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Trans Trip! 作者:小紋
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5‐(1).日々是鍛錬

「甘い!」

 中庭全域に響き渡るような厳しい一喝とともに弾き飛ばされる訓練用の剣。回転しながら弧を描き、訓練スペースの端に転がった。
 そして無様に尻餅をつく私。お尻が痛い、あと、剣を弾かれる際に衝撃を受けた掌も。しかしその痛みに呻く間もなく、剣呑な声でニーファから叱責が飛んだ。

「ちゃんと集中してる? 今日はこれで5回死んでるわよ」

 顔を上げると迫りくる美少女。無表情、冷たい声、それにプラスされるのは零距離説教。
 これがなかなか、怖いのだ。





 魔人に襲撃を受けたあの日から2週間が経過したが、仕事の合間を縫って行われている訓練は激化の一途を辿っていた。なぜそうなったかというと、私が頼んだからだ。

 あの日、魔人たちと対峙して、傀儡獣の召喚とタライ落とし以外は全く何もできなかった私。心の中では、ニーファ早く来て一色。助けに来てもらったことで安心してびーびー泣いた。

 あまりにも、情けないと思った。

 一応外見は、か弱い乙女なわけではなくイケてる美青年。それが女の子の助けを待って震えているだけとか……悪い冗談にも程があるじゃないか。顔だけの男も嫌いではないが、自分がそうなりたいかと言われると否と答えたい。
 怖い思いしたのには沈んだ、みんなに迷惑かけたのにも沈んだ。だから、沈まないで良くなるようにしようと思った。その夜ジェネラルさんに言われた、「戦いの術を自分の物にしろ」という言葉は、途方もなく高い目標に思えたものの、私にきっかけを与えてくれた。
 もりもり湧いてきたやる気に従ってニーファに言ったのだ。「剣の訓練、もっと厳しくして」と。

 ……だが、そうして自ら引き起こした現状は、かなりのオーバータスク気味な気がしないでもない。強くてニューゲーム特典の鬼体力のおかげで嘔吐することさえないが、精神的に擦り切れる毎日を送っている今、あの時の私は彼女が容赦ない性格だということを考慮に入れるべきだったと思う。
 その場のテンションに身を任せるものではない。

 まあだからといって、今のこの状況を全て後悔しているわけではないのだが。

 それはなぜか。

 それは、訓練の成果が目に見えてあらわれてきているから。

 鬼訓練は伊達ではない。いっぱいいっぱいになりながらやっていたモンスター退治などが、まだ油断すると痛い目を見るレベルではあるが、以前よりもだいぶ余裕をもって行えるようになってきている。
 指導態度を厳しめにしたニーファに日々しごかれたせいで、そんなに強くないモンスター程度の動きにならついていけるようになったのだ。
 私にとってはとんでもない進歩。打撲だの擦り傷だの蚯蚓腫れだのが絶えない日々を送ったのも、一昨日鼻血を出したのも、進歩のためのステップだったと言えよう。努力が報われる瞬間というのは、確実に存在するのだと確信できた。
 まあちょっと強いモンスターとか人を相手にした場合はそう簡単にもいかず、危うく死ぬかと思うことも多いのだが。

 そうそう、剣の練習だけではなく、万が一剣を奪われたりとか、剣を持ってなかった時のために無手で戦う練習も始めた。これもけっこうきつい。ニーファが合気道っぽい技で人のことぐるんぐるん投げるので、平衡感覚を失う時もあったりする。
 しかも彼女のグーパンチはおよそ女子の細身から繰り出される威力ではない。ボコボコにされないためにも、こちらも要修行だ。

 ギルド員のみんなが、様子を見にきてくれたり稽古をつけてくれたりもする。各人との訓練は、かなり身になっていた。個性豊かなバトルスタイルを持つ彼らの特徴を順に挙げてみよう。
 ソルの動きは野性的でありつつも洗練されていて、かっこいい。あの大剣を振り回す腕力で思い切り打ちこまれると、いくら練習用の剣でも結構痛い。
 エナのスピード、そして細剣とダガーの二刀で戦う剣術には翻弄される。ダガーでこちらの剣を受け止めたかと思うと、死角から鋭い突きが襲ってくるのだ。まともに喉をやられた時はしばらく悶絶した。
 キルケさんは相手に取るとどこから太刀筋がくるかわからなくてちょっと怖い。変幻自在って言葉が良く似合う。しかもアクロバティックだ。
 レイさんは生真面目な戦法で戦うので、とってもお手本にしやすい。基礎を向上させて極めた剣術は、隙をつきにくいのだ。
 エデルさんは剣はあまり使わないらしく無手の訓練に付き合ってくれる。彼女には正直10年経っても勝てる気がしない。寸止めしてくれるが、まともに入ったら悶絶どころか気絶するんじゃなかろうか。だって拳とか蹴りの風を切る音が半端じゃないのだ。
 その中でも、ニーファとジェネラルさんは別格だった。参考までにと言って2人の演舞を一度だけ見せてくれたが、何なんだこの兄妹というのが私の感想だ。太刀筋やら体捌きやら、とにかくすごいのだ。筆舌に尽くしがたしというやつ。
 そして、彼らは2人して指導までが的確でわかりやすい。本当に、何なのだろうかこの兄妹。

 相手してくれたみんなは私の馬鹿力を褒めてはくれるが、当たらなければどうということはないという感じだ。これを私は、“いくら自機の性能が高くてもプレイヤーが下手なら畏るるに足らず現象”と名付けた。長い。プレイヤーの腕を向上させるため、要修行だ。
 稽古とはいえ対人戦をかなりの数こなしたので、人を相手にとって戦うのも最近怖くなくなりつつある。そこに殺すだの殺さないだのが関わってきたらどうなるかはわからないが、これも一歩前進に数えていいだろう。

 それはさておき、戦闘の訓練の中に、ジェーニアさんの姿はない。彼女はあまり白兵戦を好まないのだそうだ。
 その代わりというわけではないが、遅ればせながら始まった魔法の訓練については彼女が担当してくれていた。

 そう、始めたのだ、魔法の訓練。

 以前なら戦闘訓練だけでダウンしていたのだが、日数を重ねることで少しばかり慣れた。時間的な余裕もなくはなかったので、そこまで長時間ではないが魔法も鍛えておくことにしたのだ。魔力は高いとのことだから、使わなきゃ勿体無い。幸い、モチベーションは上昇するばかりだったし。

 しかしなぜジェーニアさんが魔法の訓練を担当してくれることになったのか。そこに至るまでの経緯を話そうとすると、魔人たちからの襲撃があったあの日に遡る。





◇ ◇ ◇





「ほえー、魔人に襲われたんですか……同族がこの国に入ってくるとは寝耳に水です。なかなか度胸のある連中ですねぇ」

 魔人からの襲撃があった日の夕食の席で、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
 この発言のほうが余程寝耳に水だ。思わず問い返す。

「同……族?」
「あらやだ、わたし言ってませんでしたっけぇ? ジェーニア=ウレジミル17歳を過ぎてから幾星霜。種族は魔人をやらせてもらってます」

 その言葉と同時に、現れる尖った耳。そして、露わになっている首筋に浮かび上がる魔人の証である紋様。種族だけではなく、名字も初耳だったりするのだが……なぜ17歳にこだわる。私が呆然としている間に、尖った耳も首に浮かんだ紋様も元通りだ。魔人は魔力を制御することによって、魔人だけが持つ特徴を隠すことができるのだそうだ。
 みんなが驚いていないところを見ると、どうやら周知の事実らしい。

 助けを求めるような気分になって、ニーファを振り返った。私の記憶が確かであれば彼女は路地裏で、“魔人ほど危険で頭のおかしい種族はいない。自分たちと似たような形をしているからって、自分たちが理解できる範疇にいる生物だと思わないほうが良い。できるなら近づくな”と言ったはずだ。
 そんなに脅しておいて……ここまで近くに魔人が存在しているというのは、どういったことなのか。そもそも、あの言いようはジェーニアさんに失礼ではないのか。そんな私の思考が読み取れたのだろうか、はたまたものすごい形相から想像がついたのか、ニーファは事も無げに言い放った。

「あたしは魔人の解説を撤回はしないわよ。こいつとしばらく付き合えばわかるわ」
「ちょっとぉ人を指ささないで下さいって! っていうかなんて言ったんですか? 今後の参考までにぜひ」
「“魔人は危険で頭がおかしくて理解の及ぶ範囲にいる生物じゃないから、絶対に近づくな”って言ったのよ」
「あははーちげーねーですや」

 ほらね? 本人もこう言ってるわ。と無表情で言い放つ彼女。私は反応に困ってしまって……とりあえず、乾いた笑いを発したのだった。

「あ、そうだヤマト。あんた偶像召喚はもうできるんでしょ?」
「あ、うん……多分、それなりに出来ると思う」

 あのタライの雨でだいたいの雰囲気は掴めた。多分。

「あとは攻撃魔法と補助魔法ね。それに関しては、こいつに教わったほうがいいと思うわ。まがりなりにも、“魔”人だしね」
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