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Trans Trip! 作者:小紋
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6‐(3).喧嘩するほど仲がいい

「でかすぎんだろ……」

 今日から1週間宿泊する宿を見上げて、私は呆然としていた。

 荷物を詰め込んだ鞄が肩に食い込んで痛い。だが、目の前の光景の衝撃を考えたらそんなもの物の数ではない。

(まさか、あの通りをこういってこういったところにこんなデカイ建造物があるとは)

 神聖国キングズホテル……高級宿というよりは、宮殿かなにかのようだ。ファンタジー世界だというのに10階は階層がありそうな高層物件が通りに影を落とすのを、思い切り首を傾けて見上げる。こんなのが自宅の南側に建ってしまったら、家の中真っ暗闇で訴訟を起こしたくなるだろう。
 先週思い浮かべていた公営施設はしょぼそうというイメージを全力で蹴り飛ばした。さすが、豊かな国の国営施設だ……スケールがでかい。
 この宮殿、原型となったものを建てるのに5年が掛かり、その後は増改築を繰り返して今の形になっているのだという。壁は魔力を跳ね返す特殊な石材、固定化の魔法をかけられていて、崩すことは限りなく不可能に近い。この他にも様々な細工や趣向が凝らされていて、一級の魔術師ギルドや建築ギルドが総力を上げて作り上げたものだそうだ。
 このあたりは、ジェーニアさんが教えてくれた。泊まれる私たちが羨ましいと、怨念と呪詛を込めながら。

 ヴィーフニルが立ち止まってホテルを見上げている。

「……この街って、ほんと都会……。これが宿屋なんでしょ?」
「宿屋ってレベルじゃないよねぇ……ニル、口開いてる」

 呆然としながら呟くのに苦笑を返す。僕の村の建物全部くっつけてもこれよりちっちゃいよ、とは彼の弁だ。ぽかんと口を開けて目をまん丸にしてるのが可愛かったが、指摘してあげたら慌ててそっぽを向いていた。

「うわーうわー、早く入ろうよぉ!」

 観音開きである意匠の凝らされたデザインの扉に飾られた入口で、はしゃぎながら催促するエナ。やれやれといった感じで追いかけるみんな。総勢8人の大所帯でぞろぞろと入口へ向かう。この中にジェネラルさんはいない。彼はギリギリまで仕事があるらしく、遅れてチェックインするとのことだった。忙しいよなぁ。

 皆が入口へ向かう中、一歩踏み止まってもう一度建物を見上げた。普段は貴族や国賓ばかりが訪れるという宿、その豪華さたるやどれほどのものか、もう外観だけでだいぶ思い知ってる。

(あーでも、中に入ってみてボロかったら笑っちゃうなぁ)

「中もすごいよ」

 背後から聞こえてきた声、しかも内心の呟きに返答するような言葉にびくりと肩を揺らす。後ろにもう誰もいないと思っていたのだが、ソルだけはまだホテルの中に入っていなかったらしい。
 どうやら考えを読まれたようだ。「中はどうなってるんだろって顔してた」とソルが笑う。
 しかしその口ぶりからすると、彼はここに入ったことがあるのだろうか。

「ソルって、ここに来たことあるの?」
「一回だけねー。隣にあるカヴァリエのギルドハウスならしょっちゅう来てるけど」

 指で示されて隣を見ると、神聖国キングズホテルには到底及ばないものの、それなりに立派な建物が存在していた。
 あれが、国内最大規模の剣士ギルドであるカヴァリエのギルドハウス。イメージ的にはコロシアム、って感じだ。建物の前面に飾られている、クロスした二振りの剣がそれっぽさを醸し出している。

「あそこ?」
「そうそう。よく出入りしてるんだ」
「ん? ギルド長と仲が悪いって聞いたけど……」

 疑問がつい口をついて出てしまった。沈黙が落ちる。まずい、墓穴を掘ったか。しかし、ソルとカヴァリエのギルド長……イクサーと言ったか、この2人の話はかなり聞いておきたいところでもある。何しろ、この世界に来て一番の有力カップリングだ。
 しばらく黙っていたソルだが、観念したように喋りだした。

「……イクサーとは、ね。あいつ以外のカヴァリエのギルド員とは仲いーよ? ちょっと前までギルド長やってたイクサーの親父さんはいい人だし」
「へぇー……なんで、そのイクサーさんとは仲が悪いの?」
「……うーん? 相性が悪いんじゃないかなぁ……5、6年前からの付き合いだけど、なんかお互い受け付けないっつーか」
「ふーん……」

(うへへ、ライバル関係で長年嫌いあってるのに理由がわからないなんて、その嫌いが好きと紙一重だからに決まってるじゃないですか)

 心の中で下卑た笑い声を上げながら好き勝手な妄想を繰り広げる。
 長年嫌いあってきた相手だけど、いや、長年嫌いあってきた相手だからこそ、なんかの拍子に急接近した時にちょっと気になる相手になってしまうのだろう。あれ、あいつのこと嫌いだったはずなのに、なんで気になるんだ? これってまさか……みたいな。それで、ちょうどそのタイミングで受けが大ピンチになって……みたいな? な?

(あー、しばらくこれで妄想できるな。腐女子脳楽しい)

「おォい、チェックイン、スるよォ」

 涎を垂らさんばかりの勢いで心の中でにやついていたら、私たちがついてきていないことに気付いたらしいキルケさんが呼びに来た。





(ほんとにお城みたい)

 キルケさんとレイさんがチェックイン作業をする中、キョロキョロと内装を見回す。なるほど、先程ソルが言った通りだ。中も、すごい。
 足元は定番の毛足が長い赤絨毯、床が露出しているところは、大理石のような材質のつやつやな石が敷き詰められていた。室内灯は、我がコロナエ・ヴィテのギルドハウスと同じく魔光灯のようだったが……一個一個が、煌びやかで、でかい。天井にぶら下がってるのはシャンデリアだろうか。従業員さんたちは赤地が金で縁どられた制服を着ていて、なんともロイヤルな感じだった。

 視線をあちらこちらに彷徨わせていたら、魔光灯で明るい室内に、異質な黒い影が目の端に映る。
 それは人影だった。奥から真っ黒なロングコートを着た、スレンダーで長身なヒューマンの男が歩いてくる。青味がかったショートの黒髪を持つ鋭い顔つきの彼は、相当の美形だ。だが……。

(うわっ、顔はすげぇかっこいいけど……なんかエターナルフォースブリザードとか言いだしそうなセンスの人だな……)

 真っ黒なロングコートという時点でけっこうあれなのだが、腰に提げられた太刀と小太刀2本の江刀がそれに拍車を掛けている。これでクロスアクセとかつけてたらもう目も当てられない。美形なのが救いか。
 神妙な顔で検分していると、一方向を凝視している私を不審に思ったのか、ソルがやってきた。

「ヤマト、どうし……げっ」

(ん?)

 一瞬で表情を嫌悪に歪ませたソルが、眉間に皺を寄せたまま嫌そうに呟く。

「イクサー……」

 イクサー、カヴァリエのギルド長の名前だ。

(マジで!! あの中二病兄ちゃんが!? あっ単語だしちゃった)

 慌てて私を引っ張っぱって逃げようとしたソルだったが、少し遅かった。瞬間の差で私の視線に気付いた彼が、目線をこちらに向けたのだ。彼はソルを見つけた途端忌々しげに顔を顰める。
 仲が悪いと公言するほどの仲なうえ相手も嫌そうな顔をしていたから、無視をして行ってしまうのかと思ったが……予想外にも彼は近づいてきた。

「……コロナエ・ヴィテの皆さん、御揃いで」

 私たちの前に立つと、軽く頭を下げる彼。深い青色の瞳に苦みが走っている。そうか、ギルド長だから、ギルドとしての付き合いがあるところは無視できないわけだ。大変だな。

「うっわあ……会っちゃったよ」
「こちらの台詞だ。俺とて……リンド、貴様には会いたくなかった」

 当てつけのように辟易とした様子で大げさに溜息を吐いたソルに、間髪いれずにイクサーさんが噛みつく。だがそれはいつものことのようで、皆は苦笑していた。キルケさんとレイさんなんか、ガン無視でチェックイン作業を続けている。

「……まさか、ここに泊まるんじゃなかろうな」
「そのまさかだよ」
「……俺の部屋は、9階901号室だ」

 脈絡なく伝えられた部屋番号に、驚いた。というか、煩悩が沸き立った。

(えっ、部屋知らせるとかどういうつもり!? 夜来いって!? 大胆だなああ!)

「絶対に、近寄るなよ。顔を合わせたくない」

 違った……近年稀にみる程上げたところを落とされた私は、心の中で項垂れる。

「お互い様だっつー……。さっさと行けよ」
「言われなくてもそうさせてもらう」

 お互い吐き捨てるような言葉。あまりにも険悪な雰囲気に、お腹の底がぴりぴりする。忌々しそうな顔をしたまま少し睨み合った後、イクサーさんがソルから視線を外し、他のコロナエ・ヴィテのギルド員の方へ向き直った。

「……各々方、今日はこの男がいるのでこれで失礼する。非礼はまた今度詫びさせてくれ」

 彼はそう言うなり、大股の速足でホテルを出ていってしまったのだった。一体どれだけ一緒の空間にいたくないというのか。

(ここまで嫌いあってると意地でもくっつけたくなるなぁ!)

 嫌いが大きければ大きいほど、転換した後の好きも大きくなるというものだ。まあ、あの様子を見ている限りでは、私の妄想の中だけでの出来事となりそうだが。
 イクサーさんが完全に去っていったのを確認してから、誰とはなしに呟いた。

「……あれが、イクサーさん」

 その呟きに即座に反応したのはソルだ。

「さんなんかつけなくていーよあんな奴」

 どういう理屈なのかはわからないが、ちょっとした言葉が気に食わないくらいには機嫌が悪いらしい。まあ、そうだろうなと納得する。だが、常の彼らしくない子供のような言葉を吐くソルに突っ込みどころを見つけたらしいヴィーフニルがその発言を拾って突っかかった。

「何それ、ガキみたいだし」
「うるせ、ほんとのガキに言われたくないね」
「ガキ。ガーキ」
「お前……」

 ヴィーフニルの可愛らしい悪態にソルが脱力する。でも私を盾にしながら悪態をつかないでほしいなぁ。
 さっきの険悪ムードを見た後だと、この2人くらいの関係はほんとにじゃれ合ってるようにしか見えなかった。

「それにしても、なんていうか……クールな、人だったなぁ」
「あれは無愛想とか、鉄面皮って言うの」

 言葉を選んだつもりだったが、ソル的にはクールも過分すぎる褒め言葉だったようだ。即座に言い換えを提示される。思わず苦笑した。

「はは……あ、そういえば、リンドって……?」

 そういえば、だ。少々思い出した。先程の険悪な会話の中で、イクサーさんがソルのことを聞き覚えのない名前で読んでいたことが気になっていたのだ。

「ん? 言ってなかったっけ。リンドは俺の名字」
「へぇ! 知らなかった……。フルネームはソーリス=リンド?」

 考えてみたら、私がフルネームを知っている人……ジェーニアさんしかいなかった。わざわざ名乗らなかったからなぁと思いつつ、今更知ることが出来たソルのフルネームを思い浮かべる。
 単純に彼の名前と名字を組み合わせて聞くと、あー……となんとなく歯切れが悪そうにするソル。それを遮る形で、エナが口を挟んだ。

「ううん、真ん中にディーが入るよぉ」
「真ん中に、ディー……?」
「そういうの、言わなくていいってば……」

 弱弱しく会話を中断させようとする言葉を聞こうともせずに、エナが続ける。

「ソーリス=ディー=リンド。ディーはミドルネームなの」

 なるほど、真ん中って、ミドルネームのことか。
 しかし、あるひとつのことが気になる。ミドルネームって、庶民は持つことのできない、高貴な身分の……例えば、貴族しか持てないものだと聞いていたのだが……。

 質問してみようかと思ったが、チャリンという軽やかな金属の音にそれを邪魔された。いつの間にか、キルケさんとレイさんがチェックインを終えていたようで、複数のカギを持ってやってきていた。

「チェックイン完了ォ。ほら部屋のカギ配るよォ」

 それにより、ミドルネームのことは一旦忘れてしまった私であった。
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