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5本目
恋をしています(2)
「「というわけで、すみませんでした!!」」
 あれから五分後。波限に向かって青一郎と源助が床に穴が開きそうなほど、額を擦り付けて土下座していた。
「別に……。もういい」
からやめろ、とそこまでする二人に対し、背中を向けて新聞を広げながら波限は呟いた。
 ……お、怒られないのかな……?
 生きながら地獄を見られる経験が出来るんじゃないだろうかと、とんでもない雷を予想していた二人はその言葉に驚いて思わず波限を見上げる。まだ怒りのオーラは感じられたが、彼は一度そう言ったらそうする男であるから、本当にもう怒らないのだろう。
 青一郎と源助は波限のいるちゃぶ台へとにじり寄っていった。
 ――まず、そもそもこの二人にまったく悪気がなく、自分がいろいろと心配かけるような態度をとっていたのが全ての原因だったのかと思うと、波限も確かに怒れなくなってくる。
 違法なことをしている部分については叱ろうと思ったし、ましてや初夏の心を傷つけるようなことがあれば、それは許せないと思っていた。しかし初夏の言葉や様子からして、このアホ大根が迷惑ではなかったというのだ。
 だったら不問にするしかないではないか。……それに初夏にも約束してしまったため、彼も嘘はつきたくなかった。
 やっていることは覗きと変わらない筈なのだが、どうやら本当に源助の言うとおり大根というフォルムが隣の少しばかりぼうっとしていた女性に気に入られ、その犯罪を完璧にしたんだな、と波限は妙に納得させられてしまっていた。
「で、でもよかったじゃないですか、なぎささん。はつかさんとお話できたし、なんか源さんの秘密も共有できちゃったし、これをきっかけに仲良くできるんじゃないですかー?」
「……」
 波限は無言だったが、源助は、「え? もしかしてワシ愛のキューピッド??」と呑気に喜んでいる。
「お風呂上りも、なんか私生活って感じでジャージはジャージでかわいかったし、しかも、のーぶらでらっきーでしたねー」
 にこにこと天使のように笑って言う男子高校生の頭は、当たり前であるが青年により、げいんと思い切り拳で殴られた。
 ……すみません、調子こきました、と青一郎は痛む頭を押さえてちゃぶ台に突っ伏した。これだけ処世術を心得た少年であるのに、波限の前だけでは一言多いのが不思議である。
 波限は殴った拳を未だ震わしたまま、片手では新聞を開き視線はそこに注がれていたが、青一郎にも気付かれたってことは、さっきの訪問販売員だとかにも気付かれたんじゃないかとか、そんな無防備で一人暮らしをさせていて大丈夫なのかとか密かに心の内で心配になっていた……というか彼もまた、それに気付いていたということか。

 それはさておき、と青一郎は話題を変える。
「それで、源さんは何か分かったんですか?」
 よくないことにしろ、折角忍び込んだのだ。もし何か分かればそれはそれでいいじゃないか、と青一郎はこの期に及んで盗人猛々しく考えていた。しかし源助は肩を竦めると、ふるふると首を振る。
「ダメや。ほんとーに、あのねーちゃん健全そのものやったー。あれだけの時間じゃ何もシッポ出せへんかったわ。まー、彼氏みたいのと電話したりはせえへんかったけど……今夜たまたませんかっただけかもしれへんし、もしかしたら本当におらんのかもしれへんし」
 そっかー、と残念そうに言う青一郎と、それこそ知りたくないわけじゃないけれど、変な……この場合、彼女が傷つくような情報を手に入れられてきても困る波限は、どことなく安堵していた。
「っつうか、」
 しかしそこで源助は今更気付いたように手を打った。
「ワシらの声って隣に筒抜けやったんやな!」
 そこで怒りにかまけて忘れていた恥ずかしい事実を思い出し、今度は波限がちゃぶ台に頭をぶつけ、「そうなんですよ!」と青一郎は身を乗り出してくる。
 そもそもお前らが冷やかすからだろうが……と波限は思ったが、それも元々素直に認めなかった自分が悪いのか……?とやはり結局、素直でなく一歩を踏み出せない彼自身に戻ってくる問題なので、怒りと羞恥を堪えて押し黙った。
「でもはつかさん、ふつうにお話してくれましたねー。やっぱすごくいいひとなんでしょーか。それとも……?」
 青一郎が言い掛けた時、「あ!!」と源助が叫んだ。
「どーしたんですか?」
「あまりデカい声出すな! 聞こえる!!」とひやひやしている波限はいつ注意しようかと思いつつも、やっぱり源助からの情報が気になったので黙っていた。
 流石にまずいと思ったのか、源助の声がワントーン低くなった。
「あーそれでかー」
 ひとりで納得したような様子に、青一郎が「なになに?」と顔を近づける。源助は小声で言った。
「あんな、こっちの部屋からの声が聞こえてきた時な、はつか嬢、妙に反応しとったんや……」
 一点だけ不可解だった、彼女の行動。
「言われて見れば、ワシのことも聖護院からのダイコンのプレゼントやないかと思っとったみたいやし……。なあ、まさか、聖護院が自分のこと好きやって知っとるもんで、意識しとるんやないか、ねーちゃんは」
「「…………」」
 ――まさか、ねえ……。
 その突然の大逆転に、青一郎と源助はちろりーんと青年の方を見ようとした――が、その瞬間、だん!とそれこそ隣まで聞こえるんじゃないかと思うほど強くちゃぶ台に手を置き勢いよく立ち上がると、
「風呂入って、寝る」
と青年は突如として動き出した。

 青一郎と源助が呆気にとられているうちにも、波限はさっさと浴室に行ってしまった。その表情は、見えないまま――。
「なぎささーん、これからのこと、話し合いましょうよ〜」
「そーやでー! こっからおもろくなりそーなのに!!」
と外野は勝手に盛り上がり始めるが、波限は脱衣所で眼鏡を外すと頬を一発片手でばちんと叩いた。
 ――今夜一晩で、色んな事がありすぎた……とりあえず、この家を出て行かなくてはいけなかったり、警察を呼ばれるほど気味悪がられたり軽蔑されているわけではないこと、話が出来たことだけで、……よしとしておこう。
 今はもう考えるのをやめよう。そうでないと、あまりのことに恥ずかしくて、気が狂ってしまいそうだった。果たして自分はこんなに純情な人間だっただろうか……。

 何処かで犬の遠吠えが聞こえてくる。
 何かが大きく動いた夜が、更けていく――。
 

◇拍手&簡易メッセ◇

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