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24:白いスーツ
「知子さん、時間がありません。僕たちは、すぐに逃げなければならないんだ。早く!」

 強い口調の智の声に動かされて、知子は立ち上がった。

「私の服はここ」

 知子はまだ何が起こっているのか理解できていない。知子が今の状況を把握するために考えながらタンスの引き出しを開けると、智が中から服を出した。

「ズボンを。それと長袖の服」

「えー、スカートがいい」

 王子が例え泥棒だったとしても、智と一緒の時はかわいい服がいいに決まっている。

「走って逃げるのにスカートは邪魔だから」

「でも……」

 知子は渋って着替えようとしない。

 圭介は時計を見ながら言う。

「智、連絡はしたのか?」

「出る時したじゃないか。父さんだって見ただろ?」

「時間はとっくに過ぎている。なんで助けが来ないんだ?」

「分からない。聞こうにも通信が繋がらないんだ」

 苛立(いらだ)っている智と圭介の声が飛び交う。

 王子とキングは何をそんなに苛立っているのだろうか。

 不運にも知子が抱いたその疑問だけはすぐに解けた。

 家に侵入者が駆け込んでくる音がする。

 今度の侵入者はビジネススーツを着ている。覆面もしていない。

 頭髪の色も違う。瞳の色も違う。スーツの色もまちまちで人数が揃うとカラフルだ。

 手には全員、短機関銃FNP90。赤い照準光が智と圭介の眉間に光る。

 智はすぐに両手をあげた。圭介も両手をあげる。

 最後に白いスーツの男が現れた。スーツと同じ生地で作られた白い帽子を被っている。顔は外国人。智のように日本人の血が混じっているようには見えない。男は手にある金色の銃口を知子に向けて口を開いた。

「ボォナセーラ、トモコ」

 現れた男はトロッキオだった。トロッキオはにやけながら続けて言う。生粋のイタリア語で。

『随分うちのもんを痛めつけてくれたな。兄ちゃんよ』

 智は何も言わない。

『ここでお前に落とし前をつけてやりたいが、ガルネオ様は全員生かしたまま連れて来いとの(おお)せだ』

 トロッキオは金色の銃口を玄関へ向ける。

『外へ出ろ!』

 イタリア語で言っても、知子には分からない。トロッキオは動かない知子を見てもう一度言った。

『早くしろ!!』

 智は手を上げたまま言う。

「知子さん、外へ行きましょう」

「うん」

 知子は智の服を掴んで一緒に歩き出す。

 畳に倒れていた黒服の男が、仲間に揺さぶり起こされて1人、2人と起き上がる。 

『この野郎!』

 智は、起き上がった黒服の男に横からいきなり殴られた。

「智さん!」

 知子は、よろける智の体を支える。

『ふざけた事をしやがって!』

 智は首の後ろを叩かれて、体を屈めたあと、畳の上に倒れた。

「智さん、智さん」

 知子が呼んでも智は反応しない。

 トロッキオは、知子の頬に金色の銃口をくっつけた。

『騒ぐな! かわいい頬っぺに穴を開けたくないだろ?』

 知子は頬に当たった冷たい感触を感じてトロッキオを見る。顔の真横に金色の銃が見える。知子は恐怖で全身を強張らせた。

「知子さん、静かに。お願いですから」

 圭介が言う。圭介の後ろにいる父と母はパジャマ姿で怯えながらも無言で首を振って知子に騒がないでと合図を送っている。

 知子は口を閉じた。

『いい子だ。さすがノーベルの卵』

 知子の耳はノーベルだけを聞き取る。トロッキオの瞳の色は琥珀色。目の色は違うが、トロッキオも智が言ったノーベルを口にしたのだ。

 知子の脳がその理由を考えようとした瞬間、トロッキオは知子が着ているパジャマの襟首を掴み、引き摺るようにして知子をちゃぶ台のある部屋へ連れ出した。

 智はまだ畳に倒れている。

「智さん」

 トロッキオは知子の口を手で塞ぐ。知子を片腕で抱きかかえて連れて行く。

『外で騒いでもらっては困るんでね』

 智の姿は一瞬にして知子の目の前から消えた。知子はトロッキオによって外へ連れ出されたのだ。

 外にはほかにも大勢の外国人がいる。

『いいか。何事も無かったように、部屋の中を片付けておけ。日本の警察に見つかって国際問題にでもなったら厄介だからな。鍵もかけておけ。いいな!』

 トロッキオは周りの連中に言うと、抱きかかえた知子と一緒に車に乗り込んだ。車の色は黒。

 車のドアが閉まると同時に知子はトロッキオの腕から解放された。

 知子を乗せた車は走り出す。

 知子は窓に手をついて外を見る。

 父と母が銃を突きつけられながら車に乗り込んでいる。圭介は他の車に乗るように強制的な誘導を受けている。

 父と母が乗った車と、圭介を乗せた車は、知子が乗っている車について走り出した。

「おじさん、誰?」

『黙れ、くそガキ! 俺は子供が、大っ嫌いなんだ!!』

 トロッキオが金色の銃を知子に突きつけて怒鳴るので、知子は後ろに飛びのいて口を閉じた。車のドアが背中に当たって痛いが、銃を向けられていては痛いとも言えない。とりあえず知子は分かったという意味でトロッキオに頷いた。

『そうやって最初から大人しくしてれば、俺もお前を見て苛々せずにすむんだ』

 トロッキオは銃を引いて前を向いた。

 今もトロッキオが何を言っているのか全く分からない。

 車の中は香水の匂いが充満している。更にトロッキオは知子の隣で葉巻を口にくわえて火をつけた。

 独特の葉巻の煙の匂いが香水の香りと入り混じって、知子は慣れない匂いで吐きそうになり手で口を押さえた。

 車は岐阜県を南下して愛知県名古屋市へ向って走って行く。

 東の空は細い三日月が顔を出している。昇ったばかりの三日月は赤みを帯びていて大きい。その大きな三日月をバックにして、街の夜景が星屑となって流れていく。

 車は2時間近く走り、今度は高速道路に入った。一気に加速して走って行く。

 智はどうなったのだろうか。

 高速道路の防音壁の間からたまに見える夜景は綺麗だが、智が生きているか心配で、知子の頭の中には畳に倒れた智の姿ばかりが浮かんでいた。
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