挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Trans Trip! 作者:小紋
1/122

1.早寝早起きを心がけましょう

 男みたいな名前、とよく言われていた。

 そう言ってきた相手は、近所のおばちゃんから担任の先生から同年代のいじめっ子から様々で。
 山本和やまもとやまと
 それが私の名前だ。
 両親がくれたこの名前には、大和撫子のように女らしく育ってほしいとの願いが込められていたようだが、残念ながらその通りにはなっていない。というか、ヤマトナデシコ、になって欲しいのであれば、やまと、ではなくなでしこ、とつけるべきだったのではないかと、この名前で十数年生きてきた今でも思う。
 そう、男のような名前と言われていたせいかは定かではないが、小さな頃の私は世間一般の女の子が好むようなものをあまり好まず、男の子が好むものばかりを愛用していた。スカートよりズボン、魔女っこアニメよりロボットアニメ、少女マンガより少年誌、といった具合に。
 男の子のような格好をして男の子のような趣味を持って男の子と一緒に遊び……私の幼少期は、ずっとそのような感じだった。

 だが、この男子のような趣味趣向に、ある時突如として一石が投じられることとなる。転機はいつでも突然訪れるものだ。

 その瞬間は今でもよく覚えている。それは私が小学校低学年のある日だった。
 その日、家族で連れ立って外出するとなって私は浮かれていた。浮かれた頭で楽しんでいた。洋服を見て、外食をし、おもちゃ屋さんによってダダをこね……といたっていつも通りの、平和的なイベント展開だった。
 アレ、を発見してしまうまでは。
 楽しいイベントである、“みんなでおでかけ”も終わりに近づいてきた頃、本屋にも寄ることになった。
 そこで、見つけてしまったのだ。
 それはいつも読んでいる少年コミック誌のキャラクターが表紙に描かれている本だった。いつも読んでいるからには、私はそのキャラクターたちが好きだ。それを手に取るのも当然だった。だが、手に取った本を開いて和少女は衝撃を受けた。
 馴染みのキャラクターたちが表紙に描かれている本、その中身は――。

 汁気飛び散る男だけの世界、いわゆる、ボーイズラブの同人誌ばかりを集めて紹介している雑誌だったのだ。

 当然、私は驚いた。そして困惑した。少年コミック誌では健全にスポーツをしたり、バトルをしたり、ときには犬猿の仲であるときだってあるキャラクターたちが、なぜだか全員頬を染め、好きだと囁き合っているのだ。読む場所によっては、当時小学生だった私が見るには不適切な行為をしているところだってあった。
 まず、私は本を閉じた。
 そして――、怖いもの見たさとでも言うのか、周囲に人がいないことを確認すると、恐る恐るもう一度開いてみた。
 何度見たって内容が変わるわけではない。そこには先ほどと同じように、小学生が見るには不適切な世界が広がっていた。
 不可思議だった。
 不可解だった。
 だが、そう思う傍ら、なんと私には無性にドキドキする心もあった。そう、ドキドキしてしまったのだ。しばらく読みふけったあと、母親に呼ばれた私だが、何を読んでいたの? と聞かれて正直に答えることはできなかった。

 これが出会いだ。

 ここまで言ってしまえばわかると思うが、素質は十分にあった。幸か不幸か、自宅のパソコンがインターネットにも繋がっていた。もうこうなってしまうと、私の進む道はひとつしかなかった。
 女らしくと願いを込められた私が選んだ初めての“女らしさ”は、いわゆる“腐女子”という分類を受けるものとなった。こうなってしまうと、もはや私に込められた願いは皮肉でしかないだろう。
 それからというもの、私は家族の目を盗んでネットサーフィンに耽ることに情熱を費やした。どうしてだか、幼心にも、この好きになったものが他者に公言できるものではないとわかっていた。だから、私は“隠れ腐女子”となったのだ。
 まあこの後、結局家族にバレたり(家族会議になった。公開処刑だ)、私が中二病に侵されたりと紆余曲折あったが、私は元気に隠れ腐女子をしていた。





 そう、あの日までは。





 その日の朝も、私は非常に急いでいた。
 高校二年生になっても変わらず趣味に情熱を捧げていた私は、翌朝のことを考えずに夜遅くまでネットサーフィンをすることが多かった。
 最近ではコミュニティサイトに登録し、同じ境遇の仲間たちと交流を持つことも容易になったため、それに拍車がかかっていたのだ。まあそんなことをしていれば、朝起きるのが辛くなるのは当たり前なわけで。

 “いつも通り”寝過ごした私が登校路をすっ飛んでいくのはもはやお馴染みの光景だった。
 だが、その日は――。
 なんと言えばいいのか、……そう、運が悪かった。

 わき目もふらず駆けていると、当然周囲の確認は疎かになる。だが、いつもは大丈夫だったのだ。いつもは。
 ときどき、車や自転車とぶつかりそうになったこともあった。しかし、大事になったことはなかったのだ。だから、“事故”なんて人事だと思っていた。
 いや、つくづく思う。
 その瞬間が来ないと、わからないものなのだ。人間って。

 それは一瞬だった。

 まず一回目。鈍い音、すさまじい衝撃。浮遊感。
 そして二回目。重いものが落ちる音、一回目よりは小さいものの、それでも大きな衝撃。
 一回目は、私がトラックにぶち当たって吹っ飛ばされてのもので、二回目は地面に投げ出されてのものだった。

(あ、動けない)

 そう思ったところで意識は途切れた。覚えているのは音と衝撃だけだから、痛いとか苦しいとかはなかった。即死ってやつだろうか。





 しかし、問題は、その先。





 途切れた意識には、なんと先があったのだった――。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ