挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Trans Trip! 作者:小紋
101/122

10‐(12).主な被害者はステンドグラス

 エナとパーシヴァルさん、二人の落下地点に風溜まりが生まれる。パーシヴァルさんが、風属性の魔法『風壺バーセヴェンティ』を唱えたのだ。風溜まりは自由落下から着地する際の衝撃を殺し、二人を無事地に舞い降りさせた。位置は私たちとルイカのちょうど真ん中あたりだ。
 即座にエナが私たちを振り返り、駆け寄ってくる。パーシヴァルさんはこちらを一瞥すると苦々しい顔をして剣を抜き、ルイカへと斬りかかっていった。
 状況をまだ理解しきれない私は腕の中のソルを見る。力の抜けた表情。ソルは少し口を開けて目を閉じたまま動かず、濁った嫌な音が混じる浅い呼吸を繰り返すのみだった。
 生きていることを確かめたくて顔を触ろうとする。もし冷たくなっていたら、と嫌な想像をしてしまい、触れる直前に震える手を引っ込めかけたが、覚悟を決めて触れたソルの頬は暖かかった。少しだけ安心する。

「ヤマト、ソル! 遅くなっ、て」

 エナはこちらへ近づくにつれてソルの状態を理解したようだった。私たちまで一歩の距離に辿りついたエナがまたたく間に顔を青褪めさせていくのを見上げながら、私はどうすればいいかわからずに呆然と彼女を見上げる。

「エナ……ソル、が」

 何を言うべきかもわからない。エナは愕然とした表情でこちらを見て、口元を手で覆った。悲鳴を押し殺すような仕草だ。

「……やだっ、ソル、なんで……ッ!!」

 半ば泣いているような声。
 一瞬だけ取り乱したエナだが、何かに気付いたようにその表情をきっと引き締めると、私たちの背後にある扉を開けに走った。しかし、開かない。結界はまだ張られたままなのだ。苛立ち紛れだろうか、エナは一度、力任せに扉を蹴りつけた。そして私とソルのすぐそばへしゃがみ込むと、自らの服へ手を掛ける。

「止血だけでも……!!」

 そう言って大きく破り取った。布地と化した服を厚く重ね、ソルの腕の切断面に直接当てて強く押し付ける。布はあっという間に赤黒く染まり、既に元の色はわからない。
 懸命に力をいれて圧迫するエナを見て、私は後悔の念に襲われていた。止血、それをしなきゃいけなかったんだ。

(私は何をやってたんだよ。呆然と見ているだけだなんて……見殺しにするのと同じじゃないか)

 ただひたすら自己嫌悪に苛まれていると、ふと気付く。正面から嗚咽が聞こえている。
 大きな青い瞳が潤んでいた。エナが、ソルの傷口を圧迫しながら、叫びを噛み殺すように泣いていた。

「……やだ、やだよぅソル、死なないで……ッ」

 必死の形相のままの小さな呟き。ぽろりと涙が零れる。
 光る雫の軌跡を追い、それが地に落ちてぱたりと微かな音が聞こえたところで私は我に返った。あまりのことに呆然としてしまっていたのだ。

(……エナが泣いてる)

 エナが、あのエナが、取り乱すだけじゃなくて、こんな風に必死になって、あまつさえ、泣きだすなんて。
 一体どうして、どうしてこんなことに。

(……私だ)

 私がこの状況を生み出したんじゃないか。
 ソルの腕に私が正確に処置出来ていたら、私がうまく邪魔する人たちを殺してはやくソルを病院に連れて行けていたら、いやそもそも私が呪いなんかに掛からずにいればソルはこんなことにならない。
 もし。

(ソルが、死んだ、ら……!)

 頭が沸騰する。
 そんなことになったら。
 ソルが死んだら。……私のせいだ。

(ソルが死んじゃったら私のせいだ……!!!)

 ソルは私を守ってくれたから、こんなことになってるんだ。
 私のせいだ。私のせいで、ソルが死んでしまう。いなくなってしまう。

(私なんかのために!! やだ……!)

 ソル、嫌だ。死なないで、お願い。

(嫌だ、嫌、やだ、やだ、やだ!! 絶対にヤダ!!!)

 駄々っ子のようにただただ連呼しながらも、何もできないのか、と。繰り返し考えたこの言葉が、頭の中にまた復活する。
 考える、ひたすら。
 私ができることは何だ。
 諦めたら見殺しと同じだ。

(何か、何か何か何か!)

 思考回路が焼き切れたっていい。ソルを助ける何か!
 考える、考える、考える。自分の中を探る。浅いところにはない。だったら奥。どこまでも深く、奥へ。
 ある一定の深度まで潜りついたその地点。そこで、ぶつん、と何かが切れる音。
 頭の内側から声が聞こえてくる。

(『治しちゃえば?』)

 ああ、見つけた。それだ。
 そうだ、それが一番いい。私のせいなんだから、私がソルを治さないと。
 ソルの頬に手を添える。震えはもう収まっていた。

「……私が、治す」

 やり方は、“魂”と“体”が覚えている。

(『俺は人間なんて治したことないけど。しかもこいつ腕ないよ。できるの?』)

 できるかどうかわからなくても、やるしかない。

「ヤマ、ト?」
「エナ、どいて」

(『しょうがない、教えてあげるよ。まずは……』)

 エナに下がってもらい、声に耳を傾ける。私は、深く呼吸をした。





◇ ◇ ◇





 荒廃しきったデューバー大聖堂の大礼拝堂へと降り立ったパーシヴァルは、自らの頭に血が上っているのを自覚せざるをえなかった。
 ソーリスの右腕を失った姿が脳裏にちらついている。遠目にもかかわらず目を背けたい光景だった。こんな時ばかりは特別鋭い五感……今は特に視覚能力を恨みたくなる。
 そう考える間にも、ルイカが闇属性の攻撃魔法『漆黒針撃オブスクラスティンガー』を打ち出した。パーシヴァルは加速しながら迫りくる闇の針弾を躱し、距離を取る。さらに、その動きを予測したかのようにちょうど横っ面に鞭撃が飛んできたのを、見もせずに剣で叩き落した。
 アルザーがルイカの隣へと並ぶ。

「……てめぇら、やってくれたな」

 軽口でも叩かないと血管が切れそうだった。
 おそらく、ソーリスは……間に合わない。目の前の二人は、仇だ。

「いつもは逆でしょ? たまにはいいと思うなあ」
「よく言うぜ。守ろうともしないクセによ!」

 どの口が、と表情を苦らせてパーシヴァルが吐き捨てれば、ルイカから笑みが消える。

「ムカつく。アルザー、援護するからそれ殺して!」

 言われたアルザーが金茶色の豊かな髪を揺らしてやれやれという仕草をする。そしてひとつ溜息を吐き、手に持つ鞭へと雷の力を流すと、対峙する両者が身構えた。
 いつ戦闘が再開されてもおかしくないような緊張感を、空気が孕む。
 しかし戦いが再び始まることはなかった。戦いを中座させたのは、大気が唸る低い音。
 地を蹴り刃を交えようとしたその直前、パーシヴァルから言えば背後に、膨大と言ってもいい魔力の奔流が生まれたのだ。

「!?」

 圧迫感を感じるほどの強烈なそれに後ろを振り向けば、青、赤、黄、緑……無数の色合いが鮮やかな光の粒の大群。
 この世界の生き物であれば直感的に理解できる。今、光を放ち、生き物のように乱舞しているのは、大気に存在する魔力だ。全属性分、計七種の色彩が飛び交っている。

「……美しい……!」

 陶酔したような声。ただ一人決めた主君への従属にしか興味がないはずのアルザーが、うっとりと頬を染めている。魔に興味を持つ度合いの高い魔人という種族は魔力の大群の魅力に抗うことはできず、そんな感性をあまり理解できないと思うパーシヴァルですらこの光景に圧倒されていた。

 魔力というものは、同じ属性の魔力の塊が近くに存在するとそれに引き寄せられる性質を持っている。その塊は大きければ大きいほど吸引力が高い。そして、大量に集結して濃度が高まると、属性の色合いを持った光の粒として目に映るようになるという特徴もある。
 大気の魔力は通常目視など不可能なはずの微小な粒子として存在するのだが、今現在の光景から考えると、凄まじい勢いで集結しているようだった。
 しかし、この現象に遭遇できることは滅多にない。それというのも、この現象は自然現象としてはほぼ存在せず、極めて厳しい条件下……ある一定量以上の魔力が動くすぐ傍でしか観測できないものであるからだ。極めて厳しいと言うからには、ある一定量以上という定義はそのまま「途方もない量」にイコールされる。
 人為的に発生させようとすれば、まず複数人の力の強い魔術師が必要となる。彼らが集まって力を合わせ、それでやっとなせるような強大な魔法を使うことが大前提だ。それでも、使用する魔法の属性に対応した光の粒がひとつふたつ見られるかぐらいのものだ。

 つまり、光の粒の数と色の種類からして、現在の光景は異常としか言えない。七種ある属性ひとつひとつにおいて、熟練の魔術師が数人集まったくらいでは到底動かせないレベルの膨大な魔力が動いているということになるからだ。

「何なんだ、あれは……」

 呆然と呟きながら光の嵐の中心地、魔力の奔流の源に目を凝らせば、そこにはヤマトとソーリスがいた。
 ソーリスに魔力を流し込む、ヤマト。みるみるうちにソーリスが生気を取り戻していくのを見てとり、パーシヴァルは驚きの声を上げる。

「治癒魔法だと……!?」

 しかし、言ってすぐパーシヴァルは自らの言を頭の中で否定した。
 治癒魔法ではない。見ればわかる。なぜかと言えば、失われたソーリスの腕が元通りの形を形成しつつあるからだ。治癒魔法に損壊部位を再生する機能はない。
 しかも、治癒魔法に使用するのは光属性のみだ。今動いているのは、遍く全ての属性じゃないか。魔力の量もまったく違う。治癒魔法は使用魔力量が多いと言っても高等魔法程度。今現在動く魔力の量は、高等魔法など爪の先で使役できるような、人の身で動かすには大きすぎる力、計り知れないとしか言いようがないほどの夥しい量だった。
 何の魔法だかは全く判別がつかない。だがこれを、ヤマトがただ一人で動作させているとしたら。

「……まずいんじゃねえのか」
「うん、まずいね。肉体崩壊するよあれ」

 すぐ真横から声が聞こえて、パーシヴァルは呆然とするあまりルイカの接近を許していた自らの迂闊さを呪った。
 ルイカに攻撃をする気がないことが救いだ。難しい顔で光の嵐を眺めている。
 パーシヴァルは一拍遅れてルイカの言葉の内容を理解した。今“赤”は、肉体崩壊と言った。

(なんだと……!?)

 まずい。止めなければ。そう思うも、有効な手段など思いつかない。もうほぼ魔法は為されている。今から何かしたとしても肉体崩壊は防げないだろう。
 なんにせよ傍まで行かねばなるまいと、一歩踏み出した瞬間、ルイカが言った。

「もうお前じゃ無理だよ。……困ったな、治してから死なれたら……」

 最初は呼びかけ。次に独り言。そんなものに構ってられるかとばかりに、パーシヴァルはヤマトのもとへと向かう。
 パーシヴァルが辿り着くのと時を同じくして、ソーリスの治癒が完了したようだった。
 魔力の奔流が唐突に消え去り、ぶわ、と音を立てて光の嵐が霧消する。すると、光に呑まれていたらしきエナが現れた。呆然自失の状態でヤマトたちを見つめている。
 直後、座ってソーリスの体を支えていたヤマトが脱力し、横倒しにくずおれた。
 投げ出された白い手の指先が仄かに発光するのがパーシヴァルの目に映り、焦りを高まらせる。肉体崩壊で崩れていくのは四肢の先からなのだ。
 パーシヴァルはヤマトを抱き起こし、必死で名前を呼ぶ。

「ヤマトッ!! おい!!」

 脱力しきった肢体はぴくりともしない。存在自体が危うくなっているような、そんな印象を受ける。
 崩れ始めるのは時間の問題だろう。そう、頭の片隅で冷静に言う自分がいるのを殴りつけたく思いながら、パーシヴァルはどうにかヤマトの意識を戻そうとひたすら揺さぶった。
 意識を取り戻させれば、なんとかなるかもしれない。確証はないが、今はそれしかできることがない。
 だが奮闘空しく仄かに放たれる光は広がっていき、既に四肢までを侵食している。

(クソが……ッ!! 何もできねぇのか!)

 魔力の放出によって崩れていく体を引き留めるなんてそんなこと、神かそれに近いものでもない限りは。

「しょうがないな」

 パーシヴァルは、背後から聞こえた声に勢い良く振り返る。ルイカが何時の間にか降り立っていた。
 彼女は、小さくしなやかな少女のものであるその手を、ヤマトに向かってかざす。何をするのだ、とパーシヴァルが止める間もなく、キィンと高い音。

 直後、ヤマトの四肢の発光が収まり、確固とした一個体の存在感を取り戻した。

 一瞬のうちの出来事だった。現状を理解しきれないパーシヴァルだが、とりあえず窮地は脱したようだと溜息をつきかけ、待てを掛ける。
 真後ろに最大の窮状を作り出す要因がまだいるではないか。

「さて……連れていかせてもらえるかな?」
「そう思うんだったらとんだ見当違いだな」
「だよね。じゃあ、死んでくれると嬉しいな」

 いくらルイカが肉体崩壊を防いでくれたのだと言えど、ヤマトを差し出すわけにはいくはずもない。
 間を置かず断ったパーシヴァルに対して、ルイカは魔法を詠唱し出す。
 パーシヴァルが自分たち四人を覆えるほどのシールドを発生させたその時だった。

「『天輪ロータ・カエッリ』」

 端然とした詠唱が響き、光り輝く輪刀が無数、ルイカの足元に撃ち込まれる。
 上からのそれを跳びずさって避けたルイカが見上げると、割れたステンドグラスが月明かりに照らされる天井の上に、豪奢な金髪を持つ偉丈夫が立っていた。
 偉丈夫が空に身を躍らせる。『天輪ロータ・カエッリ』による追撃を放ちながら降下し、魔法も使わずに軽い音を立てて着地した。

「兄貴、やっと来たか」
「すまない。遅くなった」

 パーシヴァルが、偉丈夫……ジェネラルに向け、安心したような遅いと罵るようなどちらともとれる声で呟くと、ジェネラルが謝罪の言葉を掛けつつ座り込んだパーシヴァルの髪を掻き混ぜる。
 ずっとへたり込んだままのエナが、ぐしゃりと顔を歪めて安堵の涙を零した。

「だんちょぉ」

 その涙声に「頑張ったな」と微笑みを返すジェネラル。
 労いはここまでだ。振り返る瞬間、空色の瞳を思い切りしかめて“赤”を睨みつける。

「……なんで今日に限って大盤振る舞い?」

 射殺すような視線を受け、ルイカが嫌そうな顔をした。ジェネラルは答えない。
 ひとつ溜息をつき、ルイカはジェネラルに呼びかけた。

「久し振りだね、“神竜エル”」
「“赤”に呼ばれる名はない」
「辛辣……」

 ずばりと一言だけ返すとそれきりジェネラルは黙り、重槍を手元に顕現させる。
 その重槍は、武骨だが優美で、角度によって何色にでも色を変える。空を模しているとも、地を模しているとも言え、誰もが一目見ただけで特異とわかるものだ。
 ルイカが表情を歪める。

「本気モードかよ。……アルザー、一旦帰るよ。ヴィーフニルもおいで」
「待て。ヴィーフニルは置いて行け」
「嫌に決まってる」

 言うなり、ヴィーフニルの間近に転移の闇が発生し、その姿をかき消す。アルザーも同様に自らの付近に闇を発生させ、素早く撤退した。

「命令とかしちゃってさー……そちらの意向ばかり汲んでもらえると御思い? ほんとムカつく。お前ら全員死んじゃえばいいのに」

 悪態をつきながら、ルイカが自らの近くに発生させた闇に飛び込む。
 際どいタイミングで、重槍が闇を貫いた。闇だけを貫通した重槍は大礼拝堂を一直線に駆け抜け、教壇の背後のステンドグラスを破壊する。
 後に聞こえたのはジェネラルの舌打ちの音だけだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ