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Trans Trip! 作者:小紋
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6‐(10).雨降って地固まる

 砂礫の爆風が収まり、倒れ伏す巨大ボアが姿を現す。その途端、あちらこちらから勝ち鬨の声が上がった。中には、自らの武器を掲げている人もいる。

(う、おお……)

 混乱、悲鳴、怒声、先程までこの場に満ちていたそれらは最早跡形もない。あるのは巨大生物に勝利したことへの歓喜と陶酔だ。私はリビルトさんに寄り掛かりながらこっそり興奮した。こんな大勝利の現場に立ち会うのは、球技大会で私のクラスがストレート優勝して以来だ。今回の規模はそれよりも大きい。その分殊更、興奮も深くなる。

(なんか、かなりすごいこと、やっちゃいました、的な!?)

 思わず調子に乗った。ふわふわと浮き立った気分のまま勝利ムードの周辺を見回していると、見知った姿が近づいてくる。

「あ、ソル」

 そうだ、彼にはさっき助けてもらったお礼を言わないと。駆け寄りたかったがまだ足に力が入らなかったため、リビルトさんに体を凭れさせたままソルの到着を待った。
 だが、彼が近づくにつれてよく見えてくる表情は、笑顔ではなかった。というか、めちゃくちゃ不機嫌そうだ。
 どうかしたのだろうか。もしかしたら、先程彼が私を助けに入ったせいで危ない目にあったことを怒っているのか。それならば、お詫びのしようもない。私の浅慮な行動が招いた結果だ。
 ……絶交とか、言われないだろうか。でも、助けに来てくれたんだし……わざわざ絶交するつもりで助けたりしないはずだ。だが、彼が不愉快そうな表情を崩さないのは事実。不安な気持ちでいっぱいになりながら、沙汰を待つ。
 リビルトさんもずんずんと大股で近づいてくるソルに気付いたようで、心配そうに私に尋ねた。

「……彼、少し怒っているようですが……何かありましたか?」
「さっき、ソル、俺のせいで危ない目にあっちゃって……それで、怒ってるのかな」

 聞かれたはずなのに、誰に向って発したのか明確でない返答となる。不安のせいだ。
 そうこうしている間にもソルは目の前までやってきて、非常に険悪な目で私たちを見ている。

「あの、ソル……ごめ」

 最後まで言う前にソルに腕を掴まれ、引っ張られた。

(えっ?)

 それがすごい勢いだったため、驚いている間によろけ、彼の胸板に鼻をぶつける。情けない悲鳴を上げながら顔を上げると、怖い顔のソルと目が合った。

「……ソ、ソル」

 至近距離で睨みつけられ怯む。どうしよう、やっぱり怒ってる。零距離メンチ切られるくらいには怒ってる。ここで生来の小心が顔を出した。怒ってる人、怖い。怖くて怖くて、謝ることもできずに名前を呼んだ。
 腕をかなりの力で握りしめられている。骨が軋みそうだ。

「ソル……い、いた」
「なんであんな危ないことしたの」

 手を離してほしい旨を告げきる前に、感情のこもらない声で問われた。なんで、って。

「し、シビルちゃんと、ラーサーくんが、危なかったから」
「ヤマトの力なら、2人くらい抱えて逃げられただろ」
「……と、咄嗟に、思いつかなくて」

 ジェネラルさんにも言われたことをぶり返して責められるとまた落ち込むから止めて欲しいと言いたかったが、そんな軽口を叩ける筈もなかった。
 そもそも、状況判断力の無さを怒られているのだ、今は。軽口なんて叩いたら更にカミナリ追加になるじゃないか。

「ご、ごめんなさい。俺のせいでソル、危ない目に……」
「そんなことで俺が怒ってると思ってんの!?」

 聞いたことのないような声で怒鳴られ、ひっと悲鳴が漏れる。こ、怖い。ソルって怒るとこんなに怖いのか。

「……私が口を挟むことでもないかもしれませんが、ソルさん?」
「何だよ」
「ヤマトさんは現在だいぶ消耗しています。確かに、先程彼は危ないことをしたかもしれません。ですが、今は彼を休息させるのが先決ではないですか?」

 私が涙目になりはじめたところで、リビルトさんが助け船を出してくれた。ソルは彼を剣呑な目つきで睨みつける。
 ああどうしよう、喧嘩になってしまったら。ただでさえソルは騎士様とかを嫌ってるっぽいのに、さらに溝を深くさせてしまう。
 だが私の心配をよそに、それ以上2人が言い争うことはなかった。ソルの口から舌打ちが聞こえ、私の体がひょいと浮く。

「……!?」

 まさかのお姫様抱っこ、2回目。

「……暴れないでよ、落ちるから」

 感情の読めない声色で告げられ、不平を言うにも言えない。結局私は、大規模掃討作戦の医療本部までお姫様抱っこで連行されたのだった。





◇ ◇ ◇





 大規模掃討作戦医療本部、私は巨大ボア討伐の立役者が魔力切れでぐったりという過分な名誉と情けなさを一身に受けながら、白いカーテンで区切られた一室のベッドに体を横たえていた。私を姫抱きのままここまで運んだソルは無言でどこかに行ってしまい、後には不安だけが残る。
 そんな彼の後姿を面白くなさそうに睨みつけていたリビルトさんも、騎士団の招集があったためいってしまった。

 お医者さんや看護師さんが忙しく走り回る音を聞きながら体に力が戻ってくるのを待つが、一番の友達を現在進行形で怒らせていることを考えると、どうしても不安感が抑えられない。でも、どうするべきかもわからない。先程、謝ったら怒鳴られたじゃないか。
 鬱々とした気分でごろりと寝返りをうつ。すると、カーテンを開けて青い子供が飛び込んできた。

「ヤマト!」

 上がった息を整える間も惜しいという様に、ヴィーフニルが私に飛び付く。

「ニル……はぐれちゃったから、心配してた」
「僕の方がずっと心配した! 姿が見えなくなったと思ったら、いきなり猪の前で防護魔法なんて唱えてるし!」

 あの混乱の中姿が見えなくなり、直後にシビルちゃんとラーサーくんを見つけてしまったため探すこともできなかったヴィーフニルを心配していたということを言葉に出すと、またも怒られる。なんか今日、怒られ過ぎ。
 だがそんなに怒らなくてもなんて思う暇もなかった。
 ヴィーフニルがその青い瞳にみるみるうちに雫が溢れさせ、堪え切れないように嗚咽を漏らし出したのだ。普段強気な態度を崩さない少年の感情の決壊に、私はギョッとする。

「う、わっ、ご、ごめんニル! ごめんね! 心配掛けてごめん!」
「バカ……ほんっとバカ!」

 それだけ言って、ヴィーフニルは飛び出して行ってしまった。慌てて追いかけようと思ってベッドから降りたところ、やはりまだ力が戻っておらずに地に足をつけた途端に腰から崩れ落ちる。

「ヤマト……ヴィーフニルが泣きながら飛び出して……って、大丈夫か?」

 ぺたりと座り込んだままの状態で、新たな来客を迎えた。カーテンをかき分けて入ってきたのは、ジェネラルさんとイクサーさんだ。

「に、ニルが……えっと……心配掛けて、泣かせちゃって……追いかけようと……」

 しどろもどろになりながらも説明する。そんな私を、イクサーさんが無言で支え、ベッドへと戻してくれた。

「ヴィーフニルが一番心配していたから、先にテントに行かせたんだが……。やはり、あの子はお前に懐いているな」

 苦笑しながら言われて、嬉しいやら、申し訳ないやらで複雑な気分になる。私が逆の立場だったら、気が気じゃなかっただろうな……なんて。

(あ)

 もしかしたら、ソルが怒ってたのも、ヴィーフニルと同じで……。

(心配、してくれたのかなぁ)

 だとしたら、本当に申し訳ない。心配を掛けたこともそうだが、見当外れのことを言って怒らせてしまったのも。あれでは、ソルが我が身可愛さに怒りを覚えているのだと言ってしまったも同然じゃないか。次会ったら、絶対に謝らなければ。
 決意を胸に秘めていると、イクサーさんが一歩踏み出した。

「ジェネラルさん、そろそろ良いでしょうか」
「ああ、すまない。ごたごたを見せたな」
「いえ」

 彼は短く言って、私に向き直る。

「ヤマト、先程はカヴァリエのギルド員が迷惑を掛けた」
「へ?!」

 頭を下げられて、変な声が出てしまった。シビルちゃんとラーサーくんのことだとはわかるが、どうしてイクサーさんが。
 というか、正直言って助けようとして逆にみんなに迷惑を掛けたのは私だ。頭を下げられるだけ申し訳ない。

「い、いや……私の方が、ご迷惑をおかけして……イクサーさんとソルがいなかったら、どうなってたか」
「それは別問題だ。君が助けに入らなければ、あの2人は死んでいてもおかしくはなかった」

 そうかもしれない、が……。なんとなく、自分が不始末を仕出かしたイメージの方が大きいので、素直に受け取れない。

「今は形ばかりの謝意で申し訳ないが、後ほど謝礼金を……」
「えっ!? そ、そんなのはいいです!」

 続いて告げられたとんでもない言葉に、今度こそ強く拒否をする。だが、と言って譲らないイクサーさんに困り果てていると、ジェネラルさんが口を挟んでくれた。

「ヤマトはこう言っているし、お前もヤマトとソルを助けたんだ。穏便にそれで御相子ということにしないか? ギルドがどうとか絡ませると、書面がどうのこうのと面倒になるだろう」
「……ですが」
「イクサー」

 名前で念押しされて、イクサーさんが黙った。おお、鶴の一声。

「……わかりました。……ヤマト」
「は、はい」
「困ったことがあったら言え、力になる」

 苦々しい表情で言い放ったイクサーさんは、踵を返してカーテンの外へと出て行ってしまった。突然の宣言と突然の退室に、思わず呆然。

「……あいつも、不器用だな」

 呆れたような表情でそう言ったジェネラルさんが、近くにあった椅子を引き寄せ、私のベッドの際に座った。

「ヤマト、体調はどうだ? 良くはなさそうだが」
「あ、えーとですね、まだ体に力は入りませんけど、目眩とかはないです」
「そうか。なら休息を取れば大丈夫だな。本部が解体される夕方には迎えに来るから、今日はここで寝ていなさい」

 夕方まで、ここで待機か……。暇そうだ。惰眠を貪るしかない。
 はい、と返事をした私の頭をくしゃりと撫でたジェネラルさんは、優しげな顔で言った。

「……ソルと、何かあっただろう」

 びくっ、と擬音がつきそうなくらいに体が揺れた。なぜバレたのだろう。

「……ちょっと、怒らせちゃったんです」
「だろうな。あそこまで不機嫌なソルを見るのも久しぶりだ」

 前見たのは、1年前調子が悪くてイクサーに負かされた時だったな、と思い出を語られる。そんな、年単位で訪れる怒りを覚えさせてしまったわけか。
 あらためて申し訳なく思うと共に、弱気になる。

「……ほんと、ですか。……謝って、許してもらえます……でしょうか」

 萎れた声で聞いた私に、ジェネラルさんが問うた。

「ヤマトは、何を謝ろうと思ってるんだ?」
「……えっとですね、『聖槍サンクトランス』を使った後、ソルが来てくれたんですけど、すごく怒ってて……今考えたら多分、心配してくれてたんだと思うんですけど……私、それを私がソルを危ない目にあわせたから彼が怒ってるんだと思ったんです。で、そう言って謝ったら」
「もっと怒られた、と」

 そりゃもう、烈火のごとく。その後リビルトさんが仲裁に入ってくれて、お姫様抱っこで入院コースだ。まったくもって、謎の展開。

「だから、心配掛けたことと……怒らせるようなこと、言っちゃったことを」

 謝りたいです。

「……許す、許さないの問題ではないな。結局、ソルはお前のことを思って怒っていたわけだから。……なあソル?」

 カーテンの向こう側に向かって掛けられた言葉に、驚く。そんなベタすぎる展開。
 だが、意外と現実はベタだ。ばつの悪そうな顔をしたソルが、カーテンを開けて入ってきた。

「じゃあ、俺は一旦帰るぞ。ヤマト、夕方までゆっくり休むように」

 そう言って私の頭をポンと叩き、ジェネラルさんが出て行ってしまう。待って行かないでと言いたかったが、それを言ってしまったら、ソルとの空気がめちゃくちゃ気まずくなる。駄目だ。今から謝るんだから。
 それにしても、謝るにしたって、少し心の準備とかさせてほしかった。

 ソルは無言のまま先程までジェネラルさんが座っていた椅子に腰かけ、目線を合わせてくる。あの時のような不機嫌すぎる表情ではないが、少し硬い。

「……ソ、ル。あの」
「ごめん」

 話を切り出そうかと思ったところを、遮って先に謝られる。

「頭冷えた。……怒鳴って、ごめん」
「……あ、お、俺の方こそ、ごめん。心配掛けたことと、やなこと言っちゃったこと」

 どうしてソルが謝るのかと不思議に思ったのだが、彼は怒ったことを謝っているようだった。それに便乗というわけではないが、私も申し訳なく思っていたことを謝罪の言葉にして発する。
 うん、と言って私の謝罪を受け入れたソルが、訥々と語りだした。

「……頭に、血が上ってたっていうか……心配しすぎて、ヤマトが友達助けるためにあそこに飛び込んだっていうのもとんじゃってて」

 普段流暢にお喋りをする様子とはまったく逆の、不安げな様子。

「そんでしかも、俺はろくにヤマトのこと助けられないし、逆にイクサーに助けられてるし、最後はヤマトふらつくぐらい無理してるしで、イライラしちゃって。……ほんと、ごめん」

 ソルの心情を吐露され、よりいっそう申し訳なさが大きくなる。そこまで私のことを考えてくれていたソルに、自分は何と言っただろうか。
 だが、今ここでそれを蒸し返すのも得策ではない気がしたので、もうひとつ、イクサーさんにも告げたことを謝る。

「お、俺だって、あの2人助けるならもっとうまい助け方、あったし。……ごめんね、みんなに迷惑かけた」
「俺は迷惑なんかじゃない」

 きっぱりと言い切るソル。真剣な目がこちらを見ていた。普段上辺だけの社交辞令でよく使うような、迷惑なんかじゃないよ、という言葉とは全く違う響きだった。

「……あ、ありがとう……」

 思わず、目頭が熱くなる。恥ずかしいので堪えたが、ちょっと感動してしまった。
 すると、直前まで真剣な顔をしていたソルが表情を崩した。虎耳をぺたんとたたんだ彼は、私の手を握って俯き弱々しく言う。

「お願いだからさ、無理しないでよ。……友達が死ぬとこなんて、俺、見たくない」
「ソル……うん、ごめん。気をつける」

 心底から発されたような切実な音に、握られた手を握り返してこちらも真剣に答えた。その状態で沈黙し、静止する。ソルは言葉を発さず、外から聞こえる物音以外は無音の状態。……その状態が、ずっと、続く。

(……な、長くね? なんか喋ったほうがいいかな?)

 あまりに沈黙が長すぎて私が困惑し出した時、俯いていた顔を上げたソルが表情を明るくして言った。

「……おっし! も、湿っぽいの止めよう! 夕方になったら迎えに来るからさ、うまいもん食べて帰ろう!」
「あ、う、うん!」
「じゃ、また夕方ね!」

 それだけ言って嵐のように去って行く彼を見送る。

(う、うん……? 仲直り、成功で……いい、のかな?!)

 最後が妙な調子だったが、なんかすごい友情! って感じの雰囲気だったし、きっと成功だ! 抱えていた不安感の分、重圧から解放された気分になった私は、機嫌良く寝返りをうち、さっそく惰眠をむさぼろうと目を閉じたのであった。
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