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掌編小説集8 (351話~400話)

授かった力

作者: 蹴沢缶九郎

そろそろ寝ようと布団に入ると、何処からか誰かの声が聞こえた。


「お前に能力を授けよう」


声の主の正体を確める為、部屋を見渡すが辺りには自分以外に誰もいない。気のせいかと再び眠りにつこうとしたその時、自分の身体を、頭の天辺から足のつま先にかけて、電撃が突き抜けたような衝撃が襲った。


先程の声が言う。


「能力を授けたぞ」


そして、二度と声が聞こえる事はなかった。


翌朝、目覚めた私は昨晩の出来事を思い返す。夢にしては妙にはっきりとしていた。明確に頭に残る不思議な声と身体を襲った衝撃。あれは一体なんだったのだろう…。安易に夢と結論づけるには納得がいかない。

だが、声の主は確かに言っていた。「能力を授けたぞ」と…。


未だに夢か現実かわからないでいたが、もうそんな事はどちらでもよく、何故か自分の中で能力を授かったという確信だけがあった。


「能力か…」


多少バカバカしいとは思いながらも、物は試しとテーブルの上にあるマグカップに手をかざし、「動け」と念じてみた。物に触れずに動かす、サイコキネシスというやつだ。

しかし、マグカップはピクリともしない。結果にがっかりしたが、自分には何らかの能力があるはずなのだ。次に私は瞬間移動能力、テレポーテーションを試してみる。自分の勤める会社のオフィスを想像し、自分がそこへ移動するように強く念じる。だが、目を開ければそこは自室だった。私に備わったのはテレポーテーション能力でもないらしい。


出社の仕度をし、通勤中の駅で透視能力を試す。女性を凝視するが、女性の服が透けて見える事もなく、女性に怪しい人物を見る目で睨まれる。

会社に到着すると、まず溜まっていた仕事を片付ける為、書類を机に出した、その時、突然頭が冴え、仕事を次々にスムーズ且つ的確にこなしていき…なんて都合の良い事も起こらず、どうやら仕事面で役立つ能力でもないようだ。


いつも通りの会社での日常が終わり、会社帰りに馴染みのスナックに立ち寄り、そこのママに話を切り出した。


「ママには最近悩み事がある。それは仕事関係の悩みで、どうすればもっとお店が繁盛するか悩んでいる…。どう? 当たってる?」


私の唐突な問いにママはにこやかに答えた。


「突然どうしたの? 残念ながらはずれね。有り難い話で、このお店にも常連さんが足を運んでくれて、仕事は順調よ。それに悩みなんて大なり小なり皆が持っているものだわ」


「それもそうだね。突然変な事を言ってすまなかった」


人の心を読み取る能力かと思ったのだが、またも違った。もっとも、今の場合は人の心を読んだのではなく、それらしい事を適当に話しただけで、はずれたのは当たり前と言える。

酒を呑んでいると、その内、隣の席の客が取っ組み合いの喧嘩を始めた。酔っ払い、互いに気が大きくなったのだろう。暴れる二人を眺め、私はひょっとしたらと思い、両者に言った。


「おい、ここでは迷惑だ。喧嘩なら私が買ってやる。二人とも表に出ろ」


「何だと!!」


「上等だ!!」


酔っ払いの二人を外に連れ出し、人気のない駐車場へと移動する。私はもちろん喧嘩などした事はなかったが、私には相手を打ち負かす能力があるのだ。そうであってくれ。




「ふん、口ほどにもない野郎だ」


酔っ払い達はそう言うと、私をさんざん痛めつけ気が済んだのか、その場を去っていった。私の能力への期待は見事に裏切られ、後には殴られ蹴られ身体中に出来た傷と痛みだけが残った。なんという事だ、次からはもう少し慎重に行動しようと反省する。

だが、ただ一つ、自分にとって収穫だったのは、身体の傷が瞬時に回復しない様子から、備わった力が超回復能力の類いではないと知れた事だった。


私が授かった能力は何なのか…。その日から、私は思い付く限りのありとあらゆる事を試した。空を飛ぶ能力ではと、ヒーローごっこをする子供のごとく、2メートルほどの塀から跳んでみたり、作った粘土人形に命を込めようともした。

いや、実は能力の発動条件が違うのかもしれないと、自分でも訳のわからない意味のありげな呪文を唱えてみたり、大きめの紙にそれらしい魔方陣を描いて、その上でこれまた訳のわからないダンスを踊ってみた。

しかし、いずれも結果を残さず無駄な徒労に終わる。


そもそも、本当に私には不思議な能力など備わっているのだろうかと思うが、そんな考えが頭をよぎるのも一瞬で、漠然と根拠のない自信だけがあるのだった。


依然と正体を掴めない、使い方のわからない不思議な能力。それはまるで、恋心を抱く相手に振り向いてもらえない、もしくは、家を建てたはいいが鍵がないので入れないとか、そんなもどかしい気持ちに似ていた。


やがて、私は自分に授かった使い方のわからない正体不明のこの能力を持て余し、煩わしく感じるようになる。なにしろ、使い方がわからないのだ。それは能力者にとって致命的で重大な欠陥だ。

思えば、あの声の主も意地悪である。どんな能力か説明してくれさえすればいいものを…。そうすれば私も苦しまずに済んだ。こんな事なら初めから能力なんて授からない方が良かった。出来るなら、この能力を誰かに譲ってしまいたい。そんな想いに苦しみ、押し潰されてしまいそうになった瞬間、私はまだ見ぬ、知らない遠くの誰かと意思が繋がるのを感じた。


私はその誰かに言う。


「お前に能力を授けよう」

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