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Trans Trip! 作者:小紋
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11‐(10).騙し騙され

 私の心と尻に致命傷を刻み込んだ悪夢の公開スパンキングから三日が経つ。
 情けないやら恥ずかしいやら痛いやら怖いやら「らめぇ」だの「ひぎぃ」だの口から自然と出そうになる(後者はもしかしたら言ってたかもしれない)自分にテンションが上がるやらで大変だったが、Mに開眼しなくて良かった。尻の痛みに悶絶するだけで済んで本当に良かった。やっぱり性癖っていうものは生来の素質から来るものであるようだ。実に幸いなことに私にはそれがなかった。……まあスパンキングの話題はこれくらいにしておこう。

 三日前最絶頂に見えたレボカタス砦の聖人様フィーバーだが、その勢いはいまだ衰えていない。
 気軽に外を歩こうものなら熱狂的に拝まれてしまうものだから、怪我人が出た時以外はそうそう外に出ることが出来なかったりする。それについては若干困っているけど、活気が戻って嬉しい限りだ。私たちが砦に来たばかりの頃の陰鬱な面影はほぼない。
 士気というものは闘う上で最重要らしく、不死者アンデッドの襲撃も軽く退けている現状。そして今日の夜には増援もたっぷり来るらしい。そうなってくるともうなんかこう、スーパーハイテンションじゃ済まない。ハイパーハイテンション。
 まあでもこの砦の本来の雰囲気がこうなのだろう。それを知ることが出来たことを嬉しく思う。若干皆テンション上がりすぎな気はするが。

 しかしこう私たちが動きにくい状況だとニルに関する情報集めが困難になる……かと思いきや、そうでもなかった。むしろ難易度はがくりと下がったと言える。
 パーシヴァルさんがある話をそこらへんにぽろっと零しただけで一発だった。「聖人様はこの砦に青い髪の子供を探しにやってきた」と。翌日には、砦中の目撃談が集まった。
 拝むくらいだから、皆一生懸命話をかき集めてくれたんだろうな……と思うと申し訳なくなる。皆が想像しているだろう清廉な素晴らしい聖人様なんてどこにもいないから、騙している気分だ。情けない似非聖人ですみません。
 だからって沈んでばかりいるわけにはいかないので罪悪感はそこそこに抑えているわけだが。
 今は集まった話をまとめ中だ。ここ、聖人様御一行用といって割り当てられたちょっと広めの部屋にいるメンバーは私、ソル、エナ、パーシヴァルさん、イクサーの五人。イクサーはあの日から本当に付きっきりでいてくれて、カヴァリエの皆様に申し訳ないやらソルとの絡みが増えるから美味しいやら。
 今も位置どりは真向かいなくせに意地でも視線を合わせようとしない二人に滾……おっといかん、思考が別方向に。
 かなり真面目な話し合い中なんだから、集中しなきゃ。

「目撃箇所は魔方陣の傍が圧倒的多数。あの魔方陣はヴィーフニルを守るためのもんだったようだな」
「そこまでするならなんでわざわざ戦場に出すの?」
「意図は掴めねえ。戦闘にはろくに参加せずにいたっつーのも謎。魔国はあいつに何をやらせたいんだ?」

 パーシヴァルさんが顔を顰めて悩む。
 私は集まってくる話を聞くにつけ、ニルが戦闘にろくに参加せずにいたというところで大変安堵していたのだが、確かに意図が掴めないというのは悩み所だ。
 しかも目撃談はちょうど私たちが砦に到着したあたりから途絶えている。それまでの目撃数からして、もうここにはいないと考えた方が自然な気がする。

「今はいないんですよね……」
「ああ。一旦撤退したならまた戻ってくるというのも想像しづれぇ。……そろそろ見切りをつけてリグに帰るのが妥当だと思うぞ。ちょうど今日、増援と一緒に神聖国からの迎えの使者が来ることだしな」

 言う通りに、これ以上ここで時間を使うのはよくない。だけど、うん、帰るのはいいんだけど……さ。

「使者……うう」

 自然と口から呻きが漏れる。パーシヴァルさんが片眉を上げてこっちを窺った。

「なんだ、嫌なのか?」
「大それたことすぎて、お腹痛いです」

 使者さんたちの目的が、聖人様を大々的に凱旋させるためっていうのが。それが私っていうのが。とんでもなく嫌過ぎて死ぬ。
 小心ゆえのストレスのせいだろうがすっごいお腹痛い。キリキリする。なんで私が聖人様なんだろう。わけがわからない。回復できるってだけだから、ちょっとそっとしておいてほしいんだけど。
 お腹を押さえて青くなった私を見て、パーシヴァルさんが溜息をついた。

「お前、ほんと神経細ぇな」
「ヤマトは繊細なんだよ」

 ソルがなんだかフォローしてくれた。だけどそんな素敵なもんじゃないんです。繊細って、あれでしょ。デリケートってことでしょ。もっと儚げで綺麗で可愛くてか弱そうな人に使う言葉だ。あ、弱そうってあたりではぎりぎり掠ってるかもしれないけど。

「小心者なだけだよ。ああ、ほんと分不相応すぎてやだ……」
「君が聖人であるという事実がか? 俺はそうは思わないが」
「……ぅ、え」

 鬱を言葉にしたら投げ返されたイクサーの否定に対する決まり悪さが半端じゃない。なんかこう、なんなんだろう。率直過ぎるのが恥ずかしいのもあるんだが、イクサーは多分、本当に勘違いしている。だって私、腐れ女ですよ? 属性的に聖なる位置とは正反対の方だ。正直生きながらにして不死者アンデッドに最も近い存在だと思う。

「……イクサー、なんか俺のこと勘違いしてるって」
「そうだろうか」

 ぼそりと反論しておいた。イクサーは私の言葉に納得できなかったようで、渋面を作っている。
 そこから会話が途絶えそうになって焦ったが、私が誤魔化しのつなぎを考えつく前にソルが腕を汲んで鼻を鳴らした。あ、ヤバい、ソルの表情が。
 予期し易過ぎる嵐の前触れに身構えたのも束の間、口撃が飛んだ。

「そーそー。ヤマトのことよく知りもしないで口挟むなって」
「……確かに俺は彼のことをよく知らないかもしれないが、貴様のように押し付けがましくしたりはしない」
「あ゛? 誰が、いつ、押し付けたっつーんだよ……」
「常にだ。ヤマト、この男といると疲れるだろう」
「えあ」
「鉄面皮デリカシーなし野郎には負けますわー。ね、ヤマト? こいつ伊達にぼっち人生送ってないから」
「うえ」
「ヤマトが困っている。やめろ」
「あぁ? てめぇが先に話振ったじゃねーか」
「どこかの猿真似男が便乗してくるとは思わなくてな」
「……この孤独人間」
「万年発情虎」
「遅漏」
「貴様は早漏だろう」
「あんだとテメェ俺の持久力知らねぇで!」
「貴様に対する女性からの罵詈雑言に概ね混入している」

 突然話を振られてぽかんとしていたらあっという間に二人の世界という名前の喧嘩が始まった。……うん、いいカップルだわ。そして今回売り言葉を発したのはソル、と。この二人、半々くらいずつでお互い喧嘩売ってるんだ。ほんとに仲良い。それにしても遅漏と早漏か……相性的にはどうなんだろう。っていうかソル早いのね……可愛すぎる。
 ほっこりしていたら、エナが近寄ってきて私の肩をちょいちょいとつついた。

「ね、ね、ヤマト」
「ん、何エナ?」
「気をつけた方がいーかも」
「え?」

 突然警告を受け、私は間抜けた声を出した。何なのだろう。
 エナの方を窺うと、彼女は苦笑している。

「ソルのフラストレーションがね、ヤバいの」
「あー」

 パーシヴァルさんが確かに、という感じで相槌をうつ。フラストレーションって……ストレス? イクサーがいるから喧嘩していてストレス溜まるのかな、っていうのはあるけど。なんでそれを私に? ……もしかして。

「えっ、俺何かした?!」
「んーん、そういうわけじゃないの。ヤマトに関することなのは間違いないんだけどね。……最近イクサーが一緒だし、ヤマトはイクサーと仲良くなったでしょ? いつの間にかタメ口呼び捨て」

 うん、と頷く。確かにイクサーと私は仲良くなった。会話は問題なく進むし、貴重な笑顔を見せてもらえることも多い。

「それがじわじわ来てるみたいなの。もうね、ここ二日ぐらいだとヤマトがイクサーと楽しそうにしてたりするだけで機嫌が最悪になってる」

 すっごい怖いの、とエナがうんざりした顔をした。
 機嫌が最悪になる、って。……一瞬心が腐った(イクサーと仲良くする私に嫉妬? みたいな)が、問題だ。現実にやおいなんてそうそうありえないから、十中八九友達が嫌いな奴と仲良くしている状況が気に食わないんだろう。そしてエナが私に警告してくる、ということは……嫌いな奴と仲良くする私=嫌いになりかけてる? え、やだ。
 あまりのことに呆然として、お腹の底がひゅっとなる。

「そんなの……知らなかった……」
「ヤマトには見せないようにしてたんだよぉ、ソル自身もね。……でもさ、余裕なくなってきてるみたい。多分そろそろ爆発するかも」
「……そ、そうなったら、どうなる、の」

 爆発、って。エナは眉間に皺を寄せて唸る。

「わっかんないなー。こんなことになってるソル初めて見るし。パースの予想的には?」
「多分、食らいつくな」
「えっ」
「あー、あるね。骨までしゃぶられそう」
「何それこわい」

 え、どういうこと? 食らいつくとか骨までしゃぶるとか、そのままの意味で? ……い、いや多分暗喩だろう。食ってかかる、とか、罵られる、とか、殴られる、とかそういうのを要約したに違いない。……そっちも嫌だ!
 おろおろしだした私に、エナが宥めるように声を掛けた。

「とりあえず、ガス抜きしてあげた方がいいよ。自分の身を守るためにも」
「……う、うん! 何すればいいの?」
「ちょっと意識して傍にいって優しくしてあげれば……いいんだよね?」
「そうだな。ソルを優先したい場合にはそれでいい」
「……ソルを優先したい場合には?」

 他の場合があるというのだろうか。

「イクサーを優先したいんだったら、ソルには一切触れずにイクサーを頼って頼って頼りまくれ。恐らくソルは爆発するが、イクサーが守ってくれる。ただしこの場合、イクサーがいないところでは常に凌辱の恐怖と闘うことになるな」

 何この、攻略指南。

「い、いやBLエロゲじゃないんですから」
「ビーエルエロゲってなんだ」
「なんでもないです……。っていうか、さっきの食らいつく、っていうのも凌辱的な意味なんです……?」
「ああ」
「……それはないと、思うんですけど」

 ない。うん。ほんと、ないと思う。だってソルはそんな人じゃない。ねちねち尊厳を傷つけて甚振ろうとはしないと思う。

「例え嫌いになったとしても、そういうひどい嫌がらせ的なことに繋げるような人じゃないと思います、ソルは」
「……ずれてるな」
「うん、ずれてる」
「ず、ずれてるってなんですか!?」

 二人共に溜息をつかれ、私は狼狽した。何か的外れなことを言ったのだろうか?
 一生懸命見つめたが、もう一度溜息をつかれる。答えは教えてもらえないようだった。

「まーいいんだけどな……で、お前はどうすんだ?」

 苦笑したパーシヴァルさんに今後のことを聞かれる。

「どうすんだ、って。……とりあえず、嫌われたくないのでフォロー入れます」
「うん、そうしてほしいな。エナもあいつ宥めるのいい加減大変で……」

 エナが疲れたように笑った。宥めてくれる人がいたから、今まで私が気付かないでいられたんだ。実に申し訳ない。

「ごめんねエナ」
「ヤマトが悪いんじゃないんだから謝ることないよぉ。ソルがもうちょっと大人になるか度胸つけて行動するかすればいいだけの話ー」

 なんだそれ、と思った。しかし疑問の言葉は発する前に遮られる。

 室内にノックの音が響いた。
 パーシヴァルさんが返事をすると、書類を片手に持った騎士様が入ってくる。ちらりと横目で見てみたが、ソルとイクサーは喧嘩に夢中で来訪者にすら気付かない。そして騎士様も喧嘩に眉ひとつ動かさない。うーん、プロいな。
 騎士様は深々とおじぎをした後、パーシヴァルさんに真っ直ぐ歩み寄った。

「パーシヴァル様、少々よろしいでしょうか」
「ああ、大丈夫だ。どうした」
「増援部隊と共に移動中の使者団が本日の夜には到着することとなっておりますが、お帰りは明日でよろしいでしょうか?」
「問題ない」
「はい、ありがとうございます。聖人様は聖別された馬車に御一人で乗車していただくことになるのですが、他の方々はどうされますか?」
「俺は馬で横につく。……エナ、お前とソルは馬に乗れたっけか?」
「乗れるよぉ。軍馬でも大丈夫」
「では、馬を手配させていただきます」
「ああ、頼む」

 流れるようにやりとりが終わった。
 騎士様が去っていったのを見送ったあと、それについて言及してみる。

「……みんな乗馬できるんですね。かっこいい」
「意外と簡単だよぉ。今度教えてあげる」
「ありが……ん?」

 内容を反芻しながらだったので、エナとの会話の途中でちょっと引っかかることが生まれた。
 中途半端に言葉を切った私を、パーシヴァルさんが怪訝そうに見る。

「どうした」
「……あの、俺、一人で馬車乗るって……」
「そうだな」
「……手は繋がなくても?」

 パーシヴァルさんたちは馬車の横に馬でつくと言っていたし、それでは手を繋げないだろう。
 今まで、よほど不便がある時以外、ずーっと、果ては寝る時まで繋いでいたのにいいんだろうか?
 自分としては至極当然の疑問だった。だがエナが変な顔をした。……何故?

「パースまだ言ってなかったの」
「ああ。気づくまではと思ってな」
「根性悪ー……」
「え、何、何ですか」

 パーシヴァルさんが嫌な笑みを浮かべる。あ、なんか、嫌な予感が。

「実はなヤマトちゃん。常に手を繋いでいなければならないっていうの、冗談なんだ」
「え」

 衝撃のネタばらしに頭が真っ白になった。え、それって、え。

「魔人が近づいてきたら流石に気付く。その時だけ掴めばいい。だからすぐに接触できる距離内にいる必要はあるがな」
「ちょ、ま」
「ヤマトちゃんが半端な覚悟でついてきたら困るから言ってみただけだったんだが、予想外に面白くて」

 ……なんということだろうか。ここ数日の恐怖体験は、やはり、面白さ先行の……。私はパーシヴァルさんにおもちゃにされていたんだ。
 愕然とした頭のまま、エナに尋ねる。

「……え、エナ、知ってたの」
「うん」
「何で言ってくれなかったの」
「だってパースが黙ってろって言うからぁ」

 黙ってろって、言われて、黙ってるんですか!?

「お前はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいぞ」

 なんかもう私、捻くれそう。
 あまりの衝撃に涙目になっている私の後ろで、ソルとイクサーの喧嘩がヒートアップしているのだった。
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