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ラプラスの魔女 4

作者: 葛城 炯

 私の「機密」が人類の……

「アナタには選択しなければならない未来がある。アナタの死と人類の死。どちらを選ぶ?」

 深夜。

 来週の遠距離出張を控えた私の前に現れた人形のような少女はいきなり恐ろしいことを言った。




「ワタシの名は……」

「え〜とだ。その前に少し……場所を変えても良いかな?」

 立ち話も何なので……というか、既に終電に乗り遅れた私にとっては一刻でも早く身体を休める場所で横になりたかった。

 深夜ゆえに何処かのカフェにでも入ろうかとも考えたが、既に開いている店はない。

 ガイア神教の広まりと共に法律が制定されて深夜営業の店はなくなってしまった。

 「地球をいたわろう」とは大層なモットーだが、深夜残業が頻繁にあるサラリーマンには優しくない。

 月から鉱石が毎日届き、外惑星探査機の開発レースで資源獲得競争が各国と商社のシノギを削り在っている時代。

 惑星よりも惑星の居住者に優しくして欲しいと思うのは私だけではないはずだ。


 辛うじて見つけたのは……インターネット・サロン。

 「サロン」というのは会員制のカフェだが、会員にはいつでも誰でもなれる。

 いわゆる「ガイア神教法」をかいくぐるための方便だ。


「お客さん。……アンドロイドは料金は要りませんよ」と受付に言われるまで相手がアンドロイドとは気がつかなかったのは……多分私は疲れすぎていたのだろう。

 兎に角、私は「サロン」の中の「コンパートメントルーム」に入り、椅子代わりのベッドに座り、未だ立っている相手を見上げた。

 無表情な相手は……少しばかり不機嫌そうなオーラを放っていた。

「え? ……あぁ。えーと。悪いが接客用の椅子はない部屋しか空いていなかったようだ。隣で良いかな?」

 相手は冷たい視線で私を見下ろしていたが……やがて「仕方ない」とばかりに目を伏せ、隣に座った。

 アンドロイドなので……ベッドが思いっきり沈むのを予想したが……何も起こらずに普通にベッドは沈んだ。

(あれ? 金属フレームではなくてナノカーボンチューブプラスチックフレームなのかな?)

 そんな超高級素材を使うアンドロイドなぞ……私のサラリーでは何十年かかるやら。

 相手の所有者は随分と裕福らしい。


「さてと……え〜とだ。どうして私の肩に人類の生死がかかっているのかな? その辺を教えてはくれないか? 君の所有者からのメッセージを間違いなく……出来るだけ解りやすく教えてくれないかな?」


 私は……相手がアンドロイドだと解った時から何処かの酔狂な「所有者」からのメッセージを伝えに来たのだろうと決めつけていた。


 何故か?

 「相手」の格好は時代がかった黒のロングドレスに黒のレースの日傘。

 呼び止められるまでソコにいたとは気がつかなかったほどに深夜の闇に溶けていた。

 誰でもそう思うだろ?

 見知らぬアンドロイドが疲れたサラリーマンにある用事なんてそんなものだ。


「私の所有者? そのような存在はこの次元、この宇宙には存在しない」


 随分と大袈裟な表現だな。


「そしてワタシがこれから話す内容は誰かから言付かったモノではない」


 あれ? んじゃ、なんで?


「アンドロイドである君がどうしてワタシに用事があるんだ……い? いぃっ!」


 横顔で……相手から怒りのオーラが立ち上っているのが解る。解ってしまったのはサラリーマンとしての本能だろう。相手の出方、気分を即座に理解しないと商談の1つも……


 って、アンドロイドなのにオーラ?


 暫く経って……怒りのオーラが収まったのは、横目で睨む相手からちょっとずつ距離を取り、私が壁に張り付かんとしていた所為なのかも知れない。


「……アナタとは深いレベルでの会話は不可能なようだ。単純に伝える」


 それは有り難い。

 何にしても早めに切り上げて横になりたいというのが偽らざる本音。

 実際、瞼が重くなっている。


「アナタは……来週からソトーリビア国に出張に行く。そこで……」

「ちょっと待ったぁっ!」


 私はいきなり眠気が吹き飛んだ。


「なんだ? どうして? 我が社の機密というか秘密裏の行動予定を知っている?」


 相手は……かなりビックリした表情でコチラを見ていた。


「……アナタにとっては『人類の生死』よりも『ワタシがアナタの行動予定を知っている』コトの方が驚異なのね?」


「当然だ。これでもそれでメシを食っている。機密が漏れたのならば重大だ。何処で……」


 相手が呆れたような視線で入り口の方を指差している。

 ゆっくりと振り向くと……受付にいた従業員がトレイにアイスコーヒーを載せて持ってきていた。


「……はい。ご注文のアイスコーヒー2つ。お客さん。これでもココでの商売は長い。アンドロイドに飲み物を供するのなんてのは別に珍しくはない。でもね……大声を出すのはやめて貰えませんか? 部屋の防音は完璧だと言っても、隣部屋から苦情が来るような事態と不用意に警察を呼ばれるような事態は出来るだけ避けたいんでね?」


 従業員は脅すように……というか脅迫240パーセントで言い残して出て行った。

 ああ。そうだ。相手がアンドロイドだと解る前に飲み物を注文していた。

 忘れていた。


「……でだ。何で知っている? 私の出張を?」


 場合によっては……上司の上司あたりまで『機密漏洩報告書』を提出しなければならない。

 相手は呆れきったようにアイスコーヒーを手に取り、一口飲んだ。


「アナタの出張をワタシが何故、知っているのかということよりも、そこでアナタが遭遇する事態について教えておく。アナタの出張において何一つ傷害となる事態は発生しない。アナタはアナタの才覚通りの結果を得てユトリービア国から帰国するだろう。その2年後……人類は滅亡する」

「はい? なんで?」


 ソトリービア国は密林の中に出来た人工国家。

 ガイア神教の中でもカルトな一派が密林の中に築いた国。

 なんでも、こんな時代だというのに毎日、朝に長老が火を熾し、自生している植物の実やら、槍と弓矢だけで狩猟した動物だけで暮らしているという……早い話が『石器時代に戻った』生活を国是とする国。というか集団。

 それでも万国平和連合、略して万平連においてその国家代表が議長役を長年務めているのはガイア神教が全ての国に普及している所為だろう。


「アナタはソトリービア国へと辿り着くために最寄りの空港からイカダのようなボートを手こぎで濁りきった河を上り……2週間で辿り着くだろう。ハミルトニウムの採掘権を得るために……大丈夫か?」


 私は……驚きのあまり、目と口が開きっぱなしになっていた。

 相手に指摘され……自分の顔の表情を……慌てて直した。


「ど、ど、どうして……ハミルトニウムのコトを?」


 ハミルトニウムとは……最近、発見された特殊な宇宙鉱石。

 月で偶然に発見され、研究の結果、空間跳躍の理論形成の源となるといわれている特殊な元素。

 その前にはこの星系に迷い込んできた彗星がその鉱石の塊だったと推測されたという情報もある。

 我が社は……発表された情報からその鉱石の性質を割り出し……そして探した。

 彗星としても存在するのであれば……過去にも地球に落下しているのではないかと。

 そして見つけた。密林の痕跡クレーターの底にハミルトニウムの反応を。

 その場所はソトリービア国の中。といっても外れ。

 コチラとしては採掘するだけでソトリービア国の集落と生活には影響がないと説明すれば採掘が許される。つまりは採掘権が独占できるだろう……というのが会社の上層部の思惑。

 相手は……私が命じられた機密事項を全て知っている。

 別の企業のスパイか? いやスパイならば私にその様な情報を……


「……何を考えている? 話を進めたいのだが? いいか?」


 相手に促され、私は黙って頷いた。

 相手の話から少しでも機密が何処から漏れたのかを探らないと……


「そしてアナタは帰国する。そして……人類は滅亡する」


 そうか。私が帰国すると人類は滅亡するのか。

 それでは機密が何処から漏れたのかが誰にも解らなくなる。

 報告すべき上司もいなくなったのでは誰に報告すべきが……困ったことだ。


 ……あれ?


「人類が滅亡する? なんで? そんなコトに?」


 私の声のトーンが変だったのだろう。

 「やれやれ。やっと解ったのか」と言うように、2度3度と首を横に振ってから相手は一息ついて言葉を続けた。


「アノ地域に暮らす人々は……ソコから別の地域に出たことがない。暮らし始めた数十年前からだ。通信連絡用の機材は持っているが、エネルギー源は太陽電池だ。他の物資が必要となった場合でも、関係者が空輸するだけ。しかもパラシュートによる方法。アノ地域に行って出てくる集団関係者もいない。アノ場所には外から中への一方通行。中から誰かが出て来たことはないのだ」


 そうだ。そのとおり。なんでも『選ばれた人々』だけが参加することを認められている場所。

 ソトリービア国の外部関係者達は「私もいつかは選ばれてアノ場所に赴きたい」と行っている連中ばかり。

 外部の関係者に『鉱物採掘権』……(当然、その関係者には別のありきたりな鉱物の採掘としか言ってはいない)……の事を話しても、「私には決定権がない。ソトリービア国の宰相、つまりは長老に直接尋ねて貰うしかない」の一点張り。

 仕方ないので、私が極秘裏に行くことになった。……はずだ。


「長年の……前文明時代の様な生活の中で彼らは特殊な免疫を手に入れた。それは『特殊な病原菌体』に感染しているからに他ならないのだが……」


 そうか。特殊な生活をすると特殊な免疫が身につくのか……

 ……え?


「アノ地域に自生する植物の実と、その植物を糧とする草食動物の内臓を食した肉食動物の内臓に寄生する原生動物を必要以上に加熱しないで煮て食せば……擬似的な免疫を得て通常と変わらない生活を送ることが出来るが……その「食物」を摂らずに発病を押さえ込むほどの免疫を得るには最低でも数年はそういう生活を続ける必要がある」


 ……え〜と、つまり?


「アナタがアノ地域に行き、感染し帰ってきた場合、人類全体に必要となるほどの量の免疫薬を造るのは……物理的に不可能。潜伏期間は1年。感染経路は空気感染。アナタが発病する頃には全人類が罹患している」


 ……どういうコトだ?


「つまり? 単純に言って?」


 私の問いかけを……相手は呆れきってから返答した。


「アナタがアノ地域に行って帰ってきてから、1年後にアナタは正体不明の病気で死亡する。その後、1年で人類の大半が滅亡。生き残るのはソトリービア国の人々だけ。人類の文明は滅亡しする。理解したか?」


 冷たく言い放つ言葉の印象で……私はやっと理解した。


 相手が企業スパイではないというコトを。


「……アナタが行く前に「死」を選択するか、行ったとしても戻ってこずにアノ場所で「死」を迎えれば人類の滅亡は防ぐことが出来る。全てはアナタの行動にかかっている」


 相手は……穴が空くほどに私の顔を見つめていたが……やがて、諦めたように一息ついた。

 随分と感情表情が細やかなアンドロイドだ。


「……アナタはコトの重大さが完全には理解しているのかどうか、ワタシにも完全に把握することが出来ない。場合によっては……」


 相手は立ち上がり……私を見下ろした。


「追加手段を講じなければならないが……ワタシが同一人物に重複して会うことは出来ない。もし……アナタの周辺で不可解な事象が起こった場合、それはワタシが起こしたことだと理解しておいてくれ」


 「じゃ……」と言い残し、相手は出ていった。

 少しだけ時間がたってから……私は部屋を飛び出た。


「す、すいません。私と一緒に来た……あのアンドロイド見かけませんでした?」

 受付に確認すると「さぁ?」と首を傾げた。

「なんにしても……ココから出ても料金は返しませんよ。もう一度来たら別にもう一度料金を頂きます。そういうシステムになっているモノで……さぁ。ご理解頂けたら部屋に戻って下さいな」

 受付に促され私は部屋に戻った。


 部屋で私は自分の迂闊さに腹を立てていた。


(しまった。相手の名を聞き忘れた。これでは「機密漏洩報告書」に不備が……)


 ……後のことは私の睡魔に聞いてくれ。

 頭を抱えたままワタシは眠りについていたのだから。


 そして私は2日後に思い出すまで……この事を綺麗さっぱりと忘れていた。




 1週間後、私は出張の途についた。

 予定が変わったのは提出が遅れた不備な「機密漏洩報告書」のことで上司に咎められたからだが……


 長老との商談は予想外に進み、我が社は採掘権を独占することが出来た。

 勿論、露天掘りは認められず、地上の状況には一切手を付けずにという条件付だった。

 大した条件ではない。

 そんなコトは予想済みだ。

 万事上手く行った。これでワタシの人生の前途は明るい。


 そして私は……帰国しようとイカダに乗ってソトリービア国、というか集落を離れた。



 その1年後……私は……





































 ……私はまだ、集落にいる。

 いや、帰ろうとしたのだが、帰り道に迷ってしまい帰れなかった。

 というか、道であった河が蛇行し、枝分かれしていたので、どっちが空港への流れなのかが解らなくなり……ついでに乾期に突入し、枝分かれした河が干上がっもいたので……結果として私は集落に戻るしか手段は無くなってしまったのだが。

 そして……私は集落にいた年頃の娘と結婚してしまった。


 単純に言って……子供が出来たのだから仕方ない。

 ソトリービア国の人々……というか集落中で祝福もしてくれたし。


 会社の方からは「営業所長」という肩書きを貰っている。

 長老からも「ワタシ達の外交折衝担当として残ってくれ」とも言われているし。

 何にしても頼られるというのは良いことだ。

 私は退職するまではココにいるつもりだ。


 そうそう。私が此処に来るというのを会社の同僚が聞きつけ、頼まれた仕事でも成果を収めることが出来たらしい。

 頼まれたのは……簡単な血液診査機械を持っていき、データを送信することだったのだが……なにか変わったデータが得られたらしい。


 無線通信で同僚から……

 「君の御陰で特許が取れそうだ。医療分野でも新たな進展が得られるという快挙と共にね。退職したら君にも報酬と栄誉が届けられるだろう。それまではソコにいてくれ」

 ……と、何処か引きつった笑顔で説得されるように言い含められたが……頼まれたって帰るものか。


 ココは一年中、裸でも構わないし、可愛い嫁さんと生まれたばかりの子供もいる。

 周りも皆親切だ。何より深夜残業がないというのが一番素晴らしい。

 朝日と共に起き、夕日と共に眠る。素晴らしきリズムの生活。


 つまりだ……私はココから元の世界に行くつもりはない。



 ……この事を誰かに伝えるべきなような気もするのだが。

 まあ、誰でも良いさ。


 その誰かが何処かで呆れているような気だけは時々感じてはいる。


 それにしても……誰だっけ?




 読んで頂いてありがとうございます。

 「ラプラスの魔女」としては「外伝」的な作となります。


 キャラは「101人の瑠璃」の中から1人使ってます。

 トンデモな物質名は、元々は「アコライト・ソフィア」の杖の材質として考えていたモノです。


 では、また次作で……

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― 新着の感想 ―
[一言] サラリーマンに人類の生死かけさせるのかと、またあまりにも唐突な設定に脱帽。どうも強引さが否めないような内容だが、シリーズも4作目となると「そういうもんだ」と思ってしまうのが憎い。 1作目から…
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