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Trans Trip! 作者:小紋
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12‐(3).類は友を呼ぶ

 アスタリア神聖国の国防を担う神聖騎士団の本部は、リグ白城を城門から入って東側に、広大な庭園をしばらく突き進むと見えてくる。
 華美さはない硬質な威容と、勇壮であるが上品な雰囲気を併せ持つ純白の城砦がそれだ。
 数多から選別された精鋭たちが名を連ねる神聖騎士団本隊が常駐する武力機関。各地の分隊を統括して運営する指令機関。そのように本部の役割は様々だが、日夜清廉なる神聖騎士たちが鍛錬を重ねて己の誇りを磨くこの場所は、国民の信と憧れを一心に集める、神聖国にとって優れたるものの象徴だった。
 なればこそ、どのような苦境にあったとしても、一片たりともそれを露見させるわけにはいかない。例え内部的には七転八倒で悶えているとしても、だ。
 見栄ではない。見栄ならば捨てられる。捨てられるほど簡単なものではないのだ。

 神聖騎士団本部、団長執務室。
 黒檀の執務机についた銀髪の男が、尋常ならざる厳めしい表情のまま、猛烈な勢いで書類を処理している。
 服の上からでもよくわかる鍛え上げられた体は、ぴんと伸びた背筋によって強調されていた。後ろ髪の一房だけが長い髪型は特徴的で、だが彼の雰囲気にはよく合っている。銀の瞳の目尻の皺からは多少の年齢を感じはするが、清冽な美しさが順当に歳を経た、といった印象を他者に与える人物だ。
 彼は、四十に届かずという史上最年少の年齢で神聖騎士団の団長に任命され、ここ十数年を務め上げている、ファネル=トゥーリ=クロックロイドその人である。騎士団長専用の執務服は堂に入り、彼の存在を格別なものとするのに一役買っていた。

 書類の塔をひとつ攻略したファネルは、ひとつ溜息を吐くと目を瞑ってこめかみを揉みほぐす。
 魔国との争乱が本格化してからというもの、ファネルに休む暇はなかった。彼にとって経験したことのない激務に辛さを覚えはするが、それを表に出すわけには絶対にいかない。長らく平和を保ってきた神聖国にとって寝耳に水を浴びせかけられたような危機的状況である今、神聖騎士団が大わらわなのは当たり前のことであって、勿論のこと大変なのはファネル一人だけではないのだ。
 少なくともファネルが神聖騎士の任を神王から拝命してから今まで、神聖国ではここまで大規模な戦いというものは起きたことがない。友好的な関係を築いている、または隷属の意思を見せている諸国の絡む大きな戦争に援軍として出向いたことはあるが、やはりそれは他人事なのだ。
 はっと我に返り、ファネルは二、三度頭を振る。まるで現実逃避のように過去を遡ってしまった。思考が定まっていないことを自覚する。
 忙しさは、特にここ二日ほどが顕著だった。その度合いと言ったら、意識して気を張っていなければ先ほどのように頭が何処かに飛んでしまうほどだ。
 そう、ここ二日。魔国との国境部への遠征隊が甚大な被害状況と共に帰還した二日前から、言葉通りに寸暇を惜しんで働き通しなのである。

 定まらない思考はようやく戻った。それと共に、考えなければならない案件や実行しなければならない仕事を星の数ほど思い出したファネルは、額に手を当てて俯いた。
 同じタイミングで、扉ががちゃりと音を立てて開く。

「よう、邪魔すんぜ」

 軽い調子で片手を上げて挨拶した大男に、ファネルは視線を合わせた。
 黒に近い茶色の短髪と明るい緑色の瞳を持つ彼は、恵まれた体躯を存分に鍛えた武人然とした丈夫だ。年の頃はファネルと同程度だが、美しい印象が先に立つファネルとは違い、豪快さが滲むいぶし銀だった。生やしっぱなしの無精ひげが、若干のだらしなさと親しみやすさを同時に感じさせる。
 この男に関してファネルは、ノックやアポイントメントの必要性などの礼儀作法についての注意は既に諦めている。何せ、長い付き合いだ。多少礼儀がなくとも許せる程度には気安い関係でもある。
 大男が部屋へと歩み入る。一歩のたびに銀色の鎧が音を立てた。飾り気のないシンプルな金属鎧は、神聖国においては兵団の人員のみが着用することが出来るものである。
 神聖国兵団には、神聖騎士団の団長であるファネルと完全に対等であれる者は一人しかいない。
 大男の名前はダンシェリオン=ラガフォート。神聖国兵団の団長であった。

「ダン。わざわざどうした? 見て分かる通り今とても忙しいんだが」
「美しきファネル様のご尊顔が見る影もねぇぜ。ちっとは休め」

 部屋に入った瞬間から変わらずの軽妙な空気感でからからと笑ったダンシェリオンは、執務机に寄り掛かる。
 ファネルは顔を顰めた。いつもなら軽口に付き合うのも悪くないが、何せ今は仕事が立て込みに立て込んでいる。さっさと彼を追い返して次なる作業に取り掛かりたかった。

「用があるんだろう」
「わかるか」

 二言三言余計な口を叩かれる予想をしていたファネルだったが、それは見事に裏切られ、真面目な表情で視線を返された。
 一瞬意外に思ったが、兵団とて国防を担う存在である。しかもまとめなければならない人員は騎士団の数倍以上いるのだから、忙しくないはずがない。よって、用があるのならばさっさと済ませたいのは当たり前。少し白状すると用事などなく軽口だけ叩きにきているのかとすら思っていたが、庭園を挟んで遠く真向かいにある兵団の本部からわざわざ来た以上、そんなはずがあるわけもなかった。
 いかん、完全に頭がおかしくなっている。ファネルは睡眠の必要性を強く感じた。

「そういう顔だ」

 そんな煩悶をおくびにも出さず、尤もらしいことを言って次を促す。
 するとダンシェリオンは寄り掛かっていた執務机から体を離し、ファネルの正面へと回った。真面目な表情だ。

「聖人への出動要請が却下されたようだが、何故だ」

 ファネルはダンシェリオンを見つめた。
 確かに、二日前帰還した国境部への遠征隊を治癒してもらうために即日聖人への出動要請を上層部に提出したにもかかわらず、いまだにそれが為されていない。それは現在ファネルの頭を痛める要因の一部にもなっている。だが、そのことについては完全に騎士団の領分だ。兵団長であるダンシェリオンの管轄ではない。
 通常ならばお互い弁えて口は出さないことだった。だから、ファネルはダンシェリオンがそう尋ねる真意を知りたかった。

「……こっちに首突っ込んでる暇はあるのか?」
「お前らんとこにそういうことされると、うちの奴らが不安がるんだよ。ったく、こういうことするなら完全に隠せってんだ」

 この言葉で、ファネルはおおよそ話の流れを掴む。
 なるほど、考えてみれば当たり前の話だった。国防において何より優先される騎士団の聖人出動要請が却下されたとなれば、今後兵団でも同じことが起きるかもしれないと思うのが当然だ。兵団の人員たちは、もし自らが生死の淵を彷徨うこととなったとして、助かる手段があるのにそれを上の都合で却下されたならば、と思考したのだろう。
 この話を兵団の人間がどこで耳に挟んだのかは知らないが、ダンシェリオンまで届くに至ったせいで、面倒見のいいこの男が動かざるを得なくなった。そして、情報を得るのに一番手っ取り早いファネルのところに訪ねてきたのだ。

「何が知りたい」
「単純にちゃんとした理由。お教え頂けますかね?」

 白々しい口調のダンシェリオンに苦笑し、ファネルは口を開く。

「却下されたんじゃなく、俺が取り下げたんだがな」
「……は? なんでだ」
「端的に言うと、帰還した騎士がもれなく全員呪いつきだったからだ」

 淡々と言葉にしたファネルに、ダンシェリオンが目を剥く。
 呪いつき、もれなく全員。判明したのは、聖人への出動要請を上層部に提出してすぐ後だった。
 数名の言動がどう見てもおかしかったのだ。戦地から帰還した者が過ぎる高揚や恐怖をもってして精神に異常をきたすのはよくあることで、ファネルも最初はそれと見誤ったが、さすがに数が多すぎるうえ、その様子が今まで見てきたものとは違い過ぎた。訝しんで当たりをつけ、解呪師を呼んだところ、見事に当たりだったのだ。
 遠征隊を率いたランサード=エーデル副団長までもがそのような事態になり、ファネルはこうして殺人的な忙しさに晒されているのである。

「……それは、とんでもないな」
「錯乱して手の付けられない者も多い。……聖人殿は今や全国民のよすがだ。何かあったら困る」

 形容するに凄まじいと言うのが相応しいような、絶大な癒しの力を持つ彼の人を神聖国で擁立できたのは喜ばしいことこの上ない。滅多にない戦争に不安がる神聖国の国民たちにとってこれ以上ない安心を与える存在だ。だから万が一にもそれが失われたら。……考えたくもなかった。

「どうするんだ」

 ダンシェリオンが尋ね、ファネルは現状行った対処を答える。

「国中の解呪師を集めて治療にあたっている。呪いが鎮静化したらただちに聖人殿に出動して頂くよう、新しい要請書も提出済みだ。彼らが抜けた穴は……転生体様たちが、やる気満々で埋めに行ったよ」
「ははあ。で、俺はその忙しいとこを邪魔してしまいましたか」

 そうだな、とファネルが無感情に頷くと、ダンシェリオンは苦く笑った。

「まったく……今度奢れ」
「やだよかみさんに叱られる。耳が早過ぎて怖がる羽目になった兵士に適当に誤魔化して説明しとくから、それでなしにしろ」
「まあ、いいだろう」

 責めるのはポーズだ。ダンシェリオンへ説明したことで自らの現状理解が深くなったファネルは、煮詰まった頭を切り替えるいい機会だったと少しだけ気分を晴れさせていた。
 そうとなれば、続きだ。ダンシェリオンも長居する暇はなさそうであり、立ち去る気配を見せている。
 旧友を送ろうと立ち上がったファネルは、ダンシェリオンが入ってきた時に開け放っていた扉口に誰かの気配があることに気付き、同時にその気配の異様さに怖気を立てた。

「団長」

 異様な気配が口を開く。恐る恐る、とそのくらいの気分で扉口へ目をやったファネルは、オレンジ色の髪の、慣れ親しんだ部下の姿をそこに見た。
 神聖騎士団第三隊所属、ギル・ディアール=ロジェクスである。通常においては軽薄だが明るく気のいい存在で、上司にも物怖じしないためファネルやダンシェリオンもが一目置くような彼。だが今やそんな雰囲気はひとつもない。ターコイズブルーの瞳を虚ろに曇らせ、病衣と裸足のままでぐらぐらと頭を揺らしている。

「おーギル。お前は無事……じゃ、なさそうだな」

 一目見て不審を感じとったダンシェリオンが、警戒を強める。
 そんな扱いを受けても、ギルは何も気にならないようだった。目に入っていないのだろう。まともに物が見えている様子には、とても思えない。

「リビルトがいないんです」

 掠れて低い、抑揚のない声でギルが呟いた。ぼたり、と液体が落ちるような音もひとつふたつ。手当した傷が開いたのだろう、見ればギルの右肩口が赤に染まり、腕を伝って血が流れ落ちている。

「ギル、どうした」

 小さな声が聞き取れなかったファネルは、問い掛ける。それが届いたのか届いていないのか、ギルは先ほどと変わらない語調で語りだした。

「リビルトがいないんです、どうしよう。起きたらいなかった、怪我してるのに」
「リビルトが?」

 ファネルの記憶が確かであれば、リビルトとギルは本部南側にある療施棟に収容されているはずだ。療施棟には医師が常駐し、ある程度であれば病傷者への治療が可能である。
 本部北側にある団長執務室と療施棟はかなり離れているため、ファネルはギルがここにいた時点で相当驚いたのだが、リビルトがいないと聞いてさらに驚いた。

「あいつ俺を庇ったんです、女から庇って、あいつ思いっきり刺されて、倒れて。……血が」

 ギルがぽつぽつと語るように、リビルトの状態は良いとは言えない。あまり動かすのも危険であるからと、設備が整っている療施院に運ばずに本部療施棟に置いておいたくらいなのだ。

「動けるはずないから、誰かに連れてかれたんだ。団長、はやく見つけてやらないと」
「ギル、大丈夫だからお前は療施棟に戻れ。リビルトはすぐに探させる」

 どうあれ、ギルにはそう言うしかないだろう。どう見ても精神系の呪いに蝕まれている以上、徒に不安を煽るわけにもいかない。
 だがこの言葉も、ギルの精神を安定させるまでに至らなかったようだった。

「リビルト、どこにいるんだよ……」

 ふらりと、ギルが踵を返す。この調子では一人で療施棟に向かわせるわけにも、と同伴するために歩み寄ったファネルだったが、ふと何かに気付いたようにギルが立ち止まる。
 ゆっくりと振り返ったその表情は、悪鬼のように歪んでいた。

「団長、あんたが連れてったのか?」

 何をいきなり、と言う間もない。

「あんな怪我してるのに、まだ戦わせるのか」
「そんなわけがあるか。ギル、いい加減に」
「嘘だ」

 聞く耳を持たない様子のギルは、ファネルの言葉を途中で遮って頭を抱えた。感情を感じとれない声で何かをぼそぼそと言い連ねるが、声が小さすぎて聞こえない。
 異常だ。ファネルはギルが次にどういった行動に出るのかを推測する。これは、手のつけられないパターンになりそうだと、武力行使を考え始めたその時。

「ひどい。……ひどい、ひどい。リビルト、俺が守ってやる。俺が守ってやらなきゃ……リビルト」

 少し声が大きくなり、ぼそぼそと呟く内容が把握できた。その直後、凄みさえ感じられるような無表情で、ギルが地を蹴る。
 その手には短刀があった。

「死ね」

 やられるわけにはいかない。丸腰のファネルはとりあえず武器を封じるためギルの腕を取ろうとしたが、ギルの短刀がファネルに届くことはなかった。

「……っう、ぐ」
「はいはい、ちょっと大人しくなろうなー」

 いつの間にかギルの背後に回っていたダンシェリオンが、ギルの首に腕を回して頸動脈を締め上げる。絶妙な技術で気道を圧することなく落とされたギルは、ぐたりと体の力を失った。

「……これでいいか?」
「すまないダン。手間をかけた」
「今度奢れ」
「嫌だ奥さんに叱られる」

 軽口を叩き合いながら、ファネルはギルを受け取る。先ほどと立場を逆転したようなやり取りにお互いで少しだけ笑った後、ダンシェリオンが真面目な顔でファネルが担ぐギルの頭をぽんと叩いた。

「……精神系、しかも相当強力な呪いだな。あのギルがここまで……」
「ギルは大丈夫だと思っていたんだがな」

 弱った様子でファネルが零す。
 ギルは大人しかったから、精神系の呪いは受けていないと思っていたのだ。先ほどまでの様子を鑑みるにリビルトが傍にいることで安定してそう見えていただけだったようだが。
 精神系の呪いを受けた人員を隔離した療室はさながら地獄絵図なのだが、そこにギルも追加されることとなる。
 それにしても、懸念事項がひとつ増えてしまった。

「リビルトはどうしたっていうんだ?」

 ダンシェリオンが尋ねたことがそれだ。リビルトがいない、いなくなった、とギルは言った。

「……あの怪我で動けるはずがない」

 精神系の呪いの作用でギルが思い違いをしているのだろうと、そう考えたいファネルだったが、脱走したギルを追いかけてやってきた看護師により、リビルト失踪の報せを聞くこととなったのだった。
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