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Trans Trip! 作者:小紋
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5‐(7).両手だらり戦法

「無駄なのよ。あんたじゃあたしに勝てない」

 ニーファがニヴルバードの青年に躍りかかってから数分も経たない間に、青年は無数の傷を負い、背に土をつけていた。
 対する彼女は、無傷。仰向けに倒れる青年を、冷たい目で見降ろしている。傍らには、先程青年が偶像召喚で創り出した氷の剣が転がっていた。





 圧倒的だった。力でも、速さでも、ニーファと青年では勝負になっていなかった。至近距離で斬り合った様子だけを見ていても、それは明らかだったのだ。明らかに、青年はニーファに追いつけていなかった。
 ニーファの表情は崩れず、青年には傷ばかりが増えていく。彼女に殺す気があれば、その時点で青年が死んでいてもおかしくはなかっただろう。
 氷の剣を弾き飛ばしたニーファは、大きく隙の出来た青年を斬りつけるのではなく、蹴り飛ばした。吹っ飛んで仰向けに倒れ込んだ青年にニーファが近づいて冷たく言い放ったのが、冒頭の言葉だ。





 彼女の足が、青年の右腕に伸び……思い切り、踏みつけた。ゴリッ、という、鈍い、嫌な音と、続いて迸る苦悶の叫び。

(! ……折っ、た?)

 凄絶な叫び声が耳に届いて、脳髄が震える。目の前で人の骨が故意に折られる光景なんて、はじめて見てしまった。ドラマとかで見るときだって、痛そうだと言って大騒ぎをしていたのに。恐ろしさのためか、肌が粟立った。
 戦意を喪失させるための手段だろうが……実にえげつない。
 だがそう思ったのも束の間、青年が残った腕を支えにして立ち上がろうとする。ニーファは手を出さずに見届け、青年は完璧に立ち上がったところで顔を上げた。

 その表情は、笑顔だ。

「……っふ、ははっ! お嬢さん、強いね!!」

 おそらく利き腕であろう右腕を折られた彼の口から出た言葉は、命乞いでもなんでもない。強い敵への称賛の言葉だった。戦いが始まる前までの、やる気のなかった顔つきが嘘のようだ。彼のその青い瞳は爛々と輝き、喜びに濡れている。
 右腕は力を失ってぶらりと揺れるばかりだが、彼は残った左腕に氷の剣を握り、構えを取って見せた。

「まだまだ、いける。やろう!」
「っだから、あんたら嫌いなのよっ!!」

 嬉しそうに叫んだ青年に向かってニーファが吐き捨てる。その言葉にもくすくすと笑った青年は、折れた腕の存在など忘れたかのような動きでニーファに飛びかかっていった。

 異常だ、この光景。

「……おかしいよ。腕折られて、なんで嬉しそうなの?」

 私は独り言のように言葉を零した。彼には、痛いとか、怖いだとか、そういった感情がないのだろうか?

「魔族の価値観の幅は、それ以外よりも広いんだよ。あいつにとっては、今この瞬間は喜ばしいものなんでしょ。まともな魔族もたまにいるけど、極端な奴ならもっとひどいのだっているよ。だから、ごく一部の例外を除いて、魔族は他と共存できないんだ」

 ソルが嫌そうな顔で青年を見ながら言う。
 言ってる端から、残った左腕をボキリといかれている光景が目に映り込んでしまった。慌てて目を背ける。
 青年の苦痛の声が途中から笑い声になった。聞いているだけでも怖い。大怪我なのに笑ってるとか、“狂気の”なんて表題がつきそうな光景なんてのは厨二病だけで十分だというのに。
 ……厨二病だけで。

(……そうか、これ厨二病か!!!)

 恐ろしいことに気付いてしまった。鳥肌が立つ。それならこっちのテリトリーだ。厨二病なら、怖くないじゃないか!

 そう思った瞬間に、両手をぶらぶらさせながら血反吐を吐いて笑っている青年が見えた。

(だめだやっぱ怖い)

 さっきは頭に血が上っていたから、刺し違えてでもー! とか思っちゃったけど、この現状をみると自分が彼とまともに戦えていたとは到底思えない。
 やはり、甘すぎると言うか……まだ覚悟しきれていない自分を自覚した。





 あれからしばらく続いた戦いの後、青年は唐突に倒れた。

「あー……参ったな……ほんとに強いね、お嬢さん。動けない……」
「そりゃどうも」

 青年が仰向けのまま空を見上げてぼやく様に言った言葉に、明らかに嬉しくなさそうな声色でニーファが返答した。どうやら消耗が極限に達したようだ。両腕を折られた後はほぼ泥試合と言ってもいい攻防だったが、よくそんな状態でここまでもったものだと思う。

「とどめって刺してもらえるの?」
「嫌よ」

 にべもなく突き放す言葉に嘆息し、残念、と呟く青年。

「……村に戻ったら俺、殺されるなぁ……それ、癪だなぁ……うん、そうだ……ここで死ぬのが良いか……一矢報いるのも悪くない」
「……あんた、何を」

 ぶつぶつと口の中で呟く青年だが、何を言っているかはいまいち聞こえない。だが、ニーファには聞こえているようだった。不審げな様子から言って、良い内容の言葉ではなさそうだ。
 そのうち彼がふらりと立ち上がった。安定しない姿勢のまま、目を瞑って口を動かす。

 最初はか細い音だった。だが、だんだんと声は漲り、大きくなっていく。

 二句、三句と言葉が続いた時、何事かにはっと気付いたニーファが、こちらを振り返って叫んだ。

「距離をとって衝撃に備えて!!!」

 突然の必死さすら滲ませる叫び。それで私も気付いた。

(これ、魔法の詠唱だ!)

 気付いた途端に、周囲の大気が重さを増したように感じる。気分的なものではない、場の魔力が動きはじめたのだ。体感できるほどのものであるということは、相当強大な魔法を使おうとしているということだった。
 しかも、詠唱の長さからして全詠唱オールキャスト。魔力の変換効率は100%だ。半端ではない威力の物がくると思って間違いないだろう。

(だけど、彼のあんな状態でそんなことしたら……)

 嫌な予感がする。暴走、肉体の崩壊、嫌な単語も頭に浮かんだ。

 キィンという音と共に、自分が防壁の魔力に包まれたことを感じる。ニーファが防護魔法、『大地盾壁テッラシールド』と『大樹盾壁アルボシールド』の二種を張ったのだ。それに倣い、私も『防壁展開シールドインペンド』を皆に配り、後退した。

 その時点で既に青年の詠唱はほぼ出来上がっていた。彼の周囲には詠唱に呼応した魔力が冷気となって渦を巻き、近寄ることはできない。
 もうああなってしまっては、詠唱を中断させることもできないだろう。万が一中断させることが出来たとしても、紡いだ詠唱の分の魔力は集まってしまっている。詠唱を中断させることでその魔力が制御を失い一気にどうにかなるとしたら……今止めるのは得策ではなかった。

 そして程なく、詠唱は完成した。青年の瞑られていた目が開かれ、魔力の光に輝く青い瞳が出現する。

「暗澹たる黄泉の世界をここに――『冥府死氷ニヴルヘイム』」

 目を開いて視界を確認できたのは、それが最後だ。
 防壁魔法は、攻撃を防いでも衝撃を防ぐことはできない。生命を奪う死寒の風が吹き付ける中、手の中の小鳥を庇うために身を丸め、ひたすら衝撃に耐え続けた。





 永遠に続くかと思うような氷の嵐の中、私の目に映ったのは、四肢が崩れだし、最後には大気に溶けて消えていく青年の姿だった。
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