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Trans Trip! 作者:小紋
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7‐(4).鬱の解消には気分転換

 闘技大会出場確定、その報を頂いて凄まじい無気力感に苛まれた私は、ふらふらと部屋に戻った後、ベッドに突っ伏したまましばらく動けなかった。
 私の悪い癖だ。ひとつ嫌なことがあると、それに思考を支配されて何もできなくなる。
 明日はマラソン大会とか、明日から水泳の授業が始まるとかそういった時が今までの例として挙げられる。嫌で嫌でしょうがないが、逃げられない時だ。小学生くらいの時ならば風邪をひくべく全裸で浴室にこもったりしたが、高校生ともなると欠席者には補充授業とかあったりするから迂闊にそうもできない。
 あと、高いコミュニケーション能力を要する行事があるときとかもだ。例えば席替え、班決め。はぶられたらどうしようとかそればかりがぐるぐると回って何もできなくなる。意外と世間は優しいから普通に声を掛けてくれるのだけど、それでもストレスだった。
 ニーファもいっそのこと闘技大会の数日前である今じゃなくて、闘技大会直前とかに言ってくれればよかったのに……そうであれば、ノリで参加できたかもしれない。望みは薄いが。

 結局私のネガティブループは、前夜祭がそろそろ始まるというあたりになって皆で出掛けるためにソルが私を呼びに来るまで続いたのだった。





◇ ◇ ◇





 様々な色彩に彩られ、きらきらと光を放ちながら進むパレードを、通りに面したガーデンバーから見つめる。
 踊り狂うダンサーたちと、歩きながら音楽を奏でる楽士たち、そして飾りのついた屋台を引っ張って進む動物たち。そんな者たちで構成されたパレードは、時折見物客を巻きこんだりしながら進む。

 前夜祭時の街の彩りは、目がちかちかするほど雑多だ。混沌としている、といってもいい。火の女神祭であれば炎と灯と、それぞれの祭の名前にちなんだ飾り付けがされる神結祭であるが、前夜祭と後夜祭に関してはそういった括りはいっさいない。各集団、店舗が競い合い、自らが一番目立って見せると意気込んで個性を発揮している。

 普通であれば目で楽しみ、耳で楽しみ、参加して楽しみ、と楽しむことだらけで目移りしてしまうような状態なのであろうが、正直私はそんな場合ではなかった。
 もちろん理由は闘技大会についてだ。

(……まさか祭初日をこんな気分で迎えることになるとは……恨むよニーファ)

 開放的なガーデンバーで騒ぐ人々を尻目に、溜め息をつく。
 誰とも知らぬ他人に絡んでは酔い潰しているエナやジェーニアさんが羨ましい。私もあんな精神状態になりたい。
 キルケさんが懲りずにニーファにアタックをしてリバーブローを食らっていた。楽しそうで羨ましい。
 ジェネラルさんとエデルさんは穏やかに談笑している。私も穏やかな心持ちになりたい、羨ましい。
 レイさんとヴィーフニルは少量の酒で酔い、速攻で寝入っている。これもまた、羨ましい。

(……なんか私すごく卑しい人になってる。……止めよう)

 目の前のカクテルグラスに集中して溜息を吐いたところで、ソルが隣に座ってきた。

「……どうしたの。昼からずっとその調子じゃん」
「あ、ご、ごめんね……盛り下げてるよね」

 心配そうに声を掛けてきてくれた彼に、心底申し訳なくなって謝る。楽しい祭の日、辛気臭い顔をしている人間が周囲にいたら、楽しむものも楽しめないという話だ。
 だがソルはその謝罪を受けず、私の瞳を真面目な顔で覗き込んで言った。

「そういう話じゃなくてさ。……なんかあった? 一人で無理しないでよ」

 ……本当に、よく気の付くいいイケメンだ、ソルは。今回私が鬱オーラを撒き散らしているからこう言ってくれたのだろうが、こんな優しい言葉が瞬時に出てくる人間に、私はなりたい。

 ソルがこう言っていることなので、早速頼らせてもらうことにした。
 頼らせてもらうというか、私を待っているのは闘技大会出場という決定事項だけなので、話を聞いてもらうだけなのだが。
 とりあえず、ニーファにいきなり闘技大会に出ろと言われたことと、自分がどれだけあがり症で人の前に立つことが苦手かを懇々と語った。ソルはなんだか途中から“なんだそんなことか”と言いたそうな顔をしていたが気にしない。

「無理……絶対無理……俺ほんとに駄目なんだよ人前。観衆の前で戦うとか……ほんとに信じらんない」
「楽しんじゃえばいいのに」

 事も無げに言い放ったソルに、さっき感謝したことが吹っ飛んだかのように憎しみが湧いた。それが出来ないから困っているというのに!

「ソルみたいに度胸ないんだよ、俺」

 語っているうちに涙目になった顔を反らしながら、恨みっぽく吐き捨てる。
 すぐに軽口が飛んでくるかと思ったのだが、予想に反して、ソルは黙ってしまった。こんなことで彼が怒ることはないと思っているが、不安になって視線を戻す。

「……度胸、ね」

 ソルは無表情に頬杖をついて、片手で持ったグラスに視線を落としていた。なんだろう、何か違和感がある。

 どうかしたのかと聞こうとしたのだが、大声で騒ぎながらやってきた集団に阻まれた。

(わー、騒がしい)

 見ると獣人の集団のようだ。……見覚えがある人ばかり。
 恐らく、うちのギルドハウスに滞在しているアーラ・アウラの人たちだろう。この調子で夜ギルドハウスでも騒がれたらちょっときついな。

 獣人の集団のうちの女性一人と視線が合う。すぐに反らしたが、彼女は一緒にいた人たちに一言二言声をかけ、何故かこちらに向かってきた。すわ、絡み酒の酔っ払い再来かと身を硬くしたが、彼女の視線はこちらに向いてはいない。
 彼女が見ているのは、ソルだ。

「ソルゥ! なんでいるのお?」
「……ん、エイミーか」

 近づいてきたのは、肉感的な虎のエディフの美女。エイミーと呼ばれた彼女は、ソルの知り合いのようだ。露出が多く、こう言っちゃなんだがけっこうケバイ。
 自然な動作でソルの右隣に座った彼女が、科を作ってソルに抱きつく。自らの尻尾をソルのものに絡ませ、なんだかどう見ても求愛行動なんだが……ソルは動じない。

「あたしが誘っても来てくれなかったのにぃ」
「ああ悪い、今日はコロナエ・ヴィテのメンバーで飲む予定だったからさ」
「じゃ、明日はぁ?」
「明日はヤマトと回る」

 私だったら、一緒に遊びに行くことを断った人と目的地でばったり会ったりなんてしてしまったら居た堪れなくて死ぬ。
 さらりと流し、明日の誘いもうまいこと断るソル。指を差されながらすごいと思った。

(大人だなあ……)

 私も20歳を迎えるくらいの頃にはこうなれるだろうか。無理だな。っていうか明日一緒に回ってくれるんだ。誘う手間が省けた。

「ふーん……」

 あっさりと、求愛行動を断られたエイミーさんとやらは、品定めするように私を見つめた。不愉快そうな表情を隠しもしない。

「ヤマトって……男みたいな名前ね。エディフでもないし。……化粧っ気もゼロじゃない。ソルってこんなのが好みだったの?」

(……ものすごく誤解されてる! これなんてBL?)

 こういうシチュエーション、見たことあります。BLでは相手が男とわかっててもすごい勢いで噛みついてきたりするけど。しかし“こんなの”とは……気の強いお姉さんだ。客観的に見たら、多分この美青年の方が綺麗だぞ。
 色んな要素が重なって笑いが堪えきれず、思わず噴き出す。
 何よなんで笑ってんのよ、みたいな険悪な顔で睨まれた。ここは言うべきだろう。さあどういう反応が返ってくるのか。

「あはは、俺男です」
「……えっ!?」

 ハトが豆鉄砲。まさかそんな、という顔になったエイミーさんだが、私が明らかに女の声でなかったこともあってか、途端にしおらしい態度になった。

「あっ、ご、ごめんなさい! あたしてっきり……」
「ほら、もういいだろエイミー。俺今日は友情モードなの」
「そうみたいね。……お兄さん、誤解してごめんなさい。また今度あたしとも遊びましょ」

 スピード解決。
 手をひらひらと振って去っていくエイミーさん、去り際の台詞が、大人の女って感じだ。嫉妬深いのも婦女の嗜みかな、と思う。
 バツが悪そうに小走りで去っていく彼女の後姿を指さし、ソルに気になっていたことを聞いてみた。

「……恋人、とか?」
「ぶっ」

 咽るソル。どうやら違ったようだ。

「ごほっ、何言ってんの? 友達だよ、友達」
「なんだ……」

 若干つまらない。しかしあの人、あの集団の中にいたとなるとおそらくコロナエ・ヴィテに滞在してるアーラ・アウラのギルド員さんだ。
 もし恋人なら遠距離恋愛……いや、いいじゃないか。受けに遠距離恋愛中の彼女がいて、それをわかってるけど切ない片思いをする攻めとかいいじゃないか。切ない片思いをするイクサーさんが思い浮かんだ。切な萌え。

「……俺に恋人、いた方が良かった?」
「うえ? あ、別にそういうわけじゃないよ」

 質問の意図が掴めないが、別にそういうわけでもない。いたらいたでおいしいし、いないならいないでおいしいこともある。
 酒が入っているせいか楽しさを殺しきれずに、ふふっと笑ってしまった。

「ヤマト、なんか機嫌直ってる?」

 ソルが私の今の状況を見事に言いあてた。
 うん、ばっちり機嫌直った。さっきのエイミーさんに感謝だ。現金なものだと自分でも思うが、これも性質だろう。今なら闘技大会3回は出られる。

「うん、ちょっとさっき面白かったから」
「……俺の彼女だって思われたのが?」
「そうそう」

(だってねぇ、リアルでなにこのBLって思うことなんてなかなかないじゃない?)

 貴重な瞬間だったといえよう。
 ……しかし自分は先程から楽しいばかりだったが、ソルは難しい顔をしていることに気がついた。もしかしてあのやり取り、嫌だっただろうか。

「……あ、ごめん。ソルは嫌だったよね」

 やはり、ここではBLって市民権を得ていない。元の世界ならまだしも、この世界にはインターネットとかないし。そもそも、漫画もアニメもゲームもない。絵がたくさん入ってる書物なんて、雑誌か図鑑くらいのものだろう。あと料理本とか。
 まずいまずい、いくら気安い間柄でも、このあたりのライン引きはしっかりとしなければならないのを忘れていた。酒を飲むとどうしても緩くなってしまう、要反省だ。

「……いや、そうじゃないよ」

 恐らく気分を悪くしたのであろうが、ソルは軽く流してくれた。ここで食い下がると彼の気遣いを無駄にしてしまうだろうから、私も軽く流す。

「そう? ……っていうかさ、エイミーさん、だっけ? あのお姉さんが好みがどうこう言いだしたときに、否定してくれれば良かったのに」

 そんな風に冗談めかして。そうすれば俺多分睨まれなかったのにさ、なんて言いながら。意図は伝わったようで、会話の席に笑顔が復活する。

「否定する前にヤマトが笑い出したからさ、何かと思っちゃって」

 だって、面白かったんだもん。
 そう言葉に出すことなく、笑い声で返した。さあ、さっきまで鬱々としていた分、これから飲んで取り返すぞ。
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