この源助大根。密かにに平日の昼間は家で何をしているのかと思うが、意外と勤勉家なのであった。
この家では朝七時に青一郎が高校へ出かけ、七時四十五分に波限が出勤する。その後、二人の部屋の掃除を手ぬぐいと襷を付けてぱたぱたと丁寧に行い、器用に風呂とトイレの掃除までもする。
そのあと特製ドリンク(石灰を水に溶かしたもの)で栄養補給をし、大根畑の草取りや水遣り。そして大根が収穫出来るまで、波限の家にきちんと大根が届くようアパートの近くの公衆電話から本社(?)に電話をして大根を送ってもらったり、その申請書や報告書を作成したりする。
そのうちに夕方となり、再放送のドラマなどを見ていると、青一郎や波限が帰ってくる――という結構充実した毎日なのであった。
しかしここ最近はいつもの家事も行いつつも、その尾行劇を思い立ち、恩人の青年が密かに想いを寄せているらしいある謎の一人暮らしの女性の正体を探って喜ばせてやろうと、実行に移したのであった。
その結果……、噂の隣人、守口初夏嬢は毎日八時十五分に家を出ている。それは平日毎日ではなく土日もそうであったりするので、休日は不定期らしい。
そして彼女が歩いて向かった先は隣町の大手菓子店であった。
「お菓子やさんの店員さんー!」
青一郎が納得したように叫んだが、
「……って、面白くない……」
その後がっかりしたように唇を尖らせた。
「水商売とか実は三人の子供持ちとか、何処かのスパイだとか、そういうオチじゃないんですねー。ちぇー、」
寧ろそういう妄想が楽しいお年頃。失礼なことを言う青一郎を波限は小突いた。彼と言えば密かにそういうオチではなくて安堵していたのだが……。
「作る方やのうて、売り子さんとか事務さんらしいねんけど、愛想ようにこにこして客も喜んどってん」
「本当ーに見たまんまなんですね」
青一郎は本当につまらなそうだった。……この少年の好みの女性のタイプはどんなのだろうと、波限は想像するだけで恐ろしい。
「ありゃ年寄り受けするわ、あのテアイのお嬢は。見合い話のひとつやふたつやみっつくらい、来とるんやないか。ってか、あーゆーええ子は男がほっとかんやろー」
まあ清白様の美しさにはかなわんけどな、といつもの台詞で締めた源助の言葉に、
「あーそうだねー、あーゆー人ってオトコが好きそうだよねえ」と青一郎も同意し、ぽん、と二人同時に波限の肩を叩いた。
「「頑張らない(ん)と、先越されますよ(るで)」」
「やかましいわ!」とその二つの腕を振り払うと、波限は残った夕飯をがつがつと乱暴にかき込み、さっさと茶碗を台所へと持っていった。
そして飲みに行く余裕はないが、週に一度の楽しみで晩酌の缶ビールを一本持ってちゃぶ台へと(他に戻る場所もないので)戻ってきた。源助の隣人考察はまだ続く。
「ほんでな、見とると毎日同じ時間に帰ってくるし、仕事が休みの日も出かけるみたいやけど夜には帰ってくるし、ワシの勘やけど男の影はないんやないかなあと思うけどなー」
「……」
ビールを飲みながらテレビをつけ、七時のニュースが既に終わってしまったのでとりあえずドキュメンタリー系の番組にチャンネルを合わせ、画面のキャスターを無言で睨みつける波限であったが、内容も映像も何も頭に入ってこず、耳は源助の話に集中してしまっていた。
「うーん、でもそういうのってお相手さんの仕事とかにもよるから夜に会ってるとは限らないし、お休みの日の昼間会ってるとか、遠距離恋愛とかの線もまだ捨てられませんよね……。実はあんな清純そうな顔して、やり」
青一郎のその言葉を遮るように、波限は彼の顔面に手元のクッションを勢いよく投げつけた。可愛い顔してとんでもないことを平気で言う、お年頃の男子高校生である。
――まあ確かに人は見かけではない。考え出したらきりがないが、気になるなら失礼なことを言っていないで本人に聞けばいいだけの話だ。波限はそのように考える性格なのである。
すみませんー、そーゆーギャップが好きなんで……と青一郎は苦笑いしているが、源助がまた何かを思いついたようにぽん、と手を打った。
「せやったら今度、休みの日も尾行しよか?」
「やめとけ」
しかし再びテレビに視線を向けながらであるが、すかさず波限がそれに反対した。
「えーそんなことゆうて、知りたいんやないのー?」
とととと、と波限のところまで歩み寄ると、可愛くもないが彼の膝に肘を付き、頬杖をついて見上げる大根。頬の肉があるならばつねってやりたい気分になりながら、波限はぶすりとした声で答えた。
「他人のプライバシーを覗き見するのはいかんだろ」
何より、この大根にあまり外をうろうろされて騒動になっても困るというのが一番の理由であるのだが。
――真っ面目だなー。ほんとはあーんなこととかこーんなこととか知りたいんじゃないのー?
と大分学習能力がついたのか、それ以上冷やかすことなく黙る青一郎と源助であったが、だからと言って「本人に聞くからいい」とは言わないこの奥手なのか生真面目なのかわからない青年を、非常にもどかしいような眼で見ていた。
――青一郎はまだ高校二年生であるが受験を来年に控え、何より学生の本分は勉強である。勉強部屋というのを名目に、それとやはりプライベートな空間は互いに必要であると考え、二人は貧乏でも部屋を別々にしているのであった。よって仲はいいが眠る時は別々であり、波限は静かになった部屋の天井を見ながら一人、考え事をする。
それにこの街の家族用のアパートの相場はどれも新しく家賃が高く、このオンボロアパートを二部屋借りてもそれほど変わらないことと、青一郎もおそらく高校を卒業すれば、自分の元を去るのではないか、と波限は予想していた。そのためにも世帯は別々にしているのである。ちなみに就職をきっかけに田舎を出た波限が先にこのアパートで一人暮らしをしていたところに、母親を亡くした青一郎がやってきた次第なのだ。
閑話休題。
ということで源助は青一郎の勉強の邪魔にならないよう、波限の部屋にダンボールと古いタオルで寝床を作って寝かせていた。ちなみに同居相手が所詮大根なので、波限も一人になりたい最低限の時間は持てていた。
そのうえ小さい身体であれだけ騒いで動いているからか、源助のの就寝は早く、そして深い。
一人前にかいている鼾の音を、暗闇で聞きながら波限もまた布団に寝転びぼんやり考えていた。
……口も利けない相手のことを調べるなんて、そんなストーカーまがいのことはしてはならないと思っていた。源助が大根であるからまだ可愛い図……に見えるかもしれないが。
勤め先が分かったからと言って、彼女の「何」が分かったわけでもない。
それは全て表面的な情報で、彼女のことは未だに何も知らないのだ。あまりに少ない情報量から、この未確定で未確認の感情は雲を掴むような幻想で、まだ「それ」と名を付けられるものではないと波限は思っていた。
なので青一郎や源助がけしかけてくるような、「それ」に相当する行動や言動を起こすつもりは全くなかったのだ。それこそ高校生でもないのに恥ずかしい、といった気持ちもある。
ぐだぐだ考えているうちに波限も眠くなってきた。
――きっとこんな考えを青一郎にでも言えば、「だから三年も女が出来ないんですよー」とかなんとか、男女関係なく人間付き合いが円滑であり、その点では自分よりも妙に大人なあの少年に何か言われるんだろうな。
そんなことを考えながら、そして最後に最近その顔を見ていないな、と、隣の佳人の顔を少し思い出し――波限は眠りについた。
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