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Trans Trip! 作者:小紋
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11‐(1).井戸端会議

 夜も更けた頃、魔光灯が室内を照らすサフィールの執務室。
 今ここに部屋の主はいない。とはいっても誰もいないわけではなく、室内に人影はあり、暖炉にも火が入れられていた。神聖国の冬が他と比べて温暖だとはいえ、暖房器具が無ければ越すのは辛い。
 いつもは開け放たれている出窓の一つも閉じられている。
 そうなるとこの部屋にいる人物の名前がわかる。指定席のソファにて腕掛けにぐたりと突っ伏すのはジェネラルだ。彼は疲れ切った様子で動く気配を見せない。

 しばらくすると体重の軽い足音が近づいてきた。それがドアの前で立ち止まったかと思うと、ガチャリと扉を開けてサフィールが入ってくる。
 サフィールは、執務室に入るなり目に飛び込んできた黒雲まき散らしマシンと化したジェネラルを見て一瞬だけ顔を引き攣らせた後、何でもない風を装って話しかけた。

「あれ、ジャールバインとの条約締結はうまくいかなかったんですか?」

 恐らくジェネラルが黒雲をまき散らす原因は、出来如何にかかわらずそれが原因だ。何せ行く前から嫌そうにしていた。
 南方の大国ジャールバインには、友軍の申請から始まり、物資の融通、万が一の際の難民の受け入れまでを依頼する内容の国書を送った。それに対し下心の入った快い返事が返ってきたので、条約として締結するためにジェネラルを派遣したのだ。

 俯いたままのジェネラルが手だけを伸ばして封書を差し出す。
 受け取ったサフィールは、ジャールバイン独特の民族風の飾りがついた豪華な封筒から三つ折りにしてある高品質な紙を取りだした。開いて、微笑む。
 条約の内容や条件が書いてあるその締結書には、しっかりとジャールバインの国印が押されていた。
 ならばなぜジェネラルはこうも浮かない顔なのか。

「なんだ、バッチリじゃないですか。どうしたんです?」

 そう聞きつつもサフィールには答えが分かっているのだが。そのとぼけた態度を顔を上げて睨んだジェネラルは、掴みかかるような勢いで叫んだ。

「どうしたも何も、あそこの王の色ボケ具合が俺にはストレスだと知っていて行かせたくせに!」

 無体を糾弾され、罵りを聞きつつもすたすたと歩いて向かいのソファに座った神王は、こともなげに言い放つ。

「お前が行けば最少の犠牲でこちらに有利な条約が結べるものですから、つい」
「随分若作りだとはいえ六十過ぎのじいさんに迫られるんだぞ!? いや、年齢のことは俺が言えることじゃないんだが。しかし、俺の多大な心労を最少の犠牲という言葉で済ませ……ん?」

 なおも非難を続けようとしたジェネラルだが、鼻腔に届いた香りに動きを止めた。
 思い浮かぶのはある人物。サフィールに匂いが移るくらい近づける、という条件を満たす者でこの香油を使っているのは、剣士ギルドカヴァリエの現指導顧問であるハイドラ・ジャンド=ザーハルしかいない。

「ザーハルと会っていたのか」
「ええ。ちょっと話を」

 ジェネラルは訝しげな顔をした。

「あいつ、ギルド協会の緊急会合にも顔を出していたぞ。こうして飛び回る程度にはまだ現役のくせに、何故イクサーにギルドマスターを譲ったんだ?」
「ジャンド氏族とは総じて子の成長を駆り立てるものです」

 ジャンド氏族とは、大昔、現在は神聖国の東方領土であるイルルカン地方を支配していた、大狩人イルルカン・ジャンド=バラックを祖とする父系血族集団だ。優れた武人を輩出することと、激烈で厳格なうえ周囲をも巻き込んだ実践色の強い子育てが有名である。
 ザーハルもこの例に漏れない。漏れないどころか、ザーハルはジャンド氏族の手本のような男だった。剣聖として国内外に名を馳せる彼は、当時十八歳であった息子のイクサーに、世界的な大規模剣士ギルドカヴァリエのギルドマスターを務め上げよと命じたのだ。当初は批判も多く噴出したこの実践教育は、イクサーの実力と弛みない努力によって、二年経った最近ようやく周囲に認められてきている。

「……イクサーも不憫な」
「お前は過保護すぎるからそう思うんですよ」

 ジェネラルの零した主観的な感想に、サフィールが苦笑する。そして直後、ああそうだ、と何かを思い出したように切り出した。

「ザーハルはお前と話をしたかったようですが」
「なんだ、緊急会合の時に言えばよかったのに」
「声を掛けようと思っていたら、会合が終了した瞬間に消えたと言っていました。瞬間移動でもしましたか? あの剣聖が捉えきれぬスピードなんて」
「……ああそういえば。いや、瞬間移動というか……少し走った」

 会合の時のことを思い出しながら、ジェネラルは説明した。少しというか、それはもうすごい勢いだったのだが、はしたないと怒られるだろうからそれは言わない。

「急いでいたんだ。申し訳ないことをしたな」

 あの時、会合の後にも仕事が控えていた。ギルドハウスにはやく帰ってソーリスとヤマトを見張りたいが故に全ての仕事を素早く終わらせたかったのだ。結局は追加で三件任務が入り、不可能となったのだが。
 先ほどのジャールバインでの条約締結任務もその三件のうちのひとつである。

「ザーハルは俺に何を?」
「この戦乱を素早く片付けるためにコロナエ・ヴィテの力を借りたい、と」

 直球で告げられたその内容に、ジェネラルは渋面を作って黙り込む。サフィールが溜息をついた。

「無言ですか。非協力的にも程がある。……あ、そういえばお前、重臣からの仕事依頼もほとんど一人でこなしているそうですね」

 サフィールはその話を重臣から零された時から、苦言を呈するつもりでいた。多少はコロナエ・ヴィテにも分配するべきだ。何より早く終わるし、コロナエ・ヴィテのメンバーにも重臣との交流が出来れば後々サフィールにとって都合がよい。
 しかし、バツが悪そうに黙りこんでいたジェネラルは、サフィールが苦言を呈する前にうってかわって強気の態度を作った。

「何が悪い。断っているわけじゃないんだぞ。コロナエ・ヴィテを戦争に参加させるくらいなら、俺が全員分働く」
「……それは彼らのためになるんですか」
「戦争なんかに参加させることこそ、ためにならない」
「彼らだって、いつまでもお前に守られてばかりではいませんよ」
「……それでも、守れる間は守る」
「駄々っ子か」

 本日二度目の溜息が吐かれた。サフィールは呆れ顔で自らの膝に頬杖をつく。

「しかし困りましたね。僕もコロナエ・ヴィテに頼みたい仕事があったのに」
「ギルドマスター権限で断じて断る。俺は働いてるんだし、なんなら戦争が終わるまではギルドの費用も自分で出したっていい」
「はいはい。しかし、ザーハルの話はどうする気ですか?」

 ジェネラルはまたも渋面を作る。コロナエ・ヴィテを欠片たりとも戦争に関係させたくないのは今も変わらないが、ザーハルは無碍にしていい人物ではない。カヴァリエを一代で世界最大級の剣士ギルドまで成長させた剛腕の彼が提案することは、往々にして現状に必要なことだ。

「……どうしたものか。内容は?」
「ほら」

 尋ねられ、サフィールが懐から手紙を差し出す。

「ザーハルからか」
「はい。読んでみなさい」

 達筆な字で書かれた手紙を苦労して解読し終わった時、ジェネラルが唸った。

「……このくらいは協力しないと駄目かもしれん」
「仮にも神竜でしょうに。それが世界の調停者の言う台詞ですか」
「お前が仮にもとか言うな。……まあとりあえず、この件は考えておく。イクサーから正式に話がくるまでは猶予があるだろうしな」

 これ以上この話題を続けると藪蛇になりそうな気がして、ジェネラルは打ち切ろうとする。しかし、少し遅かった。

「そうだ、僕にもコロナエ・ヴィテの皆さんと話をする機会をください。お前、あれから多少の説明はしましたか?」

 ジェネラルが停止する。藪をつついて蛇が出てしまったのだ。サフィールが聞いた“説明”のことは、一番聞かれたくなかったことだった。

「……いや」
「いや、って。……まさか、何も?」

 肯定を意味するだろう沈黙、サフィールが本日三度目の大きな溜息を吐く。

「うるさい。ついでに言ったらお前の機会ももう少し待て。まだ俺の心の準備ができていない」

 少々の沈黙が落ちる。
 無言のままサフィールが、わざわざ立ち上がってジェネラルの頭をはたいた。ばしりと小気味いい音が立つ。思ったより中身の入っていそうな音だった。

「偉そうに言うなダメ男」

 どうでもいい時ばかり堂々としているくせに、肝心な時に意気地がないのだ、目の前の男は。そう考え、眉間に皺を寄せて瞠目する。
 ジェネラルがへたれているのはしょうがないと諦め、サフィールは良い方向に考えることにした。

「……まあ、でもある意味都合がいいか。説明は一回だけのほうが情報量に薙ぎ倒されて開き直りやすいでしょうから、僕の事情説明もその時一緒にしますね」
「適当過ぎないか」
「適当じゃないと。じっくり理解する暇を与えて考えさせてしまうより、雰囲気に流されてもらいたいんです。僕は頼みごとさえ聞いてもらえたらそれでいいですから」
「……それをヤマトが嫌がるようなら、どうする」
「そうならないように出来る限りのことをしているんじゃないですか。わざわざお前のところに預けたりして。まあ、彼女はきっと断りませんよ」
「そうだろうな、あの子は優しいから。……だから俺たちが守ってやらないと……」

 自分のすべきことを臆病さから後回しにしているジェネラルをじっとりと見つめるサフィール。ジェネラルは気付かず、何やら決意を固めている。
 サフィールが咳払いをした。

「独白は結構ですが、お前に僕の邪魔はできませんからね。……っと、おや」

 言い終わるちょうどくらいに、ノックの音が執務室に響く。

「どうぞ」

 サフィールが促すと、失礼致します、と一声挨拶をしながら、柔らかな金色の巻き毛を綺麗にまとめ上げたヘーゼルブラウンの瞳を持つ女性が入ってきた。
 艶やかな美貌にミスマッチな眼鏡を掛けた彼女は、ジェネラルとサフィールに一礼すると、姿勢よく佇んで言う。

「神王陛下、エンタエンダの特使がいらっしゃっておられます。ご移動をお願い致します」
「ご苦労さまです。ディーナ」

 事務的に淡々と告げる彼女にサフィールが頷く。
 ジェネラルは、自分のよく見知った人物に瓜二つな面差しの彼女……ディーナ=オクス=テラトーチをまじまじと見る。双子でもだいぶ違うものだ、と感慨深く思うが、ディーナはジェネラルを見もしない。
 サフィールがソファから立ち上がった。

「それでは、僕はこれで失礼しますよ」
「ああ」
「ジェネラル。く、れ、ぐ、れ、も、なるべくはやく心の準備をするように」

 最後に釘を刺され、嫌な顔をしたジェネラルを置いて、二人は退室した。
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