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Trans Trip! 作者:小紋
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7‐(6).喧嘩両成敗

 ドンドンドン、と目線の上に勢い良く三つの石が並べられる。白い台の上に載せられた石の色は、右から赤青紫。つやつやとした表面に自分の顔が映る。
 しっかり30秒は悩んで、私は言い放った。

「ルビー、サファイア、アメジスト!」
「全部違うぞお嬢さん。バッカス、クオリア、ラーゲルムだ」

 即座に訂正を返した店主のおじさんは、残念だったなと笑いながら飴玉をくれる。どうでもいいけど、おじさんも間違ってます。

 今日は地曜日、地の女神祭だ。地に関連するものが飾り付けテーマのこの日は、それらに関連する展示物や店が街中にあふれている。
 私が今挑戦していたのは、“鉱石当てクイズ屋台”だ。店主から提示された鉱石の名前を、一種類当てれば小さな鉱石を一つ、二種類当てれば二つ、全て当てれば三つ貰える。今手の中にある飴玉は、全部間違っていた時用の残念賞だった。
 子供たちが貰った石を嬉しそうに眺めるのをを恨みがましく見つめながら、屋台の周囲の人混みから外れて控えていたソルに歩み寄る。

「……なんで挑戦したの」

 くそう、笑っていやがる。無表情を取り繕っても、肩が小刻みに揺れているぞ。
 動物の名前が一緒だから、鉱石もだいたい同じかと思ったのだ。その目論見は見事に外れて、手には飴玉ひとつだけが残っているが。
 私の腰ほどの身長もない子だって、ひとつくらいは当てていたのに……今更ながら恥ずかしい。

「知ってるかと思ったけど、知らなかった」
「ぶはっ、何それ」

 思わずむくれた表情になって正直に言うと、ソルが噴き出す。

「笑わないでよ」
「ごめんって。……ほら、次行こう」

 恨みっぽく言えば、宥められた。貰った飴玉を鞄にしまい、歩き出す。

 火の女神祭では赤、水の女神祭では青に包まれていた街は、今日は茶色をベースとして所々に様々な色がちらついていた。
 地属性に関連するものといえば、砂、土、岩。そのイメージカラーといえば茶色。だが、青や赤に比べて茶色は地味だ。だから、残りの地属性に関連するものとして、鉱物がアクセントに使われているのだった。
 この日はドワーフの方々の独壇場だ。だてに鉱業をメインに生計を立てる種族ではない。屋台の店主もドワーフが多く、彼らに扱われている商品は、色とりどりの宝石とか、珍しい石とか、化石とかがほとんどだった。他にもたくさんあるが、目を引くのはそんな感じのもの。そういえばさっきの鉱石当てクイズ屋台の店主も、ドワーフのおじさんだった。

「うう、赤い石欲しかったのに……」

 屋台のことを思い出すと、泣き事が漏れる。さっきの敗北がまだ尾を引いていた。
 祭ではなんの役にも立たないものが無性に欲しくなる時がある。先端に星のついた触角とか、お面とか。さっきの赤い石もその類に入っていた。
 じめったい顔をする私を覗き込んで、ソルが提案する。

「俺がやってきてあげようか?」
「……いいよ、やってるの子供ばっかりで恥ずかしいでしょ」

 私だって、自分で自分に16歳はまだ子供! と言い訳しながらやりにいったのだ。20歳の彼には頼めない。

「それに祭の景品は自分で取らなきゃ意味ないし」

 腕を組んでもっともらしくこぼす。このあたりは、お祭り女……もといお祭り男としてのプライドだった。他者が得た景品をよこされてなんの喜びがあろうか。

 なんだそれ、と言ってケラケラ笑うソルと私とはどうやら違う人種らしい。……どうせ彼はかっこいいから、素敵な彼女と付き合って祭の景品を取ってあげて、彼って素敵! とか思われる人種なのだろう。敵だ!
 日本の縁日で、ラブラブオーラを振り撒いて射的とかで「ねえあれ取ってぇ」「いいよ」とかいうやり取りをするカップル、私はあれが大嫌いだった。なぜ自分で取らない、景品なんてものは自分で苦労して手に入れてこそ嬉しいだろう。

 ……ああ、そうだ。僻み、僻みだ。幸せそうなカップルになれる確率なんて私の人生には存在しないから、大いに僻んでいる。

(ソルみたいなイケメンは、「あーん、射的なんか無理ぃ、でもくまさん欲しいぃ」とか言う女子に「どれ? 俺がとってやんよ」とか言ってポッとか頬を染められてればいいさ)

 心の中で、けっとやさぐれる。これだから幸せそうなカップルは、なんて思いながら。

 ……まあ、そのやり取りをするのが男同士であれば話は違ってくるが。

(ここにいて赤い石を欲しがっているのが私じゃなくて、可愛くてソルにお似合いの受けだったらよかったのに。むしろソルが景品を取れなくて四苦八苦しているところを、イクサーさんがやってきて颯爽と景品を取ってあげるってのでもいいぞ!?)

 いかん、そう考えると悪くない。お祭り女もといお祭り男としてのプライドはどこへいったんだ。ニヤついてくるのを必死で押し殺したのだった。





 あれから妄想が止まらなくなり、心の中でニヤニヤしながら街を歩いていると、なんだか遠くの方から見覚えのある雰囲気の人たちが歩いてくるのが見えた。

「ヤマト、どしたの」
「ん~、なんか、知ってる人のような……」

 余所に気を取られている私に気付いたソルにどうかしたのか聞かれ、指を差してみる。この段階で私は、今がけっこうまずい状況だと気付いていなかった。

 私たちが見ていることにあちらも気付いたらしく、視線が交わる。そうしている間にも私たちの距離は縮まって。
 程なくして気付いて、あ、と口を開いた。あの茶髪と、オレンジ色の髪のコンビは。

「おっ、麗しの君じゃん」
「あっ、やっぱり。リビルトさんとギルさん」

 人混みの中に見知った顔がいると思えば、それはリビルトさんたちだった。驚いたような顔をしているリビルトさんに、楽しそうなギルさん。彼らとは、大規模掃討作戦以来の邂逅となる。あの時白い鎧を身にまとっていた彼らは、今日は私服だった。

 しかし、ここで気付いた。そして思い出す。あの大規模掃討作戦の最終日の、彼らのやり取り。

(……ソルとリビルトさん、すごい嫌な雰囲気で別れたよね)

 まずい、祭の日だというのにぎこちない雰囲気になったらかわいそうだ。
 恐る恐る、ソルを振り返る。……無表情。
 心の中で悲鳴を上げながら、ここはもう人見知りがどうとかいってないで自分が会話をリードするしかない、と気合いを入れた。

「お、お久しぶりですね! 今日はお仕事ないんですか?」
「ええ、今日は非番でして」
「麗しの君ー、こいつってば麗しの君と会えないんでさみしうごっ」

 リビルトさんの拳がギルさんの脇腹に刺さった。……相変わらず、ボディブローが冴えている。今は鎧小手ではないのが幸いか。
 ギルさんがどんな余計なことを言おうとしているのかわからないが、頻繁にこれを食らっていたらそのうち内臓をダメにしそうだ。
 突っ込みの厳しい漫才を見ているような気分になったが、意識は隣に集中していた。
 ソル……なんか喋ってくれ、せめて挨拶。懇願のような視線を彼に向けると、一文字に結ばれていた口がようやく開かれる。

「……麗しの君って、何」

 ……怖い。表情がない。
 私の望み通りソルが喋ってくれたはいいのだが、かなり雰囲気が悪かった。いつもより2トーンくらい声が低い。漫画表現をするなら、顔の上半分が黒くなっていそうだ。
 どうしたんだ、いくら前気まずい別れ方をしたからって、ソルがここまで態度悪いのは珍しい。

「……う、げほっ、そ、そうそう、こいつ、リビルトが麗しの君を見て一目でぐほっ」
「ヤマトさん、今日はこちらの……ええと、ソルさん、でしたっけ? お二人でいらっしゃったんですか?」

 せっかく解説してくれようとしたギルさんが鋭い肘打ちを受けてしゃがみ込む。

(ああ、ムードメーカーがやられた! リビルトさん、ムードメーカー潰すならソルに触らないで! 今すごい機嫌悪いから!)

 残ったのはあまり雰囲気のよくない二人と、青ざめて泣きたい私のみ。
 リビルトさんの問いにはそうですとしか答えようがないのだが、場を和ませるためにはどうすればいいのか考えていたせいで答えるのが遅くなる。あたふたしていると、ぐいとソルに肩を抱かれた。

「そう、二人で来てる。……二人っきりで」

 ソル、私は君のそんな低い声初めて聞いたぞ。
 さらに虎尻尾が足に絡みついてきた。スキンシップが激しいのはいつものことだが、状況が状況だ。離してほしい。ソルから離れて場を治めようと四苦八苦する。

「……彼は嫌がっていますが。離して差し上げたらどうですか」

(ちょまっリビルトさんまでなんでそんな敵意迸らせてんの!?)

 嫌がっているわけではない、そんなこと言わないでくれ。ソルただでさえ機嫌悪いんだから、そんな煽るようなこと。

「は? 嫌がってるとか、そんなわけないじゃん」
「現に離れたそうにしています。……ヤマトさん、こちらへどうぞ」
「うわっ」
「あっ、てめっ」

 手を引っ張られて、リビルトさんの方に引き寄せられる。
 胸板に鼻をぶつけそうになったが、逆方向から引っ張られてそうはならなかった。
 ……って。

「離せよ」
「貴方が、離してください」

 日本人なら誰でも知ってる、大岡裁きの子争いの再来。まさかこんな異国で、異世界で見ることになろうとは。
 漫画でよくこういう場面になると、「ぎゃー2つに裂ける手を離せー」とかいう感じになるが、引っ張られていないのでそうはなっていない。だが、二人共にぎっちりと腕を掴まれ、痛い。
 離してくれ。そう言いたいが、一触即発の雰囲気に声が出せない。……誰か助けて。

「……貴方は横暴なのではないですか。以前だって、怒りにまかせてヤマトさんを怒鳴りつけたりして。貴方はあの時彼が消耗していることにも気付かなかった。自分本位にもほどがある」
「そんなことお前に言われることじゃない。俺は反省したし、あの後ヤマトにちゃんと謝った。人のことに口出してくるな」
「横暴ですね。ヤマトさんは本当に心から許してくれたんですか? 彼はあの時怯えていましたよ。今日だって、怯える彼が抵抗できないのをいいことに無理矢理つれてきたんじゃないですか?」
「……お、まえっ黙ってれば、勝手なことぺらぺらとっ」

 あまりの展開に思わず笑えてきた。いつの間にここは昼ドラ劇場になったんだ。前夜祭の日に痴情の縺れを期待した報いだろうか。

(こんな展開は昼ドラとか少女漫画のギスギスしたシーンだけで十分です。そして私は別に舎弟にはされてません。大丈夫ですから喧嘩を止めてください)

 掴みかかりそうなソル、嫌悪感を隠そうともしないリビルトさん。意外とソルって口喧嘩が弱いということが判明したのだが、それは解決のためには何の役にも立たない。
 本気でどうしようかと困っていると、救いの手もとい……さらに事態を混沌とさせる人物があらわれてしまった。

「……ヤマト、何の騒ぎだこれは」
「……イクサー」
「イクサー……カヴァリエの?」

 まさかの。

 ここで、まさかの。

 第参の起爆剤が。

「……人垣が出来ているから、何かと思えば」
「お前には関係ねーよ」
「ヤマトが困っている、即刻止めろ。俺はヤマトが困ることがあったら助けると約束した」
「……は? 何それ」

 ソル、顔が引きつりすぎて般若の面のようになっている。その顔でこっちに確認を求めるのを止めてくれ。イクサーさんも、今この状況がわかっているなら近づかないで去っていってほしかった。本当に。ソルが、ソルが爆発する。

「そうです、貴方には関係ない」
「……貴様誰だ」
「リビルト=シャールという者です。イクサー殿、これは個人的な揉め事ですので、貴方が介入するべきものではない。立ち去ってください」
「……聞いたことのある名前だ。貴様、神聖騎士団の者か」
「ええ、それが何か?」
「治安を守り調和を司る神聖騎士団が、めでたい祭の日に“個人的な”揉め事を起こすか。お笑い草だな」
「なっ……!」

(っぎゃー!!!! な、なんでこうみんなして! うわああさっき言われて初めて気付いたけど本当にすごい人垣できてんじゃんよ!)

 まずい、まずすぎる。人垣より一歩前に出ておろおろしているカルーアさんを見つけた。イクサーさんと一緒にいたのだろう。彼女のいつものあのしゃきっとした雰囲気はどこにもなく、かなり不安そうだ。当たり前ですよね。

 一触即発通り越してもう爆発が始まっているような雰囲気になっている三人。ここに手を突っ込むのは、どんな人でも絶対無理だ。ああでもジェネラルさんくらいになればなんとかしてくれるかも。ジェネラルさん今すぐ飛んできてください。
 祈りの形に手を組み始める私。睨み合う三人。……もう、どうすればいいの。

 そんな、時だった。

「はーい、はいはい!!!」

 パンパンと手を叩きながら、爆発中の空気に割って入る人物が。

「だめ、お前らぜんっぜんだめ!!! さっきカヴァリエのギルド長さんがいったみたいに、今日は祭の日! でもお前らそれをわかってる!?」

 突如復活したギルさんが、大声で叫びながらあの三人の中に割って入ったのだ。
 空気を思い切り壊された三人、私、カルーアさん、聴衆たち。その全てがぽかんとする。

「祭の日に揉め事は厳禁! 当たり前のことだ!!! だがお前らは喧嘩したい!」

 そうだな!? とびしりと指をさす。三人は驚いたまま反応できない。ギルさんは元より返事など期待していなかったようで、大げさな身振りで続けた。

「戦いたいお前らに、うってつけの場所がある、これだ!!!」

 彼が掲げたポスターサイズの羊皮紙に、全員の注目が集まった。

(“土酒飲み比べ大会”……?)

「酒の強さは男の強さ! 古来よりそう決まってる!!! 相手に勝ちたいんなら、これで勝負しろ! いいな!!!?」

 返事! と言われ、勢いに押されて頷く三人。
 聴衆たちからは、そうだやれやれー! とか、きゃーイクサー様が飲み比べ大会に参加されるそうよー! とかの歓声。
 ……ギ、ギルさんすげえ。ジェネラルさんとはまた違う方向での強引な解決だが、見事に嫌な空気を打ち破った。

 だ、だけど……大丈夫なのか? この展開……。
+注意+
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