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ブルー・マジック・バード
作:やおたかき



第三章 つどえるものども・7


 そのときだった。
「――ああ、もうダメ! カミサマ、ボクもうガマンできない!」
 シリアスな空気を一瞬でコメディに塗り替えるほどのパワーに溢れた明るい笑い声が、辺りにおおっぴらに響いた。驚いたエドが振り返ると、そこに、真っ赤なダウンジャケットにスカート、黒いタイツ、金髪、碧眼の、まるでエンジェルのような少女がいた。
 少女は両手を腰に当て、堂々と相手を貶し始める。
「あのエドが、手玉に取られたものね!」
 英語。そして英語の笑い声――
 闇と冷気を吹き飛ばし、そこだけ真昼のような、絢爛に咲き誇る花々を周囲に撒き降らしたかのような、なんとも――元気な――少女だった。
 エドワードは動かない。じっと、少女の顔を見つめている。
「――思い出して?」
 少女は愛くるしく問いかけた。
「……君の名は?」
「セイレン!」
 とたん、あのエドワードの表情が一変した。
「――あの『魔女』! 魔女の娘か!? おのれは!」
「憶えていてくれてうれしいわ、ダーリン! 今でも愛してるよ」
 エドの顔がまたもや真っ赤になった。鞭が、鎌首をもたげた。
「この国に、何をしに来たか?」
「さあねー」
 鞭が一鳴りした。今のエドは、ひどく危なかった。
「イヤよ、『パパ』!」
「げっ――!?」
 エドワードが目を見開いたまま硬直した。瞬間、少女は『跳ね』た。彼女は楽々と男二人を飛び越えると、着地の反動でさらに飛び、一気に廃虚ビルの中に飛び込んで行った。そのまま走り去って行く足音――
「師よ!」
 但馬が叫んだ。
「!」
 我に返ったエドが、慌てて追いかけ始めた――

         ※

 千鳥三四郎が顔を上げ辺りを見回すと、そこは、『雪国』だった。闇の底、黒い空の下の、一面の白い雪。
 当惑し、その降り積もった雪面に一歩踏み出すと、ぶかりと足首まで沈む。そして冷たい……?
 なんだか頼りない冷たさだった。もう一度、辺りを見回す。
 確かここは、廃ビルの屋上だったはず……。
 だがこの光景は、その認識を拒絶する。そこは、山間に広がる農耕地のような、広い平野であった。今そのすべての面積に、白く、分厚く、雪が降り積もっている。
 雪片が、はげしく舞い降り始めた。
 風が、吹きはじめた。
「――寒い?」
 そう思った『とたん』、鼻孔、口から、白く息が流れはじめる。
 風が、叩き付けるような勢いになった。
 頭の芯が、じんじんと痛みはじめる。
 たまらずしゃがみこんだ。肩を抱く。
「寒い――」
 体の震えが止まらない。
『確信』した。このままでは凍死する――

 ――と。
 目の前に、一人の、ほのかに光る、裸身の少年が現れた。
 この猛吹雪の中、その身を隠す一切れの布地もなく、今にも凍り砕けそうな細身の白い肉体は、だが逆に明るく微熱を放ち、なまめかしく、柔らかげな肉の芳香を漂わせる。君、どうしたの? と誘惑の美微笑を浮かべ、優しく、暖かく、三四郎はその身体を折れんばかりに抱きしめたいという強烈な『感覚』に体を乗っ取られ――うっとりとした――

          ※

 黒マントの小春静は、三四郎の首すじに顔を寄せ、口を開いた。
 三四郎がついに喪心し、抱き寄せた腕から力なく崩れ落ちる。
 静は慌てて抱き直そうとして――

 視界から三四郎が消えた。

 ふんわりと、光景が、流れた――

 硬い煉瓦に背中から叩き付けられ、目から火花が飛び、一瞬、息が詰まった。

「……これが『巴投げ』、よ。喰らったか、静?」
 うつろなまま、三四郎がかすれた声で言った。
「お見事……」
 仰向けのまま、静は苦笑するしかない。むくりと起き上がる。
「……雪、が消えぬ。この『幻』、寒い。……お前も、さすが、だぜ?」
 あらぬ方向に顔を向けながら、歯をカチカチ言わせながら、三四郎は、それでも壮絶に笑ったのだった。
 彼は立ち上がろうとして、そこまでだった。三四郎の膝が崩れた――

 この人を、ぜったい仲間にする!
 決意新たに、小春静は、一歩、足を踏み出した――

          ※

 ――そこは、真夏の浜辺だった。

 真っ白い焼けた砂浜。蒼穹に高く輝く太陽。打ち寄せる、透明な、穏やかな波――
 小春静は、自分が全裸のまま、すねまで温かい海水に浸かって立ちすくんでいることに、いきなり気づいた。
 顔を赤らめた。両手で儚げに前を隠す。
 前方には、千鳥三四郎が、おなじく生まれたままの姿で、海水の中に座り込んでいる。目のやり場に困って、静は今以上に真っ赤になる。
 その三四郎は呆然と手を動かしている。その手元でチャプ、と海水が弾けるのを、静は『認識』した。
 とたん、わき起こる潮騒という音響──
 ここは、まぎれもなく海だった。
 静の髪の毛が、潮風に吹き流される。
 鳴き声に空を見上げると、みゃう、みゃう、と海鳥が空を滑って行くところ――
「……」
 そして。 
 小春静が、少し名残惜しげに、首を振った。

          ※

 とたん、すべての『幻』が消え失せた。
 三四郎は、冷えた煉瓦に座り込んでいる。静は、そのそばに立ち尽くしている。
 少年二人は、同時に振り返った。
 いつの間に出現したのか――そこに、二人は妖しくほほ笑む天使のような少女を見た。




こっからヒロイン フルスロットル!








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