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Trans Trip! 作者:小紋
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11‐(7).戦争と平和

「お兄さん方ぁ、やっぱ棺桶がのるとこじゃ気持ちよくねぇだろ~」
「いや、乗せていただけるだけありがたい。気を使わないでくれ、御者殿」
「そうけ? まあ嫌だって言われてもそこ以外乗るとこないんだよなあ。ごめんな~」

 田舎訛りが強いおじさんのすまなそうな声を聞いた私は、山道に揺らされながら愛想笑いを顔に貼り付けた。おじさんがいるのは壁を隔てた向こう側だけど、一応。

 山小屋を出てからしばらく経った頃、馬車に遭遇することができたのだ。行き先を聞いたらまさかのレボカタス砦。この機を逃さんとばかりに乗せてもらえるよう頼み込んだら、快諾されて今に至る。
 さっきの会話の通り問題もあるが、些細なものだ。……そう、馬車の色が真っ黒だって、我慢すればいいのだ。アルカが遺体移送用だからって人が乗っちゃいけないなんて決まりもない。らしい。うん。
 そもそもこの時期にレボカタス砦に向かう馬車なんて輸送馬車かアルカくらいしかないし。
 今から砦に向かうこのアルカは、当たり前だが中身が空。それが唯一の救いだった。ここは本来ならば棺がのるところなのだとは考えないようにしよう。底冷えするのがもっとひどくなる気がするから。

(御者さんはほんわか田舎おじさんなのに、アルカなんだもんなあ)

 イクサーはアルカがどうとか気にしないみたいだ。
 繋ぎっぱなしの手は平常そのもの。体調が戻った今日は、昨日のように熱すぎたりもしない。
 御者さんに「お兄さん方、そういうアレかね? いい男同士でもったいない。しかし都会は進んでるやね~」って感心された以外は平常。……平常そのもの。
 首を傾げるイクサーが可愛かったからいいです、もう。

 山道を進むに連れて風景が見覚えのあるものになり、昼過ぎにはレボカタス砦が見え始めた。
 このまま進めば夕方前にはつけるだろうと当てをつけていたが、しかし。
 御者さんが突如馬車を止める。

「……ダメだぁ~、近づかねぇ方がいいよぅ」
「どうした?」
「空、見てごらんよ」

 促され、小さな車窓から空を見上げると、幾筋かの黒煙が昇っていくのが見えた。
 これは……。

「襲撃か」

 イクサーが苦り切った表情で冷静に零す。
 このタイミングで襲撃なんて。

「うっかり近づきでもしたら不死者に襲われちまうよぉ~」

 困った様子の御者さんの声。
 と、その時。イクサーが私と繋いでいた手を離した。そして壁越しの御者さんの方へ。

「御者殿」
「どしたのけ?」
「先に行く。世話になった」
「……ちょ!? お兄さぁん?!」

 驚きの声は黙殺された。踵を返した彼は、私に向き直る。

「ヤマトは安全が確保されてから御者殿と一緒に来てくれ」

 まずい、置いてかれる。

「俺も行く!」
「……しかし」
「わざわざ砦に来てる時点で危険は覚悟の上だって。魔法で援護するからついていかせて……!」

 必死の思いで頼み込む。イクサーは渋い顔だ。
 私が頼りないのはわかるが、今行かなければ来た意味がなくなってしまう。
 ヴィーフニルがいるかもしれないのだ。もしかしたらソルたちも飛ばされていて砦にいないかもしれないのだから、私だけでも探さなきゃ。
 少しだけ悩んだイクサーだが、すぐに結論を出してくれた。

「わかった。遅れるな」

 そう言って私の手を取る。
 棺を運び入れるための後ろ側の扉を開けて馬車から降り、今までの進行方向へ今度は徒歩で進んでいく。

「お、お兄さん方ぁ~、気ぃつけてなぁ~!」

 そうして御者さんの横を通り過ぎる時、激励の言葉が背中にかかった。

「……また手ぇ繋いでら。仲いいんだな〜……嫁こに会いたくなっちまった……」

 呟きもついでに聞こえてしまった。

「ち、違う……」
「? どうした」

 思わず口に出したら不思議そうに尋ねられる。イクサーには聞こえなかったらしい。
 なんで私ばっかりシリアスを崩されるんだろうか……。





 腑に落ちないままレボカタス砦の神聖国側大門へ向かう途中、とんでもないものを見つけてしまった。
 前方に見えるは、進行する不死者アンデッドの団体……ゾンビ軍団だ。レヴィが連れていたような耽美系の不死者アンデッドではない、どろどろぐちゃぐちゃしていてぐろいやつ。少なく見積もっても三十体はいる。
 現在私たちは、だいぶ後方で木の陰に隠れているのだが……。

「うっ……」

 思わず呻く。
 ゾンビだけあって、とにかくすごい臭いなのである。

「でもなんで、こんなところまで……!」

 国境側ならともかく、だ。そんな簡単に回り込めるはずはないだろう。国境砦の意味がない。

「大門に向かっているな。今出くわしたのは幸運だった。殲滅するぞ」
「え」
「どう回り込んだのかはわからないが、もしこのまま行かせたら砦が挟み撃ちされることになる」

 確かに、もしそうなっていたらひどい混乱は必至だ。イクサーの言う通り、今遭遇できたのは幸運かもしれない。
 でも、殲滅って。簡単に言うなあ。

「幸い、力負けはなさそうだ。援護を頼む」

 私に向かって頷いたイクサーは、木の陰から躍り出て走り出した。そのままゾンビ軍団へと向かっていく。
 イクサーに気付いたゾンビたちが、一斉に首を動かして彼を見た。

(こ、こええ……バイ○ハザード)

 その恐ろしさに私が身震いしたその時だった。
 ゾンビの軍団の至近まで辿り着いたイクサーが、帯刀した江刀に手を伸ばす。一歩踏み込んだと思ったら、次の瞬間。

「は、や……っ!」

 私が驚いている間にもさらに一体。驚く前と驚いている間で二体切り伏せてしまった。それを頭の中で整理してる間にもさらに一体。ああもう、追いつかない!
 初手からしてもうすごい。なんていうのこれ……抜刀術? 居合? 鞘から抜き払う動作が凄まじく速過ぎて見えなかった。しかも、ほとんど一太刀か二太刀だ。マジかよ時代劇じゃないんだから。
 初めて見るから圧倒されているのかもしれない。そういえばコロナエ・ヴィテの皆の戦闘を見た時もこんな感じの思考だった。少しだけ頭を冷静にして見た感じだと、やっぱりソルと同等くらいか。タイプは全然違うけど。流石ライバル。
 と、こんな見分をしつつも援護のための魔法詠唱はちゃんとしいてる。イクサーに補助魔法をかけ終わった私は、攻撃にうつることにした。
 自分の周囲に『聖矢サンクトアロー』を複数展開し、イクサーを巻き込まない程度の距離にいるゾンビにぶち当てていく。流石によく効いており、矢が二本ほどあればゾンビは動かなくなる。不死者アンデッドに光魔法が効くのってどこも同じのようだ。闇の反対属性だもんね。

 残りのゾンビが数体になった頃、敵の動きが目に見えて鈍くなった。

「……あれ」

 おかしい。さっきまで普通に動いてたのに。
 勝てないと悟って戦意をなくした? いや、聞くところによると不死者アンデッドにそんな感情の機微はないはずだ。
 しかし私が疑問に思っているうちに、イクサーの太刀が閃いて残り数体も切り伏せてしまった。

「……急ごう」
「う、うん」

 ひゅっと音を立てて血振りがされる。まあ基本的に不死者アンデッドには血液が流れていないため、血以外の物しか刀についてなかったようだけど。腐った肉とか。……うう。
 それにしても、あの突然のグダグダ変化は一体何だったんだろう? まるで操り糸が数本切れたような、そんな感じの……ああダメだ。多分考えてもわからない。もうやめよう。





 レボカタス砦に到着し、大門で衛兵さんに止められたものの、イクサーがいたおかげで顔パスできた。
 そうして入った大門のすぐ先では、既に甚大な被害状況が見え始めている。目に映るのは、運び込まれた怪我人と、それを治療するべく走り回る医師や看護師ばかりだ。圧倒的に多いのは怪我人の方である。

「……ひど、い」

 そう口に出してはみるが、戦う義務を持たず敵を討ち果たすのが主目的でない私が、この中を知らぬ顔で突っ切って戦場に出ると言うのも、随分ひどいことな気がした。だけど、でも、どうすれば。そんな言葉が頭に浮かんでは、消え。
 結局なにも出来ずに、イクサーに手を引っ張られて国境側城壁の青空回廊に到着する。
 城壁から見下ろした戦場は……地獄絵図としか言いようがなかった。雑多な音が耳に届く中、目は血や遺体を拾う。倒れ伏したまま動かない人が山ほど。

「カヴァリエの拠点に向かう」

 愕然としたまま動けない私に、イクサーがそう声を掛けた。
 おそらくこの城壁に来たのもカヴァリエの位置を確認したかったのだろう。
 言葉少ななまま青空回廊を下りて遂に戦場へ。とはいっても、カヴァリエの拠点として設置されている陣は当たり前だが城壁のすぐ近くにあった。
 いくつもの青い天幕が並ぶカヴァリエの陣はしんとしていた。恐らくギルド員がほとんど戦場に出払っているのだろう。
 イクサーはその中をずんずんと進んでいき、辿り着いた一際大きな天幕で足を止めた。開かれた入口から入ると、中にいた銀色の髪の女性が振り返る。カルーアさんだ。

「イクサー様!」

 彼女はあからさまにほっとした顔をしていた。
 大きな天幕だけあって、中は相当に広い。一番高いところにカヴァリエの団旗のようなものが飾られていて、部屋の中央には大きな机が。机の上には紙が広がっている。ここ一帯の地形図のようだ。
 イクサーは私と繋いでいた手を離すと机の傍に歩み寄り、地形図を覗き込んだ。

「カヴァリエの状況は?」

 イクサーが端的に尋ねる。カルーアさんが地形図に描き込んである赤いバツ印を指で示した。小さいのが一つ、大きいのが三つだ。

「なんとか持ち堪えてはいますが、死傷者も出始めています。ファルキア隊は撤退しました」
「全体はどうだ」
「カナル、バリデアー、フォールティスは死傷者多数により撤退済み。全貌は捉え切れませんが、よくないことは確かです」

 そうか、と呟いたイクサーはそのまま沈黙する。その表情は難しいものだ。これからどうするべきかを考えているのだろうか。
 というか、私はここにいるべきではないのではなかろうか。ついついイクサーについてきてしまったが、カヴァリエの内部事情に立ちいるべきではない気がする。しかし、一人になったりするのも駄目なような気がして。
 困り果てたその時、耳に音が届く。人の声。天幕の外からだが、そう遠くはない。

「陣の内に誰か来たか。行くぞ」

 イクサーも気付いていたようで、私とカルーアさんに声を掛けるといち早く天幕を出て行った。
 外に出てすぐ、声の正体が掴める。

「助けて、くれぇっ……!!」

 男が、叫びながら走ってきていた。傷だらけで血まみれのその姿は、満身創痍そのものだ。這う這うの体で何かから逃げだしてきたのだろう。
 そしてそのすぐ背後には、追い縋る不死者アンデッドの姿があった。神聖国大門側の山道で見かけたようなものと同じく、腐敗して崩れかけている。
 私はすぐさま走りだした。イクサーも、カルーアさんも同じ動作をしている。三人揃って駆けだしたのは、男と不死者アンデッドの距離があまりにも近かったからだ。
 しかし私たちはわかっていた。十中八九間に合わない。だが走りださずにはいられなかった。
 予想通り、間に合え、という願いは空しく消える。私たちが男と接触するより速く、不死者アンデッドが目の前の獲物に飛びかかる。

「ぎゃあーッ!」

 引き倒された男から、断末魔の悲鳴が上がる。あまりの絶叫に、腹の底に嫌なものがひやりと。
 直後、嫌な音が。ぶちぶちと、組織が千切れる音。叫びのボリュームが大きくなる。
 不死者アンデッド何かを放り投げた。
 腿から下の……足だ。

「ひっ……!」

 自分の喉から恐れが漏れるのがわかった。
 一拍遅れてイクサーの攻撃が届く。立て続けに三回刀を振るったイクサーは、錐もみしながら飛んでいった不死者アンデッドたちに目もくれず、倒れたまま動かない男に駆け寄った。

「おい! しっかりしろ!」
「い、痛え、よ……しに、たく、ない……」

 魘されるような、か細い絶望の声。

(し、んじゃう。この人)

 すぐに助けないと。血が、すごく。

「ち、治療しないと!」
「カルーア、人手はあるか? 仮設治療所に運ぶぞ」
「三の天幕に数人待機しています。すぐに呼んで……」

 イクサーが応急処置をしながらカルーアさんに尋ねたのだが、返答の言葉が不自然に途切れた。
 その原因は、地を這うような唸り声。
 顔を上げれば、不死者が数十体迫ってきていた。

「新手か……数が多いな」

 イクサーが舌打ちをして不死者アンデッドに斬りかかる。
 私は混乱していた。男の体からは、どんどん体温が失われている。
 間違いなく間に合わない。
 どうしよう、目の前で人が死ぬ。
 頭の中に何かがフラッシュバックした。
 ソルの、腕がない姿が。

(『そんなに嫌なら治せば?』)

 フラッシュバックに紛れて聞こえたのは、声。自分の中から聞こえてくるようなそれには、ひどく聞き覚えがあった。優しくて綺麗だが、男の人の声だ。
 しかし、何と言って返したらいいのか、そもそも自分の内に響く声にどうやったら返答できるのかもわからない。治せるのならば治したい。それだけを一途に考えると、どうやらうまく伝わった。

(『また手伝ってあげるよ』)

 若干楽しそうに言う彼は、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

(『今度はどうする? 治してもこんなに近くに敵がいたら意味ないでしょ。そっちは瓦解させちゃえば? あ、そうだ。いくら魔力が増加してるからって油断したらまた肉体崩壊するからね。それとあと……』)

 言われたことがすぐに理解できなかった。私が疑問符を飛ばしまくっているのを感じ取ってくれたのか、彼は途中で言葉を切る。

(『……ああもう、いいや。俺が適当に導いてあげるから。ほら集中』)

 呆れたような声だったがそれに反応している暇もない。助けなきゃ。死なせちゃいけない。それがソルだって、見知らぬ人だって。
 彼の指示はとても事細かでわかりやすかった。私は、声の導きにただ従っているだけでよかった。
 魔力に指令を出し、時には操作し、物体を思い通りに。ああ、前やった時よりも掴めてきたかもしれない。
 男をさっさと治した後、不死者アンデッドの体に巡っていた魔力を全て分解に使用して瓦解させる。大気の魔力に溶かしてしまえば、肉片すら残らない。

「ヤマト……!?」

 イクサーの驚くような声が聞こえた時、彼の指示も終わった。

(『お疲れ様。肉体崩壊しなかったね。おめでとう』)

 どうすればお礼を伝えられるのかな。ああでも、今は眠い。重すぎる瞼に従い、目を閉じた。
+注意+
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