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Trans Trip! 作者:小紋
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幕間 11‐(6.5).若気の至り=羞恥

 ランダム転移魔方陣の発動から半日が経った頃。
 転移地点から休みなく歩き通し、やっとのことでレボカタス砦に辿り着いたソーリスは、万が一はぐれた際の集合場所である見張り塔のふもとで大声を上げた。

「ヤマトは!?」
「お前、第一声がそれか」
「予想通りすぎるよぅ」

 ソーリスよりも前にそこに辿りついていたエナとパーシヴァルが、うんざりした顔をする。
 しかしソーリスには自重する程の余裕もなかった。むしろ、何故二人がそんなのんきなことを言っているのかが知りたい。

「何のんきなこと……! 二人がここにいるってことは、ヤマトは一人ってことじゃ」
「それが、違うんだな。お前にとっては残念なお知らせになるが」

 心配過ぎて感情的に喚きだしたソーリスを、パーシヴァルが遮る。
 その表情は神妙だ。普通ならば悪い知らせかと勘繰るところだが、“ソーリスにとっては”と限定してみせたことと、パーシヴァルがこの表情をする時はだいたい人をからかう時だということから、深刻な事態ではないことがわかる。
 ただ、言った通りソーリスにとっては残念な知らせなのだろう。ならば身構える必要がある。

「あの場にいた人間の話によると、飛ばされたのは五人だけだ」
「それって、描画者より上の力量云々の問題だろ。一体それがどう……え、五人? 俺に残念なお知らせ? まさか」

 言いながら思い至った。散らばった要素をかき集めて導き出される答えは。

「想像してる通りだな。飛ばされたのは五人。俺たちと、イクサーだ。……そんでヤマトはイクサーと近いところに飛ばされたらしくてな。今、二人っきり」

 パーシヴァルがにやりと笑った。

「は!?」
「ここからの距離は、飛ばされた時点で歩いて二日。方位は魔国とは逆方向だ。魔方陣はランダム転移式だったから、あの二人の行方を知ることが出来るのは俺たちだけ……つまり襲撃の心配はない。イクサーがいるし、適当に戻ってくるだろ」

 ランダム転移は、術者や魔方陣描画者にもどうなるかわからないという、一個人を狙うには大変効率の悪いものだ。よって魔人の罠というのは考えにくい。だから、ヤマトの居場所をパーシヴァルたちしか把握できない現状は逆に安全と言える。
 そう、つらつらと並びたてられた説明を聞いても、ソーリスは一片たりとも安心できなかった。だって、ソーリスにとっては残念なお知らせなのだ。他者にとって深刻でなくとも、ソーリスにとっては深刻なことこの上ないのだ。
 あまりのことに、ソーリスはわなわなと震えだした。その凄まじい形相を見たパーシヴァルの表情が、嫌な笑みの形に歪む。

「あ、思い出したあ。ヤマトちゃんは俺の指示守ってるかなあ?」

 わざとらしく語尾を伸ばし、ヤマトをちゃん付けで呼ぶパーシヴァル。声音にはもはや揶揄の意図しかない。それに反発するほどの余裕は……ソーリスにはない。

「し、指示って」

 うっかりすると裏返りそうになる声。パーシヴァルの嫌な笑みがどんどん深まっていく。

「近くの味方と手を繋げって言っっちゃったしなあ、俺。まあヤマトちゃんは真面目だから守ろうとするだろうなあ」
「て、手ッ!? あっ、ふ、つか……?!」
「大丈夫かなあ。ヤマトちゃん男でも顔だけは綺麗だし、手ぇ繋いでなんてねだられたら流石のイクサーもぐらっとくるよなあ。あの澄まし顔が一瞬でケダモノになる可能性もあるよなあ」
「ぎっ」

 人間の言葉を失いかけ、ソーリスはこれはいかんと奮起する。

(落ち着け落ち着け深呼吸パースは根性悪いから俺をからかうために言ってるだけで実際あの野郎は理性の塊のような奴であああ理性とかいう単語が出た時点で嫌だ)

 余計な疑念を挟みつつも気を鎮めようとするが、思わぬ方向から邪魔が入る。

「エナ、友達に聞いたことあるんだけど、イクサーってすごいらしいよ。夜の方」
「はあっ!?」
「めっちゃねちっこいんだって。しかも遅い。イクサーにモーション掛けるのは体力ある子だけにしとくべきだよーって言ってたよその子」

 真面目腐った顔でいきなり何言ってるんだこの女、と。ソーリスは女子に利くべきではない口を利きかけたが、ぎりぎり堪えた。というか、そんな話は耳に入れたくなかった。
 へえ、とパーシヴァルが興味深そうに相槌をうつ。
 意外だよね、としみじみ返答したエナだが、次の瞬間ふと何かに気付いたように声を上げた。

「あ、ヤマトは体力あるから平気か」

 待て、と。ソーリスは制止の声を上げたかった。しかし言葉が出てこない。完全にキャパシティオーバーだ。
 何故イクサーの夜のねちっこさがヤマトに発揮される前提になっているのか。男同士だろ、とか。それも言いたかったが、……正直ソーリスが言える立場ではない。

「ヤマト、ひとつ大人になって帰ってくるな。初体験には刺激が強い相手かもしれねえが、とりあえずお祝いの準備でもしとくか……」

 パーシヴァルが沈痛な面持ちで発した言葉に、ソーリスの中で、ぶちんと、何かが切れる音が。
 しばしの沈黙。
 じわりと、普段は気の強そうな輝きを持つ碧眼に涙が浮かんだ。膨らんだ虎柄の尻尾。遣る瀬無い思いが、八つ当たり気味に言葉に乗せられる。

「……お前ら、大っ嫌い!」

 それを聞いた二人は、先ほどからずっと堪えていた笑いを、息も絶え絶えになるまで放出することになった。





 どれだけ距離があろうとヤマトを迎えに行くと言い張ったソルだったが、効率の問題でパーシヴァルに止められた。ヤマトが帰ってくるまで情報収集することを指示され、渋々どころかやきもきしながらも現在。
 明らかにイライラしているソーリスに、エナが話し掛ける。

「……ねーソルぅ、イクサーもいるんだしヤマト大丈夫だってぇ」
「そういう問題じゃない」
「まあそう答えるのはなんとなくわかってたけどぉ。ちょっと落ち着いてよ。そんな怖い顔してるとみんな逃げちゃうじゃん」

 確かにこれでは情報収集できない。それはソーリスにもわかっている。が、さっき不安を駆り立てるだけ駆り立てておいてよく言う。
 落ち着いていられる訳がないのだ。
 あの他人にあまり興味を示さないイクサーが、ヤマトにはやたらと構う。不穏すぎる。
 さっきの話まではいかないにしても、万が一関係が深まったりしたら。さっきからそういう考えばかりが浮かび、ソーリスは暴れ出したいのをずっと我慢している。
 尋常ではなく物騒なことになっているソーリスの顔面を眺め、エナが溜息をついた。

「ソルってほんとヤマト好きだよね〜」
「……悪いかよ」
「あ、否定しない。まあしても意味ないけど」

 エナは自らの顎に細い指を当てた。目の前の幼馴染みの好き嫌いのスイッチがよくわからない。エナには、ヤマトとイクサーが少し似たタイプに思えるのだ。

「うーん、じゃあさ、イクサーのことはなんでそんなに嫌いなの」
「なんでって……嫌いだから」

 尋ねれば、身も蓋もない言葉が返ってくる。

「理由くらいあるでしょ! だって最初の頃仲良かったじゃん。二人で約束して訓練したりさ」
「あれ黒歴史だわ」

 ソーリスが頭を抱えた。
 エナは実際その頃の二人を知っているので、何故ここまで仲が悪くなっているのか不思議だったのだ。聞く機会もなかったので放置していた問題だったが、今はどうやら話を進められそうである。

「ねー教えてよう」
「教えてっつったって……そんなの考えたこともねえよ」
「じゃ、今考えてよー」
「ええー……うーん……嫌いな理由、ねえ」

 俯いて考え込んだソーリスが、暫くして顔を上げた。何かを思い出したようだった。

「……あれだ。あいつ、俺と逆だから。黙ってても人を惹きつけるタイプ」
「あー、確かに。カリスマ性あるよね」
「納得されんのもムカつくわー。……あ、ちょっと思い出してきた」

 ソーリスの碧眼が遠くを見るように細められる。

「あいつと二人で訓練とかしてた時期の話なんだけどさ。カヴァリエのギルドハウス、若いのが頑張ってると声掛けてくるおっさんけっこういるじゃん?」
「あーいるいる。鬱陶しいよね」
「女子にはセクハラも含んでるよな。……そんで、俺がへらへら相手して人脈築こうと頑張ってる間に、あいつは相手しないで普通に訓練しててさ。今考えるとあの人らイクサーの親父さんの部下だったから相手する必要もなかったんだろうけど」

 その頃のソーリスは神聖国に来たばかりで、とにかく血気盛んだったし、力が欲しかった。勿論人脈もその一部だ。全てが打算だったわけではないが、とにかく出来る限り上の立場の人間と懇意になろうと躍起になっていた気がする。
 今考えると、最初からコロナエ・ヴィテに入っていた時点で人脈は相当のものを得ていたのだが、これは当時あんまりわかっていなかった。
 話は続く。

「まあそうすると時間配分的にあいつのが強くなってくわけ。でも、俺も実力で負けるわけにはいかないから一人影で訓練頑張るの。んで、人がいる時は人付き合いを頑張る」

 当然、そんなに頑張れば余暇の時間は取れない。だがその頃は充実していたし、余暇の時間がないほど努力しているという自信もあった。

「あいつよりも頑張ってんだ! あいつより俺のがすごい! って思ってたわけソーリス少年は」
「あー、そういやなんかあの頃やたらエネルギッシュだったよね」
「うん。ちょー頑張ってた。でも気付いたらイクサーのほうが衆目集めるし尊敬もされてるんだよ。なんでだよーって思ってさ。しかもあいつ段々態度悪くなってくから、どんどん嫌いになった」

 言ってしまえば、若さゆえの傲慢さと無知、そして自信過剰。要するに若気の至りだ。そういう存在でいられたイクサーの努力など当時の自分には知る由もなかったが、恐らく並大抵ではなかっただろう。そう、昨日見たように、憔悴しきった顔を隠せないほどに尽力してギルドマスターの責務を果たしているのは、イクサーが昔から変わっていないからこそなのだ。
 だが、若気の至りがある程度解消され、イクサーの努力やら何やらを認めることが出来ている現在までも仲の悪さが続いているのだから、結局は相性が最悪だったのだろう。
 最後まで聞き終わったエナが、大きく溜息をつく。

「……なんかさ、若いねちっさいねー」
「うん……、若いしちっさいよな」
「今はもう特に若くないんだし、でっかくもなったし、仲直りしたら?」
「いや、ないわー……。あいつとは一生いがみ合う運命だよ、俺。第一さ、俺とイクサーが仲良しなのとか見たい?」

 無言で想像してみたエナは、自らに怖気が走るのを感じた。

「……うわっ! 鳥肌たったよぅ!」
「だろ?」
「おいお前ら」

 突如背後から声を掛けられ、二人が驚いて振り返る。
 パーシヴァルが立っていた。その表情は真顔。これは、少し怒っている可能性がある。

「あんま無駄話してるとヤマトと一緒にお仕置きすんぞ」
「え」
「え」

 異口同音で単音。パーシヴァルが言うと物騒にしか聞こえない単語が、二人を停止させた。

「……おし、おき? ヤマトに?」
「当たり前だろ。俺らだけならまだしも、イクサー巻き込んだせいでカヴァリエ大混乱させてるし」
「……何、する気」
「さあな。知りたかったらそのまま無駄話してるといい」

 言葉もなく、パーシヴァル曰く無駄話の会が解散する。真面目に情報収集を行わなければまずい。
 いつの間にか通常の精神を取り戻していたソーリスだったが、ヤマトに関する心配事はさらに増えているのだった。
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