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Trans Trip! 作者:小紋
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幕間2 11‐(9.5).恋は盲目

 イクサーは思い返す。
 最初に見た時、その美しさに目が行きはしたが、ソーリスの新しい女だと思ってあまり気にとめなかった。
 次に会った時、声で男だとわかって驚くと共に、心の中で下衆な勘繰りをした自分を責めて相手に謝罪した。
 少し交流をして、どうやら殊勝な人物であるらしいと悟って、好意的に見るようになった。友人になれたらいいと、期待混じりに話しかけるようにもなった。
 そして命がけでカヴァリエのギルド員を救った彼を見た時、その行いが自分の中の深いところにいる“ある人物”に重なった。

 ヤマトは穏やかで優しい。他者の評価を気にし、それゆえか周囲に対してあまりにも献身的。時には自らの身を顧みず、途方もない危険の前に飛び出して行ってしまう。
 そんなところが、よく知る人物にそっくりだったのだ。
 彼女は大変美しかった。そして佳人薄命というべきか、か弱く頼りなげだった。それなのに他者への献身ばかりはその身に余るほどで。命を簡単に投げ出してしまうような、そんなことも平気でしていた。そしてその最期はやはり、他者に身を捧ぐものとなった。
 彼女の夫……イクサーの父であるザーハルは、彼女を守ってやれなかったことをいまだに後悔している。
 その背中を見てきたイクサーだからこそ、ヤマトのことは守ってやらなければならないと、自然、強く認識した。ある種の義務感のようなものだ。だって、性別は違うとはいえあまりにも似すぎていた。

 しかし、ヤマトは守られるばかりの存在ではないのだとつい最近わかった。
 随分な偶然が多数重なり山奥の小屋で二人きりになった時のことだ。
 その時イクサーはかつてないほど弱っていた。肉体的にも精神的にも、限界まで疲れ切っていた。だが守るべきヤマトの前で自分が弱ったところを見せるわけにはいかないと必死で耐えていた。
 ヤマトはただただ守るべき対象であって、自らを助けてくれる存在ではなかった。だから、様子を窺われて気遣われたりすることや、自分が彼を頼るなんてことは微塵も考えつくわけがなく。辛いだろうから横になってくれ、と声を掛けられてしばし呆然としてしまった。
 そして体を横たえることができるという誘惑(今思えばさっさと横になって体力を回復するのが当たり前だったのだが、熱のせいで正常な判断ができていなかったのだろう)に負け始めた時にあの一言だ。
 膝枕をします、だなんて。結局イクサーは負けた。
 全てが暖かかった。涙腺を膝から伝わる体温にじわじわ蝕まれ、頭を撫で始めた繊細な指先に崩壊させられたくらいには。あんなに大泣きしたのは十数年ぶりだった。
 極めつけは、翌朝にヤマトが紡いだ心配の言葉だ。一生懸命に、貴方が心配です、と気遣いながら押し付けにならないよう気をつけながら、伝えてきた。
 嗚呼、と。イクサーは嘆息したいのを堪えなければならなかった。嬉しい、愛しい。その時の自分は、そういった感情が溢れてしどろもどろになっていたことだろう。

 守らなければいけないとそればかり思っていたヤマトは、その瞬間から守りたい存在になった。義務感ではない。自らの想いによってだ。

 ヤマトの聖人としての目覚めもそれに拍車を掛けた。驚愕の中に少しの納得があったのは、気のせいではない。
 自分や彼の立場、彼を狙うものの存在など、障害は多く存在している。だがそんなことは関係ない。どうあってもやるべきことは一緒だ。
 同盟の話は渡りに船と言えるだろう。関わる機会は多ければ多いほどいい。全力で同盟を成立させ、ヤマトを出来る限り近くで守る。戦争が終わるまでも、終わってからも、ずっと。





 と、そんな想いが早速踏みにじられつつあるのが今現在。
 つい先ほどまで粛々と会談を行っていたはずの第三戦略房は泣き声混じりの悲鳴と断続的な乾いた打撃音に塗れ、一種異様な雰囲気を孕む羽目に陥っていた。

「ひ、ぎ、いだっ、あぁっ」
「泣いたか? ……まだか」
「や、だぁっ、な、いてます、泣いてま、すって! いぎっ」

 主張は黙殺されている。
 イクサーは雰囲気に呑まれつつ、尋常をどこかに置き忘れたような心持ちで自問していた。助けなければいけないのではなかろうか、思考はそれ一色。……に、染めるつもりが、目の前の光景と耳に入る音声に邪魔されている。

「おしり、いたい、れすぅ、ぎゃっ!」
「痛くしてるんだろうが」
「あ、ちょ、やっ、さすらない、で、こすれて、いた、あぎっ」

 緩急をつけての刑の執行は、受刑者の苦痛を増幅させるらしい。既に涙で顔をぐしゃぐしゃにしているヤマトは、一度だけ撫でられた直後に一際鋭く臀部を打たれ、大粒の涙を散らせた。
 執行者パーシヴァル曰くの「お仕置き」として尻を叩かれているのはヤマトだ。「お仕置き」の理由は、誤って魔法陣を踏み抜いて発動させたランダム転送にイクサーを巻き込み、多くの人間に迷惑を掛けたから、というもの。
 そのせいで当事者であるイクサーは罪悪感に苛まれ、助けなければ助けなければとおろおろしているのである。
 ヤマトはまるで小さい子供が尻叩きをされるときのように膝の上に腹這いで担ぎ上げられ、片一方の腕で思い切り抱き込まれているがゆえに身動きが取れない。刑の執行が始まって少しの間は抵抗のように手足をじたばたさせていたが、どうあがいても逃れられぬことを悟って今はただひたすら体罰(あるいは精神的凌辱)に耐えている。泣き喚きながら。
 破裂音と誤解できそうなほどの鋭い打撃音がまた二、三度響いた。

「うっ、うあっ、い、たい、いた、いぃ……」
「泣いたか? ……なんだ汗か」
「ちょ、まっ、な、泣いてまっ、うあっ、ひぎぃっ」

 泣くまで尻叩き、と先ほどパーシヴァルは言った。ヤマトは既にぼろぼろと涙を零していて、最初の一筋が零れたのはだいぶ前だ。だとすれば終わりは、パーシヴァルの気分次第なのだろう。恐らくは満足するまで。
 ヤマトが最初に泣きだしたあたりで涙を指摘し助けようとしたイクサーだが、「ああ? 俺には見えねえな」の一言で一蹴され今に至る。

(すまない、ヤマト。俺には無理だった)

 心の中で詫びを入れる。ちょっと前に守ると誓ったはずだろうと糾弾されようにも、出来ることと出来ないことがあるのだ。年長者の意向には逆らえない自らの性質が仇となった。
 だが、とイクサーは視線を自らの横に向け、少し見下ろす。目に入るのは虎柄のふさふさした獣耳と根元の黒い金髪頭のつむじ。
 隣に座りこむのは、イクサーの世界一嫌いな人間であるソーリスだ。
 イクサーにとっては反感を持つ要因のひとつでもあるが、ソーリスはある程度奔放で、気に入らなければ年長者だろうが食ってかかるタイプのはずだった。
 ぱっと見ただけでもわかるくらいヤマトを溺愛している彼にとって、現状は面白くないことこの上ないだろう。ないだろうに、虎耳はかなり前に下降したきり上がってこない。動きといえば、上がりっぱなしの悲痛な泣き声にぴくぴく反応するくらいだ。虎柄の尻尾はぶわりと膨張している。
 イクサーは不思議に思って声を掛けた。

「助けないのか」
「……察しろよ。立てねぇんだよ」

 返ってきた恨みがましげな答えに、意味がわからなくて首を傾げた。
 だが次の瞬間理解する。今の今まで健康体そのものだったソーリスが突然立てなくなる理由に思い至ってしまった。下半身を隠すようにしていることからして、間違いないだろう。盛大に顔を引き攣らせながら、イクサーはソーリスを見下ろした。

「正気を疑う……。どういう性癖だ」

 心底からの軽蔑をそのまま言葉にする。いや、軽蔑というか、これは既に理解不能の域に入っていた。好きな相手が痛がっているのを見て興奮しておっ勃たせるなんて。
 イクサーにとってヤマトは守りたい友人だが、友人という立場からでも現状は気の毒に思う。ましてそれが想いを寄せる相手だったとしたら……少しの無理をしてでも助けるだろう。パーシヴァル相手にどこまで奮闘出来るかはわからないが、少なくとも興奮することはまずない。
 軽蔑に対して反論もせずにイクサーを睨むソーリスは、しばらくして口を開いた。

「不感症かお前。ってか言う割にお前だって一回で諦めて……ああそうか、やっとわかったわけ? お前は部外者で、これは俺たちの問題で、全く、全然、関係ないってこと」

 イクサーは、途中からニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて言ったソーリスを踏みつけたい衝動を我慢しなければならなかった。
 かわりに侮蔑を込めて吐き捨てる。

「貴様のそういうところに心底反吐が出る」
「反吐が出ねぇとこなんてねぇだろお互い」

 二人してふん、と鼻を鳴らしそっぽを向いたのを最後に、会話が断絶した。

 何故隣にいてしまったのだろうと、そんなところから苛々しながら、イクサーは考える。
 食指が変わったんだか何だか知らないが、ソーリスは確実にヤマトに手を出そうとしている。この男がある特定の人物にここまでべったりなのは初めてのことなのだ。分かりやすいほどの溺愛。少しでもこの男を知る人物であるならば、一方ならぬものがあると即座に気付く。
 ヤマトを、ソーリスからも守る必要がある。イクサーはそう思う。
 だってそうだろう。男が男に好意を寄せられて、困らないはずがない。しかもソーリスがどれだけの女性を泣かせてきたかは、極力関わりを避けているイクサーの耳にも派手に届くほどだ。
 噂の内容は惨憺たるもので、会ったその日にヤリ捨てただの、付き合って三日でお払い箱だの、そんなものばかりだ。全てを信じているわけでもないが、そう言われる程度にはひどいことをしているのだろう。
 今は溺愛しているようだが、先は分からない。もしソーリスが過去の女たちにしてきたような振る舞いをヤマトにするようになったら? ヤマトがどれだけ傷ついて悲しむか。そんな思いをさせるのは絶対に嫌だった。
 きっとヤマトは穢れのない人物だ。彼が気付かないうちに、穢そうとする者を排除しなければならない。
 そう考えると、隣の破廉恥な理由で座り込む男は害悪だった。さっきは踏み潰すのを我慢したが、思い直そうかとイクサーが考えたタイミングで、鋭い打撃音が止む。

「満足した。もういいぞ」

 イクサーが目を向けると、パーシヴァルがやりきった表情で息を吐くところだった。
 何時の間にか目的がお仕置きから性癖発露になっているような気がしているのは、イクサーだけではない。

「う、うぅ……ひぅっ、お尻の、感覚が……」
「はやくどけよ。もう一コース行くか?」
「嫌です!!!」

 出来る限りのスピードで逃げ出したヤマトが四つ足で地に這う。一番尻にダメージがない体勢を選んだのだろうが……それはいけない、とイクサーはストップをかけたかった。
 ソーリスが凝視しているのだ。隣の破廉恥男が、君を狙っているんだ、と伝えたかった。
 しかしそれをそのまま伝えるのは穢れないヤマトに悪影響を与える気がして、イクサーは言葉を選ぶ。
 考えあぐねている間に、ソーリスが動いてしまった。低い姿勢のままヤマトににじり寄り、声を掛ける。

「ヤ、ヤマト大丈夫?」
「じんじんする……」
「……さすろうか?」
「なっ!?」

 イクサーは思わず声を上げた。なんて下心しかない男なのだ、と驚愕したのだ。

(ヤマトに欲望をそのままぶつけているのか×××男め!)

 いい加減助けなければ。イクサーはすぐさま駆け寄ると、ソーリスを蹴り飛ばした。

「うおっ、何すんだてめぇ!」
「何故蹴られたかわからないのならすぐさま死ね!」
「俺はヤマトが痛がってるからさするって言ってんだよ勝手に邪推すんなムッツリ根暗! オナりすぎで死ね!」
「下品なことを口にするな貴様のはただの下心だろうがこの脳天下半身! 性病うつされて死ね!」

 レベルの低い口論だが、イクサーもソーリスも熱くなりすぎて止められない。
 ぎゃーぎゃーとそのまま死ね合戦を繰り広げて、唐突に矛先が変わる。

「ヤマト、さすって欲しいよな!?」
「そんなわけがあるか! ヤマト言ってやれ、貴様の下半身頭にはうんざりだと!」

 二人で詰め寄り、意見を求める。
 だが生憎、ヤマトはいまだ尻の痛みに悶絶していた。二人の喧嘩をどうにかしようなんて思考には至らず、ただただ尻が痛む自らの事情のみを言葉に出すことになる。

「……さわられたらいたいから、いい……」

 近くで覗き込んでいたソーリスとイクサーは一斉に停止した。
 泣きすぎて真っ赤な顔と涙目、呂律の回りきらない掠れ声、四つん這い。そのコンボが生み出す破壊力といったら。
 ヤマトのせいで辺りに漂う妙な雰囲気。こんなこと、数日前にもあった気がする。

「おい発情期ども」

 二人が動けずに固まっていると、あんまりにあんまりな言葉でパーシヴァルが声を掛けた。顎をしゃくって扉を示す。

「別にそのまま乱交突入しても止めねえが、ドア開いてるぞ」
「するわけないだろ!」
「何を言ってるんですか!」
「ど、どっちが受け……身、ですか?」

 三者三様の反論。いや、最後は反論だろうか? ヤマトの目に少しだけ輝きが戻っている。
 いまいち言葉の意図が掴めずイクサーが目を白黒させていたら、パーシヴァルが溜息をついた。

「何、自分を選択肢から抜かしてやがんだ。体格的にお前だろ」
「じゃあいいです」

 ヤマトが目に見えて萎む。

「……何のやりとりだ」
「……どーいうこと」

 思わず零した言葉がソーリスと見事に被り、それが発端でまた喧嘩が始まったのだが、それはもう、どうでもいい話なのであった。
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