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黒髪姫征戦記
作:雑草生産者



三五 五百の敵に喧嘩を売る



「殿下! 殿下!」
「はい?」
 背後から大声で呼ばれ、サーベルについた血を拭っていたキスはマヌケな声を出して、振り返った。
「はい? じゃあありません!」
 オブコット卿は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「敵中に1人で突っ込む姫が何処におりますかっ!?」
「さ、探せば、結構いるんじゃないですか? え、えーっと、小説とかには結構いると……」
 キスはしどろもどろに応じた。
「拙者は空想の話をしているのではないのです!!」
 怒鳴られた。そりゃそうだ。
「いいですか? 殿下は姫であり、かつ、我々の指揮官なのですぞ! その殿下が真っ先に敵中に踊り込むとはどーいうことですかっ!?」
 盛大に唾を飛ばしながら激怒するオブコット卿にキスはたじろぎながら答えた。
「あー……つい……」
「つ、つい……」
 オブコット卿は絶句した。つい、で大将が敵中に突っ込んでいっては守る方としては大いに困ってしまう。その思いは、勿論、忠誠心や自尊心からでもあるが、利己的なものも含まれる。守っていた主が討死したとなれば、一昔前なら護衛していた者たちは殉死ものだ。この頃では、そこまで理不尽なことはないが、それでも騎士としての名誉は失われ、出世は難しくなってしまう。
「とにかく、気を付けてよね」
 のんきな言動が多いワークノート卿もちょっと困った表情で呟く。
「姫さんにはまだ死んでもらっちゃあ困るんだからー」
 その台詞に周りの者全員がぎょっとした顔をした。まだってことは、いつかはいいのか?ってことになってしまう。いくらなんでも部下としてそのような発言はないだろう。
「き、貴様! 何という言い方をっ!?」
 当然、オブコット卿は怒声を上げた。
「わぁっ! そうだ! ハルマン爺さんがいるんだった!」
「爺さんだとぉっ!?」
 ワークノート卿の悲鳴にオブコット卿は激昂した。先の怒声の数倍は大きな声だ。
「怒った! ハルマン爺さんが怒った!」
「拙者はまだ48だぁっ!」
「ひゃー!」
「待たんか!」
 敵兵の死体が散らばる屋上で追いかけっこを始める2人。誰もが呆れた顔をした。死の危険がそば近くというわけではないが、ここは戦場だというのに。そんなところで追いかけっこなんて正気の沙汰とは思えない。
「何をやってるんだか……」
 ロッソ卿は呆れ顔で呟く。顔色が悪いのは吐き気がするからだろう。何故、吐き気がするのかは前述のとおり。

「姉ちゃん! 敵来た! 500くらい!」
 モンの叫びに全員がはっと気が付いた。こんなことしている暇ではないのだ。
 見れば、敵の一群が白兵戦を繰り広げる戦場へと駆けつけつつある。まだ距離は離れているが、数分もすれば戦闘に加わろうことは確実だった。
 今、眼下で戦っている味方はおよそ300。対して、敵は200。その敵はかなり駆逐されたが、それでも、そこへ新たに500の敵が応援に入れば味方が押されるのは必定だ。
「全員、銃を持ってきて下さい」
 キスは呟くように言い、敵の銃を拾ってさっさと倉庫の屋上から降りた。倉庫の脇にはごたごたとした木箱や樽が階段状に組んであった。おそらく、ここにいた敵兵がここへ上るために積み上げたのだろう。それをかなり危なっかしいくらいの勢いで駆け下りる。
 慌てて部下たちは言われたとおりに銃を持ってその後を追った。彼女は普段は大人しいくせに戦場に立つと暴走するようだと察し始めている彼らは何としても彼女を1人きりにすることは大いに危険だと認識していた。
 部下たちの心配など気にも留めずキスはさっさか細い小道を駆けて行って、適当なところを曲がって、大きな建物と建物の隙間に収まって、中央通を窺う。幅が人が2人3人くらいしか通れないような細い隙間だった。
「殿下、何をするつもりかは分かっていますが、一応、聞いてみても宜しいですか?」
「撃ちます」
 背後に来たオブコット卿の問いに彼女は短く答え、手にした銃を示した。
「敵をですか? 援軍に来る500の」
「ええ、あと2分かそこらで来る援軍を。銃撃の用意を」
 彼女の言葉で、部下たちはとりあえず銃撃の用意をする。持って来いと言われたのは銃だけだったが、阿呆ではない彼らはきちんと火薬や弾の入った木箱も持ってきていた。
「えっとですね。殿下。今、ここには10人もいないんですけど」
 オブコット娘卿が恐る恐るといった様子で言う。10対500の戦いが成立するわけがないというのは子供でも分かる論理だ。現実問題、そんな戦いは無理なのだ。1人対2人でも大変な苦闘であるというのに、1人に対して50人なんていうのはお話にならない。空想の物語でしか成立しない絵空事だ。500の敵に喧嘩を売ることは死に直結すると思われた。
「時間がないので素早く説明します。もし、私たちがここで敵を撃っても敵が全員こちらに来ることはありません。何故なら、敵にとって私たちは何ら重要な目標ではないからです。敵の主眼は味方の主力。今、中央通で戦っている彼らです」
 彼女の言葉に全員が頷いた。目前に主眼となる敵が戦っているときに、横合いから十発くらいの銃弾を食らって、そっちに部隊を全てを向けるわけがない。
「ゆえに、私たちが相手をするのは500の敵ではありません。500の敵に喧嘩を売りますが、実際に戦うのは数十人でしょう。それも結構な敵ですけど。この狭い小道に誘い込めば何とかなるでしょう」
 キスの思惑では、こちらに敵が来たら直ちに引き、小道の出口辺りで敵と戦う予定だった。小道からいっぺんに2、3人しか出れない敵を三方から一斉に攻撃し、それを順々に繰り返すという卑怯臭い方策だった。
 彼女の説明に部下たちは納得した。よりも、驚いた。あの大人しくて照れ屋で人見知りな彼女がこんなに長い台詞を言うなんて! 成長したのか何なのか。
「ところで」
 キスの続く言葉に全員が注目する。
「銃の装填ってどーやるんですか?」


次話は乱戦……にできればいいなーと思います。











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