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Trans Trip! 作者:小紋
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7‐(1).女子は昼ドラがお好き

 騎士団、兵団、ギルド――戦いを生業とする者たちがほぼ全てと言っていいほど動員されたあの大規模モンスター掃討作戦から一週間が経ち、本日は闇曜日。明日は、神結祭の本祭初日である火の女神祭が執り行われる。
 首都リグは明るい慌ただしさに包まれていた。忙しく物資を運ぶ者、路上に組み立てた自らの露店を豪華に飾りつける者、気の置けない仲間で集まって明日からの祭の計画を立てる者、気が早いことに既に酒を飲み酔い潰れている者もいる。前夜祭である火の女神祭前日の闇曜日の様子は、毎年こういった感じだ。尤も、前夜祭が開始されるのは夕方を過ぎてからである。

 だが街がそんな風に浮足立っているのにもかかわらず、コロナエ・ヴィテのギルドハウス最上階のギルド長室には、暗雲が立ち込めていた。

「何、この書類の山」

 呆然とした口調でニーファが言う。彼女が立つ目の前にあるデスクには、決して少なくない量の紙束が置かれていた。デスクを紙束に占拠されたジェネラルが、困り果てた様子で溜息をついて答える。

「あちこちの魔術師ギルドからの勧誘、引き抜きの誘い……あと、その他諸々だ」
「その他諸々?」
「魔術師の名家のお嬢さん方からの見合い申込書」

 うんざりとした様子でジェネラルが項垂れた。疲れ切った兄の様子を見て、これら全てに目を通すのも骨だったであろうとニーファは予測する。
 しかし、見合い申込書とは。

「……本気で?」
「本気で」

 一応系統に分けられて積まれているらしい書類の山のうち、他よりは少ない紙の塔をジェネラルが指差す。ニーファはそのうちの3枚程を摘まみ上げ、内容に目を走らせた。
 なるほど、見合い申込書だ。文面に魔術師の家系として有名な家名を確認し、彼女は溜息をついた。
 強大な魔力と光属性への適性を持つ者が貴重だからといって、素性も良く知らぬ人間を血筋に迎え入れようとする考えはニーファにはよくわからなかった。ろくに名も通っていない弱小魔術師の一族ならまだしも、魔術師としての道を歩むものなら誰もが知っているような名家ですらがこれだ。いかに、魔術師を名乗る者たちが力に飢えているのかがわかる。
 摘まみ上げた書類を元の場所に戻し、ニーファはもう一度溜息をつく。それに呼応するかのように、ジェネラルもひとつ息をはいた。

「これが全部、ヤマト宛てってわけ?」
「そういうわけだ」

 ジェネラルのうんざり度合いも尤もなものだった。個人的なものにしろギルドとしてのものにしろ、今机上に山と積まれている書類の送付元とは付き合いがある。付き合いがある以上、無視をするわけにはいかず、これからこの全てに断りを入れなければならない。
 だがニーファは、それを自業自得だと思っていた。大規模モンスター掃討作戦の最終日、その場にいたほぼ全員の注目が向けられている中でヤマトに魔法を使わせたのは兄だと聞いていたからだ。

「……なんで、衆目のあるところで思い切り魔法撃たせたりしたのよ」

 呆れたように溜息をつくニーファを恨みがましげな眼で睨んだジェネラル。だが、至極当然の指摘だ。人の口に戸は立てられない。ギルドなんて、迅速な情報の流通を尊ぶ人間たちの口は特に。

「あの子の力の上限を見るのにいい機会かと思ったんだよ……」
「その結果がこれ?」
「失敗した」

 やらせなければ良かった、とまでは言わないが、場所を選ぶべきだった、とは思う。だが、あれを逃したらヤマトに思い切り魔法を撃たせる機会は今後存在しなかっただろう。あそこまで大規模なものになってしまうとは予想していなかったが、かなり大きな威力をもつと予想されるものを、試しに、という理由だけで撃たせるわけにはいかないのだ。地形が変化したりしたら、始末書では済まない。
 あの巨大モンスターに魔法を使う時、みんな失神でもしていてくれれば良かったのになんて珍しく横暴な考えが思い浮かんできたジェネラルだった。

「これだけあると、断るのに骨が折れそうね……っていうか、ヤマト本人にも相当いくんじゃないの? ギルド長を通してから、なんて礼儀正しい奴らばっかりじゃないでしょ」
「ああ、そういう輩は先だってジェーニアに潰しておいて貰った。こういう時、本当に頼りになるよ」
「……そう、気の毒に」

 どんな脅しを受けたのだろうか、その連中は。あの平気でえげつないことをする魔人の手口ときたら、そんじょそこらの拷問は子供のお遊びだと思えるくらいのものだ。以前その一端を垣間見たことがあるニーファは、思い出して気分が悪くなった。
 だが彼女の気分よりも深刻そうに溜息をつく兄が隣にいる。

「……ちょっと、しっかりしなさいよ。今日から神結祭が始まるし、アーラ・アウラの連中も来るんだからね」

 アーラ・アウラとは、毎年神結祭の時期にコロナエ・ヴィテのギルドハウスに滞在する冒険者ギルドの名だ。
 神聖国がある大陸からは遠く離れた別大陸にある国、イェルビートに本拠を置くこのギルドに所属するためには、あるひとつの条件をクリアしなければならない。それは、エディフ、ウィオーネ、プティー、この3種のうちどれかの種族であること。つまり獣人のみがこのギルドに所属できる。そのことからアーラ・アウラは獣人冒険者ギルドとも名乗っていた。
 確か今年は、エディフ部の幹部陣が引率で、この都市を訪れる。対外的な交流があるというのに、ギルド長がこの調子でいられては困る。

「そうだな……」
「まあ、とりあえずそれは祭が終わるまで保留にしときなさい」
「言われなくてもそうする。俺は祭の間、絶対に仕事はしないぞ」

 何があっても! と意気込む兄がなんだか哀れになったニーファは、同情をこめた目で彼を見つめたのであった。



◇ ◇ ◇



 朝食も終わった時間だというのにお店で出されるような凝った料理をぱくついている私は、いつもと様子の違うギルドハウスの食堂を見渡した。通常飾りっ気もなくガランとしているこの場所が、机には真っ白なテーブルクロスが掛けられるわ花瓶には美しい花々が飾られているわで、随分な変貌を遂げている。
 少し前から聞いていたことだが、神結祭の前夜祭が始まる日である今日から、他国からのお客さんである獣人冒険者ギルドの皆さんがやってくる。そういうわけで、こんな様子になっているのだ。いつもより綺麗なのは、お客様を迎えるためのウェルカム心遣いだろうか、それとも見栄だろうか。
 個人的には、祭の期間中はジーンさん一家がコロナエ・ヴィテで働いてくれるということに驚いた。だが考えてみたら、数十人とやってくる獣人冒険者ギルドの皆さんの家事をジェーニアさん一人で全てできるわけがないのだ。
 そのため、いつもはジェーニアさんだけが切り盛りする厨房も、今日からはしばらく騒がしくなる。そして今食べているのは、アーラ・アウラの皆さんに朝食などで振る舞うための料理の試作だ。うん、うまい。

「どうだ、うまいだろ?」
「おいしいれす」

 自慢げに笑うジーンさんに、一も二もなく正直な感想を告げた。口に物が入っているから滑舌が悪い。彼は私の隣に座るヴィーフニルにも同じことを聞いておいしいの一言を貰った後、満足げに頬を歪め厨房へと戻って行く。スパイシーなソースの掛かった肉料理が実にたまらない。朝ごはんも普通に食べたというのに、いくらでもいけそうだ。
 ジェーニアさんのご飯が不満なわけではもちろんない。いつもはお店に行かなければ食べられないものが食べられるということがかなり新鮮なのだ。

 視界の端では、猫獣人三姉妹が相変わらずレイさんにアタックをしかけまくっていた。姉妹間で火花を散らしながら戦いを繰り広げるウランカちゃんたちもすごいが、まったくもって気付いちゃいないレイさんの鈍感さもすごい。あのモテっぷりと鈍感さは、かなりの主人公体質じゃなかろうか。猫獣人限定のハーレムとかなら楽に作れそうだ。

「アーラ・アウラ、今年は猫のエディフの女子がいないといいねぇ……」
「へ、なんで?」

 真向かいに座っていたソルが、しみじみと呟く。一体どうしてだろうか。

「いやぁ、去年はすごかったんだよぉ!」
「うん、あの血で血を洗う争い……思い出すだけで恐ろしい」

 エナが楽しそうに、ソルが恐ろしげにと、2人の態度は対照的だ。何が起こったのかと聞いてみれば、端的に言うと、痴情の縺れ、だそうだ。

 毎年このギルドハウスに滞在するアーラ・アウラは所属名数が4桁に突入する勢いの大規模ギルドであるため、引率の幹部陣と優先的に連れてきてもらえる入ったばかりの新人以外は、抽選によって滞在者数を絞ってやってくるらしい。
 去年はその中に、年若い猫のエディフの女子がいたそうだ。
 神結祭が始まり、このギルドハウスにやってきた彼女は、当然レイさんを見てしまう。そして案の定彼のモテオーラに惹かれて一目惚れ、積極的にアプローチを仕掛けたらしいのだが……ウランカちゃんたちが黙って見ているはずもなかった。
 最初は小さな嫌味合戦だった。しかしそれはどんどんとエスカレートし、姑が嫁にするような嫌がらせへと変わっていった。最後には、取っ組み合いの文字通りキャットファイトに……恐ろしいのは、それを仲裁したにもかかわらず原因がよくわかっていなかったというレイさんだ。

 なるほど、エナが楽しそうにしている理由はわかった。女子は総じて他人の痴情の縺れを楽しむ傾向がある。もちろん私も。表には出さなかったが、こっそり、今年も猫のエディフの女の子来ないかな、なんて思ったのだった。
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