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Trans Trip! 作者:小紋
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10‐(13).虎の耳に説教

 エニマ療施院、解呪病棟は診察室。昼過ぎの角度が落ちた陽光が差し込む室内では、患者ソーリスと付添人パーシヴァル、そして医師リュミエレンナの三人で診察が行われていた。
 右手を開いて、閉じる。椅子に座ったままその動作を数回繰り返したソーリスは、自らの右腕を眺め、不思議な感慨を抱いた。視界にしっかりと存在するのは、確かにあの時体から切り離した右腕だ。切り離したはずだというのに、切断前と寸分違わぬ感触を持ってここにある。なんとも非現実的で、奇妙なことこの上ない。
 ソーリスの向かいに座っていたリュミエレンナが、五本の指が問題なく動作するのを見て頷き、机の上に置いたカルテに何事か書き込む。数行分の文字を書き終わり、ペンを紙の上に転がすと、両手でソルの右手を掴み、触診を始めた。

「俄かには、信じ難いわねぇ……」

 言葉の内容そのままの、疑うような声音でリュミエレンナがひとりごちる。右腕は健康そのものだ。これが昨日切断された腕だというのか、とでも言いたげだった。腕の診察の前に背中を診た時も、同じような感想を抱いた。昨夜腐食の傷を受けたというそこは、既に真新しい皮膚が再生していて、傷跡すら残っていない。
 両方とも、筋肉の動作から皮膚の肌つやに至るまで、なんの問題も見られない。むしろ昨日は美容のために高級油でも塗り込んだと聞いた方がよほど納得できる。

「本当に切断したのね?」
「はい。間違いなく」

 痛かったです。と苦笑するソーリスにほろ苦い笑みを返したリュミエレンナは、礼を言って掴んでいた右手を離した。

「反応はまったく問題なし。 ソーリスくん、元の自分の右手と比べてどうかしら?」
「変わらないです」
「お仕事にも不自由はなさそう?」
「はい。まだ剣は振ってませんけど、この分だと大丈夫そうです」
「……きっとそうね」

 カルテには午前中に行った検査の結果も書いてある。いくつか調べた事柄の値で、平均値以下のものは存在していない。全てが、ソーリスの人並み外れた身体能力そのものを示す値だった。つまり、元の右腕と変化はなく、異常も一切ない。
 このような技術まほうが存在したのか、とリュミエレンナは嘆息する。

「外科の先生方に話したら涙を流して悔しがるわぁ。切断された腕を繋げるなんて、国立療施院ここ でもそう簡単にはいかないのに」
「繋げたんじゃなく、生やしたんだよ」

 壁に寄り掛かっていたパーシヴァルがはじめて口を挟む。わざわざそう注釈した理由は、パーシヴァルの目がおかしくなっていなかったのであれば、ソーリスの右腕は大礼拝堂にもう一本落ちていたからだ。今の腕は以前のものと別物なのである。

「念の為に言っとくが、誰にも話すな」

 治癒魔法とはそれだけで途方もない価値になる。それが、従来の治癒魔法では不可能であった欠損部位の再生まで為したとなったら……聖人として担ぎ出されるなどという問題では済まないだろう。下手をすれば実験材料だ。そういった懸念事項が前提として存在するうえで、そもそも危険すぎる。一度使っただけで肉体崩壊に至るような大規模な魔法なのだ。パーシヴァルは、あんな魔法は金輪際使うなとヤマトに忠告するつもりだった。
 そのために、ぺらぺらと言いふらされては困る。目の前の女医がそんなことはしないとわかっていても、一応釘を刺しておくにこしたことはない。

「それは承知してます」

 拗ねたように言うわけないだろうと返答したリュミエレンナは、難しい顔になって考えだす。

「けれど、前例とは違いすぎてどうもね。そもそも治癒魔法では欠損部の修復など不可能だし、ヤマトくんは生き物を殺したことがあるんでしょう?」
「ああ」
「生き物を殺したことがあると治癒魔法は使えないんですか?」

 ソーリスが疑問の声を上げ、リュミエレンナが微笑んで答える。

「ええ。あ、正確には、“生き物を殺せる性質”を持っている時点で治癒の能力は発現しないの。治癒魔法が使えるのは、文字通り虫も殺せないような聖人君子ばかりね」
「あー、じゃあ違うんですね。ヤマト、この前悲鳴上げながらガノッツォ叩き潰してたし」

 ガノッツォとは、てらてらと黒光りする動きの素早い不潔な甲虫だ。六本の触覚を絶え間なく動かして這いまわるその姿は、世の中の多くの人々から忌み嫌われている。
 ソーリスはぎゃーぎゃー騒ぎながら半泣きでガノッツォ退治をするヤマトを思い出し、にへらと笑った。女子に混じって悲鳴を上げるあの姿、あれは本当に可愛かった。自分で叩き潰したくせに「嫌だ潰しちゃった!」と喚きだしたのも可愛かった。主に涙目とか。

「ガノッツォはともかくだな。こいつを治した魔法だが、治癒魔法とは属性も使用魔力量もまったく違う。治癒魔法もかなりの魔力を使うものだが、あれは桁違いだ」

 ソーリスがふわふわ夢想している間に、パーシヴァルが話を進める。
 俯きがちに、顎に拳を当てて考えるリュミエレンナ。伏せた水色の睫毛と尖らせた唇が麗しい。少しして顔を上げた。

「治癒魔法以外の何かである、というのが私の見解ね」
「大多数がその答えに辿り着くだろうな。俺も同じだ。しかし、確認は難しい」

 となれば、この話はこれ以上発展しない。
 ひとつ溜息を吐いたリュミエレンナが、話題をヤマトの解呪についてへと移す。

「ヤマトくんのことだけれど、呪種は綺麗に除去しました」

 ぺらり、とカルテを捲る音。びっしりと呪種の分析内容が書き連ねられた紙を、リュミエレンナが要点だけ掻い摘んで読み上げる。

「摘出した呪種は、幻惑属性の生物型。生物型呪種は摘出の前に殺す必要があるのだけれど、今回は既に死んでいたわ」
「どういうことだ?」
「ヤマトくんは勝てたのね。すごーく低確率だけれど、呪種に打ち勝つ人がいるの、本当にたまにね。今回はだいぶ偶然が重なったのではないかしら」

 リュミエレンナが微笑む。分析はだいぶ無駄になったが、ヤマトが呪種に打ち勝ったおかげで後遺症の心配がまったくないのだ。喜ばしいことだった。
 デューバー大聖堂、大礼拝堂での出来事は、ソーリスからの聴取でこの場にいる全員が把握していた。リュミエレンナはおそらく、と当たりをつける。

「何かの拍子に少しだけ意識が晴れた時に、ヤマトくんの見ていた幻惑と実際に大きな矛盾が生じたのではないかしら。それを悟ったことと精神力によって、ヤマトくんは呪種に打ち勝つことができたのよ」

 リュミエレンナはちらり、とソーリスへ視線を向けた。意味深だ。ニヤつく顔を押さえきれないようなそんな笑顔。

「ロマンチックに言えば、ソーリスくんが身を挺して庇ったっていうことが、ヤマトくんの心に届いたのねぇ」

 言い切った後、きゃーという高い悲鳴を上げるリュミエレンナ。ニヤニヤしきった顔を隠せなくなり、そのまま続ける。

「愛って素晴らしいわぁ。条件次第だけど、幻惑属性などの精神侵食系呪種には一番効果があるかもしれないわねぇ。うふふふふふー」

 変な笑い声を上げるリュミエレンナを、パーシヴァルは呆れた顔で、ソーリスは呆然と見ていた。





◇ ◇ ◇





 微妙に疲れる診療から解放され、ソーリスとパーシヴァルはヤマトの病室へと戻る。
 風が通るようにと開け放たれた扉の内側からエナが二人を発見し、小さく手を振った。

「おかえりー、どうだった?」
「ただいま。問題一切なしだって」
「よかったじゃん」

 言葉は軽いが、エナも随分と心配したらしい。ほっとしたような顔でにこりと笑う。
 と、すぐさま、ベッドの上の人物からソーリスへと声が掛かった。

「……ソル」

 ヤマトだ。声には力がなく、縋るような色合いを持っている。
 ソーリスの表情が崩れた。蕩けそうな、とでも形容できるそんな笑みを浮かべる。

「ヤマト。起きてた?」
「ソル」
「今行くよ」

 ソーリスが傍に寄ってベッド脇の椅子へと座り、右手を差し出す。ヤマトはその手を確かめるようにぎゅっと握ると、ひとつ息を吐いた。そしてそのまま離さない。
 ソーリスは自由な方の左手をヤマトの額へと伸ばす。触れた額は火傷しそうに熱い。

「まだ熱いね。辛くない?」

 大礼拝堂での一件から間もなく、時期をはっきりするならば昨日の深夜から、ヤマトは高熱を出していた。
 額に添えられた手はエディフのもので体温が高めだとはいえ、今のヤマトからしたらだいぶ低い温度に思えるようだ。感じ入るように目を閉じたヤマトが小さな声で呟く。

「平気……ソル、手、冷たくてきもちい……」

 先ほどまでの弱々しい声とは違い、安心しきった声だった。
 表に出さないようにして失敗しているが、ヤマトはソーリスが視界に入らないと不安でしょうがないらしい。
 右腕を失くして死にかけたソーリスを真近で見てしまった事と、高熱、そして呪いが消え常時痛いだけの状態になった傷の痛みを抑えるための麻酔。その三つの要因が重なって、ほぼ正気を失っていることが原因だった。
 それはしかたがない。外的要因からなる平常ではない精神状態は仕方がないとして、問題は、それに乗じてどこまでもヤマトにへばりつき、デレデレと崩れる表情を抑えきれないソーリスだった。
 気味悪そうにソーリスを眺めたエナが、パーシヴァルへと耳打ちする。

「どーすんのあれ。薔薇舞ってるよ」
「どうもできねえな。ヤマトが正気づくまであのままだ」
「うーん、個室でよかったねー」
「全くだな。大部屋だったら……非常にめんどくさい」
「疲れてんのに後処理したくないからよかったよぅ。酒場の酔っ払い相手にだって大変なのに」
「いつもの時と違って決定的な行為はしてないからマシじゃねえの」
「『違うんですあの二人はちょっと距離が近すぎるだけなんです!』で済むもんね」

 意味深な会話は二人分の溜息に帰結する。
 長い溜息を吐き終わったパーシヴァルは、部屋を出る前はいた人物たちがいないことに気付いた。

「……そういや、エデルとジェーニアは帰ったのか」
「あ、うん。洗濯物持って帰った」

 先ほどまで、エデルとジェーニアがヤマトを見舞っていた。あまり大勢が長居してもヤマトが疲れてしまうだろうと短めに切り上げ帰ってしまったから今は静かだが、ジェネラルなどが手隙の状態であればこうはいかなかったろうとパーシヴァルは思う。まずはこの病室が見舞いの品で溢れかえるだろう。ジェネラルは“買ってきたがり”だ。
 昨夜の一件が片付いたとはいえ、アスタリア神聖国の置かれた状況は何も変わっていない。
 平常時であれば総員で見舞いに押し寄せたであろうコロナエ・ヴィテも、今現在はエデルとジェーニアしか手が空いていないのだ。キルケとレイは諜報任務のせいで相変わらずギルドハウスに帰れる状況ではない。昨夜報せを受けてデューバー大聖堂に駆けつけたジェネラルは、ヤマトとソーリスが目を覚ますのを見届け、口ぶりからすると自ら腕を切断したらしいソーリスにドギツイ説教(後半涙目)をかましてから、任務にとんぼ返りした。
 それはソーリスにとって、ジェネラルが自分の事を大切に思ってくれていることが骨身に染みてわかるいい機会ではあったが、親代わりのような人物の涙目説教という、平身低頭ものの精神負荷値が大きすぎるイベントに疲労困憊したのは言うまでもない。





 少しして、おもむろにソーリスが立ち上がった。

「ごめんね、ちょっとだけ離して」

 そう言って苦笑し、やんわりと右手を引く。

「どこか、行くの?」
「トイレだよー。すぐ戻ってくるからね」
「うん……」

 行き先を告げれば、数分もかからない用事だというのに寂しそうに声を落とすヤマト。ソーリスはその姿に心中で悶え狂い、だが表面上ではご満悦の蕩けた表情を崩さずにいた。……どちらを表情に出しても大して変わりはしない。
 尻尾を機嫌良く左右に揺らし、えへへと一人で笑いださんばかりの気味の悪い状態であるソーリスが廊下に出ると、後ろからパーシヴァルが追い付いて声を掛ける。

「……よかったなソル」
「うん!」

 その言葉に元気良く返事をしてからソーリスは気付いた。これでは自分がヤマトの不調を喜んでいるかのようだ。そう捉えられては困る。

「……ハッ、違う……なんだよパース!」
「俺も便所」

 二人で並んで仲良くトイレへ向かう。

「まったく……にやけきったその顔見てると、自分の腕切り落とすなんてとんでもねえことやった人間にはとても見えねえな」
「あの時はそれが最善だと思ったんだと思うよ?」
「思う?」

 白い壁が近代的で清潔なトイレに到着して個室ではない男性用便器の目の前に立ち、パーシヴァルが訝しげに振り返った。

「あんま覚えてない。トランス状態? みたいな?」
「……アホか」

 へらへら笑って言うソーリスにパーシヴァルが吐き捨てた。昨夜の情景を思い出すと自然と渋面が浮かぶ。無力感でのたうちまわりたくなるような出来事だった。長い間生きて来たうちで経験した嫌な出来事のワーストファイブには入る。

「どんだけの幸運が重なってああなったと思ってやがる……兄貴泣かすとか相当だぞ。兄貴が泣きながらも頑張って説教してたから俺はもう何も言わねえけど」
「いや涙目だったけど泣いてなかったよ! 俺が泣かせたみたいに言うなすげー罪悪感!」

 あまりの居心地の悪さにソーリスは喚いた。ある種、親不孝を責められているかのような心持ちだ。
 反省はしなくてはならない。しかし、と真面目な顔をする。

「……自分でもバカなことやったとは思う。だけど、何もしなかったらヤマト見殺しにすることになった。そうなるくらいなら俺の腕でも足でも切った方がいい」

 そう零しながらも、思うところはあった。もう一度あの場面になったとしたら、自分は何か別の方法を考えるだろう。その理由は。

「それでも、あれっきりにしろ。ヤマトのためにもだ。……次やったらそれのせいで死ぬぞ、あいつ」

 ちょうど考えていたことをパーシヴァルに言われ、ソーリスがぴたりと停止する。診察室でも話題に出たが、パーシヴァルが言うのはヤマトの治癒魔法のことだ。その時意識を失っていたせいで話に聞いているだけの出来事だが、ヤマトはソーリスを助けるために治癒魔法を使用し、肉体崩壊しかけたのだという。
 その辺りで出すものを出し終わり、衣服を整えて手洗い場へ向かう。手を洗いながらも溜息が出た。
 正直なところ、情けないことこの上ない。上機嫌だった気分が滅入る。助けたと思ったヤマトに助けられ、しかも危険な目に合わせたのだ。
 手を洗い終わる。洗っている間中続いた沈黙を破り、答えが分かっていながらも、ソーリスは自分よりも早くトイレに来た用事を終えていたパーシヴァルに尋ねた。

「……やっぱり、使っちゃうと思う?」
「お前が死にかけて錯乱したことで使ったんだから、次死にかけても使うだろうな。そうなったら即終了だ。忌々しいことにルイカがいなけりゃ肉体崩壊は阻止できない」

 だよね、と返事をして、ソーリスは再び溜息をついた。次守る時は絶対に自分も怪我せずに守る、そう誓う。
 しかしソーリスには不可解なことがあった。ヤマトを殺そうとしていたルイカが、どうして肉体崩壊を妨害したのかがそれだ。放っておけば目的は達されただろうに、と首を傾げる。

「なんで止めたの、あいつ」
「あのまま肉体崩壊されたら、困るからだよ」
「困るって? 」
「それ含めて近々上から説明がある。分散して説明するの面倒だから待ってろ」
「……ふーん。ま、いいけどさ。俺は守るだけだから」

 虎耳を機嫌悪そうに尖らせながらも、ソーリスは呟いた。半分は本心だ。なんで、よりも先にやらなければいけないことが心に刻みついている。
 パーシヴァルはソーリスの言葉に厳しい顔をした。

騎士 (ナイト) 気分もいいがな。今回みたいな守り方は冗談抜きでやめろよ。例え一件落着したとしても、お前の腕やら足と引換じゃヤマトも嬉しくないだろうし俺らも落ち込む。これを機に、魔力操作くらい覚えろ」
「はーい」

 何も言わないと言いつつも始まってしまったお説教に返事をしながら、ソーリスは肩を落とす。魔法関連は苦手なことこの上ないが、考えなくてはならないだろう。魔法で拘束されるたびに体を切断するわけにはいかない。
 なにせ、昨夜目を覚ましてからがすごすぎた。エナは泣くしパーシヴァルには張り飛ばされるしジェネラルにはひたすら説教されるし。今もヤマトが不安に苛まれている。周囲のに人たちに、ずいぶん申し訳ないことをしたのだ。
 ソーリスが落ち込むのを見て、パーシヴァルはあと少しだけソーリスの行動への苦言を呈し、満足したようだった。
 だがトイレの手洗い場での会話は続く。懸念事項はまだあるのだ。

「あとは、ヴィーフニルか」

 こちらは、他の件より重要だと言えた。なにせヴィーフニルは現在進行形で敵方に身柄を確保されているのだ。敵方がわざわざヴィーフニルを連れ帰ったことから、早々に殺されるということは恐らくなく、まだ使い道はあるのだということがわかる。
 であれば、そうして敵方がヴィーフニルを使う時に取り戻す。しかし大きな障害がひとつあった。ヴィーフニルに掛けられた呪いだ。

「見た限り呪刻だな。いつ仕込まれたんだか……」

 呪傷よりも根深い呪いである呪刻。かなり厄介な代物だった。

「どうすればいいかの目処とか立てとかないとね」
「……呪いは解かなければならない。ヤマトのような偶然を期待するのは少し運を天に任せすぎだから……」

 少しだけ考えるそぶりを見せ、パーシヴァルが冷静に言い放つ。

「基本的には、ヴィーフニルを無理矢理拘束してここに担ぎこむと考えておけ」
「えっ」

 ソーリスが間抜けた声を上げ、不安そうな顔をした。

「力技だな。ヤマトのときは下手なことすると廃人になるとか言ってたのに大丈夫なわけ?」
「呪種にもよるがな。だが魔人や魔獣は魔力耐性が強い生き物だから、おおむね多少手荒でも問題ない」

 どうやら手荒にされてしまうらしい。ソーリスはヴィーフニルのこの先の運命を慮った。

「かわいそうなガキ……」
「なんでだ。助けるための話だろ」
「経験上、パースの手荒って尋常じゃねーもん」

 パーシヴァルは、ソーリスが自分を揶揄するためにそれを言っているのかと思ったが、表情からしてどうやら違う。恐怖で歪むほどの顔をさせるようなことをソーリスにしただろうかと、そう考え、心当たりがありすぎることに気付いた。

「……いつの話だ?」

 どれだったか。訓練の時に熱くなって生爪を剥がしたことか、それともソーリスが今より小さい時死なない程度に思い切り蹴ったら壁まですっ飛んでいったことか。物理的なことに限らなければ、筆下ろしの件も考えられる。童貞だと聞いた瞬間に、暴れるソーリスを花街まで抱えて行って馴染みの女の部屋に放り投げた気がする。あれは本当に面白かったが、パーシヴァルはソーリスが言っているのがどれのことだか本気でわからない。
 しかしソーリスが槍玉に上げたのは以上のどれとも違った。

「あれ。ほら初貫通の時」
「ああ、あれか。なんだソル、あの時優しくしてほしかったのか?」
「そりゃそーでしょ。はじめてなのに手荒にされて、怖かったあ」
「楽しかったぞ、アレ」
「げ。マジでサド。俺が痛がって泣いても血が出てもぜんっぜん容赦しないし」
「だが最初に煽ったのはお前だろ。痛くても平気だから! って」
「思春期の無意味な虚勢にのっかって必要以上に痛くするかよ普通。しかも、入れる直前に痛くしてやるよとか言ったりしてもう恐怖倍増。ほんとに痛くするし。乱暴にぐりぐり広げられる感触、まだ残ってる」
「あの恐怖と痛みに引きつった泣き顔は転写しておきたいくらいだったな」
「マジで怖いわこの人。なんで俺はじめてにパース選んじゃったんだろ」

 思い出が脳裏に巡り、涙目になったソーリスが呟いた瞬間、がたんと物音がして二人は振り返った。
 物音の主は男子トイレの入り口にいた。そこには、尻餅の体勢で腰を抜かすヤマトが。
 ソーリスは「えっ」と一声驚き、ヤマトに駆け寄って屈む。

「ヤマト、駄目だろ寝てなきゃ! エナは止めなかったの?」
「ソル、遅い、から……。エナは、お水汲みに行ってくれた」
「……不安だった? ごめんね」

 どうやらトイレごときに時間がかかりすぎているソーリスたちが心配で、エナの目を盗んでまで様子を見に来たらしい。
 そのいじらしさにまたも心中でごろごろ転がるソーリスだが、そのローリングは次の一言でストップさせられた。

「いや、マーベラスだ」
「!?」

 なんだか声のトーンが全く違ったんだが。指摘する間もなく、ヤマトが気絶する。
 それを素早く両腕で抱き上げたソーリスは心配そうに、目を瞑る秀麗な顔を覗き込み、そのまま近づいて額同士をくっつけた。病室で額を触った時よりも熱い気がする。

「ヤマト、熱上がってるのかな」
「お前……いや、まあいい」

 微妙すぎる顔をしたパーシヴァルは疲労感を感じ、突っ込もうとしてやめた。その代わり、ヤマトの言葉を拾うことにする。

「マーベラスだそうだが」
「いや、意味わかんないだろ。多分高熱で朦朧としてんだよ。はやく寝かせてあげないと……」

 ソーリスにとっては発言の内容よりもヤマトの体調の方が気になるようだった。よっ、と腕の中のヤマトを抱え直し、病室へと向かい始める。
 その後姿をまたも微妙すぎる表情で見つめたパーシヴァルだったが、視線を頭上の虎耳にやったときあることに気付いた。

「そういやソル、俺がぶち抜いてやった処女、完全に塞がってるじゃねえか」
「最近ピアスつける気にならないんだよね。あんまりひどい処女喪失だったから実はトラウマになってたのかも」
「そりゃ気の毒にな」
「えーえーおかげさまで……ん?」

 腕の中のヤマトが少しだけ身動ぎした気がして顔を見たソーリスだが、ヤマトは目を瞑ったまま微かな息を立てるだけだった。
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