小説『彼女と夏と僕』縦書き表示RDF


((ネタバレ注意。先に原作をお読みになることを特にお勧めします。))
小説『彼女と夏と僕』
作:やおたかき


「だーれだ?」
 いきなり柔らかい手が、後ろから僕の目を隠す。「わたしはだれ?」と、試すだなんてとんでもない。その声、その手の感触、僕にとってかけがえのない人のもの以外の、なにものでもない。
 夏休みの登校日。そのとき一瞬、真夏の暑さが、熱から香りへと、化学変化でもおこしたかのような、錯覚すらして。
 ふり返ると、木漏れ日の中、その人は眩しくほほ笑んでいたのさ。
「ナツミ先輩……」
 年上の人。そして僕の──僕の──僕の、カノジョ──
 シャツの胸元を軽くはだけ、タイを崩れた感じにぶらさげて。制服のスカートは短く。露出された肌が僕には輝いて見えて。
 その引き込まれそうな澄んだ双つの瞳で、ぶざまに視線をさまよわさせている僕の顔を、意地悪っぽくのぞき込んでくるのだ。
「デートしよ!」
 僕が息をつまらせて返事ができないでいることをいいことに、カノジョはさらにたたみかけてくる。
「海につれてってよ!」
「──」
 海──
 センパイと、海──
 その瞬間、僕の脳裏には、白い浜辺に滑るように打ち寄せる波と、センパイのその姿の映像が広がり──
 意識がかすれかけたのは、夏の暑さのせいに違いない。


「あつーい」
 センパイの首筋を、汗の粒が、すす、と滑る。
「なんで自転車あるのに 歩いて行くわけー?」
 こっそりと盗み見るセンパイの横顔は、年上なのに、逆に幼くさえ見えて。だから。
「自転車の二人乗りは 交通違反だし……」
 と僕はぐずぐず言い訳をするのだ。
「ふーん……」
 告白をしたのは、夏休みの前だった。
「随分マジメねー」
 OKをもらえただけでも、驚いているのに、二人乗りなんかしちゃったら。
「ま いっけど」
 カラダが密着しちゃうじゃないか。
 ……そりゃ、してみたいけど、さ。
「あっ 海!」
 センパイが、駆け出した。


 僕たちの学校は、歩いていけるほど近くに海があってさ。
 だけど、いつも波が荒くて、泳いではいけないことになっているのさ。
 だから、このときも、僕たちのほか、誰もいなくて、さ。
「うーん 潮風……」
 気持ちいい、とセンパイは両腕を伸ばし、カラダを反らして、さ。
 後ろから見ている僕は顔を赤くさせたのさ。どうしても、センパイは。
 やっぱ かわいい から──!
 そしてそのとき、いたずらな風が吹いたんだ。
 あわててスカートを押さえるセンパイ。
 シリアスな表情で、軽く睨むセンパイ。
「パンツ見えた?」
 見えた。
「え……いや! 見てない! 見てないよ!」
 ハッキリと網膜に焼き付いた。白いパンツ。布地から半分以上はみ出たお尻のお肉まで!
「へーっ ほーっ」
 センパイは信じてくれず(ま、そうだろうけど)、わざとらしい声を出し──
 突然。
 とびきりにいいコト考えついた、というふうに、僕を困らせる笑顔になり。
「別に 見てもいいよ──」
 と。
 スカートを、脱ぎはじめたんだ!


 じつに思い切りよく、ストンと、スカートを地べたに落とし。
 シャツにパンツという姿。もう、悩殺的な光景を僕に見せつけて。
 そのシャツも、ボタンを下から外していくんだ。
 おへそが見えて。
 制服のタイが、白いブラの谷間から、ハダカの肌にぶらさがっていて。
 1年大人な、センパイのカラダ……。
(う……うわあ〜〜〜っ!!!)
 顔を真っ赤にさせて、がばっと後ろを向く、可哀想な僕だったのさ!
 センパイのからかうような笑い声。
「バッカねー 水着だよ水着」
 え……?
「下に着ておいたんだよね」
 滑稽なくらい、おそるおそる振り返った先に。センパイの──
 センパイの──
「じゃーん」
 ナツミセンパイの、夢にまで見た、ビ、ビキニ姿が──!
 ううう……。
 センパイ、まだ、制服の黒ソックスも靴も脱いでいないじゃないですか! あの、その格好、マジやばいっス!
 だけど、センパイは。そんな僕の慌てようなんかそれこそ意にも介さないでさ。
「似合う?」
 KOさすような笑顔を見せたんだ。


「でもココ 遊泳禁止だけどね」
 そう言いながらも、逆に靴下を脱いでいくセンパイ。
 前屈したために、乳房がたわわになってさ──
 ──!
(だ ダメだやっぱり!)
 僕の心臓は、もう破れんばかりになって。
「あっ 目をそらした!」
 かんべんしてください。
「もーっ」
 と、機嫌を損ねてしまうんだ。
 でも、わかってくれるだろう?
 恥ずかしくて、見れないよ。
 ジロジロ見て、スケベだと嫌われたくないよ。
 てゆーか僕。
 全然自信がないんだ。
 僕……本当にナツミ先輩の彼氏なんだろうか?


 だって、僕は一度も先輩から、好きって言ってもらってない……。
 と、そんなふうに、半分、惚けていたときなんだ。
 大波が──
 人の背丈を軽く超える大波が──
 センパイは、持ってきた鞄に気を取られていて──
「危ない!」
 叫んでいたときにはもう、駆け出していたのさ。
 目の前でセンパイは、波に飲みこまれて──
 僕は、センパイには間に合ったけど。
 鞄の方が──
「あたしのバッグ──」
 波に攫われてさ。
「取ってくる!」
 なんとか沖に持って行かれる前に、取り戻したんだけど。
 もちろんぐしょぬれで。
 センパイは、落ち込んでしまって──
「何か大切な物でも 入れていたの?」
「うん」
 そしてカノジョはこう言ったんだ。
「クッキー焼いてきたの 君に食べてもらいたくて。 ……でも、もう……」


 僕は、本当に嬉しくなっちまったんだよ!
「食べるよ食べる! 先輩が作った物なら何だって食べる! あーあったコレだ! 確かに水びたし、いや! でもおいしそう! うん、しょっぱいけど、うん、おいしい! 塩分と糖分が微妙なバランスで混ざり合って、全然イケるよ! ナツミ先輩は、料理上手なんだなあ!」
 嘘じゃない本当なんだ。もうガツガツとたいらげたのさ。
 そしたら、センパイは、僕のカノジョは、とっても幸せそうな顔で、僕にこう言ってくれたんだ。
「ありがと だいすき……!」


 波が鳴ったね。ザンッてさ。
「きゃっ……」
 センパイは恥ずかしそうに両手で赤い顔を隠してさ。
「うそ……」
 僕なんか、目を丸くさせてさ。
 最初耳を疑ったよ。だけど、じわじわっとさ。
 センパイは、可愛くてさ。
 じわじわと──
 センパイは、まだ恥ずかしそうに顔を隠していて、さ。
 ──
「──しゃあああああああああっ!」
 もう、沖に向かってバシャバシャと泳いじまったよ。マジ、たった今、死んだっていいって、思ったくらいだったのさ。
「ちょっとココ 遊泳禁止だよーっ」
 センパイの声が聞こえる。
 センパイが笑顔になっている。
 ああ──
 僕は、センパイとのこの恋を、多分なかなか進展させてあげられないだろうけど──
 そうなのさ。
 とりあえず今日の帰りは、センパイと自転車二人乗りしようと、決めたのさ!















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