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ストラクチャードシリーズ

タイムリミットはあと2年

作者:青い鴉
第一話 死刑宣告

 俺の名前はジョン・ウォーク。残された寿命はあと二年。どうしてこんなことになったのかって? まあ聞いてくれよ。
 俺は名前の通りウォーキングが大好き。極度の健康オタクだった俺は、新しい自動車と駐車場を買う代わりに、先進医療用の煌く「リング」を買った。これは想定される各種疾病に対応する検査成分の血中濃度を自動的に測定し、残りの寿命の表示までしてくれるという優れものだ。だが、どうやら初期不良品を掴まされてしまったらしい。リングは俺の寿命はあと二年だという。次の休みに、俺はさっそくリングを返品しに病院に出向いた。

 医者は言った。
「すぐ検査のために緊急入院することをお勧めします。リングが故障しているかどうかは、それではっきりするはずです」
 酒もタバコもやらない俺が、病気に罹っているだって? 俺はいたって健康。腹筋だって割れているっていうのに? それでも俺は半信半疑ながら、医者の指示に従った。俺は神様より医学のほうを信じていたからだ。
 検査の結果は、末期がん。そのとき俺は大きなショックを受けた。絶望したと言い換えてもいいね。何も考えられなくなり、食事も喉を通らなくなった。
 僭越ながら、と医者は言った。リングの下取り業者を紹介することはできます。下取りに出して、医療費に充てることをお勧めします。俺はぜひもなくリングを下取りに出した。だって、他に何ができるっていうんだ?
 俺の名前はジョン・ウォーク。残された寿命は、あと二年。


第二話 退職

 俺は好きでコンピュータ関連の仕事をしていたが、残り寿命が二年だと知った今、会社にとどまり続ける理由はなかった。コンピュータを弄るのは好きだが、死ぬまで弄り続けるほど大好きってわけじゃあない。上司に事情を話し、依願退職の手続きをしてもらう。退職金は弾んでもらえた。残業は多かったけれど、まあ悪い職場じゃあなかったね。
 俺の同僚は事情を聞いて、俺に同情してくれた。上辺だけのそれじゃあなくて、本当に親身になって考えてくれたんだ。奴は俺に、本当に大切な一枚の名刺を渡してくれた。実はここだけの話、ネットへの人格移入が既に実験段階に入っている。博士にコンタクトを取れば、まだ助かる可能性があるかもしれない。と同僚は言った。

 もちろん俺はまだ生きたかった。それがたとえ無機質なシリコンの上だったとしても。
 だから俺は名刺を元に博士に連絡を取ったんだ。
「もしもしレイブン博士ですか。こちらはジョン・ウォーク。残り二年の寿命しかない哀れな男です。どうかお助けください」ってね。
 でも答えはシンプルだった。現状、たった二年ではネットへの人格移入はできない。それに移入には二十五万ドル以上のキャッシュと順番待ちが要る。残念ながら君では到底無理だろう。
「分かりました。話を聞いてくれてありがとうございます」俺は丁重に電話を切った。
 俺はまた絶望した。輝いていた希望が目の前で消え去るのを見るのはとても辛かった。でも俺は諦めなかった。諦めなかったんだ。


第三話 BOT

 俺はしばらくの間、悩み、考えていた。自分が「生き延びる」には何が必要かって。肉体はもう頼りにならない。ネットへの移入の道も絶たれてしまった。俺はいつものようにネットで独り言を呟く。するとそこには、世界中の名言を呟き続けるBOTがいた。「明日のことを思い煩うな。明日のことは明日自身が思いわずらうであろう」それで俺は閃いたんだ。
 独力で、自分のクローンBOTを作ればいい。ネットへの移入の代替案として、俺は死後の世界をクローンBOTに託すんだ。それは驚くほどいいアイデアだった。人格のベースには、過去の自分の呟き、発言、日記を使えばいいじゃないか。
 かなり長いことかけて、俺はログから自分の情報をサルベージした。驚くほど少なかった。発言数は一万を超えることはなく、同じ内容の繰り返しや、その場限りの返事応答が多かった。それは人格を形成できるほどの量には達していなかった。
 それでも、俺はその情報を元に人格を作り始めた。手始めに、自動的に呟くBOTを造ろうとして、それに関する各種サービスを片っ端から調べ上げた。

 結論から言うと、それらは使い物にならなかった。一番マシなところでも、発言数の登録上限は一万行だった。それも有料で、だ。俺の死後も安定して運営されそうなサービスなんてどこにも無かった。
 俺は筋違いと知りつつも、自分の窮状を綴ったメールを各種サービスに送りつけた。返事は決まって同じ。当サービスはそのようなケースを想定しておりません。
 だから、俺はそれを自分で作る必要に迫られた。
 契約者の「死後も」動き続ける保証のある、仮想人格BOTサービス。それを造るには、ちょっとした技術と時間のほかに、法律の専門家を雇うためのカネが必要だった。当たり前といえば当たり前だが、カネを使って財団を立ち上げ、寄付を募るという形を取らなければ、死後の運営の保証などというものはどこにもなかったからだ。


第四話 スポンサー

 俺は自分の窮状をブログでも公開していた。それを見て、俺のBOT製作に興味を持つ人々が増え始めた。俺は真剣にスポンサーを欲しているとブログに書いた。長い間その記事への応答は無かったが、ある日それを見て、イライザと名乗る女性が匿名での支援を約束してくれた。とりあえず当面の資金的な問題は、それでなんとかなった。
 イライザの勧めで、俺は人工知能に詳しい数学者キング氏に連絡を取った。彼はシンプルなクオリアをベースにした仮想人格モデルを研究しており、早速、俺の過去の発言を元に、仮想人格が作成された。全てが順調にいくかと思われた。

 だが、俺はその人格と話していて、違和感を感じていた。彼は俺ではないように見えた。1+1は? その質問に、彼は2ですと応答した。何度試しても同じだった。彼は確かに学習能力を持っていたが、自明な質問に対する回答は常に同じだった。俺ならきっとこう答えただろう。そんなことより今日の夕食を何にするかについて考えましょう、と。
 だから結局、俺はその天才数学者に別れの手を振ることになった。ありがとう。さようなら。もう会うことは無いでしょう。というわけだ。

 状況は振り出しに戻った。俺は自分の手で、BOTを作らなければいけなかった。俺は自分の発言を拾い集め、プログラムを改良していった。自分とは何なのか? 俺は自分自身に問うが、答えは出なかった。出るはずも無かった。有史以前から、人はその問いを繰り返してきたのだから。


第五話 トラウマ

 実のところ、自分の過去を振り返るというのは、そんなに難しいことではなかった。チャットのログは取っていたし、呟きにもログがある。ブログや日記についてはいうまでもない。だが、自分を見つめなおしていくうちに、俺は自分の記憶と職歴に空白期間があることに気付いた。調べてみると、一時期のログだけが残っていない。穴が開いたように、そこだけがすっぽりと抜け落ちていた。
 気分転換を兼ねて、部屋の中をひっくり返して大掃除をしていると、埃をかぶったノートに一つの走り書きが見つかった。神よ許したまえ。自分の筆跡でそう書かれたメモは、俺の記憶には無い。それで俺は一つの可能性に思い至った。そんなことはありえないと思ってはいたが、積み重なった事実は一つの方向を指し示していた。

 俺は主治医のところに行き、カルテの公開を迫った。
 医者は最初こそ全てをはぐらかすような態度を取っていたが、寿命が迫る俺の断固たる意思に負けたらしく、しぶしぶながらカルテを見せてくれた。そこに記されていたのは、記憶消去薬イレイサーの使用だった。カルテによれば、俺は交通事故で恋人を亡くしたトラウマによってうつ病になり、何度か自殺を試みていたらしい。患者は記憶を消してくれと哀願している――その記述に、俺は動揺した。俺は、一切を覚えていなかった。事故のことも。彼女のことも。なにもかもを忘れてしまっていた。


第六話 記憶

 過去の記憶を取り戻したいと懇願する俺に、医者は、記憶復活薬リカバリーという試験段階の薬があると告げた。医師との誓約書にサインし、俺は俺の意思で、俺の辛い記憶を思い出す。その薬の効果は即効性のあるものではなかった。しかし、ある日唐突に、俺は全ての記憶を思い出した。

 記憶を失う前。俺は最高に幸せな日々を送っていた。美しいウェーブのかかった金髪を持つ、年下の彼女。俺が雨の日に、どうしても新鮮なサラダを食べたいと言い張り、微笑みながらバイクで買い物に出かけた彼女。そして、二度と、永久に帰ってこなかった彼女。
 ジョン・ウォークさんで間違いありませんね? という警察からの電話。事情聴取で「俺のせいだ!」と叫び、泣きじゃくったこと。俺は情緒不安定になり、自殺未遂のために強制入院させられた。病院付属の教会で懺悔し、俺は地獄に落ちてもいいから彼女だけは天国に行かせてやってくれと訴えた俺。病院での二度目の自殺未遂。医師からの提案。全ての該当ログの削除。記憶消去薬イレイサーの使用。

 俺は全てをブログに公開した。彼女を死なせてしまったことも、そのことを今の今まで忘れてしまっていたことも。スポンサーのイライザは、その記事によって資金調達が少々困難になったということを告げてきた。だが、俺はそれでもいいと言った。
 嫌なことをなにもかもを忘れて生きるよりは、偽善と呼ばれても過去の自分と向き合って生きたい。俺の記事に、いくつもの同情のコメントが寄せられる。中には、自分も知り合いを交通事故で亡くした。だから君を支援したいという、心強い言葉もあった。

 薬の副作用だろうか。俺はとっくの昔に忘れてしまった、ひどく幼いころの記憶を思い出す。子供の頃、星空を見て、あまりの星の遠さに泣き出したことがある。そのとき母が、太陽こそ最も近くにある星なのだと教えてくれた。だから泣き止みなさい。太陽に胸を張れる大人になりなさい、と。
 俺はそんな大人になれたのだろうか。


第七話 周囲の人々

 時間をかけて彼女の死の記憶というトラウマを乗り越えた俺は、自分の発言や性格を真似るのではなく、むしろ周囲の人々の記憶こそが、人格を形作る最も大切なピースだという信念を持つに至った。そのためには、俺の周囲の人々のプロフィールを正確に把握する必要があった。ネット上の友人に改めて話を聞いた。たくさんの発見があった。

 そして俺は、幼い頃仲違いしていた友人たちのことも思い出した。俺は同窓会の主催者に連絡を取り、詳しく事情を説明した。古い名簿を引っ張り出し、それぞれの実家に連絡を取り、現住所を確認する。俺は一人ひとりにアポを取り、会いに行った。スケジュールは予定でいっぱいになり、俺は行く先々で歓迎を受け、たくさんの写真を取った。その新鮮な出会いが、俺という存在を定義し、形作ってゆくのを感じた。
 そのころブログで有名になっていた俺は、友人の友人を紹介されることもあった。時には、友人の知り合いの姪っ子の、そのまた友達も。
 俺のブログを見た様々な国の人々が、過去の記憶や、自分の人間関係を振り返り、大切なものを得たと共感を示してくれた。イライザが言うには、寄付は再び順調に集まりだしているということらしい。
 俺の周囲の人間関係をBOTに詳しくインプットし、それを自動応答に反映させる。何度もバージョンアップし、完成が近付く俺のクローンBOT。それとは対照的に、鏡に映る俺の姿は痩せこけていく。かつてあった筋肉も、今は見る影も無い。
 そしてそれは早朝、歯を磨いている時に起こった。末期がん特有の、内臓を刺すような痛み。俺の命は、もう長くなかった。


第八話 死と生

 俺は病院に入院し、ベッドに伏せった。がんの痛みを和らげるために、大量のモルヒネが投与されている。それでも一割ほどの痛みが残った。痛みがあるということは、生きているってことですよ。医者の励ましに応えようと、俺は必死に笑顔を作る。
 最初の診断から、丸二年。俺は死期が近いことを悟り、遺言を残す。「財団は俺の死後も寄付金を用いてBOTを運用すること」たったそれだけの内容を、弁護士たちは本のように分厚い書類へと変換してゆく。何か他に遺言は? と問う弁護士に、俺は言った。
「俺はこの世界を愛している」
 異国の言語を聞いたような反応をする弁護士を見て、俺は面白がる。その言葉には、法律の専門家には翻訳できないニュアンスが含まれているらしかった。
「それは、余った資金は国際赤十字に寄付する、という意味でよろしいですか」
 俺は小さく頷き、目を閉じた。停止する心臓。もはや更新されることの無いブログ。

 俺の死を知り、BOTは「心が痛い」と呟いた。それに対し「お前にはもともと心などない」と非難する連中が現れる。宗教裁判、異端審問の如く、お前は神を信じているかと問われたBOTは、「かつては信じていなかったが、今では信じている。俺はこうして生きているのだから」と言い返した。嘘だ、詭弁だ、ペテンの類だと罵る連中。しかし多くの人々は、俺の存在を受け入れてくれていた。広告のクリックで財団に寄付をし、BOTへの人権付与を願う署名活動までもが行われている。
 今では数千万人がジョンのBOTを、つまり俺をフォローしていた。


第九話 寿命

 そして長い時が流れた。かつて俺の友人だった人々は、歳を取り、病に倒れ、あるいは自然死してゆく。俺のBOT製作のよき理解者であり、支援者であったイライザも死んだ。
 財団所属のプログラマにより、度重なるバージョンアップを受けた俺は、既に白髪の老人のゲシュタルトを得て、単なるBOTではなく、一人の人間ジョン・ウォークとして人々に認知されていた。そう、この時代、BOTと人間の垣根は曖昧になり、多数の人々が不死を得ていた。
 俺はバーチャルリアリティ観境の中をジャンプして散歩し、その先々で出会う人間(あるいはBOT)に最期の挨拶をして回る。

 俺は出版社を通じて「私はもう十分生きた」と題する書籍を出版した。その反響はすさまじかった。たくさんの感想と批評、悪罵が飛び交った。
 かのレイブン博士の手法により、ネットへの正規の人格移入を果たした移入者たち(その多くが不死を望んでいる)も含め、多くの人々に生存を望まれながらも、俺は平均寿命による死を選択した。俺の元に届くたくさんの別れの言葉。俺はきっとこれからも、皆の記憶の中で、永遠に生き続けるのだろう。
 俺は最期の呟きを発する「この言葉はとても陳腐に聞こえるかもしれない。それでも」俺は一筋の涙を流しながら言った。「神に感謝を。あなたの上にも神の恵みがあらんことを」
 そして俺は死んだ。ちょうど八十歳になる日だった。


第十話 未来

 未来。そこには無限の広大さと永劫の寿命を持つ、仮想人類がいた。ジョン・ウォークの偉業は、歴史教科書の中の一ページを占めていた。彼の死後、彼を真似て、様々なバージョンのBOTの製作が試行錯誤された。その結果として、当時の単純な人格移入モデルよりも高度な人格モデル、移入技術が次々に開発され、仮想世界はバージョンアップを続けた。それが、現在の仮想人類の元となっていったのだ。先生は生徒達に、そのあらすじと顛末を語って聞かせる。

「先生! 技術的には簡単なのだから、ぜひ彼と話してみたいです!」と言う生徒。

 しかし先生はゆっくりと首を振る。

「彼は既に死んで堆肥になってしまったの。その偉大な眠りを覚ます権利は誰にも無い。私たちにできることは、土を耕し、種を植え、そこに大きな果樹園を作ることだけ」

 生徒は納得したという意味のゲシュタルトを発し、教科書のページに折り目を付ける。次のページには、人類の仮想化と、宇宙進出の歴史が記されていた。宇宙文明とダイソン球の構築、構造化されたエンサイクロペディア号。人類の新たな一ページ。まあ、その話は、またの機会にでも取っておくことにしよう。

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