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Trans Trip! 作者:小紋
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4‐(8).他人の見た夢ほど興味のないものはない

 暗い闇の中、誰かに手をひかれ、走っていた。

(誰の手だろう)

 ぼんやりとしてよくわからない。走っているというのに頭がはっきりしない。自分の手を引いている相手を注意して見てみると、相手は手から先がなかった。

(誰の手かなぁ)

 手から先がないというのに、“手”は何かを喋っている。よく聞こえない。“手”が何を言っているのか聞きとろうと耳を澄ませれば、なんだか聞いたことのある声が聞こえてきた。

(知ってる人だ、誰だろう、ああ、うるさい)

 いつの間にか、耳元でゴーゴーという音がしはじめていて、“手”の声が聞こえない。目を瞑って頭を振り、ゴーゴーいう音を弾いて除けた。

(これで聞こえるかな)

 だが、私は次の瞬間驚いて叫んだ。
 目を開き、視界に映った“手”……その先がはっきりと見えていたから。
 そして、“手”の持ち主、その人物が、予想外の人間だったから。

「小鹿ちゃん、もうちょっとだよ。もうちょっとで、――のところに着く」

 “手”の持ち主、レヴィが振り返り、微笑んで私に話しかけた。彼は急いでいるようで、すぐに前を向いてしまった。

(なんで、私はこの人と手をつないで走ったりしている?)

 誰のところに連れて行かれるのだろうか、名前の部分だけが聞き取れない。

(誰のところに……、いやわかってたはずなんじゃないっけ。思い出せない。だけど……)

 私はこの人に連れて行かれてはいけなかったはずだ。焦って、ぐいぐい引っ張られているのにも拘らず立ち止まった。レヴィがつんのめって止まる。

「離してください。手……手離して!」

 手を振り払ったら、それは思いの外簡単に離された。レヴィはまだ振り向かない。私は座り込んで、俯いた。

「どうしたの。困ったな」

 さして困っていない声でレヴィが言う。いつの間にかこちらを振り向いた彼に顔を手で包み込まれ、俯いていたのを持ちあげられた。間近に迫った彼の表情がわからない。
 彼はどんな表情をしている? 意識してもわからない。嘲笑しているかのようにも見えるし、心配しているようにも見える。
 すい、と彼が手をあげ、指を動かす。ずっと前方が指し示された。もやもやとしていてよくわからない。だが、何かがいる。

「ほら、行こう。お母さんが待ってる。君のお兄さんも心配してたし、妹さんだって泣いてただろ」

 指し示された先を、愕然と眺めた。

(本当だ)

 母も、兄も、妹も……いる。悲しそうな顔のまま微動だにせず、三人並んでこちらを見ていた。
 動けないのだろうか? ……そうに違いない。ああ、私が傍に行かなければ。家族には笑っていてほしい。

「ほら、ヤマト

 私の名前を呼んだはずの相手は既に“手”以外を消失していて、闇の中につながる手首の先が誰だかは分からない。

 私はその“手”に自らの手を――。





◇ ◇ ◇





「ヤマト!」

 びくっ、と。音がつきそうなくらいの勢いで体を震わせて起きた。目を開けた瞬間、どこか焦っているかのようなジェネラルさんの顔。うーん、美しすぎて寝起きの心臓に悪い。
 横になっていた体を起こしながらキョロキョロとあたりを見回すと、男フロアの談話スペースだった。
 そういえばそうだ、夕食を済ませ、私とソル、キルケさん、レイさんの男子ーズで風呂に入った(相も変わらず風呂の時間は精神衛生上良くない)あと、ここのソファに座って適当な本を読んでいるうちに意識がブラックアウトしたのだった。いつもならそんなことないのに、今日は魔人たちの襲撃なんてことがあったから疲れてしまったのだろうか。

「お仕事、終わったんですか……お疲れ様です」

 ぼやぼやと働かない頭で、それだけ言う。今日はジェネラルさんはお仕事だと聞いていた。夕食の時もいなかった彼とは、朝食の時に顔を合わせたきりだ。
 その労いの言葉を聞きながら、彼は私の隣に腰を下ろし、口元をゆるめて笑った。

「ああ、ありがとう」

 大きな手で、ちょい、とオリーブ色の前髪を梳かれる。空色の瞳が間近に迫っていた。距離が近い。この世界の人は人と話す時に距離を詰めるのが普通なのだろうか。止めてほしい。ご尊顔、と表現したくなる程秀麗なジェネラルさんの面を近くに持って来られると、視線が挙動不審になる。

 私の髪に触れた彼は、まだ髪が濡れているじゃないか、風邪ひくぞと言った。
 女子であった元の私より長い髪を持つこの体。ドライヤーもないので、髪を乾かすのも面倒臭い。ジェネラルさんに指摘されて首に提げていた布で髪を拭こうとしたら、彼が呪文のようなものをぽそりと唱え、一瞬で髪を乾かしてくれた。驚いた私は、目を白黒させながらお礼を言う。これも魔法なのだろうか。すごく便利だ。

「うなされてたぞ」

 乾いた髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら彼が言う。

(うなされてたのか。寝言とか言ってないといいけど……恥ずかしいし)

 だが確かに、あれはうなされる系の夢だった。ホームシックと昼間の恐怖が入り混じったような内容。しかしあの内容は素面じゃ語れない、絶対。あの“漠然と”感が厨二っぽくて恥ずかしい。

「ちょっと、変な夢、見てて」
「変な夢?」
「だいじょぶ、大丈夫です。すいませんお騒がせして」

 半ば慌てたように取り繕う。やめてくれあの内容を喋るのは罰ゲームだ。

「……そうか」

 私の慌てっぷりに追及の手を失ったジェネラルさんが、短く返事をして会話が止まった。少し沈黙が続き、居心地が悪くなる。お互いが相手の出方を探っているような沈黙……って私は喋ること探してるだけだけど。
 結局、私が最終手段として天気の話を持ち出す前に、ジェネラルさんが口を開いた。

「ヤマト、今日は大変だったらしいな」
「? ……魔人の話、知ってるんですか」

 案じるような表情で尋ねるジェネラルさん。先程帰ってきたばかりにしては、耳が早いな。

「ああ、玄関でニーファに会って、聞いた。……こちらの読みが甘かったせいで、怖い思いをさせたな……すまなかった」

 ジェネラルさんといい、ニーファといい、どうしてみんな簡単にこんな小娘……あっ今はイケメンか。イケメンに……なんか変だな。どうしてみんな簡単にこんな若輩者に頭を下げるのだろうか。逆にこっちが申し訳なくなるじゃないか。

「い、いえそんな……今日は、俺が1人で外出したからああなったんですし」

 なんて言ったらいいのか分からず、言い訳のようにしどろもどろになって発声した。しかしそれに対して反論が返る。

「ヤマト、そこは『お前らが1人で出歩かせたりするからあんなことになった』と怒ってもいいんだぞ」
「えええっ」

 そんなこと言われましても、としか。

「こういう言い方をするのは何だが、俺たちも仕事として君を保護しているんだから、本来今日のようなことは許されないんだよ。……だが、そう言っても君は怒ってはくれないんだろうな」

 無理、ほんと、無理。そもそも怒ってないし、こんなことくらいで怒るなんてどれだけ恩知らずだよとも思う。

「……は、はい……無理です」

 そんな心情から思わず漏れたこの言葉に、ジェネラルさんが少し笑った。私はただただ、恐縮して縮こまっていたのだった。
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