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Trans Trip! 作者:小紋
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12‐(1).習うより慣れろ

 鬼、化け物、妖魔。
 物心ついた時から様々な言葉で罵られ、律儀にも毎回傷ついている俺は愚鈍なんだろう。
 耳を塞げばいい、目を背ければいい、心に蓋をして、俺はお前たちとは違うんだと振り切って、冷めた感情をもって下に数えればいいんだと思いはする。
 だけど、出来ない。

「忌子、呪われし子! 貴様らが俺の夜見を、妹を殺した! 何故貴様らは生きていて夜見はいない!!」

 今も、いつもと同じ怨嗟を叫びながら血走った眼で俺を殴り飛ばした伯父上を、尻もちをついたまま阿呆みたいに見上げるばかりで。さっさと立ち上がってこんな場所には永遠に戻ってこないことだって出来るはずなのに。
 それをしないのは……一人になってしまうからだ。
 きっと俺は寂しくて、一人でいられない。
 忌避、憎悪、そんな歪んだ縁でしか他者と繋がれないんだとしても、必死でその糸を手繰り寄せて絶対に離さないように手に括りつけている。
 きっとこの糸はそのうち俺の手を粉々に砕いて、千切り落とす。でも、それでも。





◇ ◇ ◇





(そういやあの夢って、多分“彼”の記憶なんだろうな……)

 あそこまで激烈に鬱な人生送ってきたら、相当に性格が歪みそうだなあとか。そんなことをふと思った。

 日も暮れかけた頃、アスタリア神聖国首都の北側に在する小さな療施院の病室。今しがた訪れたこの部屋のベッドにいる男の人を視界に入れた瞬間、私は唐突に今朝方見た夢を思い出していた。それは、起きた瞬間に泣いてたくらいのキツイ夢だった。
 夢の中の視点者は私ではなく、周囲から迫害といってもいいほどの態度を取られていた。多分あれは私の中から声を掛けて助けてくれた“彼”だろう。多分って言うけど、確信に近い。なんか呪われた時も似たような夢見た気がするし。いつもなら「はいはい厨二病厨二病」で済ませるんだけど、今回はそんな気がしないし。

 なんで男の人を見てそれを思い出したかというと、男の人の状態が記憶バンクにあった映像に繋がっただけなのだ。主にその姿が。
 中年にさしかかるくらいのくすんだ金髪の男の人の左腕は、手首から先が存在していない。既に処置は済んでいるようだが、傷口を露出して見せられると痛々しいことこの上ない。
 悪い縁を糸に見立てて手を千切り落とされると表現していた夢の中の“彼”は、こんなグロ画像を想像していたんだろうか? 私はあんまり想像したくないぞ。
 現在進行形で目に入れてるのも痛々しいので、さっさと治すことにする。

「おおお……っ」

 数秒の間に元の姿を取り戻した自らの左腕に、男の人が歓声を上げた。
 それに紛れて、私も満足の息を吐く。精度もかかった秒数も完璧だ。“レボカタス砦の奇跡”なんて大層な名前がついてしまった怪我人治しまくり大作戦から帰還してから一月程経つが、それからこっちの私の仕事は療施院を訪れては戦傷者に治癒を施すというものばかりで、そうなってくると嫌でもうまくなるんだ。無駄なタイムアタックを勝手にし始めるくらいには。

 魔力操作。それが、最近乱用しまくってるこの癒しの魔法のキモである。最初はわけもわからず使っていたが、あまりにも使いすぎて流石に理屈が理解でき始めてきた。とはいっても、怪我人の体内にある魔力に直接アクセスして「こうしてね」って指示を与えてあげているってだけのものなんだけど。それで治っちゃうんだから、人体って不思議だ。
 まあそんな風に端的に言い表せてしまうくらい、あまりにも簡単なものなのである。この理屈をパーシヴァルさんとかジェーニアさんに説明してみたら、半分は納得、半分は馬鹿じゃねーのって思ってる感じの顔をされ「理解はできるんだけど、マジでそれをやってしまうのがキモい」みたいなことを言われた。失礼な。
 現代では魔法の形態が確立されて難しかったり複雑だったりなことをするようになってるのだが、すっごく昔は魔力を直接操作して様々な効果を出す魔法しか存在してなかったらしい。ただこの魔力直接操作、凄まじく燃費が悪いのだそうだ。『炎弾ファイアバレット』と同じことをやるにしても、数倍から数十倍の魔力が必要だという。それでは何もできんということで、効率を追い求めたのが現代の魔法。だから私のやっていることは、まさに時代への反逆行為。
 そしてジェーニアさん曰く、今の私の魔力量ってフル状態で暴走を起こすと場合によっては山一つ二つ軽くふっ飛ばすくらいのものになってるらしい。絶対暴走させないでくださいね、と珍しく真面目な顔で言われてしまった。

(怖い、怖すぎるけど……絶大すぎる力を持った時代への反逆児って、ちょっとかっこよくないかな!?)

 思考回路が厨二になりかけたが、目の前の男の人が慌ててベッドから降りたのを見て我に返った。間髪入れずに土下座をされる。

「聖人様、貴方様の為される奇跡を少しでも疑った愚かな私をお許しください……!!」

 完全号泣状態で土下座されるのって、人生に一度あるかないかの経験だと思う。普通なら。だけど私はもう両手両足の指じゃ足りないくらい経験したので、対処も完璧だ!

「貴方の正直な言葉はむしろ褒められるべきもので、そのように這いつくばる必要はありませんよ。戦時ですが、出来ることならば自らを大切になさってくださいね」

 マニュアル台詞そして引き攣り笑い! ……うん駄目なんだ、何回やってもどうしてもにっこりと微笑めない。難しい。コミュ障でごめんなさい。だがそこはマントルより分厚い聖人様フィルターの出番だ。私の引き攣り笑いもなんのその、である。
 男の人は額を地面につけんばかりに低くして、感涙したまま雄叫びを上げた。悲鳴のようにお礼を言われてもどうしたらいいかわからないんです。でもそれを顔に出しちゃいけないから引き攣り笑いのままいなきゃいけないのは、若干つらかったりもした。





 しばらく泣いてやっと落ちつきを取り戻した男の人に一言二言の言葉を掛けてから病室を退室し、割り当てられた客室に戻る。
 小さな療施院の客室だけあって清潔感はあるものの華美さはない。
 ここに戻ってどっと疲れがきたように感じる。その衝動のままソファに座りこんだ私は、表情を崩してふうと溜息を吐いた。

「今日の分、やっと終わり……」
「お疲れ」

 すぐに返ってきた労いに顔を上げる。隣に座っているのはソルだ。
 彼は私が癒しを施す時はずっと、“聖人様の護衛”としてついてくれている。「聖人様の護衛にふさわしい格好してなきゃね」なんて言っていつものラフさがないかっちりした服装をしているソルはすげーかっこいいのだが、それはまた別の話。
 ちなみに私の格好は国から送られてきた指定の聖人様衣装です。療施院へ出向いて治癒を施すっていうのがそもそも国からの依頼で、衣装指定なのだ。レボカタス砦からの凱旋時の衣装と比べたら地味なものの、聖なる人っぽい真っ白なローブがコスプレっぽくて若干恥ずかしい。

「ソルもお疲れ様。今日もありがとう」
「なんでお礼なんか」

 苦笑される。そうはいっても、私の仕事に付き合ってもらってるわけだし。衣装まで気を使って。
 ソルの手が伸びてきて、私の頬をするりと撫でた。くすぐったくて少しだけ目を細める。最近よく顔を触られるが、ソルのマイブームだろうか?
 以前なら顔への接触は二回に一回くらい避けていたのだが、最近は甘んじて受けていた。
 エナ曰くの、ソルへのガス抜きのためだ。
 同盟の話が進んでイクサーが私たちのギルドハウスを訪れることも多くなる中、ソルのフラストレーションがヤバい気がして出来るだけ傍にいるようにしている。嫌われるのは、やだし。だからってイクサーを避けるとかそういうことは出来なくて、ソルが形容しがたい目つきでこっちを見ていることも多いのだが。

「あ、ちょ、ソル、み、耳は駄目」

 と、気付いたらソルの手が私の耳にまで届いていた。慌てて制止する。耳は駄目だ。耳は。

「えーなんで? ヤマト、俺の耳触るじゃん」
「だって、ソルの耳はふわふわで可愛いから……あ、ちょ、やめ、くすぐった、あっ」

 なんだか理不尽なことを言ってる気がする、と自分で思いながらも言い訳してみたら、変な意図を感じざるをえない手つきですっと耳を辿られ、思わず声が上ずった。

「……へぇ」

 い、今の「へぇ」はとてつもなく嫌な感じなんですが……。

「くすぐったがり?」
「そう、そう、そうだから。耳はやめて」
「……わかった。耳はやめる」

 それを聞いて、私は安堵したものの。次なるソルの行動は、それ以上のピンチを私にもたらすものとなる。

「そのかわり、くすぐるね」
「え」

 まともに物を考えられたのは、そこまでだった。

「う、うわぁあああっ! や、やめっ! ひ、ぃ、あ、やああっ!」
「ここかっ!」
「あ、はっ、い、いやだってぇ! だめだめだめっ」
「……に、逃げても、無駄だから!」
「やっ! やめっ! ちょ、まっ、てってぇ! ほんとにら、だめっ! あっ、あっ!」
「…………ここ、そんなに弱いんだ」
「ひぅっ! や、やらぁ! そ、こ、さわんないれぇ! いやらぁ!」
「………………」

 私の腕のガードを掻い潜ったソルの手が、脇の下やら脇腹やら首筋やら背中やらをくすぐりまくる。
 大騒ぎをしてなんとかやめてもらおうとするものの段々と呂律が回らなくなってきて、呼吸も苦しくてたまらない。
 攻撃の手は緩まず、酸欠気味の頭で私がぐったりし始めた頃、やっとのことで攻撃がやんだ。

「はー……はー……、ぅ、ぅっ……」

 小さく呻きながら呼吸を整える。動悸が激しい。完全なる涙目で、視界が狭まっているうえに滲んでいる。煩わしくてぎゅっと目を瞑ったら、ぼろりと涙が零れた。
 ぎしりと、ソファが音を立てる。ソルが動いたようで、私に覆いかぶさる気配が。まさか、まだやる気かソル。相手は泣いているんだぞ。誰か助けてくれ……。
 身構えることも出来ず無慈悲な攻撃を待つ。しかし、いつまでたってもくすぐりはこない。

「ヤマト」

 名前を呼ばれた。深刻な声色だ。でも正直そっちに構っている暇はなく、なんで私が攻撃されたのにソルが深刻になっているの……と怒りを感じた。
 沈黙が落ちる。いい加減おかしいと目を開けようとしたその時、ノックも無しにがちゃりとドアが開く音。入ってくる足音は二人分。

「たっだいまー。今日も全然情報な……強姦魔!!!!!!!!」

 元気の良いエナのただいまの挨拶は途中で悲鳴になり、直後にパーシヴァルさんのものすごい爆笑が響いた。
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