あなたの初めてになりたいの
ずっきゅううううん
初めて、彼を見たときにあたしは思った。
胸が痛い。
苦しい。
この気持ちがなんなのかわからなくて、こわくてあたしは彼に見つからないように必死に逃げた。
森の木陰から、彼のことをそっと覗き見る。
いた!
金色のサラサラの髪を乱しながら、一所懸命に木刀を振り回している。
隣にいるのは彼のお父さんかな。
腕を組んで彼が木刀を振り回すのを見ながら、時々彼に何かを話しかけている。
彼は頷くと、もう一度木刀を振り始めた。
なんでだろ。
彼から目を離せない。
それからは、あたしはちょくちょく時間を作っては森の端から彼のことを眺め続けた。
春も夏も秋も冬も。
そのうちに彼の木刀を振る様子はどんどん様になっていった。
今日も彼はいるかな。
そう思いながら森を歩いていると、人の気配がした。あたしはいつも通りそっと木陰でやり過ごそうとした。
思っていたより近いみたい。
どうしよう。
不安でドキドキしていると、男の声がした。
「よし、ここいらで一旦休憩しよう」
「はい、隊長。しかし、こんなとこにモンスターなんて出ないでしょう。村人の見間違いじゃないんですか」
「うむ。まあだが万が一ということもある。
あの村は勇者を育てる村。だが勇者はいまはまだ幼い。何かことが起きては大変だからな。
何せ勇者はまだレベルもゼロだ。我らよりはるかに弱い」
「勇者ってものすごく成長が早いって本当なんですかね」
「ああ、本当らしいぞ。人としての成長は我らとそう変わりないが、レベルの上がり方が圧倒的に早いらしい。
まあ、でなければ到底魔王と戦うことなどできんからな」
勇者。
魔王。
その言葉があたしの頭の中をグルグルとまわった。
村には子供はあの子だけ。
いつか、勇者としてどこかにいるという魔王を倒しに行っちゃうの?
そのために、あんなにも剣の練習をしていたの?
もう見ることもできなくなっちゃうの?
グルグルと色んなことが頭の中をまわる。
気が付いた時には男の人達はいなくなって、すっかり日も暮れていた。
あたしは、それからずっと考えた。
春も夏も秋も冬も。
ずっとずっと考えて、ずいぶん久しぶりに森の端に来た。
あの子が、勇者。
前に見た時よりも、背も伸びて、少したくましくなった彼がいた。
金の髪は首の後ろで束ねられている。
やっぱり見てるだけで胸が苦しくなる。
でも。
じっと自分の手を見る。
小さな手。
背だって小さい。
本当は知ってる。
あたしはこれ以上成長しない。
彼に好きになってもらえる可能性なんて、最初っからないってこと。
もう旅立ちの時は近いのかもしれない。
まだかもしれない。
あたしがそれを知る方法なんてない。
明日には彼はいなくなってるのかもしれない。
そんなの嫌!
あたしは決めた。
彼の初めてになる。
痛いのかな。
こわいし、本当はちょっとだけ不安。
だけど、彼の一生の思い出になりたいの。
だから……。
パチパチと焚き火がはぜる。
勇者の一行は、魔王城を目指しての旅の途中であった。
野営の見張りは、今夜は剣士と勇者だ。
ポツリポツリと昔語りをする。
「勇者は、初めてはいつだ?」
剣士の問いに、勇者は目を瞑って回想する。
「そうだね、あれは僕が12歳になる少し前。
王城に呼ばれる3ヶ月前だったかな。
村で、いつも通り剣の訓練をしていたんだ。
平和な村だったよ。
イノシシくらいは出るけど、モンスターも話にしか聞いたことなかった。
それくらい平和な村だった。
その日は一人で訓練をしていて、休憩をしようとした時だった。
森の端から、ゴブリンが出たんだ。
こっちに真っ直ぐに向かってきて、無我夢中で倒したよ。
後から聞いた話だと、どうやらはぐれゴブリンだったみたいだね。
そこで僕は初めてレベルアップも経験したんだ」
あたしは、もうどこが痛いのかわからないくらいの全身の痛みの中で、地面に転がって彼を見てた。
初めて近くで見る彼は、やっぱり私の胸を痛くさせた。
体の痛みよりも、胸の方が痛い。
レベルアップの光が彼を包み込む。
初めてのレベルアップまでしてくれたんだ。
彼に見つめられながら、あたしはゆっくり消えていった。