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Trans Trip! 作者:小紋
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3‐(9).休肝日を作ろう

 治癒魔法が特別なもの……その話を聞いた時から、引っかかっていることがある。

 よく思い出せないのだが……ごく最近、何かを治療してもらった記憶がないだろうか? すごく気持ち悪くて、起き上がることもできずに苦しんでいた……そうだ、昨晩だ。治癒魔法が特別なもので、使い手が滅多にいないというのなら……昨日、酒に酔って苦しんでいた私を救ってくれたあの温かい手は、なんだったのだろうか? あれこそ治癒魔法のようなものだと思うのだが……。

 多少気になるところであるが、怪我や病気を治してもらったわけではない。酔い状態回復なんて局所的な治癒魔法、あるかもわからないし。

(あれは、治癒魔法じゃなかったのかもな)





◇ ◇ ◇





「あら、おかえりなさい」

 ギルドハウスに帰り玄関ホールに足を踏み入れると、エデルさんがソファに座っていた。読んでいた本から顔を上げ、にっこりと微笑んでくれる。

「た、ただいまです……」

 みんなが口々にただいまを言う中私も復唱するが、なんとなく気恥ずかしい。ここを家だと思って、と言われても、やはりまだ慣れないのだ。
 考えてみたら、ただいまを最近あまり言っていなかったことを思い出す。母は仕事が忙しかったから夜遅くまで帰ってこなかったし、兄はバイトでしょっちゅういなかったし、妹は友達と長いこと遊んでいて帰るのが遅かったし……まっすぐ家に帰るインドア派は私だけだったから、自然といつもおかえりを言う側だった。

「エデルー、繕い物終わりましたよー持っていってくださ……あ、おかえりなさぁーい」

 ジェーニアさんが食堂から顔を出した。手には綺麗に畳まれた衣服を抱えていて、彼女がこのギルドの家事担当だということをふと思い出す。私たちを見つけた彼女はそう言ってエデルさんに衣服を渡すと、私が腰に提げている一振りの剣に気付いた。

「……剣? 護身用です?」
「あ、そう、です」

 慌てて剣をベルトから引き抜き、ジェーニアさんに見せる。エデルさんも寄ってきて、興味深そうに覗き込んだ。……エデルさんが近くにいると、すごくいいにおいがするのだが……これが女度高めの女子というやつだろうか。

 私が関係ないことを考えている間剣をじーっと見定めていたジェーニアさんは、厳しそうな眼をしてニーファに向き直った。

「……ふーん、護身用の張りぼてにしちゃずいぶん高そうですねぇー。ニーファ、洋服の件といい、経費の無駄遣いじゃないですぅ?」

 詰問されたニーファだが、何処吹く風。

(なまくら)持たせていざというとき死んだらどうすんのよ。それに、あたしが鍛えるからにはある程度のレベルに到達するまで叩き上げるに決まってんでしょ」

 表情一つ変えずにそう言い放ったのだが……そんな話は私は一切聞いていない。

(初耳なんですけど……“一応使えるように”くらいじゃなかったの……?)

 先程と言っていることが違うではないか。ニーファの言う、“ある程度”がどの程度であるのかが想像できなくて、恐ろしい。絶対に私の想像もつかないくらいの高レベルだ。

「ふーん、それならいいですけどぉ……でも、洋服は?」
「あれは気に入ったの全部買ってたらいつのまにかあの量になってたのよ」

 悪びれず堂々と、しれっとした態度。

(いつの間にか……って……)

 私の部屋のタンスにおさめられた衣類は、どう見てもいつの間にかで買い込める量ではなかったように思うのだが……。下手をしたら、衣装持ちの妹のタンスよりも充実していたと思うのだが……。
 オシャレ好きの人って底知れない。他人で、しかも異性の洋服なのにそこまで夢中になれるものなのだろうか。だが私はその恩恵に預かった身であるので、何も言えなかった。

「……も、いーですよ……」

 脱力するジェーニアさん。なぜ彼女が金銭面に拘るのか気になったが、家事担当ということはもしかしたら財布の紐も彼女が握っているのかもしれない。支出面を気にするのは、いつもお母さんの仕事だ。
 彼女が項垂れて今月どこ切り詰めるかなー……、と呟き出した時には同情を禁じ得なかったが、他のみんなは気にした様子はない。いつもの光景のようだ。

「それにしても、ニーファがヤマトくんを鍛えるんだったら、護身用以外の用途がないと勿体ないわねぇ」

 腕を組むような形で頬杖をつき、首を傾けるエデルさん。そのポーズ、すごく立派な胸が強調されて眩しいです。流石、女度高めの女性、きっと仕草一つで男を落とせる。
 しかしその発言は藪蛇じゃないでしょうか。

「それについては心配ないわ。冒険者やるらしいから」
「あら、そうだったの!」

 なんだか嬉しいわあ、新人獲得ね、とエデルさんが言う。

 やっぱり、雲行きが怪しくなってきた。私は武器屋に行く前に戦いでは役に立てない、と明言したはずなのに……なんか、頭数に入れられてないか? あれだと、伝わってなかったのだろうか。

「ニーファ、俺、戦いは……」
「あんたは、“役に立たない”から頭数に入れてほしくないんでしょ? “役に立つ”ようになるまで鍛えれば、問題はないわよね?」

 もう一度明言しておこうとして、遮られた。どうやら、こちらの意図は完璧に伝わっていたものの、彼女はそれを聞き入れたわけではなかったようだ。

(マジ勘弁……。迷惑かけんのは嫌だ。運動センス皆無の私が“役に立つ”ようになるまで、って、一体何十年かかるのぉ。学校の体育の時間以外運動してきてないのに。あ、でも強くてニューゲーム特典があるんだった。……だけど、無理!)

 頭の中でいくら考えても、それを口に出すことはなく、話は進んでいく。

「それに、実戦なくしてレベルアップは臨めないのよ?」
「な、なんでそんな……」

 レベルアップって、私がしたいって言ったわけじゃないんですけど……こう言いたいが、口答えできるだけの胆力があれば私は元の世界で明るく快活に生活できていた。

「教えた人間が中途半端な位置にいるのは我慢ならないの」

 これで議論は終わり、とばかりに切り捨てられる。議論というほどのことはしていないが。相手のペースに飲まれ、あーうー呻くような声しか出せない私が、口で勝てるわけなかったのだ。

 私が体育会系なレベルアップ道に放り込まれたのは既に決定事項。これで終了。

「あららぁー、もうこうなっちゃったらどうにもなりませんねー! ご愁傷様です!」

 ジェーニアさんが元気よく慰めてくれた。顔が笑っているのは気のせいだろうか。先程の浪費の件の憂さ晴らしにされていないだろうか、私。

「ヤマト、そのうちエナと試合してね!」
「あ、俺も俺も」

 君たちと試合が出来るほど強くなれる予定もない。もしソルのバカでっかい大剣で攻撃なんてされたら、運良く受け止めることができても地面にめり込みそうだ。





「うふふ……でも良かったわあ。ヤマトくんがうちのお仕事を手伝ってくれるのなら、労働力が増えるものねえ。ニーファが護衛に掛かり切りになると、どうしても人手が足りなくなるからどうしようかと思ってたのよ」

 それを聞いて、はじめて気づいた。そうなのだ、もし私が余所で働きたいとか言い出したら、ニーファは私に何かあったときにすぐに駆けつけられる位置にいなければならない。そうなると、本当に護衛に掛かり切り、の状態になって、ギルドの仕事なんてできなかっただろう。
 ギルドの仕事を手伝う、という選択は意外と良い選択だったかもしれない。

「だから新人入れろっていつも言ってるじゃないの」
「だって募集かけてもろくな子が来ないんだもの……知り合いの子に言ってみても、なんだか恐縮しちゃって絶対入ってくれないし……変に名前が売れるのも困りものね。権力とか名声目当てで来られても受け入れる気にならないし。その点、ヤマトくんなら大丈夫そうだし……ほんと良かったわあ」

 確かに、権力と名声にはあまり興味がないけれど……そんな多くの人に恐縮されるような場所に私がいて大丈夫だろうか……。不安になってしまった。今更だけど。

「明日あたり、ギルド協会に行って各種登録をしてきてね。よくわからないことが多いと思うけど、ニーファがついていくから大丈夫よ」

(ギルド協会……?)

 聞き慣れない言葉だ。私が首を傾げると、エデルさんが説明してくれた。

 ギルド協会とは、職業人の集まりであるギルドの情報をとりまとめる国際機関らしい。情報を求めるものにギルド情報を開示したり、客からギルドへの依頼を仲介したり、情報のやり取りや、ギルド員募集なんかも行われたりする。ギルドに入らなくても、ギルド協会員として登録すれば、誰でもいいからやって! なんて内容の依頼とか緊急の依頼とかが集まる斡旋所で依頼を受けることもできるらしい。国際機関なだけあって、ギルド協会ではほぼ全世界の情報がやり取りされているそうで……なんともはや、便利な職業機関といった感じだ。

 今まで“ギルド”という言葉を職業別組合のことだと記憶していたが、聞くところによるとこの世界ではもう少し自由度が高いそうで。分類区分が、私営・公営などの営業形態による分類、鍛冶師や商人、剣士、冒険者などの職業による分類などあり、他にも変わった分類を持つギルドも存在するらしい。そして、ギルドは個々の名前を持つ集団として仕事に当たる。つまるところ、企業のようなものだ。そのうち、株式ギルドなんてのもでてきそうな気がする。ちなみにコロナエ・ヴィテは“私営冒険者ギルド”だそうだ。
 昨今の冒険者という言葉の形骸化により、“冒険系冒険者ギルド”なんてわけのわからない区分を自分たちで作って名乗るギルドがあったりするらしい。ちょっとおもしろい。

 私の今まで持っていたイメージだと、ギルド協会が冒険者ギルドってかんじだ。……ややこしい。頭を切り替えなければなるまい。

 私は明日そこで各種登録……コロナエ・ヴィテへのギルド員登録と、ギルド協会への協会員登録をして来なければならないということで。

「明日登録が終われば、名実ともにコロナエ・ヴィテの新人ね」
「いいですねぇ! 今日の酒盛りの理由がひとつ増えました!」

 純粋に嬉しそうにそう言ってくれたエデルさんの横から、とんでもない言葉が聞こえた気がする。気のせいであることを祈りたかったが、どうやら気のせいじゃなかった。

「……マジで?」
「……は? 今日もやるの? あんた、切り詰めるとかいってなかった?」

 ソルが呆然として短く呟く。背後にいる彼の表情は見えないが、おそらく青ざめているだろう。
 私の思っていることはニーファが全て代弁してくれたのだが……ジェーニアさんは、それはそれ、これはこれですよ! と取り付く島もない。

「もうジーンさんに今日行くって言ってきちゃいましたもーん。それに昨日、キルケとレイが帰ってきたら顔合わせ会をやるっていったじゃないですかぁ! しかも、プラスしてヤマトさん冒険者開始おめでとうの会です! うー、おめでたい!」

 確かに言っていた、言ってはいたが……まさか今日やるとは。しかも、そんなことを言われてしまうと欠席できない。

「やったーエナ昨日飲み足りなかったんだよねぇ」
「今日は団長も行けるって言うんでぇ、久々に全員で飲めます!」

 テンションの高い二人に、エデルさんも先程苦言を呈したはずのニーファも強く否定をする雰囲気はない。そうなってしまうとソルも拒否できないのだろう。もちろん私も。
 昨晩の様子からだいたいわかってはいたが、どうやらとんだ酒好き集団に所属してしまったようだ。この先が思いやられる。





◇ ◇ ◇





 その晩宣言通り、昨日と同じくジーンさんの酒場で宴が行われた。昨晩店で大騒ぎをしたのにもかかわらずお前ら頻繁に来すぎだろーで済ませてくれたジーンさんが男前だと思う。

 グラスとジョッキをものすごいスピードで空ける女性陣。それに振り回される私とソル。それは昨晩と変わらずだったのだが、今晩はそこにレイさんとキルケさんとジェネラルさんが加わったことで、新たな様相を呈した。

 隙あらばレイさんにすり寄る看板娘三姉妹……それぞれが昨日とは比べ物にならないオシャレをして猫撫で声でレイさんに話しかける。昨晩は厨房の入り口からの会釈だけだったヴィオネラさんまでもが、テーブルまでやってきて接客をしていた。だが肝心のレイさんが、看板娘三姉妹の猛攻をものともせずに酒に酔い、良い姿勢で眠りだしてしまう。その瞬間に空気を仕事モードに切り替え解散する看板娘三姉妹を見たら、女の怖さを実感せざるをえない。
 キルケさんは昼と同じくニーファに言い寄っていたのだが、ストッパー役のレイさんが看板娘三姉妹に囲まれていたせいで止めてくれる人間がおらず、いい加減うざくなったニーファにグーパンチ一発で伸されていた。床の上でピクリともしなくなったキルケさんはギルドハウスに帰るまで目を覚まさず、ソルに担がれて帰ったそうだ。
 ジェネラルさんは、ギルド員が起こす阿鼻叫喚の現場を酒の肴に楽しそうに飲んでいた。あまり量を飲まない様子を見て、もしかしたらそこまで強くないのか? と思ったのだが、ニーファが言うにはコロナエ・ヴィテで一番酒に強いのはジェネラルさんらしい。薄ら恐ろしい。

 結局のところ、人数が増えた分カオス度合いが増しただけだった。飲み会というのはそういうものなのだろうか? 他に経験したことがないからよくわからない。

 ちなみに私はというと、昨晩のような飲み比べはなかったにもかかわらず、運悪く席が隣り合った絡み酒の女王様エナにしこたま飲まされて気絶した。そしてまたジェネラルさんが担いで帰ってくれたらしい。もうこんなんばっかだ。今度飲み会があったら、絶対にエナの隣には座らないようにしようと、心に決めたのだった。





 ほぼ気絶状態で気持ち悪くなる暇もなかったからか、温かい手が私を癒してくれることがなかったため、翌日は見事に二日酔いに苦しむこととなった。
 折角冒険者として始動する記念日だったのにもかかわらず、頭痛と吐き気と腹部の違和感で一日散々だったのは、言うまでもないだろう。
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