17くち 1
17くち「舞台の上から客席へ!兄弟二人のB&C!!」
アメリカ合衆国の政治家、弁護士であり、第十六代目大統領である、エイブラハム・リンカーン曰く、「私の歩みは遅いが、歩んだ道を引き返すことはない」
夏休みが過ぎた。
今年の夏休みは充実していた。
昨年は北海道の網走や静岡県の熱海に行ったが、今年はアメリカのカリフォルニア州サンフランシスコ、東京都の青ヶ島。それに、地元の七夕、夏祭り、花火大会にも行った。
どこもかしこもバートがパソコンで調べて、見てみたい、行ってみたいと強請って連れ回された。
特に青ヶ島は、行きは順調にヘリの予約が取れたものの、帰りが天候に恵まれず、予定より一週間も静かにのんびり息抜きしてしまった。
どうせ冬にはまた白く戻ってしまうけれど、今年もよく日焼けして、火傷した年だった。
九月の下旬には文化祭で、マシューが所属する志士頭学園高等部演劇部は、卒業していった盃 花美が残した「仮面ニート同盟シリーズ」計三作と番外編一作、合わせて四十分間の作品を、映像部と協力して作り上げ、映像作品として上映した。
会社内であの手この手で働かず、働くフリだけをして駄弁り続ける仮面ニート同盟の男たちと、やり手の怖い女上司の戦いをコミカルに描いた作品だ。
マシューは一作目は準主演。以降は脇役となり、その年に入って来た一年生を主演に置いた。
その舞台で、マシューは困った役柄を花美先輩に任せられていた。
マシュー演じる「日国 増優」は、本人とは似ても似つかないスラットな役柄だったのだ。言うならば、ビッチ。アバズレ。
ちなみにビッチもスラットも男女関係なく使える侮辱の言葉である。
どちらも、「尻軽」と言う意味を含む。
社内の女性にはほとんど唾をつけ、チャラチャラした笑顔と軟派な誘い文句を振り撒くようなセクシーな役柄だと言う。
溜息が出た。膝を抱えた後、頭を伏せた。
出来っこない。だって僕とはかけ離れ過ぎているもの。
たかだか十八歳を迎える男子高校生に社会人何年目かの役を宛がうのもそうだが、セクシーさを求めるのもいかがなものか、花美先輩。
彼女が脚本を務める、学生達が主要人物のコメディードラマが来年の春から放送予定だけれど、それが書けるのなら、自分たち学生にもっとも相応しい別の脚本が、彼女の実力ならば残せたのではないか。なぜあえて「仮面ニート同盟」を残したのか。
この「仮面ニート同盟」と、その学生コメディードラマの台本を"取り替えっこ"したら良いのでは。
こんな人生の酸いも甘いも経験し尽くせていない高校生にやらせるような役では…。
自分で書いた脚本を発表しようかな。しかし、演劇部の立役者である花美先輩がキャスティングまでしているし、発表しないわけには…これまでの恩義に報いねば…ううむぅ。
ぶちぶちと文句を垂れるマシューを慰めてやるバートは一苦労だった。
結局、バートの演技指導とマシューのやけっぱちにより、なんとか夏休みが終わる頃には撮影が終わって、文化祭での上映にこぎつけた。