ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
27:ファミリー
 圭介は口を開いた。トロッキオを興奮させないように静かに言う。

『せめて、この家族に、今どういう状況なのか説明をさせてくれ。彼らは、何が起きたのか分からなくて、とても困惑している。お前たちだってファミリーを大切にするだろ?』

 圭介の口から出た言葉はイタリア語だった。

 トロッキオは銃を圭介に向ける。

『お前、イタリア人か?』

 圭介は条件反射で両手をあげる。

『いや、日本国籍だ。母はイタリア人だが』

『だったら、これだけ説明しろ。黙っていれば殺さない。ってな』

『わかった』

 圭介の返事を聞いても、トロッキオは銃を下ろさない。

 圭介はトロッキオの銃を見ながら、知子たちに言った。

「黙って従っていれば、殺さないそうです」

 父はそれを聞いても圭介に言う。

「知子に身辺警護が必要だなんて信じられない。これは何かの間違いだ。ジョゼフさん、あの人に私たちを家に帰すように説明してくれませんか?」

 言った直後に、トロッキオは父に銃を向けた。

「ひえぇ」

 父は悲鳴をあげて両手をあげる。父の反応は、智と圭介と比べるとかなりの違いがある。

 ごく普通に生活をしてきた父と、SPとして訓練を受けた智たちとの差だろうか。

 トロッキオは琥珀色の瞳で父の反応を見て苛立ちを募らせる。

『こいつは、黙れと説明しても分からんのか?』

 圭介も両手を上げながら言う。

『待ってくれ。今それを説明しているところだ。もう少し待ってくれないか?』

 圭介はトロッキオの銃を見ながら言う。

「パパさん、黙って下さい。彼らは日本語が分からないので、私たちの行動に過敏に反応します。彼らをあまり刺激してはいけない。お願いだから」

 銃を向けられては言う事を聞くしかない。父は口を閉じて何回も頷いた。

 それでトロッキオはやっと銃をさげた。

 滑走路が広がる空母の上。裸足で立たされている知子は、踏み締めている冷たい金属が滑走路だという事に気づいていない。

 知子たちは歩かされ、別の小型飛行機に乗せられた。

 飛行機はすぐに飛び立ち空へ向う。

 飛行機の機体が傾き旋回している時に窓から見えた巨大な船が先ほどの空母で、知子はその上にいた事を知った。

 銃と飛行機と空母を所有する見知らぬ外国人たち。それでいて彼らは軍服ではなくビジネススーツを身にまとい、空母とはとても不釣合いな恰好をしている。

 訳も分からず銃を向けられ、これから何が起こるのか分からないが、知子はやっと家族と一緒になる事ができて、とりあえず人心地着いた。

 知子たちは機内の隅へ行くように誘導を受ける。近くで銃を持った外国人が見張りをしている。
 知子は母の腕に掴まって腰を下ろした。隣に智が座る。智は知子と眼が合うとアザのある顔でにっこりとした。

 こんな時になぜ智が微笑んでくれるのか分からないが、智の隣に座った圭介も知子と目が合うとにっこりとしてくれる。

 今の王子とキングの笑顔は優しい。

 言葉が交わせない分、表情で大丈夫だよと知子に伝えようとしているのだろうか。

 知子は二人の笑顔が何を意味しているのか分からなかったが、王子智とキング圭介の笑顔に釣られて、知子も少しだけ微笑んで笑顔を返した。

 落ち着いてくると子供の好奇心が先立って、知子の瞳は狭い機内を見渡す。

 壁と床は全部エンジ色のコール天の生地で覆われていて素足でも温かくて気持ちがいい。

 少し離れた場所に、ソファーに腰掛けたトロッキオがいる。知子たちを監視するために体の前面を知子たちに向けている。

 トロッキオの前にあるテーブルには、ベルトに差し込まれた金色の銃が置いてあり、トロッキオはそこで葉巻を吹かしながら酒を飲んでいた。

 金色の銃を持っていたのは、智とトロッキオと知子を殺そうとした黒服の男の3人。あとの銃は刑事ドラマや映画と同じで、みんな黒い短機関銃を持っている。

 トロッキオが葉巻の灰を灰皿に落とすたびに、ビジネススーツの胸元が開き金色の銃が見え隠れする。という事は、テーブルの上の金色の銃は、智が持っていた銃だろうか。

 知子の頭脳は拉致された理由を探してぐるぐると回転して動く。

 智とトロッキオの口から出た「ノーベル」という言葉。

 圭介は、世の中のために世界で一番頑張った人に贈られる賞だと言っていたが、それが拉致とどういう関係があるのか。

 知子の心の中に夕食の時に聞いた智の声が蘇る。智は確かに知子のノートを手にとって言った「ノーベル学者の子供時代のノートか」と。

 知子は思う。未来の自分はノーベル学者なのか。でも違うかもしれない。知子は答えを求めて智を見た。

 智は落ち着いた表情で周囲を観察している。

 周りには短機関銃を持った見張りがいるので、知子は智に答えを教えてと声にして聞くことができない。

 そのうちに智はじっと見つめる知子の瞳に気づいて、首を動かして知子を見た。

 アザのある智の顔を見ているうちに知子は辛くなって涙を流す。王子の頬にあるアザは、少なくとも自分のせいでついたのだから。声を出す事が許されない今、どうやって智に謝ればいいのだろう。

 智は突然泣き出した知子を見て何がなんだか分からず動揺しているようだ。

 知子の母がそれに気づいて無言で知子の頭を引き寄せて胸に抱き知子をあやす。

 知子はひたすら母の胸で泣き続けた。
★長編小説ランキング★


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。