いて、溜息を吐いた。超必殺頭撫でもここでは効果を発揮しないようだ。

 どうしたものか。第一、解決策が無いのだ。ソルにとってあれがダメージである限りは、時が経って忘れてしまうのを待つしかなく。
 というか、ソルもあのくらい犬に噛まれたとでも思って忘れてしまえばいいのに……飲み会の罰ゲームとかで男同士でディープキスとかよくあるのだろう? 大学生の兄から聞いたことがある。そんなこともあるというのに、ソルはどうしてここまでひどいことになっているのだろうか。まさかファーストキス? ……いやいやそんなまさか。そんなん私だってもう済ませているぞ。……幼稚園の頃のことだが。
 そしてそもそも彼はあの現場を覚えていないはずだ。人から聞いただけで。……まさか鮮明に思い出してしまった? それならかわいそうな気がしなくもないが……。

 考えを巡らしていると、控え室のドアが開く音が聞こえた。
 なんだ、と思って振り返ると、そこには。

「イクサー、どうした」
「……ッ」

 ジェネラルさんが来訪者の名前を呼ぶ。ソルが体を震わせてあからさまに反応した。不謹慎にもその反応を可愛く思いながら、動向を見守る。
 むっつりと怖い顔をしたイクサーさんは、心底不愉快そうだ。彼だってソルのことを避けたいだろうに、どうしてここに来たんだろうか。
 やがて、眉間に深い皺を刻んだまま、イクサーさんが口を開いた。

「……あれは事故だ、忘れろ。俺はもう忘れた!」

 忌々しそうに叫び、それ以外は何も言わずに踵を返す。そのまま、床にひびが入りそうなほど荒々しい足並みで去っていってしまった。

(……えーとこれは……あまりにもソルの状態がひどいから、フォローしにきた?)

 そう思った瞬間、バーンという大きな音を立てて控え室の扉が閉められる。
 呆然と見送ると、項垂れたままだったソルが小さく呟いた。

「……そうだよ、事故だよ……っていうか」

 がっ、と顔を上げるソル。顔が赤い。それは怒りだろうか羞恥だろうか。どちらにせよ。

(かっ、かわっ! かわいい!)

 そんな私の心情など知りもせず、ソルが続けて叫ぶ。

「あいつのせいじゃねーか! なんであんなに偉そうなんだよ!! 俺悪くないし、俺、悪くないし!!!」

 二回言いましたね、大切なことです。

「ああもう、もういい、優勝して鬱憤晴らしてやる!!!」

 ……それだけ言いきって、ぜーはーと荒く息をするソル。
 私はともかく、全く話が見えていないらしいジェネラルさんはびっくりした顔をしている。突然の宣言を終わらせた彼は、凶悪な目つきのまま、がっとこちらを睨んで言った。

「絶対優勝するから……客席なんかに戻らないで舞台脇で見ててくださいよジェネラルさん、ヤマト!」

 勢いに押されて2人して頷くと、舞台の方から歓声が聞こえた。……どうやら、準決勝二試合目が終わったようだ。

「……じゃ、いってきます」

 大剣を背負い、さっさと行ってしまうソル。
 しばし呆然としていたジェネラルさんが、そのままの表情で私に聞いた。

「……結局、どういうことなんだ?」
「……えーと、とりあえず、解決したみたいです」
「……そうか」





 吹っ切れたソルは、とにかく強かった。舞台に通じる薄暗い通路口にジェネラルさんと2人で立ち、それを眺める。
 スピードもパワーもさっきの試合とは段違いのようにすら見え、半分八つ当たりのような試合運びを見ていると、決勝戦の相手……ダークエルフの巨漢がかわいそうになるくらいだった。あの気迫を見ていると、歯止めのしてある安全な大剣だというのに対象を真っ二つにしてしまいそうで怖い。
 しかしその圧倒的な闘いは観衆の興奮を煽るにはかなり有効なものだったらしく、ソルが一撃入れるたびに割れんばかりの歓声が場内に響く。

「本当に解決したんだな……一体何だったんだ?」

 首を捻るジェネラルさんに心の中で謝る。ごめんなさい、それを私が喋ってしまうのはかなりかわいそうなのでできません。たくさんの人が見てたんで、そのうち耳に届くかもしれないので許してください。

「なんだったんでしょうね……あっ、ダウン!」

 腹を思い切り突かれたダークエルフの巨漢が膝をついて胃液を吐く。しかし手はまだ大剣をしっかりと持ったままで、離そうとはしない。
 ソルはそれを無感情に見下ろしていた。……ああ、本当に八つ当たりだ。蹴りでも入れそうで怖い。

 やがて立ち上がったダークエルフの巨漢が体勢を立て直す前に、さらなる追撃を仕掛けるソル。うわっ、すごい音がした。あばら何本かもっていかれたんじゃないか? ……どうでもいいが、この、“あばらをもっていかれる”って表現、かっこよくて好きだ。

 そして、ソルの相手のダークエルフの巨漢は、あばらもっていかれついでに武器も持っていかれてしまった。手から離れた大剣が弧を描いて飛び、舞台外の芝生に突き刺さる。

 勝負はついた。

 審判員が興奮したような口調でソルの勝利を告げた一瞬後、場内を歓声が劈いた。

「勝ったな」
「……勝ちましたね!」

 私も知らず興奮していたようだ。それはこの歓声の中ピンと立つソルを見てさらに増幅された。ああ、今すぐ祝福の言葉を掛けたい。
 そわそわとした私の様子に気付いたらしいジェネラルさんが、促す。

「ほら、行ってやるといい。ソルもヤマトに一番に祝福されたいだろう」

 そんな言葉に嬉しくなる。ソルと一番の友達だからだよね、それって!
 大きく頷いて走り出した。目指すは、舞台上のソル。

 薄暗い通路口から出て日の光を浴び、大声でソルの名前を呼ぶ。
 呼びかけに振りむいたソルが驚いた顔をしていた。一瞬後、すぐに嬉しそうな顔になった彼は、舞台の端までやってきて私を待つ。

 舞台に上がる階段を使うための時間も惜しかった。気が急くまま舞台に手をつき、跳躍して登る。
 だが勢いがつきすぎたのか、つんのめって転びそうになった。大観衆の前で無様にすっ転ぶ自分を想像し思わず青くなった私だったが、その時は訪れなかった。

「……ヤマト、慌てすぎ!」

 弾けるような笑顔が間近に、私を迎える。それで私は、転んだところをソルに抱き留められたことに気付いた。
 恥ずかしいという気持ちもあったが、それよりまず、これだ。

「ソル、おめでとう! かっこよかった!」

 今ばかりは笑顔作るの苦手とか忘れた。心から湧き出る祝福の思いがそのまま笑顔になる。本当に私にしては珍しいくらい思い切り笑って、ソルを祝福した。

「……ありがとっ!!」

 そんな私の言葉に返礼するかのように思い切り言ったソルが、私を抱き締めて返す。苦しい、苦しいが楽しい。笑顔作るの苦手も忘れたんだから、スキンシップ苦手も忘れておこう。出血大サービスで、ソルの骨を砕かない程度に抱きしめ返した。





◇ ◇ ◇





 闘技大会も全部門試合が終わり、今は閉会式直前。
 舞台上では、光神の転生体様と闇神の転生体様による奉納試合が行われていた。さぞかし神々しい方たちが出てくるものと思ったのだが、フルフェイスメットと物々しい全身鎧のせいで体格すら満足に把握できない。
 だが、そんなことはわからなくともすさまじく強く美しいその戦いに見惚れる。一撃一撃にエフェクトが散りそうだ。これが神々の戦いか。

 と、肩に重みが掛かる。横を見れば、ソルが私の肩にもたれかかって眠っていた。

「ジェネラルさーん……ソル、寝ました」

 よくもまあこの騒がしい中で眠れるものだと思いながら、小声でジェネラルさんに報告する。コロナエ・ヴィテのみんながソルを覗き込み、微笑ましそうにしていた。
 ……まあ無表情に眺めているだけの人もいるが。約2名。

「……肩重くない? 起こす?」

 手にバキバキと氷塊を作り出したヴィーフニルを慌てて止め、このままにしておいてやってと懇願した。腑に落ちない顔をしていたが、彼もそれ以上は何もしない。

「お疲れ、ソル」

 小さな声で、寝息を立てるソルに囁いた。ほんと、今日は頑張ったよ、ソル。
+注意+
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