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Trans Trip! 作者:小紋
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12‐(2).歴史的○○って結構曖昧

 エナの悲鳴とパーシヴァルさんの大爆笑で驚いた私がぱちりと目を開くと、ちょうどソルが私の上から退くところだった。
 心なしか……いや完全に慌てている。あわあわしてるソルとか珍しい、可愛い! 手振りがもうおろおろしてて可愛い。いやしかし、そりゃ動揺するよね。男相手の強姦魔呼ばわりは不名誉すぎる。腐女子の台詞じゃないかもしれんけど、現実だし……ねえ?

「ちょっ、もう見損なった!! “心が手に入らないならせめて体だけでも”みたいな!? そんなキャッチフレーズが通用するのは夢見がちな女の子が読むお話の中だけだよ!!」

 すごい形相でずんずんと部屋に入ってきたエナが尻尾をびんと立てて激怒している。叫んでる内容はちょっと耳が痛い。そういうお話結構好きですごめんなさい。
 パーシヴァルさんは腹を抱えるのに忙しいらしく動けなくなっている。ソルはおろおろとするばかりだ。

「ち、ちがっ!? いや、違うのか!? あっ、ちょ、うわ痛いって、やめろ!」

 自分でも何を言っているのかわからないんだろうなあ、と思うようなソルの言葉の後に、殴打音がひとつふたつみっつ。その音は大変重い。
 エナはあの華奢な体からどうしてそんなパワーを出せるんだろう。と、若干の暢気さが生まれたがそれは頭の片隅だけのこと。残り全ての思考を占めるのは「まずい、これではエナが理不尽暴力系ヒロインになってしまう」という焦りだ。

「え、エナ、ちがう! 強姦、ちがう!」

 激しい打撃戦に圧倒されつつも誤解を解くために声を掛けたが、悲しいかな小心者故、思わず片言。どこの部族だ。

「ヤマト逃げて! 出来るだけ遠くに、この強姦魔のいないところに!!」

 案の定あんまり伝わらなかった。
 いやエナ、聞いてくれ! 確かに誤解を招くような状態であったかもしれないが、そのような性的なアレはなかった。そんなベタすぎる展開あってたまるか! ……そう思ってはみてもわなわなしちゃって全然言葉にならない。どうしよう。
 パーシヴァルさんはパーシヴァルさんでゲラゲラ笑ったまま床に這いつくばってるし。笑いすぎて息も絶え絶えの涙目じゃないか! 泣いてないでなんとかしてください!

 結果的に、エナVSソル(一方的不利)攻防戦という名の修羅場は、聖人様への挨拶のためにやってきた療施院の院長さんがドアをノックするまで続いた。





 修羅場強制終了からなんとかギルドハウスに帰宅し、私たちが聖人様業を行っていた間にエナとパーシヴァルさんの二人がしていた情報収集についての報告を、食堂で聞く運びとなった。
 戦争が始まってから戦傷者ばかりが集まるようになった療施院は、戦場の情報が集まりやすい場所となっている。ヴィーフニルの目撃情報なんかを集めたい私たちにとっては、呼ばれてただ聖人様業をこなすだけでは勿体なさ過ぎるわけだ。よって療施院に赴く時は、私と護衛の誰かが聖人様業にあたり、他の二人は情報収集っていうのがお決まりのパターンだった。
 だからギルドハウスに帰ってからの報告もお決まりのパターンのうち。
 イレギュラーは、今現在の二人の態度だけだ。斜向かいのエナから隣のソルへの視線は仇敵を見るかのような険しいものから元に戻らない。そして真向かいのパーシヴァルさんはいまだに笑いの波が治まらないのか、ときたま咽てる。

「んで、ガキについての目ぼしい情報は無し。部屋に帰ったらお前らがくんずほぐれつでエナが叫んブフォッ」

 最後まで言いきれずに盛大に噴き出したパーシヴァルさんが、つやつやの大理石テーブルに突っ伏した。
 小刻みに震えるその仕草を見て、ソルが口を開く。

「いい加減にしろって、パース。エナももう睨むなよ……」
「ソルが声を大にして『誤解だ!』って主張できるようなら、エナも睨むのを止めることが出来る」
「……ウン、ソウダヨネ」
「……だから駄目なんだよぅこの強姦魔!!」

 思わず立ち上がって叫んだエナの目つきがよりいっそう鋭くなってしまった。
 っていうかなんでさっきからソルは絶対に誤解を主張しないんだろうか? 修羅場中も違うって言ったみた後、自分で疑問の声を上げてたし。ノリツッコミかよ。
 もしかしたら、ソルって結構正直者だし、心の中にやましいことがあったりするんだろうか。性的な目で見られていたりする? ……まさかね。なんか他の要因でもあるんだろうよくわかんないけど。イケメンよくわからん。若干思考停止気味でも、異生物の理解とか無理。
 まあ万が一そうだったとして、だ。この美青年相手ならしょうがないとは思うんだけど、ソルをそっちの道に引きずり込むのは申し訳ない。いくらおいしくても、所詮中身は私だし。
 万が一のことを考えて、下手に気を持たせないようにするべきかな。でも、フラストレーション溜まってるソルには優しくしなきゃならないし、避けて嫌われたら元も子もないし。……どうすんべ……。いやソルがホモと決まったわけでもないのに悩んでもな……。うーん。

「はぁー……アホくせぇ……」

 私が悩み出したら、発作が治まったらしいパーシヴァルさんが心底冷めきった口調で呟いた。賢者タイムですね。箸が転がってもおかしい状態からの賢者タイムは、空しさも一入である。

「もうお前らが乳繰り合おうがどうでもいいわ……。とりあえず今後の対策」

 賢者タイムなのはすごくよくわかるんだけど、さっきまで大笑いしていた貴方がそれを言うとすごい理不尽さを感じる。
 こっそり斜向かいと隣を窺ったら、まあ私の心情と同じような顔をしていた。二人とも。
 だけどパーシヴァルさんは顧みない。そういう媚びないところ嫌いじゃありません。そして私たちもパーシヴァルさんには逆らえず、修羅場の話は流されることとなった。
 さっさと話を進めるべく、彼は懐からメモ書きのようなものを取り出す。

「先週あたりから、どこ行っても騎士団の話題ばっかだ。おいエナ、新聞取れ」
「はーい……」

 指示を受けたエナが席を立ってブックスタンドへと向かった。一週間分くらいは新聞を保存してあるので、それが目的だ。リグの報道ギルドにより日に一度、朝刊のみが刷られる日刊リグ……通称“日リ”は、政治やら経済やら大衆娯楽やらの情報をだいたい網羅している。
 ブックスタンドに立てかけてある新聞をひょいひょいと集めたエナは、席に戻るとパーシヴァルさんに新聞束を手渡した。
 ばさばさと乱雑な動作でそれを捲ったパーシヴァルさんが、ちょうど一週間前の日の新聞の一面を指差す。

「神聖騎士団大隊国境部遠征、これだな」
「……これが、どーしたわけ?」
「今日帰って来たらしい。もう結構騒ぎになってて……明日の朝刊でもっと広がるだろう」

 ソルの問いかけに、意味深な答えが返った。
 嫌な予感がして向かい側の二人を見つめると、エナは眉間に皺を寄せ、苦々しさが滲んだ真顔でパーシヴァルさんが口を開く。

「歴史的大敗。大隊が半壊で死者行方不明者多数、だってよ」
「えっ……」
「ま、そもそも騎士団がデカイ戦をすることが最近じゃ珍しかったから、多少大げさになってはいるんだろうがな。だが騒がなきゃいけない程度の話だっつーことは確かだ」

 神聖騎士団が、そんなことになっていたなんて。
 騎士団の人たちの身が案じられる中、私はどうしても知ってる人達の安否の方が気になってしまった。

「あ、の。リビルトさんと、ギルさんとかは……」
「……そもそも遠征に参加してるかすらわからねぇから、なんとも言えねえ」
「そう、ですよね……」

 参加、してないといいな。なんて思ってしまう。思ってしまうだけで口には出さない。自分の知っている人ばかりが助かってほしいなんて、あんまりにも身勝手過ぎる。

「そこまで派手に負けたっつーことは、何かしらの特殊な事例がある可能性が高い。……それがヴィーフニルである可能性も捨てきれねぇ。考えたくはないが」
「……」
「だから、神聖騎士団の国境部遠征の話題は気にしとけ。そんだけ」

 そう言葉を締めたパーシヴァルさんは、溜息をついて姿勢を崩した。やれやれといった様子で、少しだけ椅子からずり落ちた座り方をしている。
 しばしの沈黙。
 やっぱり、駄目だ。暗い話題が入るとどうしても……そればかりに意識が行ってしまう。
 今は暗くなってもどうしようもない。一人で動きようはないし、騎士団の人たちの無事を祈って、要請があれば癒しにいって、それしかできないんだから……頭を支配されないよう、話題を変えよう。
 頭を小さく振って、私はパーシヴァルさんとエナに向き直った。

「情報収集、お疲れさまでした」
「ああ」

 ……あ、話題変えようにも話題なかった。終わった。コミュ障はこれだから。
 再び沈黙が落ちかけたその時、パーシヴァルさんがもう一度溜息をついて喋り出す。

「……しっかし、骨だな」
「何がですか?」
「情報収集だ。こういう不特定多数から集めなきゃならない場合は、人海戦術が使えないとどうにもならねえ」

 喜々として食らいついた私に、パーシヴァルさんは天を仰いで答えた。
 確かに、二人で聞き込みをするには無理があるんだろう。人数が少ないがゆえに逃している情報とかもありそうだ。
 そこでふと、私は気付いた。

「あ、だったら砦の時みたいに俺がニルを探してるっていう噂を流せば……」
「あれはあの場面だから使えた方法だ」
「……そう、なんです?」
「一時の熱病みたいな聖人様降臨の噂に掻き消されて、今はもう残ってないだろう? 少し落ち着いた今だとリスクが大きい。『聖人様が探している青い髪の少年』の噂がいつまでも残ることになるからな。……残るだけならまだしも詮索されたらたまらねえし……実は扱いづらい情報なのも悪いな」

 そうなのか、と頷いてみて、そういえばリグに帰ってからの情報収集は「青い髪の子どもを見かけなかったか?」なんて直接的な言葉を使っていないことに気づく。ストレートに聞いちゃえばいいのに、と思いつつスルーしていたのだが、なるほどそういう理由があったのか、と今更納得した。
 私がほほー、とアホっぽく口を開けていると、ソルが何かに気付いたようにパーシヴァルさんに向き直る。

「そうだ、キルケとレイは? あいつらスペシャリストでしょ」
「あれからさらに諜報部の仕事が増えて、こっちに構ってられないレベルで忙殺されてる」
「ですよねー。過労死しない?」
「まあ激務に慣れてるから平気だろ。……と、いうわけで諜報部には頼れねえ。勿論兄貴の子飼いにもな」

 エナが頬杖をついて小さく息を吐いた。

「だんちょーもかなり忙しいしねえ。あーあ、エナたちもイクサーみたいに部下がいっぱいいたらよかったのに」
「こういう時はそうだが、普段はめんどくせえだろ」

 部下がいる限り仕事を与えたりしなきゃいけないわけだし……取らなきゃいけない責任も増えるし。イクサーがあれだけ大変な思いをしてギルマスをやっているわけだから、安易に部下が欲しいとかは言うなってことを言いたいんだろう、パーシヴァルさんは。
 エナも言葉の意図を正しく受け取ったようで、苦笑してみせた。

「……確かに。あ、ソルの舎弟はー? この前街でばったり会ったら、『兄貴元気ですか兄貴怪我してないですか兄貴全然構ってくれないんです兄貴兄貴兄貴ー!!』って感じだったし一声かければ喜んで働くんじゃないの」
「……クレフ?」
「とハルシアとワルカとダフネとコーライ」
「……うぜぇー……」
「ひどい奴ぅ!」

 エナの笑い声が響く。
 一方私は、突然降って湧いた舎弟×ソルまたはソル×舎弟のフラグにわくわくしてしまっていた。何だソルそんなおいしい人たちいたんならさっさと教えてくださいよ。どんな子たちなんだろう、見たいな! 年下系の可愛い子かな、いや屈強系でもいいな……。





 そんな感じの駄弁りは夕食まで続き、今日というこの日は平和なまま終わった。
 明日以降が凄まじく大変なことになるとは、この時点ではまったく気付いていないのだった。
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