空からきた少女
遊森謡子さま企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
1.空
のんびりとしたお昼の公園。頭の上で音がしたような気がした。見上げると白い鳥のような物が飛んでいる。……いや、あれは人? 白いのは服、渦巻くような黒い髪。少女だ! 飛んでいるじゃない、落ちている? いや、速度が落ちているのはやっぱり飛んでいるのか?
彼女はふわりと頭の上に来ると、目の前に降りてくる。思わず差し出した両腕の中に彼女は軟着陸。よかった、軽そうで。
「……よろしかったですわ。”よりしろ”になりそうな方が見えて」
そう言いながら、彼女は僕の首に両手を回す。彼女は何を言っている? いや、それよりもだ。
「一体君は誰で、どうして空を飛んでいた? 飛行石でも――」
「そんなはずないでしょう。それよりも、上に注意してくださいな」
彼女にそう言われて、空を見上げた。雲一つ無い青空、そこに一機の飛行機が小さく飛んでいる。いや、いきなり黒い煙を吐いた。そしてその直後、飛行機の姿は消えた。遅れて爆発音が響いてくる。
「どういうことだ、爆発? 乗ってる人が――」
「亜梨沙と私だけですから、ご心配はいりませんわ。それよりこれからのことをお考えになったほうがよろしいのではないかと」
腕の中の少女を見つめた。閉じたまぶたを縁取る長い睫毛。白い肌に赤く濡れたような唇。美少女だ。でも、空を飛んでいい美少女なら、トラ柄のビキニを――
「亜梨沙が近づいてきています。ご注意下さいな」
誰だ、亜梨沙って――聞く間もなく、頭の真上を何かがかすめた。思わず身をかがめて、音のした方を見た。芝生の上を二転三転しながら、転がる物。それは動きが止まると、スクッと立ち上がる。纏っている青い服を脱ぐとその下にはメイド服。脱ぎ終えた青い服の脇の下や足の間にある布のような物を折り込んで、きちんと畳んで小さくしている。ヘルメットを脱ぐとその下は白に近い長い銀髪。それから自分の身なりをきちんと確認している。うん、この娘は礼儀作法に正しそうだ。
「ウイングスーツと言いまして、人がムササビのように空中を滑空する服です。ただ、ブレーキという物がありませんから、本来はパラシュートで着地するのですが……」
「はなはだ遺憾ながら今回はその時間もございませんでした」
亜梨沙が言葉を引き継いだ。銀髪の上にちょこんと載った帽子が可愛らしい。だけど、その目は厳しい光を放っている。腕の中の少女は小柄だけど、亜梨沙さんは女性にしては長身の方。僕とあまり背丈が替わらない。
「亜梨沙、報告を」
「は。敵の強襲を受けたため、飛行機を脱出。自爆装置により飛行機は破壊しましたが、敵は依然我々を追っているものと思われます」
「そうですか。自爆程度では目くらましにもなりませんか」
自爆装置? 敵? 彼女たちはいったい何をしゃべっているんだ?
「説明のヒマもなさそうです。お嬢様、敵が接近中です」
「私も感じています。亜梨沙、殲滅なさい」
「御意」
2.から
何かが煌めいて飛んできた。避けた足下に突き刺さったのは矢。
「シャフトは繊維強化プラスティックですが、先端は殺傷力を高めたメタルポイントですから当たれば痛いではすみませんわ。ご注意下さいませ」
亜梨沙さんは矢をたたき落としながらそう言ってくる。少女を抱いたまま僕は必死になって矢を避ける。よく素手でこんなものを、と思ってよく見ると、手に嵌めた手袋にはなにか金属製の煌めき。きっとこれも強化された武器なんだろう。
「そうそう、ごめんなさい。まだお名前もお聞きしておりませんでしたね」
い、いえ、そんなのんびりしたお話しをする場合ではないかと。
「私、転法輪三條 楠子と申します」
「ぼ、僕は井出 陽彦です」
「まあ、陽彦さんとおっしゃられるのですか。それはクールなお名前ですこと」
な、何がクールなんでしょうか。この状況では!
あちらでは亜梨沙さんが煌めく極細の糸で矢を切り刻んでいる。彼女が両手をくるくると回すと、周りにバラバラになった矢の破片が積み重なっていく。まるで霞のような煌めきの雲。
「うふふふふ、こんな攻撃であたし達を倒せるとはあちら様でも夢にも思っておりません。まだまだ小手調べ。本番はこれからです」
「一体、敵とはどういうことなんですか!」
身を捩らせて矢をかわす。
「あら、この世には知って良いことと知らない方が良いことがあります。敵の正体、まあ知らない方が幸せなのではないかと。普通の生活に戻りたいということでしたら」
「戻りたいです! 僕には彼女もいるんだ、こんなところで死ぬ訳には行かないし、必ず逃げて見せます!」
「あらあら、彼女さんがみえるのですか。それはお幸せでよろしいことかと」
一瞬、彼女の言葉に刺があったように感じたのは気のせいか?
矢の攻撃が途絶えた。これで終わったのか? ほっと一息つこうとした、その瞬間。
「きますわ」
亜梨沙さんが一言だけ発して消えた。文字どおり僕の視界からいなくなったのだ。ぎょっとして固まった時、
「後ろから殺気がきますよ」
楠子さんの声。僕は芝生の上に身を投げ出した。かすめるようにして飛んでいったのは銃弾か? 飛び起きた途端、その場所にはナイフが突き刺さっていた。
まるで身体が勝手に動く。敵の攻撃を予知しているかのようだ。オレってすげえ! いままでタダのアニメオタクだと思ってたのに。
複数の悲鳴が響いた。直後に亜梨沙さんが傍に現れる。
「敵の特殊部隊五名、絶命に成功いたしました」
「ご苦労様。でもまだこれで終わりそうにもありませんねえ」
「では索敵行動に移ります」そう言うと、亜梨沙さんはまた消えた。
いったい彼女は何者? 僕は腕の中の楠子さんに聞いた。
「簡単に言えば私のボディガードと言えばよろしいでしょうか。彼女の生存理由は私が生きていること、それだけでございます。いかなる犠牲を払おうとも私の生命、身体を保護すること。それが亜梨沙です」
「それは……ボディガードっていうレベルじゃあ……」
「そうですねえ。彼女は生まれてからこのかた、私を保護するための手段を学んで参りました。飛行機、船、車両の運転はもちろん、武器、兵器の扱い方、格闘術、武術、格闘技、全てでございます。他にも医学、心理学、薬学、工学、社会学、自然科学一般から人文科学まで、知識の固まりですわ。もちろん召使いとしても超一流です」
そ、そんなすごい人なんですか!
「人の姿をした最新兵器と呼んでも過言ではないかと。亜梨沙を動かしているのは小さな頃からたたき込まれた三原則。一つ、私、楠子を全力で護ること。二つ、前に反しない限り、自分を護ること。三つ、前二つに反しない限り、社会のルールに従うこと。ただ――」
「ただ?」
「絶対的に有利であることを確信しているといいましょうか、つまり、”遊ぶ”のでございます。ネコがネズミを弄ぶといいましょうか。もちろん私の命令には絶対服従でございますから、ためらうようなことはありませんが、そのような状況でないときには己の力を過信するようなところがあるのです」
で、でも、僕が見る限り、過信も何も実力の違いがありすぎて……
「それで困ったことになったことはほとんどございませんが。いつかその日が来るのではないかと思っております。今日がその日でないことを祈っております。私はこのとおり、全くの無力でございますから」
そういう彼女を腕に抱きながら、僕は考えていた。抱いていることに何の不審も持たないで。
3.きた
いきなり、亜梨沙さんが現れた。髪は乱れ、大きく喘いでいる。服にも所々、焼け焦げ跡がついている。
「どうしたのですか、亜梨沙」
「はい、お嬢様。あれは――装甲強化服とでも申しましょうか。その一個小隊と交戦いたしましたが、無力にも退却せざるを得ませんでした」
亜梨沙さんは唇を噛んで本当に悔しそうだ。
「装甲強化ばかりではなく、火力も相当のものがありそうですわね」
「はい。重装備のため移動速度は遅いのですが、AK-47及びグレネードランチャー並の火力を持っております。奪った小銃及び手持ちの火炎弾を使用してみたのですが、装甲が強く跳ね返されました。化学弾は効果があったのですが、手持ちが少ないのと第三者への影響が心配されましたので――」
「化学弾って?」僕が口を挟む。
「サリン、サルファマスタード及びホスゲンでございます。中隊の半数は無力化いたしましたが、残りは健在です」
そ、そんなものをここで白昼堂々使っているんですか! ここはいつから日本じゃなくなったんだ?
「もしよろしければ、警察及び自衛隊の機密コードをハッキングし、航空自衛隊によりナパームもしくは限定小型核弾頭をここに投下するように命令を出しましょうか」
さらに恐ろしいことを言っている。こののんびりとした風景がいきなり戦場と化すのか! ノーモアヒロシマッ!ナガサキッ!
「あらあら、それはクールなやり方ではありませんよ。いくら相手の進撃速度が遅いと言ってもこのあたりが火の海となるまでには目的を果たすでしょう。遅すぎます。それにジャミングで妨害されているのは飛行機の中で確認済みです。転法輪三條本家と連絡がつかないのは多分現在でも同様。外部の力を借りるのは難しいと思います」
「はい、お嬢様。ではあの方法をお使いになるのですか……?」
「仕方がありませんね。ちょうどよい依代も見つかったことですから。亜梨沙、奇門遁甲を張ります。敵を死門に導いてください。後は私がやります」
「御意、お嬢様」
僕は楠子さんを抱いたまま、公園の中心に立っていた。彼女が指し示す方向、木立や建物の様子、特に屋根の形を言いながらあたりを確認する。おおむね許容範囲の中なのだそうだ。さっきの話を思い出して、僕はびくびくしていた。これから彼女がやろうとしていることは、核爆弾よりも恐ろしいものなのだろうか。
そう言うと、楠子さんは含み笑いを漏らした。
「そんな訳あるはずはございませんでしょう。奇門遁甲はただの方角術。これ自体が恐ろしい力を持っている訳ではございません」
「よかった……でも、それならどうやってこれで敵に勝つというんですか」
「うふふ、それはこれからご覧あれ。でも、科学万能の現代でも方角を気にする人はいらっしゃるでしょう。方角を無視することは危ないですわよ」
彼女の言うがまま、僕は片手を振る。彼女は小声で何かを唱えている。小さな祝詞が公園の中で共振を起こす。なにか、突然世界がぶれたような気がした。今までのくっきりとした世界じゃなくて、二重写しになったような、不安定な世界。
その中に亜梨沙さんが現れる。何かの武器で闘いながら彼女は後退をしている。その先には1本の大きな木。
「死門はあの木が目印。亜梨沙はあそこへおびき寄せているのです」
相手の銃弾が跳ぶ。亜梨沙さんの頬に赤い跡がつく。彼女が撥ねる。足下の芝が大きくくぼむ。そして底を金属の兵士が踏みつける。
「では、そろそろ発動いたしましょうか」
何かの合図があったのだろうか。楠子さんがそう言うと、木の下に立っていた亜梨沙さんがその木に、大きな針のような物を打ち付けた。打ち付けられた途端、木に大きなひび割れが発生した。そのひび割れから光が差し込んで、僕を照らし出す。
光に撃たれたとたん、体中に何かの力が湧き上がった。何の力か、わからない。とにかく、体中に力がみなぎっている。そして、頭の中には、”イネ!”。
「ふふふ、お目覚めになりましたかしら」
僕は左手に楠子を抱くと右手を見た。巨大な尖った爪。人とは思えぬほどの逞しい筋肉。これは誰だ。本当に僕なのか。
「鬼になれば、全てを喰らうことができましてよ。さあ、亜梨沙を助けに参りましょう」
その声で僕は飛んだ。一気に亜梨沙の傍に立つ。傍にいた金属の異形をひっつかむ。爪を立てれば、なんだ、紙よりもぼろい。指で弾けば飛んでいく。こいつらの放つ玉なんぞ、痒くもない。
拳を金属の筒の中にめり込ませ、中の肉を引きちぎる。断末魔の悲鳴がくぐもる。内部で血の吹き出る音がする。なんのことはない、ただの柩でしかない。
「弱い、弱すぎる!」
右手一つで十分! 楠子の高笑いが僕をさらに狂わせる。
凹ませ、ねじ切り、もぎ取る。逃げ出す奴は亜梨沙が屠る。阿鼻叫喚の後、静けさが戻った。
4.少女
いつ正気に戻ったのか覚えがなかった。相変わらず、左腕には楠子さんがぶら下がっている。そして僕の前では破れた服を、亜梨沙さんがせっせと裁縫仕事。
「申し訳ございません。陽彦様。せっかくのお洋服をこのような有様に……」
見てみれば、確かにボロボロ。
「多少なりとも繕っておきませんと。人目もございますことですし」
「亜梨沙、転法輪三條家の方はよろしいですか?」
「はい、お嬢様。派遣の部隊が到着次第、後始末にとりかかります。それから情報が入ってきておりますが、敵部隊の処理はどのようになさいますか?」
「放っておきなさい。小物をどれだけ処分したところで所詮小物。泳がせておいて大物が尻尾を出すまで待ちます」
「御意」
そう言うと、亜梨沙さんはまた裁縫仕事に熱中している。
「あ、あの……いったい、僕に何が起きたんでしょうか」
「あら、お気づきになりませんでした? メタモルフォーゼ。陽彦様の持っている魔獣としての力を引き出しました。あそこまで暴走するとは思いませんでしたが。その力、クールでございますわ」
楠子が小さく笑っている。
「教えてください。一体、どういう事なんですか?」
亜梨沙さんが裁縫の手を止めた。
「お嬢様は人でありながら、人ではないのです」
その言葉に僕は呆然とした。
「小さな頃のお嬢様はよく笑い、よく泣く普通の女の子でございました。でも、ある日、お嬢様を厄災が襲ったのです。どのような厄災であったのかは私も見ておりませんので、分かりません。わかっているのはお嬢様の関係者が行方不明となり、お嬢様一人が残りました。そのお嬢様も”見てはいけないものを見た罰として見る力、目を失った”とおっしゃられて……」
その言葉を聞いて、僕は楠子さんの顔を見つめた。彼女も僕を見る。いや、見るかのように顔を向けた。その瞳は力無く輝くガラスの瞳。義眼だ。
「それ以来、私は見えるものが見えなくなり、見えないものが見えるようになったということ。自分一人では一歩も歩けず、掴む力さえありません。ただ、こうやって依代を操る力だけが私に残された力なのです」
「で、でもあなたは最初に空を飛んでいた――」
「あれもそれまでの依代の力。その力で餓鬼を操って宙を舞っていただけのこと。陽彦様には餓鬼どもが見えなかったのですわ」
「陽彦様が楠子様の依代であられる限り、私は全力でお二人をお守りいたします。転法輪三條家のバックアップもございます。どうぞ、ご安心下さいませ」
い、いえ、そうはおっしゃられても、僕としては、このような格好では……
「わかりました。夜の心配でございますね。私、いささかながら傾城、娼妓の技術も心得ております。陽彦様がご満足いきますように心よりおもてなしいたします」
「い、いえ、その心配は無用なんですけど……」
「え、もしかすると陽彦様は若道でございますか。私、女ゆえにそこまでは無理でございますが、いざとなれば転法輪三條家の総力を挙げて、ご満足いただけるお相手を捜し出します。どうか、ご心配は――」
「そんなことは心配してない! これからどうなるのか――」
「あら、私のパートナーではご不満ということなんでしょうか?」
う、うるさい! 僕の、元の日常を返してくれー!!
これが遊森さまご期待に添うかどうかはわかりませんが、とにかく一本仕上げましたとさ。
ファンタジーかなあ? 最初のアイデアはもっとダークだったんだけどね。明るくなりました。(笑
”マニアックな使い方”には該当しそうかなっと。
ちゃっちゃか書きましたので、誤字脱字意味不明ありそうだなと。教えてくださいませ。