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第十話 不死身のカナメと理不尽な仕打ち
 目の前を走る標的が乗っているはずの馬車はすでに、私達によって王手をかけられた状態にある。
 私達が馬上より射た矢は馬車の後方の壁に阻まれて馬車を牽引する馬を射殺せていないのだが、私の隣を馬に乗って並走する魔術師――バジル・ホーキンスがじっくりと時間をかけて生み出した中級火系統魔術<焼き爛れる皮膚ハブ・ラホロア>で馬車の前方を焼き払えば、強制的に馬車の動きは止められるだろう。
 そうなれば後は馬車を牽引している四頭の馬を制圧して、標的の身柄は確保すれば任務は完了だ。
 馬車の護衛は既に別動隊によって引き離されているので、こちら側に危険は無い。
 ここまで此方に有利な条件が整えっていれば、最早この作戦は成功したも同然だった。

「バジル! 馬車ごと吹っ飛ばさないように気を付けてよ! 殺したら意味が無いんだからね!」

「了解っす姉さん! ワイは狙った獲物は外さんぜよ!」

 私がバジルに声をかけると、返ってきたのはそんな軽口だった。
 緊張感の欠片もない声ではあったが、そんな彼だからこそ私は彼を信頼できるのだと思う。しかし、狙った獲物は外さんという言い方は、馬車をふっ飛ばしそうで怖いのだけれど。

「んじゃま〜、いきますぜッ!」

 バジルは煌々と燃える魔炎を生み出した右手を大きく振りかぶり、まるでボールを遠投するような大きな動作で、思いっきり投げた。
 馬上の為に上半身の捻りだけで魔炎を投げ放ったのだが、彼が言うとおり狙いを外さず、馬車の前の街道を紅蓮の業火が焼き払った。
 ゴボオオオオオッ!! と爆音と共に業火が馬車の前方を燃え上げる。その鮮烈な光景に、世界が一瞬で紅蓮に染まったような錯覚に陥りそうになった。
 熱風が渦巻く破壊的な光景に思わず唾を飲みこみ、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
 何度見ても思ってしまうのだけれど、魔術師が使う魔術は私のような一般人が使える魔術とは桁が違う。これが<魔術師>というレアスキルの力なのだと、改めて実感させられるというモノだった。
 それに、三流魔術師であるバジルですら時間をかければこんな魔術を扱えるのだ。
 だから超一流の魔術師が扱う魔術というのは、一体どれほど凄まじいのか、私には想像すらできない。幼い時に聞かされたとある英雄譚では、魔獣最強と名高い竜種を一撃で殺した、という話だけれど、竜種を殺せるという事自体が既に私には想像できない。
 どんな化物だという話だ。
 だけれど、何時までも呆けている場合ではない。
 自分で自分の両頬をパチンと叩き、標的の姿を見る。
 馬車を牽引していた四頭の馬は、突然発生した業火を見ながら悲鳴を上げてたたらを踏んでいた。
 それを見ながら急いで馬を走らせ、標的が乗る馬車の横を通り過ぎ、恐慌状態に陥っている馬の制圧を行う。暴れる馬を拘束している手綱を、素早く手にとって思いっきり引っ張った。
 すぐ近くで燃え盛る魔炎から放出される輻射熱に全身からドッと汗が噴き出したが、今はそんな些細な事に構っている場合ではない。

「どーどーどー。落ち着いて、落ち着いて。そう、いい子ね」

 暴れている馬を全身の力を使って何とか抑え込み、後からやってきたバジル含む九人の仲間に、私は一度頷いた。
 これから後の事は、前もって決められている。
 動物の扱いに長けた私が馬の制御を奪い、剣と盾と鎧で武装した仲間が馬車の扉を壊し、中にいる標的――ヴァイスブルグ皇国の第一皇女<アストランチェ・ルイ・ヴィ・ヴァイスブルグ>をできるだけ怪我をさせずに捉えるのだ。
 そして追手がかかる前にいち早くココから離脱し、民の事を考えず、私欲の限りを尽くすようになった憎き第十八代皇帝<イグザルタ・フェン・ヴィ・ヴァイスブルグ>との交渉材料になって貰うというのが、この作戦の本当の目的だ。
 何故皇女を拉致するのかというと、皇帝がアストランチェ皇女を溺愛しているというのは昔から有名な話で、この度アストランチェ皇女が本国から有名な温泉地である<アグバウア>に御忍びで向かうという情報を、私達ヴァイスブルグ反乱軍<正当なる秩序キャブルブ・ヘタイロア>は極秘ルートで入手し、今現在こうして皇女拉致作戦を実行しているのであった。

「いい!? 何度も言うけど皇女にはできるだけ怪我をさせないで!」

「分かってますよ、姉さ……ゴッ!!」

 返事をしたバジルの頭が、私が見ている先で唐突に横向きに吹っ飛んだ。
 まだ下馬していなかったバジルの身体が持ち直す事は無く、そのままゆっくりと馬上から硬い地面に落ちていく。
 幸いにも馬が止まった状態だったので、落馬したバジルの身体が勢いよく転がっていくという事は無かったけれど、それでも、あの倒れ方は危険だったし、何よりも明らかな攻撃を受けた事が最も重大な事を告げている。
 敵が、すぐ傍に居るのだ。

「バジルッ! そんな、敵は何処にいるの!」

 思わず金切り声になり取り乱してしまったが、今はそんな事はどうでもいい。
 私はいまだに馬に乗っていたため、下馬した仲間達よりも高い視点で周囲を見回せる。
 しかし馬車が邪魔して視界が狭いせいもあって、敵がどこに居るのかすぐには分からない。

「あ、姉さん! あそこ……ギャッ!!」

「あそこだ姉さ……ギャガッ!」

 私は馬車の蔭に隠れながら、次々と悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちていく仲間達の姿を見て、無意識の内に喰いしばった歯が軋む音を聞いた。
 作戦は此処まで完璧だったのに、と心のなかで吐き捨てた苛立ちと悔しさが、マグマのように沸き立つ怒りとなって膨れ上がる。
 皇女に付いている護衛隊を待ち伏せした本隊が強襲し、皇女が乗る馬車だけを孤立させて、別動隊である私達が敵の増援や伏兵が何処に居るか比較的発見しやすいこの草原で皇女を確保するというのが、今回の作戦の大まかな流れだ。
 その為に少なくない数の同胞が命を落としている。この作戦は、絶対に失敗してはならないのだ。
 それなのに今、この作戦は頓挫しつつある。
 いや、もうすでに頓挫したと言っても過言ではなかった。

「姉さんあいつだ! あそこにいる奴……ギャア!」

 また一人が地面に崩れ落ちたていく。
 後ろに跳ね跳んだ頭に引かれて、地面にゆっくりと倒れていくその姿を見ながら、私は敵がどこに居るのかを悟った。
 というか、私が見ていない場所は既にそこしか残されていなかったし、仲間の一人が其方の方向を指差したままで倒れた事からもそう推測はできる。

 この馬車の向こう側だ。

 私からでは死角になる場所に、私達を強襲している敵が居る。

「全員馬車を盾にして! 相手が何をしているか分からないけど、遮蔽物さえあれば何とか持ちこたえれる!」

 敵が使っている武器が何か分からないけれど、皇女が乗る馬車を貫通させてまで私達を狙う事は無いはず……。
 そう思ったのに――。

「ぎゃ!」
 
「な、なんでよ!」

 全員馬車の蔭に隠れていた。
 それなのに、さらに一人が崩れ落ちた。私は思わず声を張り上げる。
 残った全員が馬車の蔭に隠れるようにしていたのに、今度も同じように頭が仰け反って地面に倒れてしまった。
 刻一刻と減っていく仲間の姿を見ながら、私は徐々にパニックになっていくのを実感した。敵の攻撃方法が魔術なのかそうでないのかさえ分からず、何より風を切る音も魔術を使っているような気配すらないというのは一体どういうことなのだろうか。思考の渦にのめり込んでしまいそうだ。
 後方にも敵が居るのかと思って盾で後頭部を護るように指示すれば、今度は側面から攻撃が来て再び一人がやられ、残された三人と私でお互いをカバーできるようにしても結果は変わりなく、また頭が吹っ飛ぶようにして倒れていく仲間達の姿が、まるで操り糸を斬られた操り人形マリオネットのような錯覚に襲われる。

「ここまで……ここまで来たのに……」

「フギャ!」

 私を除く仲間の最後の一人がやられた。同じように崩れ落ちるその姿を見ながら、私は胸元で十字をきる。
 既に立っているのは私一人だけしかいない。
 他は全て地面に倒れていて、起き上ってきそうにない。それに私の戦闘能力は決して高くはなかった。ここまで一方的に私達を屠れる存在に、敵うとも思えない。
 だから私は思う。この作戦は失敗し、私の命もここまでなのだと。

「ごめんなさい、ウィリアム。私は貴方の役には立てなかった……」

 せめて最後は愛した人の名を呟いて逝きたい。
 零れ落ちる涙が頬を伝って落ちていく感触を感じながら、私は仲間が感じたであろう頭部に発生した正体不明の衝撃と、身体に迸る電流にも似た何かによって立っていられなくなった。
 がくりと膝の力が抜け、前向きに倒れ込む。
 最後に見たのは、光沢のある灰色をした街道の石の色だった。




 ◆ ■ ◆




「とまあ、こんなもんですかね。後はライオンさん、馬車の近くまでよろしくね」

 カナメは覗き込んでいたスコープから顔を外し、総数十名を数えた盗賊を無力化したのでとりあえず一息をつく。それから用が済んだ狙撃銃を、生み出した掌の口を使って一瞬で取り込んだ。
 狙撃銃を生成した時に使った物質は幾らでも再利用できるし、何より大きな狙撃銃を常に持ち歩くのは面倒だからだ。もしくは銃が存在しないこの世界で余計な知識を他者に与えないという配慮とでも思っても構わない。
 もちろん、面倒だからというのが割合の九割を占めている。
 それから、
 
「ガフッ」

 と可愛らしく声を出して頷くライオンさんに、カナメは思わず苦笑いを零した。
 そして撃った盗賊の最後の一人は男ではなく、女だったような……と先ほど浮かび上がった疑問について思案にふける。顔を見たのが一瞬だった為、ハッキリと性別までは分からなかったのだ。
 何よりマスクで顔の下半分を隠していたので一瞬では分かるはずが無いのだし、まあ、近づいて見てみればいいかとカナメは思い直す。

「リリー、馬車の中の人間って無事か?」

「少々お待ちを。……熱源反応あり。怪我をした様子はありませんが、馬車の中に居るのは二人だけのようですね」

「二人……ね~。な~んか、キナ臭いんですが?」

「何を言いますか。カナメ様が誰かを助けた場面で、キナ臭くなかった場合なんてそれこそ数えるほどしかなかったのですが?」

 腕を組み、何時ものように無表情なのに可愛らしく小首を傾げるポイズンリリーは相も変わらず憎たらしい事をカナメに言った。
 分かっている、分かっているさ、面倒事を嫌っている俺なのに不運補正のせいで面倒事が後から後からやってくるという事はさ、とカナメはがくりとうな垂れる。

「っと、着いたか」

 五十メートル程離れていた距離は、ライオンさんの膂力と速度を持ってすれば数秒足らずで走破できる程度のもので、カナメの前には矢によってハリネズミのようになった馬車が一台が止まっている。
 それから、近くで見て改めてこの馬車が高級品だという事が窺える事ができた。細部に渡って見た目の美しさだけでなく、外敵から中に乗る要人を護るために頑丈な造りをしているのだ。
 それにこの世界の馬車では最新技術として一部の馬車だけに実装され始めた、地面が荒れた場所でも揺れをある程度抑える事ができるサスペンションが取り付けられている。
 色々な角度から馬車を軽く値踏みし、カナメはこの中に居る要人の身分の高さを推し量る。
 その結果、どうやら中に居るのは相当高貴な存在なのだろう。とカナメは初めから分かっていたわけだが、カナメにとって本当に肝心なのはその中身だ。
 男か女かでは天と地ほども差があろうというものである。

「んじゃま、ごたーいめーん」

 帆馬車から飛び降り、地面でピクピクと痙攣している盗賊さんとの間を縫うようにして馬車の扉の前にたどり着き、カナメは勢いよく馬車の扉を開けた。
 そして開けた瞬間、馬車の中に一瞬だけ煌めいた剣尖が真横から精確にカナメの首を捉えて一刀両断、とまではギリギリで達していなかった。斬撃はカナメの延髄を分断したが、しかし延髄の外側を覆っていた筋肉までは斬れていないかったのである。
 その為何とか筋肉と皮によって首と胴体は繋がっているが、頭が剣戟の勢いに押されて後ろに傾き、カナメの視界には本来ならば見えるはずがない後方の風景が、バッチリと見えるようになってしまっている。そうなれば少しの筋肉と皮だけで胴体に垂れ下がっている状態になるので、放置しておくと自重で千切れてしまうかもしれない。

「……………は?」

 ぐらりと後ろに垂れ下がったカナメの口から、すっとんきょな声を出た。その時すでに、後頭部はカナメの背中に触れている。
 斬られた箇所から多量の血が勢い良く噴き出し、ゆらゆらと身体が動いて今にも倒れそうだ。

「カナメ様!」

 近くに来ていたポイズンリリー声を荒げる。何時ものポイズンリリーらしからぬ、焦りが籠った声音だ。
 その眼前でカナメの身体がぐらりと傾き、横向きに勢いよく地面に倒れ込んだ。
 ドシャッ! と重たいモノが地面に落ちた音が辺りに響く。斬られた首からはドクドクと紅い液体が零れ出て、すぐさま地面を紅に染め上げる。
 その直後、カナメの首を斬ったのであろう馬車の中の人間がけだるげに出て来た。

「やっと仕事かよ。たく、無駄に矢とか撃ってんじゃねーつの。さっさと来いよな」

「そう言うな。これも傭兵である我々の仕事の一環だ」

 出て来たのは、無骨な金属製の鎧に身を包んだ二人の男。最初に出て来た巨体の男は刀身がカナメの血に濡れた両刃の剣を肩に担ぎ、額に縦一文字に刻まれた大きな傷跡をしきりに掻きながら、苛立たしそうに愚痴を零す。無精髭を生やし、見るからに無骨で粗暴そうな男だ。
 次いで出て来たほっそりとした長身の男がそれを窘め、油断なく腰に差した細身の剣の柄に手を添えながら、猛禽類のように鋭い眼光を周囲に向けた。まるで氷のような鋭さのある男だ。

「しかし、これは一体どういう事だ? 我らが何かをするまでも無く、抹殺対象のほぼ全員が行動不能ではないか」

 ほっそりとした長身の男は訝しげに首を捻り、まず地面に倒れた十人を見て、次にすぐ近くで怒りに震えるポイズンリリーの姿を見た。何分男達が乗っていた馬車の中は防音の魔術が掛けられていた為に、外で何があったのか情報が足りなかったのだ。

「んなの知るかよ。つか俺たちにとって楽な仕事が更に楽な仕事に変わっただけじゃねーかよ。さくっと殺して、報奨金を貰って酒場に行こうぜ。まずは、殺すのは惜しいが、そこに立ってる女からだな」

 巨体の男はギャハハと下品に笑いながら、カナメの血に濡れた両刃の剣の剣尖を、ゆっくりとポイズンリリーに向けた。剣尖はポイズンリリーの喉元を真っ直ぐと捉え、言外の威圧感と共にポイズンリリーの身体を微かに軋ませる。
 無駄のないその動作と込められた殺気と闘気の強大さから、この巨体の男は相当な腕を持った存在なのだと素人でも分かるだろう。
 しかし、今回は相手が悪すぎた。男は何もできずに殺される事というのは、避けようも無い未来の光景だ。本来ならば、こんな余裕さえ見せられずに男は自分の血の海で溺れている。
 だが、男は今だ死んではいない何処とか怪我さえ負ってはいない。

 ――何故か?

 それは実に簡単なことだ。 
 怒りに震えるポイズンリリーが、どうやって苦しめ抜いて殺してやろうかと思わせるより先に、手加減できずに一瞬で殺してしまう事をどうにか抑え込むのに必死だったからだ。
 ポイズンリリーはあたかも万力で身体を締め付けるが如く、自らの腕を使って自制をかける。
 身体を抱きしめるようにして震えながら我慢するその姿が怯えているように見えたのか、巨体の男は更に自ら地獄への特急列車の速度を上げた。
 というか、加速装置のスイッチを入れた。

「そういやさっき俺が殺したそこの間抜け面の男って、お前の恋人か? はっ! お前さんみてーないい女があんなしょぼい野郎になんでそんな感情を抱くか分からんね。まあ、あんたもその程度の女ってことかね」

 その言葉に、ミシッ! と何かが軋む音がした。金属か何かが、軋む音に似ているだろうか。
 そしてそれは、ポイズンリリーが自らの両腕を砕かんばかりに握り締めた音だった。

「貴様……楽に死ねると思うなよ……」

 底冷えしそうなまでに殺意が込められた、ポイズンリリーの声が微かに響く。
 自分を戒めていた両腕の力を抜き、そのままだらりと下に垂らした。およそ力みと言えるものが抜けたポイズンリリーのその動作は、二人の男に最大の警戒を抱かせるのには十分すぎる動きだった。
 並大抵の人間ではまず到達できないだろうというほど極められた脱力に、命を賭けた戦を生業とする傭兵である彼らは、一瞬で気持ちを切り替えた。

「<兵装名称シリアルナンバー狂い神の毒刀マッドポイズン>を我が手に」

 紡がれる起動言語アクセスワードをきっかけに、ポイズンリリーの両手首は一瞬だけ展開され、展開された手首の空間から飛び出た紫色をした毒々しい刀をポイズンリリーは握り締めた。
 刀の長さは二尺――約六十センチ――程で、明らかにあれで斬られればタダでは済まないという事がありありと分かるだろう。一目見ただけで分かるくらいにポイズンリリーが取り出した刀は、濃厚な毒気を発しているのだ。
 鉄に毒を含ませた刀というよりも、毒そのモノが刀の形をしている兵器だと解釈すればいいかもしれない。

「――ッ! おいおい何だあの剣は。明らかにヤバそうなんだが」

 思わず後ずさる巨体の男は、驚愕の声を出しながら、噴き出してくる冷や汗をそのままに、ジリジリと数歩後ずさった。

「明らかにお前が余計な事を言うからだと思うが……」

 その横で、ほっそりとした長身の男は抗議するような声を出すと共に、鞘に納めていた剣を抜刀した。
 男が抜刀した剣は通常の剣よりも細く、先端だけは少々ふっくらとした独特の形をした剣だ。斬るというよりも突く事に特化しているのであろうと見た目だけで判断できる。無駄な装飾は一切ない無骨な細剣で、幾多の戦場を乗り越えて来たであろう歴戦の奇剣と言った所だろうか。
 
「無駄な足掻きを……してもただ苦しみが長引くだけですが?」

 だらりと垂れた腕を左右に揺らしながら男達に近寄っていくポイズンリリーの姿は実に不気味で、後方には鎌を振り上げた死神の幻影が見えそうだ。それから、だらりと垂れ下がった手に握られている刀の先端が地面にガリガリと溝を刻んでいて、刀の毒気に当てられたのか、地面の溝はドロリと腐っていた。
 幽鬼にも似た雰囲気を纏うポイズンリリーは、既に二人の男を一撃で殺す気満々である。寧ろかなり我慢結果こうなってしまったと言う方が正確だろう。本来のポイズンリリーなら、手足を分断してジワジワと毒によって冷たくなっていく彼らを見たいと思うはずだ。
 無意識の内に唾を飲む男達は、後退しながらも、何とか応戦しようと隙を探っている。しかしポイズンリリーにそんなものはなく、攻撃しようという気にもなれない。
 隙が無いと言っても、厳密に言えば隙はある。それもとびきり大きな隙だ。
 だが、明らかにそれは誘いだった。そこをもし攻めれば、脱力している事によって零から一瞬で最速まで加速する事ができる毒刀は、男達を真っ二つに斬り飛ばす事だろう。
 仮に避けたとしても、掠っただけで死ぬというのは想像に難くない。それほどあの毒刀は危険だ。
 美味しそうに見える餌を使って狡猾な罠を張り、獲物が掛かるまでじっくりと待つポイズンリリーのその姿は、男達にとって恐るべき毒蜘蛛を彷彿とさせていた。
 しかも男達から攻めなくても、ポイズンリリーは確実に距離を詰めている。
 早い話が、殺すか殺されるか――いや、すぐに殺されるか少しでも長く逃げて殺されるかの瀬戸際だ。
 というか、どのみち男達は死ぬ。
 目だけで意思疎通する男達だが、すでに心の何処かでは最早生きる道が無いという事は何となく分かっていた。だから徐々に追い詰められていく男たちは、徐々に増していくポイズンリリーのプレッシャーに負けて、無謀にも特攻をしそうになる。

 獲物の柄を握り直し、唾を飲み込んで覚悟を決めて――
 そしてポイズンリリーに斬りかかるかどうか一瞬だけ迷い――
 今一度大きく息を吸い込んで――
 全力で斬りかかる――

 という間際の事だった。
 男達にとっては救いの声で、ポイズンリリーにとっては正気に戻るきっかけになった声が響いたのは。

「いてててて。いやー久しぶりに自分の血を見たな。うは、首がぶらぶらしてる。――って、あれ? お前ら何ボケっとしてんだよ?」

 ぶらぶらと揺れる頭を両手で支えて本来の位置に戻しているカナメは、場の殺伐とした空気を読まずにそんな声を出したのだった。