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危険因子

「あなた方の、お子さんは危険因子をはらんでいます。


 すぐ処分してください。」


 悪魔のような文書がメールで届いた。


私たちは家庭用保育器ですくすくと育っている息子を見ている。


本来なら授かることにできなかった命を処分しろというのだ。


私たちのように、子供を授かることのできない者にとっては画期的な


夢のような話だが、倫理上の問題で大いに世論を揺るがしたのが


この培養チャイルドだ。


科学はいまや進歩し、何にでもなれる細胞の培養に成功した。


一昔前には、人工授精という選択がポピュラーだったが、これには


代理母の必要があるのだ。それには数々の問題点はあった。


多胎問題、家庭関係複雑化、ひいては社会の不安定化を招くという


極論を繰り広げる者すらいたのだ。


少子化の煽りを受け、危機的な状態にあった国では、


倫理上の反論分子を抑え、民意に関わらず、培養チャイルドを


実子と出来る法案を可決したのだ。


ただし、その培養チャイルドは、国によって管理下に置かれる。


まだ培養チャイルドの歴史は浅く、まだまだ不安定な面はある。


それが数年前に起こった、培養チャイルドによる、大量殺人事件だ。


培養チャイルドは、卵子より培養され、何にでも成れる細胞は


脳、臓器、筋肉、骨、などを形成して行き、遺伝子の劣性遺伝を防ぐべく


親の良い所取りの遺伝子情報を注入して出来上がる。


その過程で、高機能自閉症、アスペルガー症候群になる確立が高くなるのだ。


その確立は普通の妊娠の10倍とも言われている。


その過程でアスペルガー症候群になっても、問題ない者も居るが、


培養チャイルドのそれは、無感情が顕著になることが研究でわかっている。


国は危険因子を取り除くべく、培養チャイルドを望む家庭には、無償で、


成長過程を全てデーターとして国に送ることができ、育成することのできる


保育器を提供しているのだ。


ただし国に送られたデーターで危険因子があると判断された培養チャイルドは


処分することができる法案もすでに可決済みだ。


倫理も民意も今のこの国では無視される。


国策が全てなのだ。


私たちは我が子を授かる夢を無残にも絶たれ絶望した。


「何とかならないの?」


 私は見当違いなのは承知で主人を責めたりした。


私たちが途方に暮れていると、耳にダイレクトに声が響いた。


「そんなに悲しまないで。お父さん、お母さん。だいじょうぶ。


僕の言う通りに、機械を操作して。」


私と主人は顔を見合わせた。


「何か、声がしなかった?」


「ああ、お前も聞いたのか?」


 まさか。私と主人は保育器の方を見た。


「そうだよ。僕だよ。お父さん、お母さん、僕死にたくないよ。


僕を守ってくれる?」


 にわかに信じがたいのだけど、どうやら保育器から息子が


メッセージを伝えてきているらしい。


超常現象というものは、今まで信じたことがなかったが、


私たちはわらにもすがる思いだった。


息子の言う通りに、恐る恐る機械の操作をした。


翌日、またメールが届いた。


「先日お送りしたメールは誤送信でした。


まことに申し訳ありません。


他のご家庭にお送りするものを間違えて送信してしまいました。


お子様には何も問題はございません。


今まで通り、大切に育ててください。」


私たちは、何故かほっと出来なかった。


我が家の息子はこれで、何の問題もなく、生を受けることができるというのに。


「他のご家庭にお送りするものを間違えて送信」


この一節に、私達夫婦は同じ恐怖を覚えていたのだ。


うちの息子が、自分の身代わりに、よその子供を殺した。



私達夫婦は、静かに保育器の電源の供給を絶とうとした。


「やめて、お父さん、お母さん、僕を殺さないで。」


声は二人に直接響いてきた。


二人は顔を見合わせた。


「お願い、僕、生きたい、生きたいんだ。死にたくない。お願い。」


私たちは涙を流していた。今まさに、押そうとした指をスイッチから離したのだ。



十数年経った今にして思えば、何故あの時にスイッチを押しておかなかったのかと


後悔しているのだ。


死体が山のように積まれた地下室に、新たな死体を放り込みながら


後悔しているのだ。



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